基礎過程、最初のクラス割りで同じ教室だった加藤と山本である。
だが、南部とはクラスが違った。
その基礎過程では座学を始めに、科を問わず何でもこなしていく。
その頃に、実技(シム)では上位を突っ走って、名前だけはやたらと知られていたのが南部だ。
元来「飛行機が好き」…という根本的な理由で、入学時…いや入学以前からその専科を希望している人間が、飛行科ではごく普通だ。
加藤もそうだったし、山本も。
「再戦だ、再戦っ。
勝ち逃げしやがってっ」
シムの成績が良い…という事は、いずれ同じ専科に逢うだろう…と思っていた。
基礎過程での成績(スコア)が、トータルわずかに負けていても。
実際の能力的には、専科に移ってからの勝負だ…と思っていたからどうとも思わないできた。
だが、南部の選んだのは砲術で。
加藤にしてみれば、いきなり逃げられたも同然。
「…だから、黙ってたんだよな。
俺も…」
やっぱり額を押さえたままの、山本の溜息に。
「ああ…なるほど」
思いっきり同情しつつ、納得してみせた南部だった。
だが、しかし。
リターンアドレスに山本の気付いたのが、最初。
シムの成績以外の理由でも、名前だけはやたらと知れ渡っている南部…のはずなのだが。
「良く、今まで知れなかったもんですねえ」
この場合。
突っ込んでまでは何も知ろうとしなかった、加藤の単純さと無関心さも問題である。
◇
◇
◇
◇
「やです」
自室では無い部屋に日参、再三に亘(わた)る加藤の再戦要求も、あっさり蹴る。
「…と言うより、無理」
「何が、だよ?」
勿論、加藤はそんなに簡単に引き下がってくれない。
専科に選びもしなかったような奴に負けっ放したままでいられるか…という、純粋に自尊心(プライド)の問題だからだ。
「伊達に、眼鏡掛けるようになった訳じゃないんですよ?
計器の表示についてけません」
軽いが、元々から遠視と乱視の有る南部だ。
それを理由に、断りを入れる。
見ようと思っても遠くに焦点を「物理的に」合わせられないのが近視だが、逆に「近くに焦点を合わせられない」のが遠視では無い。
焦点を合わせようと「意識しないと出来ない」のが、遠視だ。
だから実際を言えば、視力の矯正をした後でもそれまでより焦点を合わせやすくなるだけで「意識しないと」…という部分は一緒だ。
もっと言えば、遠くを見る時にだって「近くよりはマシ」なだけで、意識は充分払わなければならない。
矯正さえしてしまえば、見えるようになる近視とはその点が違う。
「ついてけない…って、それなら大砲撃ってても一緒だろうが」
「艦砲撃つ分には操艦しないし、レーダー睨んでる必要も無いでしょ」
あれもこれも全部自分…操縦士に掛かってくる小型機と違って、艦砲ならそれだけに専門化される。
その分だけ、確認・判断しなければならない計器の数から解放されるという事。
南部だって十二分に、自身の適正を見極めた上で選択した結果が、砲術専科だ。
元からそれなりの自覚はあったが、今更…つい最近になって視力の矯正に掛かったのも。
結局は全て、結果を出す為…それだけの為。
細かく深く考える事は好きじゃないようだが、加藤は馬鹿ではない。
…と言うより、馬鹿だったり考え無しでは戦闘機乗りなどやっていられない。
早々に撃墜されて終わるのが、オチだ。
説明すれば聞くし、その説明が足れば理解も出来る。
だから、納得もする。
「…だけどよ〜、南部〜」
「お前は、トリ頭かっ!?」
諦めの悪さとしつこさに「他科(ひとさま)に迷惑掛けるな」…と、この直前に戻ってきたばかりの山本に一つぶっ飛ばされた。
「…いつも、こういう感じ?」
「こういう感じだ」
眼前の光景に動じる事無く、只今ぶっ飛ばされて引っ繰り返っている人の行動パターンを問う方も問う方だが、あっさり答える方も答える方だ。
だが、立ち直りも早い加藤である。
いや…立ち直りと言うか、何と言うか。
「話も聞いてなかったくせに、いきなり殴るなっ!」
「おおよそ『何を言ってたか』見当が付く…ってか、大当たりだろうがっ!」
「…ああ、分かった」
すわ舌戦か…のところに、南部の暢気な声が混ざり込む。
「何かに感じが似てると思ったら『兄弟喧嘩』だ」
ぽん…と手も打ちながら、ものすごく納得したような表情(かお)もして。
それは南部の、本当に素直で正直な感想だった訳なのだが。
途端に2人はそう言った者の方に向き直って、お互いをそれぞれ指差して。
「冗談じゃない、誰がこいつとっ」
全く異口同音、抑揚までほぼ完璧に重なったような2つの声に。
「…似た者…」
視線を少し外して、何気無さそうに口元も隠してしまいながら、ぼそ…っと感想を述べてみる1人が居た。
◇
◇
◇
◇
「勝ち逃げは、許さねえぞぉっ!!」
追い払われた廊下に口惜し紛れ、たった今追い出された部屋に向かって…じゃなく叫んでる、ご近所迷惑な加藤の背中に向けて。
「喧しいっ!」
これまたご近所迷惑な山本の突っ込みが、ドアの内側に半分掛かった状態からしっかりと。
一方、山本の身体が引っ掛かっている分。
開きっ放しでもある部屋の出入り口から、間違い無く聞き取れたやり取りに。
「俺、勝負してたんでしょうかねえ?」
「…知りませんよ、そんな事。
訊かないで下さいよ」
独り言なら、こっち向いて言わないでくれ。
ホントにとんでもなく有難くない部屋割りされちゃったよな…と、今更ながらにつくづく溜息吐きつつ心底思った下級生たちである。
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Last Update:20060830
Tatsuki Mima