これくらいの距離は、宇宙そのものの漠(ひろ)さから見れば、きっと無いも同然。
だから…見上げる星座は、地上と何ら変わっては見えない。
「ねー、お義父さま。
これ、何処ー?」
「…オリオンなら、あっちの窓だ」
地上と違うのは、季節の星座が昼夜も季節も問わずに観測出来てしまう事。
「お義父さま、見えないー」
近過ぎる、近所の小惑星に邪魔されて、必ず観測出来る…とは限らない事。
「それなら2、3日待ってろ」
「やーん、今見たいー」
「無理を言うな」
こういう…わがままっ振りは、しっかり血を引いている…ような気がする。
もっとも、そいつの場合なら「わがまま」で済まさず、自分でもっと先の方まで勝手に突っ走ってたりもするが。
「…じゃあ、これー」
「…カジキは、位置的に今は『足下』だ」
…誰だ、こいつに星図盤なんかくれてやった奴は。
その所為で空いている時間には「娘」に、星座の位置を聞き倒されている真田の、それが正直な感想だった。
◇
◇
◇
◇
「何でも、俺の所為にするな」
画面の向こうで、もう1人の「父親」が不機嫌そうに。
「…忙しそうだな」
「見ての通りだ」
いや…普通の人間からすれば、守が忙しいのかどうか…なんて、背景もろくに映らない画面からでは判断しようが無いのだが。
不機嫌さに、その多忙を読めてしまう辺りが真田…だったりする。
「今月も…無理か?」
勿論、不機嫌の原因には様々在るはずで、それを尽(ことごと)く言い当てる自信など、真田にも無いが。
「…多分な」
定期的に繰り返されるこの通信に限っては、不機嫌の理由なんてたった2つしかない…と分かっているから。
「…雑談してる場合じゃない、とっとと本題に移れ」
俺としては、お前の言う「雑談」の方がむしろ「本題」なんだがな…と思いながら。
「作業進捗率は、35%…って所だ」
「遅い」
それが分かっているのかどうか、守は真田の報告を、詳細も待たずに一言で斬り捨てて。
「作業に入って3ヶ月目だぞ、もう?
何なんだよ…その、お前が指揮してるとは思えない進み具合は?」
「人員不足が、俺1人で補えると思ってるのか?お前は」
「…お前なら、やりそうだが?」
「おい…」
無理も、無茶もいい加減にしろ…と言いそうになったのは、呑み込んで。
「冗談抜きで、もう1人2人は手が欲しい。
何とかしろ、古代」
「…必要なスキルは?」
それから一頻(ひとしき)り、真面目な顔をして仕事の話だけを。
「いい加減…一度くらい、こっちに来られそうにないのか?」
また、思い出したように「雑談」を。
「…忙しいと言っただろう?
行きたいのは…山々でもな」
振られて、仕方なく答えている…のが分かる。
「…だったら、せめて昼に通信して来い。
澪が…起きてるうちに、だ」
「嫌だ」
仕方なく…ではなく、今度こそはっきりと。
「理由は…言ったはずだよな?真田?」
勿論…忘れてなんていない。
「忘れてないんなら、二度と言うな。
言いたい事は…良く、分かるけどな」
『俺だけが逢っても…仕方がない』
それが、古代の言い分。
嫌と言うほど、俺は…憶えている。
だが、しかし…。
「切るぞ?
他に用件が無いんなら」
「ああ…また、な」
真田の返答に、守は躊躇(ためら)い無く通信を切る。
暗転して、ノイズさえ映し出さなくなった画面をまだ、見詰めたままで。
「…お前の1年と、澪の1年は…永さが違うんだぞ?
分かってるのか?」
少しばかり前まで、煩(うるさ)いほどに口にしていた「実際の親」の名前を、ここしばらく「娘」から聞かされていない事に気付いているから。
『母親が逢えないのなら、俺だけが逢っても…仕方がない』
そんな、お前だけの言い訳の間に、あの子は…「家族」を諦めてしまうぞ?
それで…良いのか?
◇
◇
◇
◇
次の休みはいつだ…と問われて、何の気も無く当たり前のように答えて。
「宙港まで、迎えに来い」
「…あ?」
言われて、思わず訊き返す。
「荷物が大きいから、連絡線(シャトル)を使うのは面倒だ」
…そういう理由なら、別段否む理由も無く。
むしろ、真田なら言いかねない。
守の方でも、真田を「便利に使う」事に遠慮が無いが、そういう意味では真田も全く同等だったから。
仕事そのものは、きっちりと抜かり無く引き継いだはずなのに。
「どうして、こう…あれこれ未だに言ってくるんだ」
それなら、真田にだって1つや2つの、溜息を吐く権利くらい有るだろう。
「…小器用な、お前が悪いんじゃないのか?
何でも、そこそこにはこなすからな」
…その理由で俺を一番使ってるのは、当のお前じゃないのか?
そう思ったが、思うだけに止(とど)めておいた真田である。
休日なんだから、出来れば何もしないでのんびり寝ていたい。
そういう辺りは先刻承知だから…かどうか、しっかりと最初から午後を指定してくる友人だった。
もっとも、それが朝っぱらだろうが夜だろうが、何もしないで寝ていたい…に反してる事は、間違いない。
聞いた時間に、15分ばかり遅れて着いたのもきっちり狙っての事。
無駄に待たされてたまるか…と考える辺り、そもそも何処か間違っている気もしなくは無いが。
「待たせたか?」
「…5分くらいな」
こんな会話が、2人の間で当然のようにされている間は、どちらもそれに気付いていない…という事だ。
「…荷物は?」
前回の通信で、そうと聞いていたからこその違和感。
有るか無きか…程度の手荷物だけの身軽な真田に、守が問うのは当然の事。
「ああ…『荷物』なら、そこを歩いて来てるだろう?」
「歩く?」
何を連れて来たんだ…と、指差す方角をそのままに見て…。
「言っただろう?」
真田は、事も無げに…さらりと。
「荷物が大きいから、面倒だ…と。
だから、最初からお前に預かってもらうつもりで連れて来た…何も、嘘は言ってないぞ?」
…確かに。
この「荷物」を連れて、連絡線に乗るのはかなり「面倒」には違いない。
10年以上前の自分を思い出せば、簡単に想像の付く範囲の事。
「…だけどな〜っ、こういうのは『荷物』とは言わんっ!」
狭い車内。
いきなりの守の声に、助手席でその当の「荷物」が目を丸くする。
「何、怒ってるのー?お父さま?」
「…何でも無い」
荷物の名前は「真田澪」。
疑いようも無く…自分の娘で。
◇
◇
◇
◇
「…よくも、思いっきり騙してくれたよな」
この場合、そうと企んだ真田にとっては、それも誉め言葉でしかない。
「騙してない。
意識的に、黙ってた事が有るだけだ」
それを、世間一般では「騙す」と言うのだが。
「そっちが逢いに来ない…なら、こっちから出向けば済む事だ。
そうだろう?」
澪を守に預けておいて、自分1人はさっさと連絡線を使って科学局に出向いてしまい。
日没も、遥か前に過ごしたこんな時間になってやっと、守の官舎(いえ)までやって来て。
…科学局側が、何をどう言ってきたのかは知らないが。
火星の向こうから、真田が来るのを待てる程度の緊急性の無さなら、どうせ…それほど大した事じゃない。
そんな事に、こいつがこんなに時間を要するはずも無く。
つまりは…わざわざ、この時間まで戻って来なかった…という事。
澪が寝てしまうような時刻まで、何処かで時間を計っていた…という事。
「…確信犯め」
「誉め言葉だな」
この際、何を言っても通じやしない。
してやったり、余裕を残す真田に反して。
不意打ちをものの見事に喰らってしまった守には、ほんのわずかな遊びも無いから。
「お前の言う、詰まらん理由の通り『母親』にも逢ってもらえるように計らったんだ。
文句は無かろう?」
ただ言いたい事も、反論してやりたい事もどちらとも、捻(ひね)りも無ければ鋭さにも欠けて。
そんな易しい言葉では、到底勝てるはずも無く。
結局は、返答に窮する所まで追い込まれてしまうだけ。
「俺は、何も『一生の約束』で澪を預かった訳じゃない。
いずれは…『ここ』に戻って来る約束だ」
対して真田の方は、いつもにもまして言葉に遠慮無く。
「俺は…元より『仮親』でしか無いんだ、それを忘れるな」
勝てないのなら…とっとと負けを認めた方が、利口だ。
「…正直、ちょっとばかり…ショックだった、かな」
それでも語尾が曖昧に終わるのは、せいぜいの反抗。
「澪の『初めまして』…か?」
宙港で、守としてはとても久し振りに。
だが…澪としては、記憶の中では初めて…逢って。
「いや…あれもそれなりには、そうだが…」
だから、我が娘に「初めまして」と言われてしまうのも、無理は無いし…諦めも付く。
「それより…スターシャだ」
どうせ…逢えないのなら。
それを理由に、意識的に話題として避けてきた。
定期的な真田との通信にも、様子を訊ねる事さえ逃げるようにして、避け続けてきた。
その実…噂の欠片にすらしがみ付きたいくらいに、どちらともが恋焦がれていたなんて…どちらともが黙っていたままで。
互いに、気付いてやれもしないで。
それぞれ自分1人だけが…そんな気で居て。
「当たり前じゃないのか?
『親』だろう?
2人とも」
「…放っとけよ」
母親として、突然の再会にひどく驚きながらも、至極当然に…嬉しそうに。
そして…今は、眠ってしまった娘の枕元に飽きもせず、そこに居続けて。
そんな顔を見るまで、もし…一方がそうならば、夫婦のどちらともが「親」であるという事すら…忘れ果てていて。
いや…理屈では、これ以上無いほどに理解していたのだが。
現実としては、全く何も理解出来ていなかっただけの事。
『母親のスターシャが逢えないのなら、父親の俺だけが逢っても…仕方がない』
それを理由に、今まで逃げていたのだから。
「本当の所は、な。
澪に訊いたんだ、逢いたいか…と」
別に…友人を困らせる為にわざわざ、無理矢理仕事に隙間を作って火星の向こうから来た訳じゃない。
だが…この際言っておきたい事も、山程有るから。
「…考え込むんだよ。
両親に逢いたいか、逢いたくないか…たったそれだけの事で」
「父親」としては、曲がりなりにも取り敢えず…自分が居る。
だが「母親」の代わりは、あの場所には…居ないはずなのに。
待ち草臥(くたび)れそうな時間を、辛抱強く待って。
やっと、当人の口を開くには。
お父さまには逢いたい、お母さまにも。
でも、お父さまは「忙しい」から逢いに来てくれない。
そんな忙しくしてるお父さまに、逢いたいって言ったら。
「お父さま…困らない?」
…物分かり良く、我慢している…のではなく。
最早、諦め。
「…困るでしょ?」
親に逢いたい、甘えたい…なんて、子供としては最大にして当然のわがままを。
義父にすら、既に言い惑うほどに…諦めて。
「…どうだ?
良い娘に育ってるだろう?」
実父に同じく、忙しさを理由にさして構ってやってはいない…という自覚が、自嘲となって真田の口から溢(こぼ)れる。
「…元々の出来が違うんだ、出来が。
俺の娘なんだからな」
返す守のふざけた物言いも、結局は…同じ自嘲から。
問題の深刻さに、そのまま深刻振っていると…泣けてしまいそうだったから。
己の間抜けさ加減と、口惜しさと…愛しさに。
◇
◇
◇
◇
一続きの夜。
それでも、いつの間にか日付は変わってしまって。
前日が休みだった…という事は、本日は出勤。
見送ってやりたくとも、それは適わない。
逢わなかった言い訳だけではなく、真実…忙しく働かされてしまっているから。
「…起きたら、言っとけ」
「言いたい事が有るなら、自分で言え」
その伝えたい相手が目覚めるより先に、出なければならない事など目に見えているから、そう言って。
そうだろうとは承知していながら、逢わずに済ませてきた今までを皮肉にして、そう返して。
「次の定期通信の時には、起きとけ…ってな」
「お前が、もう少し早い時間に通信してくるならな」
▲ |
<前頁
Last Update:20040603
Tatsuki Mima