Simulation:03

NovelTop | 第三艦橋Top

おまけ:その2

    いつもの通り、仕事としての半月ばかりの航海から、無事に帰還(もど)って来て。 いつもの通りに、しなければならない帰還直後の作業も全て滞りなく済ませて。
    実際、着陸を済ませてから随分の時間を過ごして、やっと艦を降りてきてみれば。
「島さん、お帰り〜」
私服の南部が、ぴらぴら…と手を振っていて。
    いや…服装はどうだろうと、そもそも「たかが、通常の航海」に、南部に限らず「友人連中」の見送りも出迎えもあった記憶が、ろくに無いから。
「何か、有ったのか?」
この際、島がそう問うのは至極当然。
「有りましたとも。 案の定、相原君が捕まっちゃいまして」
    けらけらと笑いながら、振り返りもしないままで南部が示す方向には。
「ああ…バレました?」
「当たり前だ。 バレないとでも思ってたのかな?島君?」
普段に変わらない軽口を叩く守が、そこに立っていて。
「いえ…出航前にバレると思ってたんですけど、遅かったですね」
「…殴ってやろうか?」
「宙港(ここ)で『参謀職』が俺を殴ったら、ものすごく目立ちますよ?きっと」
    今日は休みなんだろう、守も私服だったが。 たった今、下艦(お)りてきたばかりの島は、当然に制服で。
    宙港そのものは民間との共有施設だが、今居るここは完全に軍の施設…と呼んで良い場所。 身長だけでもやたらと目立つ守を、参謀職だと気付いているものは…既に、そこら中に散らばっている訳で。

    殴るのは、後でも…いつでも出来ると思い直して、取り敢えずは腹立たしさを呑み込んだ守だった。

「島さんなんか、まだ良いですよ」
    建物の外、駐車場まで出てから、守はキーホルダーを投げ渡す。 それを当たり前のように受け取りながら、南部は…やっぱり笑いながら、そう。
「俺ん時なんか、制服で来るんですよ?参謀が。 取っ捕まって、引き摺って来られた相原も制服だし…もう、目立って目立って」
…それは、ある意味確かに、笑うしかない。
    古代を中に置いて、個人的に見知っているからこそ、当人たちにはさほどの違和感が無かったが。 公的には「参謀職」が、たかだか一介の「輸送艦艦長」だの「パトロール艇艇長」を、わざわざ宙港まで出迎えに来た体(てい)だ。 普通には…在り得ない。
    ぱっと見に反して、実際には結構…不機嫌らしく。 守は先に立って、とっとと歩いて行く。
「お前の帰還(もど)ってきたのは?」
「1週間前ですね、俺の艇は」
その後からついて行く形で、島がそう問えば。 手のひらにキーホルダーを鳴らしながら、南部が答えて。
「その3日前みたいですよ、相原が古代さんに捕まったのは」
    今は出航(で)てますけどね…と、空…それを通り越した大気圏外を指し示しながら。
「…お兄さんじゃなくて、古代に…か?」
    バレるのは相原からだろう…とは、最初から思っていたが。 気付くのは守か真田で、古代…だとは島も考えていなかった。
「そりゃ勿論、雪さんから…ですよ。 所属が、同じ『秘書室』ですからね」
    誰が…とは言わないまま、苦笑してみせる南部だったが。 わざわざ問い質(ただ)さなくとも充分に分かる事だから、それには島も何も答えなかった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    車の鍵を受け取った以上、南部の座る場所は運転席しかない。
「お前はこっちだ」
今更、逃げもどうもしないが。 襟首を掴まれるようにして荷物ごと島は、後部座席に投げ込まれた。
「このまま、航行管理部に出頭(で)ますよね? 島さん?」
    車の持ち主には何の断りも無く、島に行き先を問うてしまう南部も南部だが。 そんな事なんて、最初っから了解しているのか、守も特に何も言わないで。

    車は、市街の中心に向かって走って行く。 中途半端な時刻に、擦れ違う車もそれほどには無い。
「何で、サーシャの相手なんかするんだ」
    つまり、どうして相手にしないで放っとかなかったか…という事だが。
「構わないで放っといたら、いつまでも付きまとわれるから…煩(うるさ)いでしょう?」
「お前な…父親(おれ)の目の前で、良くそれだけ言い切れるな…」
「お兄さんには悪いんですけど、いやと言うほど思い知ってますからね…古代で」
    島にしても、南部にしても。 そうと知った時に守がどう言ってくるか…なんて、最初から想像も予想も付いていたから、どちらも大して慌てたりしていない。
    それにしても後部座席の妙なやり取りに、運転手は苦笑するしかない。
「笑ってるんじゃないっ」
「無理、言わないで下さいよ。 苦笑(わら)うな…って方が、難しいでしょ?」
そんな事が気に障る程度には、元から守は不機嫌だ…という事だ。
「…車の時には、もう少し余裕有ったじゃないですか」
    親っていうのは、こんなものかな…とも思いながら、島の言う事には。
「車は飛ばないだろうがっ!」
…ごもっとも、である。
「サーシャの言ってるのは、小型『戦闘』機でしょう? だから、俺も引き受けたんですけどね?」
    多少呆れた溜息交じりに、いつだか何処かで相原が当のサーシャに言ったような事を、島が呟いた。

    車にしても、小型機や艦艇、船舶にしても。
    現在だと、シミュレーターである程度までの練習…慣れてからでないと、実機に移れない。 実機で規定以上の時間を練習・訓練に費やして後、規定以上の成績を残せなければ、ライセンスの発行は無い。
    『戦闘』機が軍の管理下に有る事は、今更…島が守に説明しなければならないような事では無い。 その為のシミュレーターが、何処に在るのか…も今更だ。
「サーシャって、普通には訓練受けてませんよね?」
    サーシャが見てくれのままの年齢なら、育った環境が環境だ。 普通に、当たり前のように訓練学校に入学して、当然の期間を費やして最初から教えられた可能性は低くない。
    だが、実年齢なら未だにどうしようもないほどの「子供」でしかない。 入学から卒業まで、4年。 「あの時」のサーシャは、それだけの年月さえまだ…生きていなかった。
「当たり前だ」
    元より、守にはサーシャを「戦闘要員」に仕立て上げる気なんて、さらさら無い。 思惑有って、十二分に身を護れるだけの技術を得させる事は望んだが。 それ以上の事は、全く何も願っていない。
    はっきり言えば、今現在サーシャが軍に関わって、制服を着ている事さえ…守には面白く無い。
「だから…教えましたよ、最初っからちゃんと。 基本操作から航空力学、構造まで…全部」
    今挙げられたのは、全て座学。 基本操作以外は、教わらなくとも…いっそ全く知らないままでも、シミュレーター訓練の出来ない訳ではない。 そこまで、しっかり教えてしまう辺り…。
「…お前ら本気で、真剣に教え込んでたな?」
    現在(いま)の軍内に、これ以上の能力と実戦経験を有している連中もそれほど居ない。 その意味では、これ以上に優秀な講師陣もそうそう…は無い。
「生き残る役に立たないような、中途半端な事を教えても仕方無いでしょう?」
    不機嫌だった左隣の口調も視線もお構い無し、島は強く…言い切って。

「シムに移る前に、参謀か真田さんのどっちがにバレると思ってましたよ。 俺たちは」
    運転手は、軽く振り返りながら。
「バレなかったんで仕方無く、俺も実家(うち)の研究所(ラボ)に連絡取ったんですから」
そう言って、苦笑して。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「それは無いですよ、絶対に」
    南部が関わっていたからこそ、軍の施設に頼る事無くシミュレーターの宛ては付いた訳だが。 如何な背景を持って居る南部と言えども、実機の都合を付けるまでの宛ては無かったはずだ。
    万に一つ、サーシャが順調にシミュレーター訓練を進めていたなら、実機訓練にいつまでも移らないままには誤魔化せるはずが無い。 あの小惑星に、真田の近くで育って、訓練がおおよそどういう流れか…薄々は分かっているはずだからだ。
    それを守が問うたら、島はそう…何の途惑いも無く答えて。
「サーシャの運転を知ってたら、簡単に分かりますよ。それは」
    実を言えば、守はサーシャの運転を実際には知らない。 知っていたのは4人の中だと、島だけ。 関わっていなかった中では、真田と古代…くらいだ。
「知りませんよ、俺は」
    後部座席からの、無言の問いに。
「島さんが、シムから先には進めない…って言うんで、それなら…って事です。俺らは」
運転席で、軽い言い訳を。
    …それにしても、実父たる守にしてみれば。 疑いなく、自分の血を引いているはずのサーシャがそれほど、車にしろ小型機にしろ、そこまで下手か…という事がかなり不思議だ。
    我が娘が、特に不器用だとは思わない。 小器用な友人を見て育っている所為か、細かい作業は割合に得意なようだ。 それほどやらないが、料理や手芸なんてものもやらせてみれば、それなりに上手くこなす。
「余裕が無いんですよ、サーシャは」
    基本的な操作方法を、言葉や図版で習い憶えたところでやらせてみても、最初から完璧に操作出来るはずなんて無い。 至極冷静な判断をするシステムが、警告の1つや2つ出してきて当然。 何も起こらない方が、余程おかしい。
「回復(リカバリー)取るより先に、きゃあきゃあ騒いでるようなら…そりゃ墜落(お)ちますよねえ」
    苦笑しながら言ってのけるのは、南部。
「最初に、そうやって騒いで墜(お)ちてますからね。 それ以降も、思考回路がそういう風にしか繋がってないみたいですよ?」
島がそれを引き継いで、答えて。 守としては、やれやれ…溜息を吐くしかない。

    少しばかり前から、完全に市街の中心。 併走する車も増えて、どうしても速度を落とさなければならなくなってきて。
「お嬢さんもねえ…も少し余裕を持てば、あれほどひどいはずが無いんですよ」
    実際、同じ艦橋での様子を見知っている。
    波動エンジンを最初に積んだ、駆動方式の転換期に生まれた試作艦…と言って良い艦だ。 それ以前を十二分に引き摺った、あの頃にも既に相当に旧型の艦。 そして、多分に…特殊で癖の有る艦。
    そのレーダー操作を、真田の存在が有ったにしても、過不足無く取り扱っていた。 機器操作に関して、根本的に何かが欠落している…とはどうしても思えない。
「技術か、操作方法か…どちらかに自信が無いんでしょうね。 だから…余裕が無いんですよ、多分」
    いつもより、ほんの少しだけトーンの落ちた声に、守が右隣を振り返ってみれば。 島は、浅い窓枠に無理矢理のように肘を置いて、見飽きているはずの街を詰まらなさそうな顔で眺めていて。
「…お前にも、人並みに素人だの初心者だの…って時代が有った、って事だな」
「当然の事を言わないで下さい。 俺だって、最初から現在(いま)のままで産まれてきた訳じゃありませんよ」
    背を預けたまま、首だけを島に向けて…守は、少しばかり悪戯(いたずら)っぽく笑いながら。 島は、窓枠に頬杖を突いた状態のままで、面白く無さそうな顔を守を見て。
    後部座席の様子を、振り返りはしないままルームミラーで見づらく認めながら。
「ああ…有りましたっけね、最初」
南部にも、ひとつ思い出せる事が有ったから。 運転はそのまま続けながら、くすくす…と笑って。

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Last Update:20050119
Tatsuki Mima