ただ、生き続けていて欲しくて。
生きてさえいてくれれば、それ以上には何も望まないで。
「貴方の居ない地球なんか…私には、何の意味も無いわ」
…なのに、その想いを裏切られてなお。
「傍に居てくれる」という事の、こんなにも…情けないほどの有難さ。
◇
◇
◇
◇
不意に、メインパネルに現れる映像。
そこに映るのは、疾(と)うに失ったと思っていた…2人。
「古代さん…今から島さんを連れて、そちらに参ります」
それだけを伝えて、映像の消えた一瞬後に、目の前の空間に眩い光を伴って降りる佳人。
「…島さんをお渡しします」
否応無く、受け取らされてしまったその身体は…とても冷たくて。
もう、それと諦めて承知していたつもりでも…たった今、はっきりと突き付けられた現実は…もっと冷たくて。
「島さんは地球の方なのですから…その還る所は、やはり地球だけなのでしょうから…」
「貴女が…島を…?」
自分の言葉に彼女は、頷いたのか…それとも、単に俯いてしまっただけなのか。
「私は…何も出来ないのですね…」
いつから開かぬ瞳を、冷たい頬を、そ…っと愛しげに撫でていく細い指。
「私の祈りは、テレザートを『死の星』に変えてしまって…太陽と化す事さえ出来たというのに…。
それなのに…たった1人の人間の生命さえ、呼び戻す事が出来ないでいるのです」
力無く下がる手を、温めようとするように静かに胸に抱いて。
「…私を見てくれなくても良い、二度と抱きしめてもらえなくても構わない…。
ただ…生きていてさえくれるのなら、それだけで私は…良かったのに…」
「…テレサ…」
泣き出しそうに震えて、途切れがちの彼女の言葉は…いま少し前の自分の心の内と同じもの。
「理(ことわり)には勝てない…分かっています。
それでも…私は…この身体に、生命を呼び戻したかった」
己の体温にも一向に、温まらぬ手のひらの冷たささえも、愛しいと言わぬばかりにその頬に押し当てて。
「なのに…何も出来ない…。
私には…こんなにも、何の力も無いのです…」
無力さを嘆く、その心情を察すれば…いや、察するまでも無く理解出来てしまうから。
今更何も、彼女に掛ける言葉を探せなくて。
しばらくの無言の時間の後に、つい…と立ち上がる金と蒼の姿。
「さあ…島さんを連れて、早く…地球へ」
「いや…しかし、ヤマトは…もう…」
地球には戻らないと、もう戻れない…と決心した耳にさえ、その「故郷」の名はあまりに優しく響き過ぎて。
「テレサ…島君は…そう、貴方が地球へ連れて帰ってあげて…」
うかうか「是」と答えてしまいそうなまでに揺れ動く心を、ただひたすら気付かない振りを装いながら。
「いいえ…。ズォーダーとの戦いには、私が参ります」
凛として。
伏せられた碧の瞳は、何も映さず。
ゆったりと左右に振られる頚(くび)は、金の髪を散らして。
「雪さん…。
私に…島さんを『地球に連れて行け』…と仰いますか?」
ゆっくりと開いていく、彼女の碧(みどり)に。
「今の私に…もう、島さんの居ない『地球』に行け…と。
そして…私に、島さんの居ない『宇宙』で生きろ…と仰いますか…?」
水面の波紋が拡がるように、揺らぐその場の空気。
貴女は…生命を捨てるつもりなのか…と。
「…古代さん。
今の私を、一時の哀しみだけで動いていると…思わないで下さいね…?」
そう問おうとした機先を、見事に制されて。
「確かに、哀しい…とても…辛い。
…でも、それも…きっと。
私が『幸せだった』からに他ならないのです」
そんな言葉に浮かぶ微笑は、淋しさを湛(たた)えていながらも美しくて…。
「…独りでした、私は。
何が理由だったとは言え、私は…島さんと出逢う事が出来ました」
その口調は淡々として、淀み無く。
「私は…愛してしまって、島さんは…愛して下さった。
一緒に、居られた時間なんて…短かったけれども、それも…疑いの無い『幸せ』だったのです」
最早…過去の幸福を、今…幸せそうに静かに語る。
「島さんに出逢う前の私なら…今が、これほどまでにはきっと…哀しくはなかった。
今の私が『哀しい』と感じるのは、その『幸せ』が有ったからなのです」
──失いたくないと思うものを、何も持っていなければ…。
「何も失わない…失った事を嘆く事も無い…哀しむ事は何も無い…。
でも…それは、むしろ『不幸』と呼べるものなのかも知れません」
自分も過去に、大事な何かを失くして泣いた記憶が在るから。
何よりも愛しいと思える相手を、既に見付けてしまっているから。
「…テレサ…」
まだ、何かを言いたいとも思うのに、解(わか)り過ぎて…その名を呼んだ後から、言葉を失くす。
「だから…それだから私は、まだ…『哀しく』は有るけれども…『幸せ』でもあるのです」
振り返る窓の外に、確実に破壊されつつある青い惑星(ほし)。
「まだ私には、失くしたくないと思うものが…護りたいと思うものが残されているのですもの」
──この地球が…ここに在る。
「島さんの生まれた惑星…島さんの愛した故郷、そして…島さんの眠る惑星。
今、私が一番護りたいもの…。
失くしたくないものを護る為に、この生命を賭す事は…愚かしい事ですか…?」
放つ金の光以上に、その表情は目を伏せてしまいたいほど眩しくて。
「しかし…それではやはり、貴女の生命が…!」
しかし、どんなに言葉を尽くそうとも、それが一つの生命が終(つい)えるという事には、何ら変わりなく。
「…そうですね。
この『姿』で、お二方に逢う事は…きっともう無いのでしょう」
だから…どうしても、引き止(とど)めたいと声を荒げてまでしまったというのに。
「…いいえ。
それでも…私は、生き続けます。
島さんを愛している、地球を愛している…この『今の私』のまま。
私は、この…漠(ひろ)い宇宙となって…この腕に地球を抱くのです」
何も無いはずの目の前の空間に、愛しい何かを見付けたように…そっと、その両腕で掻き抱(いだ)いて…逃がすまいとするかのように、抱きしめて。
「…あの日、テレザートで…島さんが私にそうして下さったように」
彼女の…至福の微笑は、泣けてしまえそうなほどに…神々しくて。
「…さあ、お二方は…ヤマトは、地球へお帰りなさい」
もう…どんな言葉も見失ってしまって、ただ…仰いで見詰めてしまうばかり。
「貴方がたが、生きて還る事が地球の未来に繋がるのです。
勝って帰る事より、負けて還る事の方が…勇気が要る事なのですよ…?」
重ねて、生きて戻れと諭す彼女の言葉の優しさは。
まるで…母親の、それ。
己の最後に愛した男を、いま少しだけじ…っと見詰めて。
「…さようなら…」
わずかに一筋、零(こぼ)れた涙は…何に対してだったのか。
「さようなら…古代さん、雪さん。
島さんを…お願いします…」
そうして、彼女は…空間を歪ませながら遠去かっていく。
何の能力も持たぬ自分には、それを追い駆ける術も無く、どうにも引きとめようも無く。
本当に…無力なのは、彼女じゃない。
自分だ。
自分…たちだ。
あれだけの生命を失わせながら、目の前の破壊を止めさせられる事も適わず。
己を無力だと嘆く…彼女1人さえ、言い包(くる)めて生き永らえさせる事すら出来ず。
そんな何もかも…ただ見送る事しか出来ない、自分たちの方だ…。
◇
◇
◇
◇
視界を覆い尽くす、目の眩まんばかりの金色の光。
ややして、宇宙が元の暗紺の色に戻った時。
一人の女性が「護りたい」と願った惑星の、それ以上の破壊は…無くなった。
だから…今、地球に。
「今日も…晴れそうだな」
流れる風に振り仰ぐ、晴れた空に金の光が降る。
愛しい男を…眠る惑星ごと抱く彼女の、肩から流れて落ちる髪が…この地球(ほし)を撫でていくから…。
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Last Update:20040615
Tatsuki Mima