Midway point

NovelTop | 第三艦橋Top

    還(もど)ってきた時、見た目でひどかったのは真田の方だが。 元々「生体」ではない部分の欠落だったから、義手義足を装着(つ)けてさえしまえば普段と変わらぬまま。
「…古代君、貴方は?」
    ものすごく今更、だが。 そんな真田の様子に気を取られていた雪が、思い出したように問えば。
「え?いや、別に…」
何でも無さそうな古代の返答を引っ繰り返したのは、真田だった。
    古代が思いっきり弾き飛ばされたのを見ているから、程度はともかく全くの無傷ではないはずだ…と。

    その時にはどう打ち付けたか明らかな内出血に、当の古代が他には特に痛くない…と言ってしまうので、単純に打ち身だけだと思っていた。
    だから、それだけの手当てしかしていなかった…のだが、そうじゃないと知れたのはその翌日。

    最終的に、ワープの成功確率が半分を切った艦体の損傷のひどさである。 まずは何より修理してしまわないと、先にも進めない。
    それでも幸いだったのは、被弾したように「破壊」された訳では無く引き剥がすように「分解」されていた事。 そのおかげで作業は、「修理」と言うよりは「組立」に近い。
    それを指揮すべき真田が、結果的に無傷に近かった事も幸いなら。 かなり広範に散ってはいたが、剥がれ落ちていった外板などが回収さえ出来ればほぼそのまま再利用も可能だった事も、この際。
「…え?どうしたの?」
    その修理の最中、医務室にやってきたのは。 古代の襟首を掴んで引き摺るように連れてきた、島。
「こいつの透視(レントゲン)撮ったか?」
「え…ううん、撮ってないわよ?」
    医療なんて、根本的に患者の自己申告の上に成り立つものだ。 本人が痛みも不快も訴えない以上、余程引っ掛かるような部分が無ければ勝手な検査にはならない。
    雪の答えるに、島はわずかに天を仰いで軽い…溜息。
「撮ってみてくれないか? こいつ…」
入ってきた時からずっと離していない古代を、雪の目の前に突き出しながら。
「絶っ対、肋骨を折(や)ってると思うから」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    島の推測は、しっかりと的中(あた)っていて。
    どうして黙っていた…と怒ったのは、医療に関わっている佐渡と雪は勿論だったが。 それ以上に不機嫌をあからさまにしたのが、南部。
「何で、そういう事を黙っているんですか〜?」
    こういう場合に、その身長差は効く。 上から見下ろされる…という事が、意識の中ではしっかりと立場的な上下にも摩り替わってしまうから。
    いや…本来の立場なら、古代は戦闘班長で南部はその補佐だ。 命令系統としては明らかに、南部の方が古代より下位。
「あ…いや、だって、ほら…」
    だが、補佐…という事は。 古代に何か「不測の事態」の有った時には、代わって戦闘班の指揮を執る…という事。 その意味でなら、権限としてはほぼ同等…とも言えて。
    だからこそ、何やら言い訳に走ろうとしている古代。
「だって、じゃ有りませんっ!」
こうなると、どっちが上位(うえ)だか分からない。
「元々、第一艦橋(ここ)で大人しくしてる人じゃないでしょう? 止めてもさっさと、ゼロで出撃(で)ますよね?」
    ヤマトから離れてコスモゼロ…小型戦闘機に乗るという事は、加速・減速・旋回…と全ての行動に付いて、その反対の方向にGが掛かってくるという事。 それはそのまま、身体への負荷になる。 もし何処かに怪我が有るなら、なおそれ以上。
「『痛い』くらいで、済んでいるうちは良いですけどねっ」
    ちょっとした事が「死」に直結するのが、小型機の特徴といえば特徴。 全く健康な状態でも、ブラックアウトやレッドアウトに墜落まで至るのは、十二分に在り得る事。 それが、その元から確率を下げるような事をするなんて…南部が今しつこく、煩く言っているのもその所為だ。
「『自殺』した戦闘班長の後を継いで、指揮するのなんで御免ですからね?俺は」
    まくし立てられて黙り込んだ古代に、南部が容赦無く自室(へや)に大人しく寝ていろ…と、最後通告。
「最初っから素直に言ってたら、怒られずに済んだんだろう? 自業自得だよ」
    他の事ならフォローも有るかも知れない島からも、やっぱり追い討ち。 この場合、この場に古代の肩を持つ人間は居ない。
    古代は、自室に居ると言い捨てて第一艦橋を出て行った。

「…あれ、怒ってるんじゃないんですか?」
    見送ったのは、その場の全員。 だが、直後にそう問うてみたのは太田。
「怒ってると言うより、拗ねてるだろうな」
仕事に戻りながらそうあっさりと答えたのは島で、南部はその言葉に苦笑していた。
「でも…俺、間違った事言った憶えは有りませんからね?」
「いや、別に…間違ってるとは思って無いけどさ」
    航海班…航法を専科に選んだと言えど、訓練学校での基礎過程は全く同じ。 砲術の南部が専門外の小型機に付いてあれこれと言えるなら、太田だってそれと同じ程度には理解も出来るから。
    いや…小型機だけじゃない。 外部(そと)に出れば、ほぼ真空の宇宙…という事では大型艦だろうと小型機だろうと、全く同じ。 装備次第で多少違ってくるが、宇宙に単身弾き出されてしまえば即時…から数日までの間の確実な「死」が待っているだけ。
    ここは人類が、生命として発生した地上じゃない。 科学と工学の上にようやく作り上げられた、極めて人工的な「生存の可能な場所」でしかない。
    隔てるものは、外壁だけ。 まさに、紙一重。
    的確な治療を放棄するのは、生存確率を自ら下げる事以外の何物でも無い。 生き残る事を否定する事が、消極的な「自殺行為」だと言い切ってしまう南部の方が、むしろ正しいと感じて。
「古代さんは、どうだか知りませんけどね」
    南部は、そうと前置きした上で。
    訓練学校への入学の前にも、この航海に出る前にも。 生き残るから…と家族に、それだけを言い訳のように繰り返して、そうしてここまで来たのだから。
    だから、どうしても死ねないから。
「自殺願望(シュイサイドマニア)の上官なんて、迷惑なだけです」
    南部がそう、かなりきつく言い捨てるのには、誰も反論しなかった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    佐渡は無理に…とまでは言わなかったが、雪としては医務室に「入院」して欲しいくらいのものだった。
    自分が先頭に立って動く上司…というのは、ある意味「理想の上司」では有るし好印象も持てるものだが、そこはそれ。 恋する身としては、それが仕事であっても無茶も無理もして欲しくは無いから。
    裏返せば、ここまでの航海の間にそういう状況と想いを繰り返してきた…という事でもある。
    古代の怪我の実際が分かったのは、修理の最中。 …という事は、まだワープの出来なかった時。 しかし、それも後数時間。
    何故だか直接の交戦の途切れている現在、少しでも航海の先を稼ぎたいのは当然。 航海長の島の方から、早々にワープの再開なるように工作班を急(せ)いたほど。
    健康で万全な状態でも、身体に負担の掛かるのがワープという航法。 元から負傷しているのなら、それは一体…何倍に。

「…何だよ?」
    いきなり、最大限の仏頂面。
    一旦、第一艦橋に行って訊いてみれば「自室に居るはず」との答えに、わざわざここまで来てやって…そんな出迎えだったから。 流石に雪も、ちょっとばかりはむ…っとして。
「何だよ…って、何なのよ?」
    だが、古代にしてみればそれも当然。
    いい加減不機嫌に、自室(ここ)まで足踏み鳴らすように戻ってきて。 それでもベッドの上、「極めて大人しくしていた」ところに、生活班長…看護師のお出ましだ。
    確かに自分は「怪我人」だが、いちいち監視しに来てるんじゃねえよ…と思ってしまったのも、仕方の無い部分は有った。
    一触即発…と言うよりは、既に丁々発止。 どちらも流石に手こそ出ないものの、言葉のやり取りはあっという間にヒートアップ。
    …だが、しかし。
「別に…止めなくとも。 どーぞ、好きに続けてくれ」
古代の部屋の入口…と言うより、殆ど廊下での痴話喧嘩に。 通行人が「見物人」へと変わっていた事を、2人ともにほぼ同時に気付いた。
「…島君っ?」
「な…んで、お前がここに居るんだよっ!?」
    出てきた言葉も、ほぼ同工異曲。
    但し、雪の場合は単純に「見られていたんだ」という羞恥からだったが。 古代の場合はそれにプラスして、見られるにも事欠いて「何で…よりによって島なんだ」という焦りも大いに。
「何で…もどうして…も、俺の部屋はそこだからな」
    平然として島の答えながら指差したのは、2つばかり先のドア。

    現在(いま)はもう通過(パス)したあの要塞は、通常の戦闘による破壊とは違って「内部まで満遍無く」ぶっ壊してくれて。
    まずは何よりも先に、生命維持に掛かる部分のチェックと補修。 それから確実な通常航行の為に、外板と機関。 敵との遭遇を考えれば、取り敢えずの兵装…と。
    人手と作業量がどうしても限られている工作班が、並列ながらやむを得ず補修作業に「順位」を振った結果。 「自動操舵」に掛かる部分は、思いっきり後廻しにされて。
    そうで無くとも、あの要塞は航行予定…ワープの予定まで吹っ飛ばしてくれた訳で。 観測の予定も大いに狂って、航路の再計算もどうにも仕方無く。
    …という訳で。 操舵に掛かりっきりだった島を筆頭に航海班も、工作班に負けず劣らずほぼ不休に近い状態だったから。
「この後、ワープが控えてるからな。 仮眠取っとけ…って追い出されたんだよ、太田に」
    ようやく、アテに出来るようになった自動操舵に、島が居住区(ここ)に居る訳だ。

    要するに、一時よりは「島が暇になった」事は理解出来た2人である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    如何にも、言い訳。 忘れていた用事を思い出した…事をわざわざ口にしながら、雪が廊下を向こうの方に逃げていく。
「『坊主憎けりゃ、袈裟まで憎い』…か?」
「…何が?」
    古代と、開かれたドアを挟んで向き合っていたのは、雪。 開かれたドア越しなのは同じでも、島とはお互い…真正面からではなく、どちらも少しばかり斜めを向いたまま。
「医者が嫌いなら、看護師も嫌か?」
「別に…」
    さっきの雪を、看護師として怪我人の様子を見にきた…とは、確かに思ったが。 雪が看護師である、その事だけを理由にあんな…言い合いになってた訳じゃない。
「…って、待て。 誰が、医者が嫌いだって?」
「お前」
    当の古代は気付いていないのだろうが、島から見ているとさ…っと顔色の変わったのが見て取れた。 表情としては、僅かに眉根を寄せて不愉快を表した程度。 だが…ごくごく薄く、朱を刷(は)いて。
「俺、お前にそんな事言った憶え無いぞっ?」
「俺も、お前から聞いた憶えは無い」
    お兄さんからだよ…と、ようやくこの頃あまり過敏な反応を見せなくもなった名前を出せば、その面(おもて)に朱の色が強くなる。
    それは明らかに…照れとか、羞恥とかいった感情。
    言った憶えが無い、つもりが無い…という事は、言いたくなかったという事。 言いたくなかった理由は、どういう意味でも「古代にとって」は恥ずべき事だったから。
「言っとけば良いんだよ、そういう事は最初っから。 医者が嫌いだから、何でも無さそうな…怪我してない振りもするんだ、と」
    それをしなかった…出来なかったくらいに古代が嫌っている事は、今現在の反応を見ているだけでもそうと知れるけれども。

    だって…嫌だ。
    両親も、仲の良かった友達も、近所の人も…何もかもを見失った頃。 医者は…病室は、そんな頃を思い出してしまうから。
    逢いたい人は、誰も来ない…居ない。 兄さんでさえ、途中からは任務にどうしても来られなくなった。 そんな事を、否応無く思い出してしまうから。

「雪にしてみれば、気にもなるだろう?」
    そんな心情なんて、知らない。 ただ、1人の医療従事者として。
    一度は上着の前を開かせて、目でも見ている、そうでない手当てもしているというのに…気付かなかった、と。 患者側が騙そうとしていたとは言え、易々騙されてしまうなんて…観察力が足りない、と。
「だから…今、来てたんじゃないのか?」
    その上、雪にとっては恋する相手だ…とまでは言ってやらない。 そこまで、現在(いま)甘やかしてやる必要は、島には無い。
「…多分」
    八つ当たりにああなったが、自分でも思った事だ。 それは古代も否定しない、だが…聞こえるか聞こえないかに呟いて誤魔化す。
    それをはっきり言ってしまう事は、自分が悪かったんだと認めてしまう事になるから。
「まあ…雪は『生活班』だから、戦闘班長(おまえ)にはどうでも良いかも知れないけどな」
    どうでも良く…無いだろう事を分かっていてそう言ってみる辺り、島も古代に対しては何処までも容赦無い。 言い負かすほどに言ってやらないと、気付けない事を承知しているから…だ。
「南部にまで言われるようじゃ、拙いだろう?」
「…南部が、何だって?」
「自殺狂(シュイサイドマニア)」

    死にたい…なんて、今に思った事は無い。
    思ったのは…ずっと以前(むかし)、何もかも失くした頃…が最初で最後だ。

「…でも、南部には分からないだろう?」
    何も言わないのだから。
    言わずに済ませて、それでいて分かってもらおう…なんて無理な話だ。 島にだって、時々見失いそうになってしまうほど。 友人が生きたがっているのか、死にたがっているのか…その行動だけを見ていれば。
「俺だって、南部が何考えてるのか分かんねえよ」
「当たり前だ。 『他人』なんだから、意思の疎通も無く分かる訳が無い」
    それでも…多分、直下が南部だったからまだマシだ。 殆ど会話が無かったとしても、訓練学校に基礎課程(さいしょ)からずっと近くに見てきた人間だったから。
    南部は、古代がろくに「相談」しない事も、勝手に突っ走る傾向の有る事も、負傷を公言したがらない事も多分…全部、古代の言動パターンとしては分かっているから。
    それが、どういう感情と思考から来ているのか…までは分かっていなくとも。
「自分の班のコミュニケーションは、自分で取ってくれ。 最終的には、航海班長(おれ)がフォロー出来る事じゃ無いからな」
    これから仮眠(ね)るんだから、廊下に騒ぐなよ…と。 眠れても眠れなくても、時間に太田が叩き起こしに来るんだから…とも。
    入口に突っ立ったままの古代の目の前を、通り過ぎてしまいながら島はそう言って。
「だったら…俺と話してないで、さっさと寝ちまえよ」
    ドアの閉まり際を狙って。 呟くような捨てゼリフが島の耳にまで届いたかどうか、古代は確かめるつもりも無かった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    ほ…っとした空気の流れる格納庫に、言いたい言葉の為に一呼吸、二呼吸、走ってきた為に少しばかり荒いだ呼吸を整える。
「…戦闘班長っ!」
その南部の声に、油断していたところを驚かされたように古代の肩がわずかに跳ねる。
「怪我人という自覚は、何処に行ってるんです?」
「あ…いや、緊急事態だし…」
    まあ…確かに、戦闘では無いながら「緊急事態だった」とは言えるだろう。 人間(ひと)1人、艦外に拾いに行っていたのだから。
    同じ格納庫内、だが少しばかり離れた位置から。 また「逆転」してるな…と加藤が思って、何だか最近良く見る光景だな…と山本が思いながら、それを眺めていた。
「あの連中は、何の為に存在(い)るんです?」
    そちらを見ないまま、肩越しに南部がそちらを指す。 いきなり振られた事に、説教するのに俺たちを巻き込むなよ…と同時に思った艦載機隊の2人である。
「完治してない怪我人が、先頭切って飛び出さなきゃならない必然性は?」
    怒っている、もしかしたらこの前以上に。 南部の語調がこの間より数段静かな分、古代自身が拙い…と思っている分だけ、それが余計に。
    …取り敢えず。 いっそ真面目に謝って見せるか、どうやってこの場を宥めようか…と、古代の考えている暇も有らばこそ。
「じゃあ、行きましょうか?」
    静かながら、明らかに追及に掛かっていたはずの南部の、無駄なくらいに穏やかなにこやかさに…思わず、思いっきり一歩…後退(あとずさ)る。
「…何処へ、だよ?」
「勿論、医務室ですとも」
    言葉と同時、しっかりと古代を捕まえて、そのまま引き摺っていく南部の…後ろ姿に。
    砲術の方に関わっている分だけ、格納庫(ここ)に殆ど見る事の無かった人が、本当は。 にこやかながらものすごく怒っていたらしい事と、班長相手に対等以上の口利きもする事を知って。

「佐渡先生から許可の出るまで、もう絶対…戦闘機(ゼロ)には乗機(の)せませんからねっ」
    南部にそう通告されながら、性懲りも無く格納庫にふらふら出歩いた古代だが、乗る事は無かった。
    言われた事を律儀に守ろうとした訳では無く、換装整備に分解(バラ)されていて乗りたくとも乗れなかっただけだ。
「南部が『飛べないように』しとけ…って言うから」
    問われてその理由を答えた加藤は、案の定。 班長(おれ)の言うより、何で南部の言う事の方を…と古代にしっかり詰め寄られたが。
「いや…だって、なあ」
    古代より、南部を怒らせた方が後が怖そうだったから…とは、流石に言わずに誤魔化した。

<< Lock-on | Blue sky, fly high:01 >>

| <前頁
Last Update:20060620
Tatsuki Mima