入学してから、2度目の夏期休暇。
休暇は、5日間。
訓練漬けの毎日のパターンが狂ってしまうから、むしろ無い方が良い…と思ってしまうか。
そんな連続した訓練から逃げられる数日を、心底から満喫してしまうか。
その辺りは、人それぞれ。
だが、この休暇が昨年と違う意味を持っているのは。
これを過ごしてしまえば、基礎過程から専科に移ってしまう…という事。
その選択が正しいかどうか…なんて、分からない。
これに満足するも、後々悔やむも、きっと…随分と先の事。
だって…この将来(さき)を決めてしまうには自分たちはまだ、十余年しか生きていないのだから。
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「南部…って、お前か?」
実を言えば、目の前にした人からこういう問われ方をする事は珍しくも何とも無い。
最初の年の、最初の数ヶ月目のちょっとした騒動から、良くも悪くも目立ってきた。
その頃には当然居なかったはずの、今年の入学生にまでいつの間にか知れていているほど。
なので、あっさりとその問いを肯定しておいた南部だ。
…もっとも一つ、相手に対して疑問も残ってはいたのだが。
話を聞いてみれば、既に何度か問われた事の繰り返し。
「…ああ、それ…別に難しい事じゃないでしょ?」
もっとも、現在(いま)目の前にしている人ほどには、誰も「真剣」では無かったが。
専科に移ってから、最初のシミュレーション。
休暇前…基礎過程のうちに繰り返してきたのとは違って、格段に…狼狽(うろた)えるほど厳しくなった条件に、今までに積み上げてきたほんの少しばかりの自信も打ちのめされてしまいそうな、散々な結果。
…だが、それも南部を除いて。
「終了(クリア)条件が『戦域からの離脱』だから、交戦する必要無いし」
基礎過程に、敵を撃破する事ばかりを要されてきた身には、条件から冷静に「無理に交戦せずに逃げ還る」という選択肢は出てこなかったから。
だからみすみす戦場に沈んで、シムを正しく終わらせる事の出来なかっただけ。
結果として南部が成績を残せたのは、選択肢の正しい判断が付いた訳では無く。
シムにそういうプログラムパターンの有る事を知っていた…ただ、それだけで。
その意味では能力の差では無い、その説明をしようともしないが。
「逃げたのか?」
自分が散々な結果に終わったシムを、どうクリアしたのか問うてきた人たちは何故か一律に、それが要件だったにも関わらず「逃げ果(おお)せた事」を責め立ててきた。
恐らく…それは、こんな時代の所為。
勝てずにいる過去(これまで)と現在。
もうこれ以上戦場に負ける事も、転針に命永らえる事も、未来(これから)に求められていないから。
「命ぜられた事を遂行して、それを他人様に責められる謂(いわ)れは有りませんが」
それでも南部の返すもっともな言葉に、改めて喰って掛かる者はこれまで居なかったが…今相対しているこの人は違って。
それでもまだ、何故だ…と繰り返してきた。
そんな古代を、しつこいほどの言葉の往復にようやくいなして。
「…去年1年、同じ教室(クラス)に顔突き合わせてたはずなんですけどねえ」
南部の至って素直な、溜息交じりの感想。
何故なら、最初のあの問いでは…明らかに「初対面」のもの。
名前も記憶してなかったらしいなら、この顔さえも全く…と言って良いほど。
これまでを見てきて、古代の事を「他人に関わるつもりの無いらしい人」とは思っていた。
30人の教室(クラス)に、ほぼ島1人だけとしか話す事が無かったから。
だが、正直…自分のように無駄に目立ってしまった人間まで、全く記憶に残さないほどだとは思っていなくて。
だからこその、溜息。
あれほどまでに「他人に興味が無」くて、他人と協調する事を強いられる乗艦勤務が出来るかな…と、要らぬ心配もしてやって。
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弟に面会に来ているはずなのだが、その姿を見掛ける時の半分ほどは何故だか「1人」だったりして。
「今度はどうしたんです?」
こっちとしては放っておくつもりでも、最早しっかり顔を憶えられてしまっていてあちらから声を掛けられてしまう。
だから、最近では島の方からも声を掛ける事が少なくない。
「振られた」
「…今度は、『何』が恋敵なんです?」
「シムの成績」
守は、あまり校舎内に立ち入らない。
部外者がうろうろしていると、学生の気が散るから…というのがその理由だったが。
守が「学生を気遣って」…などでは無く、身長だけで無駄に目立つ自分が「昔を知っている教官から」逃げているんだ…というのが、その実。
なので、これまでの島と守の会話はおおよそが廊下の窓越し、校舎の中とその外側とに別れて。
「…って、専科最初のシムなら、点数(スコア)ボロボロで当たり前なんだけどな」
外に居ても立っていたなら、中から知れるから。
これまた決まって、外壁にもたれるようにして座り込んでいるのが、守の常。
「…え?」
「島だって航法の方、大した成績じゃ無かっただろ?」
笑いながらの、守の種明かし。
どの科でも、その最初のシムはほぼ教官連中の挨拶兼ねた「お遊び」。
そこまでの基礎過程をどれだけ真面目にこなしていたとしても、まずクリア出来ないだろうタイトな条件を突き付けて。
「それで、ですか」
基礎過程の中でようやく、既に航行中の艦を操縦(うご)かす事しか教わっていない状態で、いきなり万全ではない状況下での着陸操作。
結局、無事の着陸は敵わなかった訳だが。
「大気圏に突っ込んで無事だっただけ、マシだぞ。それ」
…どうやら守の頃から、航法ではこのプログラムが通例だったらしい。
「近いうち、寮で同室の3年4年がバラしてくれるさ」
「…で、また。
1年には黙っておいて、来年…ですか?」
「そういう事だ」
「それなら、砲術の方は何だったんです?」
とにかく、その成績だけは知れ渡る学校(ところ)だ。
専科に分かれても、学年が違っていようと。
その所為で特に意識していなくとも、友人の…古代の成績がろくでもない結果だったのは、既にご存知。
ここまでの1年半ばかりに古代が、そんなどうしようもない点数(スコア)だった事は島の記憶に無い。
「さあ、な」
俺の時には…と前置きして守の言ってくれたシムの条件に、島が呆れた溜息を一つ。
「…それじゃ、あの点数(スコア)になるはずですよ。古代が」
ほぼ最初からその専科(さき)を航法に絞っていた島でも、基礎過程は誰もと同じだ。
砲術のシムだって、一通りはこなしてきている。
だからこそ分かってしまう、ここまでに教わって刷り込まれてきた意識では終了(クリア)は無理だ…と。
「…で、振られた訳だ」
それは、そうだろう。
古代がその成績に固執する事を、島は既に知って分かっている。
訓練学校(ここ)では、数字だけが「自分に対する評価」だからだ。
島が「この能力に対する評価」だと認識しているのとは違って、古代にとっては「自分自身、その全て」の。
どうして、古代がそう思い込んでいるのか。
当人からの言葉にでは無く、守からの会話の中にその原因なんだろう事も幾つか。
自身でも歯噛みしてしまいそうな数字を残したままで、今回は仕方無かった…と苦笑(わら)って済ませられるはずが無い。
だからと言って、その思考に納得出来た訳では無いし、理解も難いのだが。
「…なら、今日のところは帰ったらどうです?」
ここしばらくは、その意趣返しだろう。
消灯の時刻に、シム棟を放り出されるまで居座る確率が高い。
その程度には、その行動は読めもして。
「やっぱり…諦めそうに無いか?」
「無理、だと思います」
だから、きっぱり。
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どうやら…古代と同室の先輩方は、変にムキになっている古代を面白がっていたらしい。
島はその翌日に、今更だが改めて守の言ったと同じ事を繰り返して教えられて。
古代と同室のもう1人も早々に種明かしをされたようだが、1年同様に古代は放っておかれて。
唯一「それなりに、まともに会話する」島まで口を噤(つぐ)んでいた結果、それがようやく古代に知れたのは随分と後の事。
元から寮に部屋も違う、専科の違いに今までの何分の一と顔を合わせる事が無かったから、尚更。
「…拗ねてるなよ」
「誰が、だっ?」
久し振りの廊下に、そんなやり取りで擦れ違った。
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Last Update:20060801
Tatsuki Mima