「…そりゃ、幽霊だって出るんじゃないの?」
そうあっさり言ってしまうのは、相原。
「…そういうもんなの?」
逆に、そう問い返してしまうのはサーシャ。
だって、そうでしょ?
…と、相原の曰く。
防衛軍の組織なったのは、遊星爆弾の後。
それから一体、どれだけの年月。
その間、どれだけの軍に所属(い)た人間の死があったのか…想像には、難くない。
自分の周りだけでも、どれだけ死者を見た事か。
そうしてもう随分にもなるけれど、直接この地上に敵の存在を許してしまった時には、確実に司令本部(ここ)にも死んでいるから。
「良く…長官とか参謀とか、生き延びてたなあ…って思ったもん」
流石に帰還(もど)ってきた頃には、物言わなくなった身体こそ片付けられてはいたが。
銃撃の後も爆破された後も、それから…血の流された跡もそのままで。
「うーん…あんまり憶えてないのよね、私。
その頃の事って」
だから、帰還最初の相原の仕事は司令本部の片付けにもなってしまったが。
サーシャの方は、その時の「戸籍上の年齢」の所為で正規の軍籍は無かったから、報告にさえ何も関わる事が無いまま終わって。
「だから、僕。
1人や2人出てこようが、今更驚かないけど?」
…と、言うより。
あの艦の中にも、多分…サーシャの耳にまでは届かなかったのかも知れないが、そういう話だけなら山程有ったからねえ…と、こっそり思う相原である。
◇
◇
◇
◇
だが、しかし。
この司令本部の中、即座に相原のように考えられる人間なんてそう多くは居ない。
何故なら、司令本部勤務の殆どには「実戦経験」など無いから…だ。
根本的に「事務職」ばかりだから、訓練だって最低限。
参謀職以上なら過去に前線に居た経験も持っていたりもするが、普通の学歴の上でも資格所得に何ら問題の無い通信技官に至っては、相原以外に訓練学校に在籍(い)た事のある人間、乗艦経験のある人間なんて居ない。
つまり…人間(ひと)の死を間近に見た事の無い者は、それだけ多くて。
この前の、司令本部(ここ)での戦闘に。
実戦の経験も持ったが、同時に…その記憶に耐えられなくなって辞めてしまった者も少なくなかったから、結局。
「だって、怖くないですか?」
「…何で?」
根本的に生死に関して感覚が違う、だから徹底的に会話が喰い違う。
「幽霊ですよ?」
「うん、分かってるけど?」
「何されるか、分かったもんじゃないでしょう?」
「別に…何もされるような憶え、無いもん」
いや…まあ、敵だった人間(ひと)たちを相手にしたなら、そんな憶えも無くはないが。
少なくとも地球人に大して、直接銃を向けた事なんて無いから。
だから、死んだ後まで化けて出られるほど、しつこく恨まれるようなはずが無いと信じていられて。
「生きてないんですよ?
本当に、怖くないです?」
「だから、どうして?」
生きてる人間だって…いや、もしかしたら生きている人間の方がよっぽど怖いかも。
口の悪い人はとことん悪いし、手の出る人はすぐ出るし。
武器を造って手にもして、果ては争い殺し合ってまでしまうのだから。
…なんて、そんな大義的な事じゃなく。
もっと…ものすごく身近な事を言ってしまえば。
何で、付き合っている女性(ひと)がたまたま「長官の孫娘」だったというだけの事に、何でこんなにあれこれ突っつかれなきゃならないんだ。
それをつくづく実感させられている、今現在。
やっぱり、死んだ人間より生きてる人間の方が、ある意味怖いって。
それが、実感。
「え…でも、怖くは無くても驚きはしません?」
その晶子にそうと言われて、うーん。
脚が無くても、それで「幽霊」だと気付くだけで驚かないような気もするし。
もし脚が有って、見た目が生きていた時と変わり無ければ、ひょっとしたらそれと気付かないまま会話してそうな気もするし。
その程度には、自分の「図太さ」に無駄な自信のある相原だったりして。
ここまでの記憶に色々と、地球人の常識の通じなかった事も、どうにも驚かされた事も、多々有るから。
何だか、もう今更「驚く事」なんて…無いような?
「まあ…いきなりだったら、驚くかも知れませんけど…」
例えば、南部だと「足音させないで歩く」から。
いきなり真後ろから声掛けられて驚かされるのも、はっきり言えば「いつも」の事。
…あれ?
他人を驚かすのも怯えさせる事も、恨みに思う事も、挙句…殺すに到る事も。
もしかしなくとも、生者も死者も変わらず為(な)せてしまう事なら。
何を…わざわざ、区別してしまう必要が有るんだろう?
ぼそ…っと呟いてしまった、その言葉の内容に。
「…相原さん。
それ…きっと、変ですわ」
思わず冷静に、一言突っ込んでみた晶子である。
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Last Update:20060830
Tatsuki Mima