初夢:02

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    …あ、何だ。夢か。
    寝惚けた頭は、枕からなかなか離れられそうには無い。 だから、毛布の下でぐたぐたと寝返りを打ってみたりして。 一応は「起きる努力」もしてはいるのだが、どうやら徒労に終わりそうな。
    まあ…それも、仕方無いだろう。
    それまでの3週間、苛々とさせられて。 それの爆発したところで、島と喧嘩してみて。 お手伝いとは言え、普段触りもしない操縦桿を引きもして。
    要するに…俺がこうもお疲れなのは、島の所為だ。

    …って、何か…腹立ってきた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    時刻は、まあ…本来の起床時間より少し早いという程度。 腹立ちを抱えたまま、もう一度布団を被り直すほどの夜中では無くて。 まあ良いか…と、あっさり起き上がる事を選べるくらいの。
    館内服に着替えてしまっては、何も無い自室(へや)にこれ以上居る理由が無い。 のこのこ…と食堂まで、これまた少し早い朝食に。
    流石に、まだ起きていない者もいるような時間だから、食堂もガラガラ。 だが、この時間でも食事が可能なのは、24時間休み無く進み続けている艦内という環境の所為。

    うーん…どんな夢だったのか、忘れたぞ。

    ガラガラの食堂に、時間にも誰かにも急かされる事が無いから、至極のんびりと。 だから、どうでも良いような事も考えてみる。
    夢ってのは、どうしてすぐ忘れるんだろう?
    今だって、良い夢を見た…という記憶は残っていて、何と無く浮かれた気分だ。 なのに、その断片さえ残ってない事がしばしば。
    今回なんか、その夢の中に生活班長が出てきた…事を憶えているだけ、マシなくらいだ。
「…そう言や、初夢になるんだよなあ」
    …そう。 古代が「良い夢だった」と思っているのは、その中に雪が居たから。 しまった…というような記憶が無い以上、いつもの現実のように口喧嘩にならなかった事だけは確か…だ。
    惜しむらくは、その良い夢の中でどういう事をして、どんな会話をしたのか…を忘れている事。

    それもこれも、あれもどれも、全部島の所為だっ。

    …どう考えても、古代が勝手に愉快な夢を見て、勝手に忘れただけだと思われるのだが。
    あんまりすっきりしなかった寝起きも何もかも引っ包(くる)めて正月早々、友人に八つ当たりする事に決め込んだようである。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    のんびりのんびり…と朝食に取り掛かっていたら、流石に人が増えてきた。 気付けば、至極当たり前な朝食時になっていて。
    そろそろ、無意味な長居は嫌がられそうだ。 残っていた最後の一口二口を、さっさと口の中に放り込んで。 やっと立ち上がって、空いたトレイを返しに行く。
    他がようやく朝食…って時間だ、これまた多少早いのだが仕事でもするか。
    普段よりちょっと早く目が覚めたら、あれもこれも…と全部前倒しになっていく。 だから…こういう何もかも全部、島の所為だ…なんて思いつつ。
「あ、おはよう。古代君」
    出ていこうとしたところで、夢に見た生活班長とばったり。
    他人様に言えないような困った内容じゃ無かった…はずだが、何だか照れるし途惑う。 ああ…とか、ものすごく適当で素っ気無い返事だけをしてみせて、無理矢理に擦れ違う。
    ちょっとばかり…いや、かなり良い気分。 あんな…たった、一言二言。 至極ありふれた、どうでも良さそうなやり取りでも。
    早速、正夢かも。 こいつは新春(はる)から、縁起が良いわえ…って奴?
    だが、出たばかりの廊下に島とまた行き合わせて、そんな気分もぶち壊れる。
    島の方では、古代が自分に八つ当たりしているとは思っていないから、ごくごく普通に朝の挨拶。 だが、古代の方では目覚めからのあれこれで、島をしっかりと無視しながら通り過ぎた。

「あ、島君。良かった」
    何も無かったら、多分そのまま行き過ぎていた。 つい、足を止めたのはそんな…ほっとしたような声の聞こえてきた所為。 振り返れば、呼び止められた島が雪に当たり障りの無い朝の挨拶をしていて。
「あのね…」
    何…と問う島の言葉に促されるように、雪が何かを答えていた。 入口に出入りを邪魔しないようにと、脇に避けた位置で2人の立ち話。

    …ものすっごく、面白くない。

    どうせ、何か…仕事の話だろうとは思う。 どっちも、真面目な顔して話しているから…多分。 だって、俺に話し掛ける時だって、今まで必ず仕事の話からだし。
    まあ…その後でちょっとくらいなら、どうでも良いような話もしなくは無いけどさ。
    あ、でも。 南部とか相原とかが相手なら、最初っから仕事なんで関係無いような話もしてたっけ。 いや…待て。 どっちも結構、どうでも良い雑談したりする奴だよな。

    さっきまで以上に不機嫌に、そして余計な色々を考え過ぎて。 歩く事の方を惰性で済ませていた古代は、まだ辿り着いてなくて開いていなかったエレベーターのドアに、思いっきり体当たりを喰らわせてしまった。
    新年も朝っぱらから、要らぬ醜態を晒した古代である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    島が第一艦橋に「出勤」してきたら、相原が指先をぴらぴらと無言で呼び付けた。 寄ってみれば、そちらを見ないままに古代を指差して。
「何で、不機嫌そうなんです?」
    古代のご機嫌斜めを、何故…俺に訊く? 島がそう思って、そう口にするのもごもっとも。
「だって、古代さんの不機嫌な理由って。 今まで十中八九は、島さんか雪さんが原因ですよ?」
    しかし、相原の答えてくる言葉もとっても正確、ごもっとも。
    訓練学校から一緒…なのは、島だけじゃなく相原も含めてこの艦内、掃いて捨てるほど居る訳だが。 実質的な付き合いで言えば、島だけがその頃からの「友人」。 専科の同じだった南部でさえ、顔に見憶えのの有る程度。
    正直なところ、本気で他人の事なんてどうでも良かった古代からしてみれば、誰も彼もこの艦からの付き合いでしか無い。
    その浅い付き合いに、思考パターンがバレまくりな事に、今更だが大いに呆れる島だ。
    雪の名前がわざわざ挙がっている以上、その園児の初恋レベルな感情も…はっきりでは無くとも知れているんだろう。

    俺だけの気付いたんならともかく、やれやれ…だ。

「どうした?」
「…何が?」
    精一杯、何気無さを装いながら訊いてみれば、古代の返答は最初っから喧嘩腰。
    まあ…食堂前の廊下からずっと、内心で島に悪態吐きまくっていた古代だ。 その当人が目の前に現れて、こっちの気持ちなんざご存知無いまま話し掛けてきたりなんかするから、そういう反応にもなる。
    ただ、島の方も慣れていた。
「全っ部、お前の所為だ。 お前のっ」
こういう拗ねたらしい状態の古代に喋らせるには、しつこく繰り返して怒らせる事だ。 そうすれば勝手に、喋り倒してくれる。
「何が、だ?」
    後は、適当に問いを挟んでいくだけ。
    さて、そんな古代の曰く。 …と言っても、殆ど憶えていない夢の内容までは話したりしなかったが。 お疲れなのも、せっかくの「良い夢」を忘れたのも、何もかも全部お前の所為だ…と。

    …お疲れまでは、まあ…確かに。
    結果的に3週間、艦をあの場所に留(とど)めたのは、自分の判断が原因だったのだし。 喧嘩になった時も、遠慮なんてしなかった。 手伝え…とまでは言わなかったが、手を貸してきたのを払おうともしなかった。
    それが俺の所為だと言われれば、そうじゃないとも言い切れない。
    …だが、その後は明らかに八つ当たりだ。 どう考えても、俺に何の責任も無いだろう。

    島は一つ、呆れた溜息をわざとらしく吐いてみて。 古代はそれに、む…っとした表情(かお)を返す。
「今日は、何日だ?古代?」
「…馬鹿にしてんのか、お前…」
    昨日が大晦日、2199年の最後なら。 今日は新年、2200年1月1日以外であるはずが無い。 子供にだって分かる事だ、改めて訊かれるような事じゃない。
    だから、噛み付くようにそれを言葉に答えてくる古代に、もう一つ溜息。
「1月1日には『2度』夜が有る…って分かってるか?」
「は?」
「12月31日から続く夜と、1月2日に続いていく夜と…だが」
    一方は、もう過ごした。 残る一方は、まだ先だ。
「『初夢』ってのは、1日から2日に掛けて…に見る夢だ。 馬鹿」
つまり、古代の見た夢は初夢では無かった。 普段と同じ、単なる「良い夢」でしか無かった…と。
「普通知らねえよ、そんな事っ」
    確かに。
    これは、学問的知識というよりは雑学の域。 別に知らなくとも、不都合の無い知識。
「この場合。 知ってた方が、無駄に俺に突っ込まれなくて済んだと思うが?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

「まあ…改めて、見直せば? どれだけの『良い夢』だったか、知らないが」
    しれ…っとした顔でそう言ってくれる島が、知らないとは口にしながら実は…何だかすごく分かっているようにも思えて。
「う…るさいっ!」
古代が、思いっきり噛み付いて。

「…何か、さあ。 余計、不機嫌にしただけのような気がするんだけど。 島さんってば」
「古代さんが『仕事』を間違い無くこなしてさえくれれば、一向に構いませんが。 俺は」
    島に相対している古代の真後ろで、そんなやり取りが有ったが、当然気付けないご当人である。

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Last Update:20061207
Tatsuki Mima