初夢:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    いつもと同じように日が暮れて、時間を過ごして日付が変わって。 去年は暮れて、今年が明けた。
    この1年は、どんな年?
    たった今…始まったばかりで、まだまだ先は長くて…分からないから。 過大なほどの期待も抱いて、少しばかりは…不安も抱えて。
    過ぎた年が幸いであった人も、そうとは言い切れなかった人も。
    それぞれに、それぞれの思惑と望みが有るから。 新しい年の初めに、それが叶えば良いな…と、ほんの少しだけ真剣に願ってもみて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    ほんの少しだけ、進展が有れば良いなあ…と。 相当に消極的な、ささやかな望み。 それ以上に、大きな期待なんてしない。
    …と言うより、それ以上を望んでも無駄だ…と最早、諦めも含まれていたりして。
「だって…相手が、古代君だものねえ…」
    そう、軽い溜息を吐いてみたりする、雪だった。

    初めて出逢ったのは、18。 やっと恋人らしくなれたのは、19。 正式に婚約して、挙式の日を指折り数えていたのは…20の時。
    あれから、もう…何年。 未だ、婚約者のままで居て。
    時間は短くても、色んな事が有り過ぎて。 今のこの状態が、誰の所為でもなくて…そんな事の所為だと分かってる。 誰も責めるつもりは無い、急ぐつもりも…無い。
    家庭を構えていない気楽さと、ほんの少しの…相手に対する責任の無さ。 シュールな現実を、意識的に無視もしていられる…恋人同士のいい加減さ。 「結婚」という形に落ち着けない、今の状態が…そんなに嫌いでも無い。 今から思い返せば、名実ともに揃えたがっていた性急さに、ちょっと苦笑したりもして。
    傍に居るのも、変わらない。 傍に居てくれるのも、変わらない。
    一方は、時々宇宙に出掛けてしまって、地球を留守にして。 もう一方は、大人しくそれを地上に待ちながら、たまには…ついて行ったりもして。
    隣に居ても、距離は遠く離れていても。 愛情の向かう先は一つ、心だけはいつでもすぐ傍に居て。
    一度、失ったきっかけを取り戻せない為の、猶予期間(モラトリアム)。 いつかは、きちんとした形をもっての終着を考えていて。 いつまでも、こんな中途半端なままでは居ない…と思っていて。

    だから、きっかけなんだよなあ…と。 多分に、後ろ向き。
    それほど、大それた事を願ってる訳じゃない。 これまでの状態に決着を付けよう…と、今まで思い立たなかった訳でも無い。
「だけど、なあ…何とかしようと思うと、決まって邪魔が入るんだよなあ…」
    若干名の顔を、かなりリアルに思い浮かべながら、やっぱり軽い溜息を吐いてみたりする、古代だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「今年は、乗艦勤務したいなあ…」
    地上勤務に飽き切った、情けない声。
「も〜、古代さんみたいな事言わないでよ」
「だって…もう、何年だよ? いい加減飽きるって、俺だって」
    南部は、一般事務がしっかり年末の休みに入ってから帰還(もど)って来て、詳細な報告を先送りせざるを得なかった。 相原は、新年早々2日に当番が廻って来て、司令本部に出勤(で)なきゃならない。 太田も、年末最後の日まできっちり仕事をさせられていた。
    それでも年の変わる夜と、新年最初の日だけは、何とかのんびり出来そうで。
「俺は、元々管制技官じゃなーいっ!」
「…出来上がっちゃってるんですか?太田君?」
珍しく、自己主張の激しい太田に、南部が苦笑してみせながら突っ込んでみる。
「そんなに呑んでないよ?まだ」
    当人の代わりに、その酒量を相原が答えたが。
「君の『そんなに』って、大した量でしょうが。 一般人には…」

    本人の言う通り、太田は元々航法士官であって、管制技官ではない。 操艦もこなせない訳ではないが、そちらが専門ではない。 専門は、航図の作成の方だ。
    だから、当然のようにレーダーが読めるし、解析機器も扱える。 その辺りの通信技官よりは、余程まともに通信機だって扱える。
    …もっと言えば、多少の得手不得手は勿論有るが、それ以外の何をやらせても、そこそこにはこなす。
    最初っから、そんなに器用だった訳じゃない。 才能の賜物だったにしろ、努力の結果だったにしろ。 補充の宛ても無く、隣に居る者さえ…いつ倒れ果ててしまうか知れないような航海に、たった1つの事しかこなせないようでは、役に立たない…と言われても仕方無かったからだ。
    もっとも、その点に関しては相原も南部も…誰もが同じだった訳だが。
「そうは言いますけどね? 実際、きっちり管制官してられるんだから、言い訳出来ないでしょ?」
    恨むんなら、自分の小器用さを恨みなさい…と言わんばかりの、南部。
「…お前だって、管制官くらい簡単にやってられるだろうが…」
「当たり前でしょ。 レーダーくらい読めなきゃ、照準も合わせられないし、命中(あて)られませんよ」
太田の言葉も、しれ…っとして返す。
    何でも、それなりにはこなす…という「小器用さ」なら、南部…だけじゃない。 能力的なものに大きな差が無いのなら、後は…運でしかない。 望む仕事がしていられるかどうか、人材にまだまだ問題の在る現在(いま)の軍内では、どんな仕事に就けられても不思議ではないのだから。

「…参謀に頼み込んでみるとか…ってのは、駄目かなあ?」
    明らかに2人よりも早いペースで飲んでいながら、全然見た目の変わらないままでいる相原が、ふ…と思い出すように呟いた。
「そう言や、参謀でしたっけ。 2人の地上勤務、決めたのは」
    他人事だから、南部はあくまでも無責任に言ってくれるだけ。
「直接参謀に行くより、お嬢さんを口説き落とした方が早いんじゃないんですかね?」
「真田さんを説得するのも、早そうだよね」
所詮、相原も「成り行き」は遊ぶ人間だ。 こういう場合の発言の無責任さでは、南部と大差無い。
    …そうかもな、とつい思ってしまう辺り。 太田も見た目より随分、酔っているのかも知れない。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    何となく何処と無く、めでたいような気のする新年に。 どれだけ可愛い娘の「お願い」でも、了承(き)ける事と了承けない事がある。
「却下」
サーシャの言葉に、即答する守だった。
「も〜。お父さま、嫌い」
「何とでも、言え」
    どの…誰の艦だろうが、乗艦勤務なんてさせてたまるか。 そう思うのは、決して「娘可愛さ」だけでは無く。
    階級と、命令系統が何よりものを言う軍内に於いて。 参謀職(じぶん)の娘だと言う、どうにも変えようの無い背景と。 実年齢が原因の、妙に的外れた世間知らずさに。
    …胃に穴も開けない、過労死もしそうに無い「艦艇長職」なんて…すごく身近な数人しか、守には思い当たらないからだった。

「え〜? 他に、幾つだって有るじゃない」
    確かに。 艦艇の数だけなら、相当数在る。 その数だけの艦艇長職は居て、その数十倍…以上の乗員も居る。
「お前な…自分を、正確に把握しとけよ…」
    相対するのが、民間人であるならともかく。 軍の関係者を相手に選ぶ限り、サーシャは「サーシャ個人」として単純に評価され、対されるなんて…まず在り得ない。
    何処までも、現在の「参謀職」の娘でしかなく、現在の「科学局長」の養女でしかない。
    敬して遠去けられてしまうなら、まだ良い方。 己に役立てよう…と、取り込みを掛けてくるようなら、それはまだマシな方。
    ただ…邪魔だと思われてしまえば、最悪…生命にだって関わってくる事だ。
「じゃあ…叔父さまの艦なら良い訳?」
    守は理由をはっきり言ってくれないし、これは…訊いても無駄かな…と、それは簡単に切り捨てて。 乗艦の許可の出そうな艦艇として、まずは一番身近な辺りから問うてみる。
「戦闘艦だから、不許可」
「ヤマトだって、戦艦だったじゃない〜」
「時と状況が違うだろうがっ!」
    あの場合…ヤマトに乗り込まず、小型艇で一番近い基地に移動・避難する…という選択肢も在って。 実際、非戦闘要員がその通りにしたが…地球があの状況だ。 迎えに行けたのは、全てが終わってからの数ヶ月後だった。
「じゃ、島さんの輸送艦。 戦闘艦じゃないんだから、良いんでしょ?」
「…何が出来るんだ?艦内で」
「レーダー扱えるもん」
    確かに、今までたった一度の乗艦勤務の内容は、それで違いない。
「通信も…多分出来るし、軽整備くらいなら出来るわよ? お義父さまとか、山崎さん見てたもの」
「…却下」
    使えるものなら、何でも使う…のが守だ。 しっかりした知識と技術と能力が有るなら、正規の教育に正規の時間を費やしていなくとも、縁故採用にも否やは無い。
「『見てた』くらいで、仕事されてたまるか」
    …それも、あくまでもそれに値する技術と能力が在って…でしかない。

「うーん…じゃあ、パトロール艇は? 南部さんの」
    こいつは…何が何でも、乗艦勤務したいんだな、と。 殆どは呆れつつ、一向に諦めようとしないしつこさには、多少…感心もしてしまいながら。
「艇長の口に乗せられて、易々吠えるような乗員は要らん」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    最初に出逢った時から、もう…どれくらい?
    出逢った最初に、一度に色んな事が…在り過ぎて。 今までがものすごく永かったような気もして、ひどく短かったような気もして。
    宇宙で出逢って、地上に暮らして、もう…どのくらい? そうして、後…どれだけを2人で暮らせるの?
    きっと、いつか…いつまでの、有限。 永遠なんて、在り得ない。 それが、遠ければ遠いほど願わしく。 そこまでを2人、手を取り合って歩んで行けたなら、それで…良いから。
    ただ…ねえ、この傍に居て?

    新しい年の明けたばかりの、去年からの夜の続き。 冬の冴え冴えしく澄んだ空気が、星を大きく瞬(またた)かせていた。
    また、この年も。 何度も何度も繰り返して、あの星の中を渡る。 それが仕事で…仕方無く、互いを1人にしてしまう、決して短いとはいえない期間。
    疎ましく感じないではない、そんな航海も。 それが無ければ、きっと…出会う事なんて適わなかった。 そして、それしか選べないから現在(いま)も、今でも。
    ほんのわずかに、冷気の差し込む窓際の床に座り込んだまま。 少しばかりは恨めしく、懐かしくも見上げる、星の海。
    降るように差し出される、暖かいカップを抱え込むように受け取れば。 それを運んできた手の持ち主までが、傍に…そっと座り込んできて。
「今度は…いつ?」
    次に来る、別れを問えば。
「…3週間後、かな」
その次に来る、再会の日が返ってきて。
    隣を振り返るように、見上げれば。 視線に気付いて、本当に薄く…苦笑して。
「…はい」
    待っていますね、次も…その次も、ここで。
    続く言葉は呑み込んだ代わりに、少しだけ身をずらして。 寄り添って…軽く、頭を預けて。

    今までが、永かったのか短かったのか。 それが、どちらでも…きっと。 今から先…の方が、もっと…ずっと…きっと永いから。
    2人で居られる時間も、途切れ途切れに。 永遠なんて、在り得ないなら。
    距離を別(わか)っていなければならない時も、想いまで離れている訳では無いから。 同じ地上(ところ)に居られる時には、どうしようもないほどまでに傍に居て。
    多分…この未来(さき)、それだけで良いから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    新年の抱負…みたいなもの、有ります? …と訊かれて、一瞬考えてしまった真田である。
「…あのなあ、真田。 深く考えるなよ、お前は…」
    深くも浅くも、特に…口に出して成就を願うほどの望みも無い。 何も思い付かなさ過ぎて、つい考え込んでしまっただけの事だ。
「…何も起こらなかったら、それで良いんじゃないのか?」
    確かに…それは、平和だ…という事だが。
「それ…って、逆に。 ものすごく贅沢な望みなんじゃないんですか?」
    それぞれに、物心付いてからの積み重ねてきた、その年その年。 良い事が無かったとは言わない、だけど…嫌な事、悲しい事の起こらなかった年も無くて。
    多少の懐疑と、呆れた表情(かお)に。
「…そうか? だが…他に思い付かないぞ?俺は」
むしろ…途惑いながら、真田は返した。

    …さて? 今年は、一体どんな年?

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Last Update:20050107
Tatsuki Mima