風に吹かれて、雪の舞うように花びらが散り降っていた。
もう、随分と永い平穏の時間。
その間に街は育ち、伸び上がって拡がり。
それと同じだけの時間を、そこに住む人たちも動物たちも、そして植物たちまでも年齢を重ねていた。
その当時には苗木だっただろう桜たちも、その背だけは随分と高くなって。
だが、幹の太さはまだ大した事は無く立派だとは言い難いし、空に広がる枝もまだまだ疎(まば)ら。
大木なんてとても言えないが、それでもいつか誰かの意図したままの桜並木らしくなってきていた。
ここを知ったのは、ほぼ偶然。
他人に付き合わされてそれまで知らぬ場所(ところ)に引っ張り出された、その帰り道。
通りすがりに、まだ若い桜の樹皮の…滑らかで特徴的な縞模様に気付いた、それが冬の頃。
春になれば綺麗だろうな…と思った、その時はそれだけで。
思い出したのは、いつも通る道に桜の花の色を見た時。
あの場所の、あの桜たちも揃って咲いているんじゃないかな…と、ふと。
随分と昔になってしまった風景を、思い出した。
古木の立ち並ぶ所、満開の桜、その花の色。
光の加減では真っ白にも見える、だけど本当はそれよりほんの少しだけは艶(あで)やかな。
そうして、見せたいと思った。
この景色を、君に。
◇
◇
◇
◇
花びらの散る下、綺麗…と微笑いながら君が言ってくれる。
その笑顔に、君がこの景色を喜んでいる事が分かる。
そうして、それが分かる自分が…とても楽しい。
…微笑っている君を見る事が?
それとも、君の嬉しがっているという事が?
いつの間にか立ち止まってしまった自分に気付いて、どうしたのか…と君が問う。
何でも無い…と口にして、考えていた事を頭から捨てて、その隣にまで近付いていく。
まあ…良いか。
自分が楽しいと感じている、君も喜んでくれている。
それは、決して悪い事では無いだろうから。
少し思い出すのが遅くて、一番綺麗な頃は過ぎてしまっていた。
満開…とは、まだ花の散らない頃の事。
わずかの風にもはらはらと花びらの散り急ぐような今頃では、見頃…と言うにはあまりにも遅い。
今度は…来年は、もう少し早く。
また君をここに連れて、今回よりも綺麗だ…と言わせてみよう。
そんな事を考えていた自分は、また君から少し離れてしまっていた。
君は相変わらず、右を眺め左を眺め、上を見上げて。
つくづくと、この景色を楽しんでくれているようで。
時期を逸した…と憂いていた事なんて、ほんの少しだけ忘れてしまいそうにも。
そうして君はやっと、またこちらの後(おく)れている事に気付いたらしい。
またもう一度、どうした…と微笑いながら足を止めて、振り返って。
さあ…っと、少し強い風が吹いた。
君の髪と服の裾を強くなびかせて、桜の枝を鳴らし揺らして、それに耐えかねた花びらたちが一斉に散り舞い踊る。
一面の桜色、桜吹雪。
まるで、雪景色。
◇
◇
◇
◇
目の前に、ひどく驚いた君の顔。
…当たり前だろう。
全く何の前触れも無く、この…往来で、いきなり肩をこの両手に押さえつけられてしまえば、それも。
今度は君も、どうしたの…と問い返す事さえ忘れたようで。
驚いた表情(かお)のまま、ただこちらを見上げてしまっていた。
口を突いて出たのは、突然を謝する言葉。
それと同時に、慌てて君からこの手も離した。
思い出したように、その顔に薄く朱を刷(は)いて。
やはり思い出したようにようやく、どうかしたのか…と君が問うてきた。
だが…それに、何も答えられない自分。
…だって、言えないだろう?
桜吹雪がその色の向こうに、君をさらってしまって…見失ってしまいそうな気がした…なんて。
まるで今、そして今までを2人で居た事までが幻想だったかのように。
君の存在を否定するようで…どうしても。
気付けば、君は困ったような表情(かお)をして、こちらを見上げていた。
問いには返答も無く、放っておかれたならそれも当然だっただろうが。
何でも無い…と、また一つ言い訳。
それから、もう一度謝っておく。
一体何を謝っているのか…と、重なる謝罪の言葉に途惑いながら問う君に、この日3度目になる「何でも無い」を繰り返して。
今度は自分も、苦笑交じりに。
君の手を取る。
君の問いを誤魔化すように、それから…自分の不安を打ち消す為に。
君が桜色の景色の向こうに消えてしまったりしないのだと、この手に思い知らせてやる為に。
さっきほどでは無いにしろ、一瞬君は途惑ったような…だが、それも束の間。
そっと…だけどしっかりと、包み込んだこの手を握り返してきてくれて。
…そうだ。
見失いそうだと思うのなら、最初から自分でこうやって確かに繋ぎ止めておけば良かったんだ。
◇
◇
◇
◇
次の季節もまた、ここに。
桜の散り舞う中。
2人手を繋いだまま、そんな約束もしながら。
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Last Update:20070305
Tatsuki Mima