「…馬鹿?」
帰宅したら、愛する奥さまからきっぱり、はっきり。
つれない…を通り越して、非常に冷め切ったご感想を戴いた古代だ。
しかも、それについては一言も返せない。
帰ってくる途中、自分でも「ホントに馬鹿だよなあ」としみじみ感じていたから…である。
「弥生に、まだ分かる訳ないじゃない」
ええ…もう、本当に仰る通り。
春に生まれた弥生は、まだ1歳になっていない。
座り込んで、あれこれ突付いてみたりするようになった程度。
立ち上がろうとする素振りは有るが、それもまだ。
「お子様も、きっと喜ばれますよ」
何が何でも売り付けてしまいたい店員の、にこやかな笑顔と共にそう言われて。
つい…その気になって古代が買ってきたものは、クリスマスツリーとそのオーナメント一式。
◇
◇
◇
◇
まあ…買った以上は、仕舞い込んでおいても仕方が無い。
…という訳で。
居間の隅の方で、買ってきた箱を開け袋を開け。
そんなものたちに囲まれて、一体何処のフリーマーケットの売主だ…という状態の古代である。
「どう?
出来そう?」
「これくらい、大丈夫だって」
だったら、さっさと組み立てれば良いのに…と思う雪だ。
まださっぱり組み上がっていないのは、薄っぺらい説明書きをじっくりとことん読み込んでいた時間の所為。
そんなもの見なくとも、ツリーくらい勘でも間違い無く組み立てられそうな気はするが。
説明書(マニュアル)と名の付いたものは、つい読んでしまう…というのは最早習い性と言っても良いだろう。
しかし、いざ組み立て始めてみれば、雪の思った通り難しい訳でも無くあっという間に組み上がって。
後は、飾り付けを残すのみ。
ほら見ろ、ちゃんと組み立てられただろ。
内心、ちょっと威張ってみる古代だったが、結果的に時間がものすごく掛かったのだから、あんまり威張れた話でも無い。
さて、これから飾り付けなのだが、ここでちょっと悩む。
子供の頃には、ごく普通にクリスマスをイベントとして楽しんでいたが、それも地上に居た頃まで。
それから先は両親も居なかったし、兄は既に仕事に就いていて留守がちで。
カレンダーの中の1日としてのクリスマスは、毎年必ず過ごしたが。
イベントとしてのクリスマスは、余所から眺めているだけ…のものに成り下がって、身近に在るものではなくなっていたからだ。
…つまり、クリスマスツリーと言えばこう…というイメージは有るのだが、かなりぼんやりしたもの。
これとこれ、と薦められるまま買い込んできたは良かったが、どう飾り付ければ良いものなのか。
「雪〜ぃ」
こういう時に奥さまにあっさり泣き付ける辺り、素直と言えば良いのか。
「…適当に飾り付ければ?」
問われて雪は、今度は呆れて言葉を返した。
「適当に、万遍無く散らばせれば、それで良いんじゃないの?」
対して雪は、地上に居た時も地下都市に潜ってからも、ごく当たり前のようにクリスマスを楽しんできた。
ツリーを飾るのも、そのうちの一つだ。
母親ときゃあきゃあ…とはしゃぎながら、それこそ適当に、ややこしい事なんて少しも考えないで。
「…そんなもんか?」
だから…我が夫が、何をそんなに深くややこしく考えているのか…が分からない。
その両親を失った経緯などは、当然の事として知っていても。
それからどうやって生きてきたのか…も、当たり前に知っていたとしても。
「そんなものよ。
…多分、だけど」
自分たちが楽しむ為のクリスマスなら、雪と出逢ってから何度も。
しかし誰かを、家族を…娘を楽しませる為のクリスマスは、初めて…だったから。
「そーかな〜」
だから、まだ納得出来ていないようで。
古代は、しきりと首を捻ってみせながら。
「…も〜、しつこいわよっ。
ねえ、弥生?」
雪は古代への文句を、娘への話し掛けにすり替えて。
◇
◇
◇
◇
あーでもない、こーでもない。
駄目だ、ここだと、他とのバランスが悪い。
まるで知恵の輪か、ジグソーパズルか…の試行錯誤っ振り。
それだけ古代は真剣な訳だが、雪にしてみれば苛々の募るばかり。
古代がオーナメントを床に散らかしている限り、何でも口に入れかねない弥生を床に放っておく事が出来ない。
それが、その理由。
普段ならもっとずっと弥生に気を付けて見てくれる古代だけに、ツリーの飾り付けの方に集中してしまっている今は尚更。
弥生を置いといて家事をする事も出来ない、旦那さまが構ってくれる訳でも無い。
「もう、いい加減にしてよねっ」
◇
◇
◇
◇
床の上から、オーナメントは綺麗さっぱり消えた。
その辺りに散らかっていた紙ゴミなども、ついでに。
そうして、クリスマスツリーが見事に出来上がった。
「綺麗ねえ」
さっきまでのお怒りは、一体何処に行ったのやら。
出来たぞ…という旦那さまの宣言に寄ってきた奥さまが、素直にそんな感想を口にした。
「だろ?」
奥さまの率直な褒め言葉に、大いに得意気に胸を張ってみせる古代だが。
そこまで威張ってられるほどの重労働でも無かっただろうし、頭脳労働でも無かっただろう。
いや…頭脳は、それなりに使ったかも知れないが。
「ほら…弥生」
今まですっかり忘れていたように構ってやらなかった娘を、雪の腕から奪い取るように抱き取って。
「綺麗だろ?」
と、その目の前に。
自分が散々時間を掛けて飾り付けたツリーを、見せてやる。
振り廻されて、一瞬きょとん…とした表情(かお)をしてみせて。
それからようやく、今まで見た事の無い色と形をしたものに興味津々。
「あっ、こらっ」
うーとかあーとか、人語だか鳴き声だか分からない事を言いながら。
精一杯手を伸ばして触った…と思ったらもう、全く遠慮無く引っ手繰(たく)って。
「俺が、せっかく〜っ」
「初めて見るんだもの。
そりゃ、興味有るわよ」
早速、その硬さと味と形を口で確かめようとしている弥生の手から、赤ん坊の玩具にするにはちょっと小さいそれを、そう言いながら雪がやんわりと取り上げた。
取られて何だか苦情を口にしているらしい弥生だったが、別の…もう少し大きいオーナメントを1つ雪から手渡されて、それでご機嫌を直したようだ。
「あ、おいっ。
外すなよ〜っ」
「良いじゃない。
ほら、弥生楽しそうよ?」
目の前を動く母親の指につられて、弥生が父親の方を見上げた。
渡された方もとっとと口にくわえた弥生の、真ん丸い目と。
その弥生を誘導してきた雪の指先の両方が、古代の目の前に。
苦笑しながら、古代が呟いた。
「…まあ、良いか」
今年も雪と2人きりだったら、きっと買っていない。
弥生に見せてやりたい…という思いだけで買ってきたのだ。
その当の弥生が、自分の思っていたのとは全く違う方法であっても、それを楽しんでいるなら…それで。
「大丈夫よ。
来年はもう少しちゃんと見てくれるから、きっと」
「そうかな?」
「そうよ」
家族が揃っていて、こんなちょっとした事にも笑っていて。
誰かと居る事は、去年までにも。
だけど…こんな12月は、ものすごく久し振りな気もして。
「…あ、でも。
もしかしたら、突付き壊すかも?」
「も〜っ、止めてくれよ〜」
口だけは文句を言う、しかし苦笑もしながら。
…こういうのが、きっと「幸せ」って言うんだろうな…と。
ものすごく噛み締める訳でも無いが、何と無く。
あの頃って「幸せ」だったんだろうな…と、随分と以前(まえ)に失った時間を思い出しもしながら。
◇
◇
◇
◇
「あら…だって、進さんが弥生見ててくれなかったからよ?」
旦那さまの問いに、奥さまがあっさりと答えた。
「だから、夕食の用意が出来なかったのよ」
子供がまだ小さいから…と、当たり前のような時刻にも戻ってこられる現在だが。
それでもやっぱり、航海の合間で自宅に居る時には古代が簡単な夕食くらい用意しているのが常。
ツリーに掛かりきりでそれも無かったのだから…と言うのが、雪の言い分だ。
…という訳で。
何故か外食のテーブルで、注文した料理の来るのを待っている古代さんちのご家族である。
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Last Update:20071205
Tatsuki Mima