Xmas:02

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    …さて、どうしよう。
    その日までの時間はそこそこ、その為の予算は…それなり。 でも、喜んで欲しい…と思う気持ちだけは、溢(あふ)れてしまうほど。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    苛々…として、いっそ引き解いてしまおうか…とも思う。 だが、それをやってしまうと尚更に間に合わないから、我慢して…。
「もう…っ、また間違ったじゃないっ!」
そう叫んだ途端に針から5つばかり編目が零(こぼ)れて、慌てて拾う。
「やだっ、捻(ねじ)れたっ」
    気持ちの急(せ)かされている時に、編物なんてやるものではない。

    雪の名誉の為に言っておけば、決して編物が出来ない訳じゃない。 慣れてなくて、それほど上手くはない…のは否定出来ないが。
    多少編目が不揃いではあっても、着て出歩いて恥ずかしくない程度のセーターを、きちんと仕上げた経験がある。 そうじゃなければ、誰かの為に編もうなんて考えたりしない。
    それも…よりによって、古代の為に…なんて。
    毛糸を選んで、編み針を引っ張り出して。 自分の編み上げるスピードと残りの日数を、指折って数えて差し引いて。 大丈夫、数日の余裕を残すと思ったからこそ、始めた事なのに。
    雪の計算違いは、自分の仕事の…時間をアテに出来ない不規則さと忙しさを、指折り数える時にマイナスしなかった事である。
    タイムアップまで、あと1週間。 だが、実質を言えばあと…3日?
    何故なら、4日目には古代が航海から帰還(もど)ってきて、当然その後…同じ官舎(いえ)に居るから。 それまでのように、食事も簡単に済ませてまでリビングで一生懸命に。 寝る前に…もう少しだけ、と寝室にまで持ち込んで。 そんな編み方なんて、絶対に出来なくなるから。
    いや…これ、プレゼントなのよ…と先にバラしてしまえば。 だが…それは、出来ればそうしたくない。

「火星か、月に寄り道してきてよ〜。 進さ〜んっ」
    今度は…本当になってしまったら嬉しくも無い事を、泣き言として口にしながら。 それでも、手だけは休み無く動かしている、雪だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    島が航海に出て地上を留守にしている間、回数としてテレサと一番顔を合わせているのは、恐らく…サーシャである。 何故なら、ほぼ毎日その官舎(へや)を訪れているから…だ。
    別に…好きで、その分だけ早く自宅(いえ)を出たり、帰宅(かえ)るのが遅くなる事を承知で寄っている訳では無い。
    実を言えば、留守の間の事を頼まれてるのは両親の方なのだが。 母親の方はろくに出歩かないし、父親の方は忙しさに帰宅が遅過ぎて非常識な時間でないとなかなか来られない。 気安く、常識的な時間に訪ねて来られるのがサーシャしか居なかったという事だ。
    随分と前からの事でもう…慣れているし、何時間も掛かる事でも無い。
「…って、え?何?」
だから、今日も訊ねてきて。 だけど、顔を突き合わせるなり「どうしよう」と言われて、うろうろと慌てる。
「何?どっか痛いとか…っ?」
    だって…困った顔をして、そう言ってきたのは。 もう随分と、お腹のはっきりと目立ってしまっている妊婦だったから。 真っ先に、その言葉が身体の事だと思っても当然だ。
「え…あの、そうじゃなくて…」
    自分の言葉に返ってきた問いの勢いに…途惑いながら、テレサのまた返した言葉にサーシャは思いっきり脱力する羽目になった。

「…何でも、良いんじゃないの?」
    どうでも良いんじゃないか…とは、流石に言わなかった。 だが、どうでも良い事だなあ…とは素直に思った。
    だって…島相手に、テレサがクリスマスをどう過ごそうと、サーシャには本当に何の関わりも無いから。 むしろ、勝手にやってれば?…な事だ。
「でも…」
    また、何も用意してないから…と繰り返すテレサに、少しばかり呆れた様子をそのまま表に出しながら。
「前日に言われたって、私だって困るってば〜」
    そう…カレンダーは23日。 イヴのそのまた前日で、島の帰還の前日…でもあって。
    しかも、もう既に夕方。 この季節だから、そろそろ日没。 今から何やかやと手に入れようと出掛けようとするよりは、同じ混雑してるだろう街ならいっそ、明日の朝になってからの方がよほど楽そうで。
    もっとも、明日。 島の戻って来るまでに…となると、せいぜいで午前中だけ。 それだけの時間では、出来上がってしまっているようなものを買ってくるくらいしか、きっと出来ないだろうが。
    思ったまま、その通りを言って伝えてみればテレサは。 それなら明日、付き合ってくれますか…ととても真剣に、すがるような瞳(め)をして。

「や…だっ! 現在(いま)のテレサさん乗せて、私が運転したって分かったら、絶っ対島さんに怒られるから、死んでもやだっっ!!」
    明日、島が帰宅(もど)って来てから連れて行ってもらえ…と、サーシャは逃げ出した。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「休んでも良いぞ」
    …とは、言われもしたが。 相手だってやっぱり仕事で、どうしたって夕方から…になってしまうから、それは丁重に断った。
    なら…と苦笑しながら、定時で終わって構わないから…と重ねて言ってきて。 それは…むしろこちらから願おうとした事そのものだったから、有難く聞いておいた。
    普段の、何でも無い日にお互いの休みを合わせようとしてシフトを動かしてみたり、たまには休暇を願ってみたり。 そんな事は全くどうとも思わないのに、何かしらのイベントのある日に…となると気恥ずかしさの立つのは、何故だろう?
    そんなことを思いながら、数日間の仕事をこなして…そうして当日。
    定時には終わったが、その後に少し手間取って。 急ぎ足で降りてきた玄関先に、自分を待っている人の背中を見付けて…何だかちょっとだけ嬉しくて。 そこからまた…少し急いで小走りに、その人の横まで。
「ごめんなさい、相原さん。 お待たせしました」

    晶子の声に、振り返って…家出してきたのかと思った相原だった。 それくらい、晶子が両腕に下げて抱えていた荷物は多かった。
    当たり前のように、晶子の手から荷物を分け合って受け取って。 抱えてしまいながら、その中にどうやら衣類の無いらしい事を見て取って、そうじゃないな…と。
「何処に行きます?」
    …と問われて、曖昧に「何処でも」と言ってしまわないのは、ある意味晶子の良い所だ。 相原の方ではっきり何処に行こう…と決めているなら、そのままを言えば良いし。 予定を決めてないなら問うて、言葉に戻ってきた場所に付き合えば良いのだから。
「相原さんの官舎(へや)に」
    案の定…そして、今日は全く考えるという淀みも無く。
「…はい?」
それを聞かされた相原は、とても素直に…途惑った。
「…って、え?僕…の?」
「ええ、そうですわ」
    相原がうろうろとして訊き返すのに、晶子はあっさりと…にっこりとして返す。
「だって…相原さん、うちでは気を遣いますでしょう?」
だから、料理もケーキもちゃんと作って持って来ました…とまで言われて、この大荷物はそれか…と思いつつ、返す言葉に詰まる。
    確かに、晶子の自宅にお邪魔するのは、相原としてはものすごく気を遣う状況である事は間違いない。 それを避けようとしてくれた事は、とっても有難い。
「あの…都合悪かったですか?」
    さらに、そう問われて慌てて思いっきり首を横に振る。 晶子が来てくれる事は、決して嫌な訳では無いから。

    ただ。 女性を自分の部屋に入れるという事が、自分が女性の部屋に入るより…別の余計な気をものすっごく遣うんだよ〜…と。
    隣を並んで歩く相原が、そんな事を思ってるなんて全く知る由の無い晶子だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「何で、お菓子なのよ〜」
「実年齢ならまだ、そんなもんでも誤魔化せる年齢(とし)だからな」
    ちょっとばかり早い帰宅に、サーシャはまだリビングに居て。
「寝てれば、こっそり枕元に置いてやったのに」
制服の上を脱ぎながら、守は真顔で…ひどく詰まらなさそうに。
「え〜?じゃあ、今から寝るから置いてよ。 服が良いなっ」
「2つも3つもくれてやる義理は無い。 欲しけりゃ、真田か進から踏ん手繰(だく)ってこい」
    腕にぶら下がってくる、育ち過ぎて今ひとつ可愛らしくない娘を引き剥がして、リビングから追い立てた。

    そんなやり取りを横から、くすくす…と。
「…で? 私には、何も無いのね?」
そして、軽い嫌がらせ。 別に物が欲しい訳ではなく、ちょっと…その人を困らせてみたい為だけの。
    素直に甘えて、じゃれ付いていられる娘が、ほんの少し…羨ましくも感じて。
「…物は、な」
「…え?」
    不意を突かれて出た言葉に、守は答えないまま一旦リビングから寝室の方に入って…消えて。 また戻ってきた時には、その手に2人分の上着。
    座っている自分の手を取って引いて、立ち上がらせるから。
「外に…行くの?」
「今日辺りは、この街も結構綺麗だぞ?」
そう問えば、そんな言葉を返してきながらこの手に上着を押し付けるように。 そうして手の空いたところで、自分はさっさと上着を着込んでしまって。
「普段は、そうそう…自慢出来るような街(ところ)じゃないけどな」
    そう言いながら、改めてこちらに手を差し出してくるから。 だから…つい、その手を取ってしまって。

    少しばかり歩けば、イルミネーションの瞬く通りに出て。 それに引かれて出てきたような人の流れに、流されて逸(はぐ)れないように…その腕を捕まえて。
「…私、何も用意して無かったわ」
    …と、今更思い出したように。 捕まえた腕越しに、真上に見上げてしまいながら口にすれば。
「隣に居るだろ」
    …と、それだけ。

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Last Update:20051104
Tatsuki Mima