こんな日常:01

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「だーっ!納得いかねえっ!!」
「喧(やかま)しいっ!」
    シム棟でのこんなやり取りも最早、日常茶飯事。 喧しいのはどっちもだよ…と思う、飛行専科同期一同である。
    実技…と言っても、こんな時代だ。 実機に触れるような機会も殆ど無く、シミュレーションに終始するだけだが…その度の。
「あれ、絶っ対に命中(あた)ってるってっ」
「機械(シム)が『ハズレ判定』出してるんだから、仕方無いだろうっ?」
「機械の方が正確だって保証が、何処に有るっ!?」
「実戦の最中に、それ…言えるもんなら言ってみろよっ!!」
    何よりも「自分の腕」の信じられる事は、過ぎなければ悪い事じゃない。 どれだけ信じている自身の能力も、結果が出せなければ意味が無いとするも間違ってはいない。 お互い、それが高じての口論になるも…まあ良いだろう。
「誰か…あれ、止めて来いよ」
    …だから、何故。 毎回毎回、こうも「最初っから」ヒートアップした状態なんだ、お前らは…。
    その辺りが、周囲に居る人間のうんざりと呆れているところ。 いい加減にしろよ…と思っているのは、当人たち以外の全員だ。
「やだよ。 怪我したくねえし…」
    しかし、結果的に傍観するに留(とど)まっているのは。 要らぬ口出しをして医務室のお世話になった奴が、既に数人出ていたから…だったりもする。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    部屋に戻ってみれば、本来この部屋の住人で無い奴が高いびきで寝ていた。
「邪魔」
    最下級生から最上級生まで入り交じった寮の室内(へや)、人口密度の高さにそれぞれの占有面積は極めて狭い。 こちらだって同じ課程をこなしてきてお疲れだというのに、よりによって自分のベッドの上に。
    なので、遠慮も容赦も無く床に捨てさせてもらう。
「…ってえな、も〜」
    数十センチの高低差も、寝ていた状態から落とされれば充分驚いて目も覚めるし、痛い。 目覚めて、自分が床に放り出された事に気付いて、早速の文句。
「図々しく、俺(ヒト)のベッドで寝てるんじゃない。 放り出されるのが嫌なら、最初っから床で寝てろ」
「踏まれるだろうが。それじゃ」
「知るか」
    本来のベッドの持ち主は、軽くシワを撫で払うような素振りを見せた後で、改めてそこに腰を下ろした。

    寮内、別に「他の部屋に入ってはいけない」という法は無い。
    実際、仲の良い者同士が誰かの部屋に押し掛けるように集まって。 首を捻りつつ課題を片付けてみたり、未成年ゆえに褒められた事じゃないが…飲んでいたり。 そういう事も、それなりにしばしば。
    予習復習なんてそんなもん知った事じゃない、1日授業をこなせば明日の為にとっとと寝る…タイプの加藤なので、実は…案外と自室以外に紛れ込む事は無い。
「さっきのシムだけどよ」
「…まだ繰り返すつもりか、お前」
    シム棟で散々言い飽きただろう事を、また寮(ここ)で繰り返そうとしている加藤に心底呆れて、それをそのままの語調で返した山本だ。
    あの場所に居たのは、全員同じ課程に言い争うそれぞれの思惑や理由を分かってくれるだろう連中だが、ここは違う。 まだ…自分の適性も把握出来てないかも知れない基礎過程も居れば、専科の異なってさほどの理解は無いだろう奴も居て。
    つまり、山本には寮(ここ)で舌戦に持ち込むつもりは毛頭無い。
「でも…納得いかねえ」
    それをはっきり理由に断られても、まだ床の上からぶつぶつ…と。
「しつこい」
だが山本は、それを一刀両断にぶった斬った。

    まだまだ時間割(シラバス)通り、自主的に教室にでも居残ったりしない限りは部屋に真っ先に戻ってくる最下級生2人は、加藤と山本のやり取りを遠巻きに…知らぬ振りを決め込んでいた。
    たった1年の差でも、基礎過程と専科…という歴然たる差。 課程に関わる事なら、とてもじゃないが口は突っ込めない。
    それ以前に、学生の身分ながら既に軍の末端。 上意下達(トップダウン)の軍内、上級生同士の揉め事なら…ある意味、触らぬ神に祟り無し。
    同じ室内には、その2人にとってもまた「上級生」が1人居るには居たが。 こちらは…と言えば面白がって見物に廻って、止めるつもりも邪魔するつもりも毛頭無かった。
    従って、加藤を黙らせるのに援護射撃は無く、1人で何とかしなければならない山本である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …そろそろ、最終手段。 実力行使…つまり口では無く腕力にものを言わせて、加藤を廊下に放り出そうか…と山本の思っていた時。
「よ、お帰り。お疲れ」
    たった今戻ってきた奴に向かって、部屋の住人ではない加藤が何故か一番に声を掛けた。
「…ただいま、戻りました」
    それはたまたまその瞬間、加藤だけがドアに向いていた…だけだったのだが。 いきなり言われた方は当たり障り無く言葉を返しながらも、充分に面喰らっていた。
    部屋の本来の住人からも、遅れて「お帰り」との言葉がそれぞれに続いて。
「あ…これ、届いてましたよ」
思い出したように1年の1人が、まだそこに居た人に手紙を手渡した。
    …その「名前」も、口にしながら。

    気付いた山本がそれを遮ろう…としたのは、距離に間に合わなかった。
「南部…って、え? あ、てめーっ!」
「は…?」
    加藤に床の上から、思いっきり指差し叫ばれもして。 さっき以上に、大いに途惑う南部だ。
「何なんです?」
「…たった今、加藤(こいつ)に、この部屋に『南部』の居る事がバレたところだ」
    頭痛に頭を押さえながら、山本が已む無く答えを返した。

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Last Update:20060830
Tatsuki Mima