Xmas:03

NovelTop | 第三艦橋Top

    11月も終わる頃になって、帰還(もど)ってきて。 いつもの通りに書類提出などの雑務を済ませれば、次の航海までの休暇となる。
    しばらく振りに、官舎(いえ)でのんびりと。 飽きるまで子供の相手をしてみたり、奥さまとは…えーと…その、まあ…色々と。
    そうして、数日。 月も変わってから古代は、この月末にクリスマスというイベントのある事と、次の帰還がそれをしっかり過ぎてから…になる事をようやく思い出した。
    いや…正確には、今年最後の航海明けるのが年末ギリギリになる事は、予定として疾(と)うに知らされていたし。 その事自体は、古代も決して失念もしていなかった。
    失念していたのはその日程(スケジュール)だと、12月25日に自分は「何処に居るのか」という事だけだ。
「うわ〜っ、どうしようっ」
    さあ、大いに慌てる。
    何しろ、雪の誕生日だとかこういうイベントを忘れてた、遅れた、間違えた…といった「前科」有りの古代だ。 その結果がどんなザマで、その決着がどうなったか…に付いては、もう嫌と言うほど。

    サンタクロース「代理」の父親…としては、子供たちには申し訳無いが、地上に居ないものはどうしようも無い。 誰かに、代理の「代理」をお願いするしかない訳だ。 そしてこの場合、それは必然的に母親だろう。
    そこまでは難無く辿り着いた古代だが、さて…そこからが困った。 じゃあ、その母親…雪へのプレゼントは、さて「誰が渡すんだ?」という大問題が有ったからだ。
    出航までは、あと数日。 それはクリスマスまでには、たっぷり半月以上も残す。
「開けるなよ? 当日までは、絶っ対に開けるなよっ?」
…と言って、直接手渡す…のはかなり間抜けな気がする。 ちょっと早いけど…と渡しても、いささか手前過ぎるような気が。
    なら、やっぱり誰かに頼むしかないか。
    そう思って、その日に間違い無く地上に居そうな人間を思い浮かべてみれば…実兄とか、姪とか。 あっと言う間に、何処まで話を配り廻ってくれるやら知れたものじゃない、通信技官とか?
    …って自分から、話のネタを与えてどうする。

「24日に、雪さんに…ですね」
    散々考えた挙句、お願いします…と古代が頭を下げたのは。 はい、分かりました…と笑って快諾してくれた、友人の奥さま。
    わざわざ調べようなどと思わなくとも、何処かから必ず聞こえてくるので。 島が既に出航(で)ていて、その帰還の予定は自分と大差無い…なんて事は、先刻ご承知の古代である。
    例によって、例の如く。 島が、もし日程を繰り合わせて縮めてきたとしても、それはどんなに早くとも25日の朝だろう…と踏んだ。 そうじゃなければ、テレサがどれだけ素直に…何も訊かないで承諾してくれるだろうと分かっていても、頼む訳が無い。
    最終的に、突っ込まれるだろう事は諦めるが。 リアルタイムで「その場に居合わせる」というような、大きなネタを振ってたまるかっ。

    さて、奥さまへのプレゼントの手配を間違い無く済ませて。 さあ…心置き無く、次は子供たちへの…と思った古代だったのだが。
「…私の分は?」
    どうやら、子供たちの分しか無いと思い込んでしまった雪に。 どーせ私より、弥生や飛鳥の方が可愛いわよね…と拗ねられてしまう事態になってしまったりして。
    早過ぎるとか思わないで、直接渡しとけば良かった…と後悔しても既に、後の祭り。
    他人(ひと)に頼んでるんだよ…と、本当の事を言い訳しつつ、ご機嫌取りつつ。 だが、回復し切れないまま…ご機嫌斜めな背中に見送られて、我が家を後にした古代だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「指輪が良いな。 『フェイ』の、冬新作」
    当然のように、クリスマスプレゼントをリクエストする一美(ひとみ)だ。 店と品を指定する辺り、かなり具体的である。 サイズは既に知れているので、今更言わないが。
「…弟から『指輪』貰って、嬉しいか?」
    そして、リクエストされている側に居るのは太田。
    改めて訊いてみるのは、ねだられたその指輪というものがアクセサリー類の中でも、かなり「特別な意味」を持っている代物だから…である。
「彼氏(おとこ)が居れば、そっちに貰うわよ。 当たり前の事、訊くんじゃない」
「姉さん…それ、威張って言う事じゃないだろ」
    確かに、女性としては威張れる話じゃない。 弟として身近過ぎるだけにちょっと…その理由の分かる気もしながら、その辺りを容赦無く突っ込んでみたのだが。
「そう言うあんたは、どうなのよ? 私以外に、そんなものねだってくれる彼女(おんな)居る訳?」
    まさに、ヤブヘビ。 思いっきりな反撃を喰らった太田である。

「え〜? ひーちゃん、指輪〜? じゃあ…私、服。 服が良いっ」
    リクエストその1が姉からなら、その2は妹から。
「えーと…『Knight』のスーツと、靴は…『アイル』が良いな。 …で、差額幾ら?」
「そうね、まだバッグがねだれるわよ」
    こちらも、かなり具体的。 やっぱりサイズは知れているから、その事に関しては一美同様全く口にしない三希(みき)だ。 しかも、2人で勝手にその金額を大体揃えようとしていたりもして。
「…お前ら、俺を何だと思ってるんだよ?」
「え〜? そりゃ、こういう時の『お財布』」
    問うてみれば、真顔で2人口を揃えて、そんな端的できっぱりとした回答。
「だって、健ちゃん。 稼いでも使わないじゃない、実家(うち)に居るんだし」
「そりゃ…彼女(おんな)も居ないのに、出てく必要性は感じないでしょ」

    リクエストなんて聞かなかった事にしよう…と、心に固く誓った太田である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ねえ、絵梨さん? 欲しいものって、何か有ります?」
「欲しいもの?」
    もう12月だ、そして絵梨の誕生日はこの月ではない。 明らかにクリスマスを前提に、話を切り出してみた南部である。
「そうねえ…取り敢えず現在(いま)は切実に、踏み台が欲しいと思うわ」
    それが分かっていないじゃ無かったのだが、そう言って絵梨は食器棚の一番上辺りを指差した。
「…気が付きませんでした」
「分かれば良いのよ、分かれば」
    苦笑しながら立ち上がった南部に、洗って拭き上げた数枚の食器を手渡して。 その皿は何処、この器は何処…と指示もする。
「さっきの話ですけど…」
    今度は、台所の方に残っていた鍋を片付けさせられている南部だ。
「パパもママも居ない時の為に、踏み台はやっぱり欲しいわね」
「…本気で、買いますよ?」
「軽いのにしてよね? 使うの、あたしなんだから」

    絵梨の家事上のリクエストとして、踏み台が欲しい…という事なら買う事に異存は無いし、そう決心したのは良いとして。 流石にそれを、6歳女児のクリスマスプレゼントにして済ませるつもりは無かった。
「あたしのなんか、どーでも良いじゃない」
    いや…絵梨にだって、あれこれと欲しいものは有る。
    踏み台だとか、洗剤だとか…そんな子供らしくない、異様に実用的なものだけじゃ無く。 もう少し子供らしく可愛らしく、玩具の類だとか服だとか…色々と。
「適当なものを、勝手に買ってくれば良いのよ」
「貰って、嬉しくないようなものだったらどうするんです?」
「それくらいの失望は、人生の試練のうちの一つでしょ。 くれた人の責任じゃないわ」
    だが、悟ってもいた。
    これまで願ってきた事が、全て叶うようなら。 最初から、身近に父親も居たはず。 母親だって、出張も有るほど不規則で忙しい仕事には就いていなかったはず…だと。
「…何で、そう無闇に悟ってるんですよ〜」
「色々有ったからよ、今までに」
「有っても、普通。 そこまで悟りませんっ」
    相変わらず、実年齢と思考回路のギャップの激しい絵梨である。

    次の航海が、今年最後…だ。 帰還(もど)ってくるのはギリギリ25日、何とか間に合うような時刻。 その代わり、新年早々の航海も既に決定済みだが。
    そうして、その出航が2日後にまで近くなって。
「ね〜、絵梨さんってば〜っ」
    南部にしてみれば、今日明日のうちに何とかしておかないと、帰還後では入手が間に合わない可能性がものすごく高い訳で。
「…泣きますよ〜?」
「パパ…煩(うるさ)いわよ?」
    どんどんしつこく、行く先行く先ついて廻ってきて訊いてくる父親に。 いい加減、絵梨も鬱陶しさと面倒さを隠せなくなってきた。
    第一、南部が本気で泣き付いてきかねない事も、良く分かっていたりして。
「あ〜、もうっ」
    呆れた、溜息を一つ。
「あたし、4月から小学生よ? 分かった?」
それ以上のヒントはあげないからね…とだけ言い捨てて、くるりと背を向けた。
    あ、そうか。
    その為に色々と用意しなければならないものが、たくさん有るという事で。 その中から何か、前倒して贈れば良いんだ…とまでは思い至った南部なのだが。
「…絵梨さ〜んっ。 多過ぎて、どれを選んだら良いのか分かりません〜っ」
「泣き付いてくるんじゃないのっ!もうっ!」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …さて。 娘に、何をくれてやったものか悩んでいる父親は、ここにも1人居た。
「…何やっても、一言二言の文句言うからな〜。 あいつは」
    その代わり、何を貰ったとしても。 確かに文句を言いながらでも、残さず食べ終(しま)うし無駄無く使い切るのも、またサーシャなのだが。
    つまり、今ここで悩んでいるのは、守である。
「そうか?」
ただ、問題は。 その「ここ」が科学局で、真田の仕事を微妙に邪魔している…という事だ。
「…お前は、今年は何なんだ?」
    この数年、クリスマスなどで真田の「サーシャへのプレゼント」と言えば、極めて実用的に何かしらの製作・修理・改造…のどれかで済んでいる。
「今年『も』、四輪(くるま)の改造だが?」
「毎年毎年…これ以上、何処を突付くつもりだ。あいつは」
    …と、言うより。
    流石のサーシャも、真田相手に服やアクセサリーをねだってみるほど間抜けてないだけだろう…と、守は踏んでいた。 そう考えてしまう程度には、友人の「流行への関心度と、その理解」は無いと信じているからだ。
「最初っからフルカスタムでお前が造った方が、早いんじゃないのか?」
「俺も、そう思う」

「…って言うか、普段じゃなくてこういう時にこそ、あれだこれだ…とねだれっ!」
    …そういうセリフは、八つ当たりと呼ぶ。 相当に、思考が煮詰まってきた証拠でも有るが。
「真田にははっきり、リクエストするくせに〜っっ!」
「…ねだられた時に、いついつまで待て…と言っておけば済む問題じゃないのか?」
    今、ここに居ない娘に向かって吠え始めた守に、真田が自身のパターンを呟いてみた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…はい?」
    本日も少しばかり遅い帰宅をした奥さまに、サーシャの欲しがっているものの心当たりが無いか…と訊かれて、素直に間抜けた返答をしてみた。
    いや…晶子がそんな事を訊いてくる背景(うしろ)に、守以外の誰が居るはずは無いのだが。
「え…?えーと…何だろう?」
    また素直に、首を捻ってみながらも。 どうして、何でも簡単に僕に振ってくるかな…と、心の内でぶつぶつと文句を。 せめて、仕事の関係だけにしてくれ…と思う相原である。
    あれが欲しい、これが欲しい…とは結構良く言ってもいるサーシャだが。 そんな事は…正直、相原だって幾らでも言う事だ。 言った全部が、本気で欲しい…とは限らない。
    ここ最近の会話を、ざっと思い返しただけでも。 猫とワンピースと、製図用T定規とフライパン。 山と戦闘機に子供、花と数学の問題集。 兄弟、万年筆、庭、時間、胸。
    …何か、参謀が思いっきりキレそうなものが交ざってるし。
「…猫とワンピースと、花?」
「じゃあ、そう伝えておきますね」

「それで…こちらは、どうしましょう?」
    遅い夕食を済ませて、その後を片付けている途中で晶子が。
「…そうなんだよねえ」
隣から答える相原は、洗い上げた皿を拭いてしまいながら。
    壱弥も、あと数ヶ月で3歳。 何語を喋っているのか今ひとつだった去年の今頃、随分と日本語らしくなった今日この頃。 あれが好き、これは嫌い…という自己主張も、それなりに。
    まあ…簡単に言えば、そろそろ適当では誤魔化しが利かなくなってきた…とも言う。
    はっきり言えば、余所様のお嬢さんへのプレゼントの内容に付いて、頭悩ませている場合じゃなかった。 我が家の方が、全く片付いていないのだから。
「何か…欲しいとは言ってないんですか?」
    晶子にまたもう一度、今度は余所のお嬢さんではなく我が子の事だったが、訊かれてしまう。
「えーと…」
    一般的なご家庭なら、母親の方がきっと父親より子供と顔突き合わせている時間が長いのだろうが、ここでは逆。
    晶子の方が出勤(で)るのが早くて、帰宅(かえ)るのは幼児ならそろそろ寝てしまう時刻。 ごくたまに…だが泊りでの出張も有るとなれば、定時に出て定時に戻ってくる相原の方がよっぽど、子供の近くに居て会話も多いからだ。
「…ごめん。 『スカート』しか、思い付かない…」
「え…?」

    来年からは通園させる事も考えているが、現在の所はまだ晶子の母親が預かってくれている。
    一番長い時間を遊んでいるのは…多分、島さんちのはるかと古代さんちの弥生。 その2人に引き摺られるようにして行く先に居るのは、サーシャだったり南部さんちの絵梨だったり。
    …つまり、壱弥の行動半径中には、ものすごい高確率で女性ばかりだという事。
    幼児のうちは、外見的な性差はそれほど無い。 当人たちにも、あまり男女の意識は無いだろう。 だから、とても単純に「自分だけ服装が違う」ように思ったのだろうけれども。

    子供って、何を思い付くんだか…油断ならない。 それが、その時の感想だったのだが。
「…そうですねえ。 壱弥が欲しがっているなら、1枚くらい買いましょうか?」
「嫌ですっ!」
    晶子さんも、何を思い付くんだか…ホントに油断ならない。 同じような感想を、全く違う意味で思った相原である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    古代の読みは、おおよそ的中(あ)たった。 日程を繰り合わせた結果、島が帰還したのは25日の午後早く。 従って、帰宅したのはもう夕方になっていた。
「お帰りなさい、島さん」
「島さーん、お帰り〜っ」
    玄関で2人の出迎えてくれる事も、いつもの通り。 一つだけ違っていたのは、はるかが即座にリビングの方に走り戻って。
「ねー、見て見て〜。 サンタさんに貰った〜っ」
その身の丈より大きなウサギを、無理矢理引き摺ってきた事。
    自分で選んで、配達を頼んでおいて…何だが。 床が綺麗になりそうだ…と島が思ったのは、内緒。

    帰還の予定が、クリスマスを大きく過ぎている事に気付いたのは、やっぱり出航の直前。 その意味では島も、古代を決して笑えない。 その出航が一応、先月のうちだったから…というのが、ようやくの言い訳だ。
    だが、そんな言い訳も子供には通じない。
    子供にも子供なり、狭くて小さいながら「世間」が有るし、そこでの付き合いも有る。 そうして、大人たちのそれより…確実に容赦無い。 わずかな優位にも優越感と羨望をあからさまに、逆はまたそれ以上。
    だからこそ、はるかの分だけは何とか。
    座り損ねて引っ繰り返ったウサギに、ちゃんと座らなきゃ駄目…などと「説教」しているところを見れば、はるかのお気に召したようで。 出航直前のどたばたも、無駄じゃなかった…と安心した息を吐く。
「…ごめん。 この休暇(やすみ)の間に、何か選ぶから」
    だが、それを裏返せば、奥さまには「何にも無い」イブを過ごさせてしまった…という事でもあって。
「でも…今日はまだ25日ですよ?」
    予定ではもう少し先まで居ない人が、予定より早く帰還(もど)る事が当たり前だとしても…今日帰宅(かえ)ってきた。
    予定がどれだけ早くなるのか…なんて、相原の知った事がサーシャに伝わって、ようやく前日にならないとテレサにまで知れない。 そのタイミングが良くなければ、島の実際の帰宅の方が早くなってしまうからいきなり驚かされる事もよほど多くて。
「何事も無く戻ってきてくれるのが、一番です」
    今回は、驚かされた方。 だが、それも…嬉しい事だから良い事だ。

「あ…忘れるといけないと思ったんです」
    カレンダーの24日に丸が付いていて、隅の方に雪の名前も書かれていて。 それをテレサに問うてみれば、そんな回答。
    何と無く…どういう思考の最後に古代が、テレサに頼み込んだのか分かったような気がして、苦笑する。
「…で、誰と? サーシャ?」
    ただ、テレサは車の運転が出来ない。 かと言って、テレサと移動する時に交通機関を使った事も無いから、恐らくその利用を知らない。 いずれ誰かに運転をお願いして、雪のところに行ったはず…だからだ。
「ええ」
    ほら、案の定。
    だが…古代がどれだけ考えてお願いしたテレサは、サーシャという「スピーカー」を知らず連れて行ってしまった訳だ。 今日はサーシャにも相原にも逢う事の無いまま司令本部を出てきたが、さぞかし噂の広まり切っている事だろう。
「あいつも、もう少し考えれば分かるだろうに…」
    島の呟いた言葉に、テレサはきょとん…として首を傾げた。

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Last Update:20061102
Tatsuki Mima