出掛けた娘が戻って来た時、男が家までついて来た。
…と言っても、別に色っぽい沙汰じゃなく。
「買い物に、付き合わされたのか?」
「まあ…そんな所です」
弟の友人が、両手に持て余しそうな量の買い物を抱えているのを見れば、状況の読み間違いようも無い。
…って、サーシャは何故、島を荷物持ちに選んだんだ?
「一番…近くに住んでるから、じゃないんですか?」
荷物持ちを理由に、惚れてる男を誘う…とか、そういう考えは無いのか。
まあ…そんな事態になったらなったで、大いに慌てる事間違いなし…だが。
手近に「近所のお兄さん」相手に、事を済ませてしまうのも…年頃の娘として情けなくないか?
「何をこんなに買い込んだんだ、サーシャは」
「多分…すぐ、分かりますよ」
そう言って、島は溜息をひとつ吐いた。
「チョコレート作るのよ、お父さま。
もうすぐバレンタインデーでしょ?」
にっこりとして答えるサーシャに、やっぱりそんな年齢なんだよなあ…と、ちょっとしみじみ。
ついでに、安心。
しかし、相手は誰なんだ…という事には、多分に焦ってみたりもする。
「それにしても…多くないか?」
ラッピング用材も含めて島が抱えてきた荷物は、ダイニングテーブルから溢れてこぼれ落ちそうに大量で。
とてもじゃないが、贈る相手が1人2人とは思えない。
「あら、だって。
お父さまとお義父さま、でしょ?
叔父さまに島さんに、それから…」
サーシャが挙げていく名前を、黙って聞いていれば…知っている男全員にくれてやるつもりか?
…しかも、その様子を見て聞いている限り、その中に「本命」が居そうにない。
誰が「一番好き」なんだ?…と、恐る恐るに訊ねてみれば。
「皆、大好きよ」
と言う、眩しいまでに屈託のない娘の笑顔に。
「…島ーっ!!」
帰ろうとしていた島を、玄関からリビングに無理矢理引き戻した。
◇
◇
◇
◇
「俺と真田が『同等』なのは良い」
どっちも「おとうさま」だからな、サーシャには。
「進も、まあ…良い」
実の叔父だし。
「島とか…ヤマトで一緒だった連中も良いとしよう」
それなりの長期間、寝食を共にしてた訳だからな。
「それと、昨日今日逢ったような連中とが、全く同等に『大好き』ってのは、何なんだっ!?」
叫びに等しく、語ってしまった俺だったが。
「17、8の娘なら、本気で惚れてる男の1人や2人居ても良いんじゃないのかっ?」
居るわよ…と言われても、それはそれで困るが。
「…寝てるんじゃないっ!」
そんな俺の言葉をを聞いているべき島は、ガラステーブルに突っ伏していた。
「…夜勤明けに戻って来た所を、眠る暇無くサーシャに付き合わされたんですよ。俺」
現在時刻は、既に昼はとうに過ぎていて。
それは…確かに眠いかもしれない、が。
「俺は、結構真面目に話しているんだがな?島君?」
「全員を全く同等に『大嫌い』と言うよりは、素直で可愛いと思いますが?」
寝そびれた事に、多少不機嫌そうに頬杖を突いて、さら…っと島が返してくる。
「…『お父さまなんて、大っ嫌い』と、どっちが良いです?」
「どっちも、お断りだっ」
既にサーシャは、キッチンにて鋭意製作中。
バレンタインデーの意味が感覚的に分からないスターシャは、手伝わないが面白そうに娘のする事を横で見ている。
俺は、暗に「寝てないで、俺の話に付き合え」という意味で、島にマグカップを渡す。
中身はエスプレッソ並に濃い奴を満杯にしておいたが、量も濃さもあんまり意に介していないようだった。
「イカルスの2月…って、サーシャは『何歳』でした?」
問われて、思わず指折り考えてみれば…園児か、せいぜい小学校の低学年か?
「…って事は、その段階で真田さんが教えてなくても、責任はないって事ですよね?
恋愛感情自体、女の子に男親が説明するものでも無いだろうし」
まあ…そんなもんだよな。
「去年は、どうしたんですか」
去年…は、確か。
雪を始めとして、秘書連中が何人か「明らかに義理」な奴を。
持って帰って来たら、結局サーシャが喰っちまったんだったかな?
「…その時に教えていれば、今年の問題は無かったんじゃないんですか?」
「教えたぞ。バレンタインデーと、チョコレートの因果関係に付いては」
はあ…と、島はわざとらしいまでに大きな溜息を吐いて。
「だから…何故、雪とか『女性』から教えてもらうようにしなかったのか…って言ってるんですが」
…どういう意味だ?
「お兄さんが去年貰ったのって、全部『義理』でしょう?」
当たり前だ。
スターシャが居るのに、本気でくれる女も居ないだろうし。
貰っても、俺が困る。
「あの様子じゃ、スターシャさんから『本気』のも貰ってないですよね?」
そりゃあ、地球人の女じゃないからな。
こっちだって、貰えなくて当たり前だと思ってるし。
「その為の材料や包材を、男の俺に付き合わせて買いに行く…って、問題無いですか?」
問題…有るのか?何か?
「お兄さん…地球人男性としての恋愛感覚、薄れてません?
俺…レターセットを選ぶ所から、ラブレターの添削までさせられた気分なんですが」
そう言われると、それは…うーん…確かに、問題有るような気がする。
「同じ感覚がスターシャさんに伝染しないうちに、何とか考えた方が良いと思いますよ?」
◇
◇
◇
◇
このイベントに関して、我が家にはまともな感覚を持っている女性は居ない…と再認識させられた所で。
さて…まともな感覚を持ってる女性は…と考えたら。
「付き合い良いですね、島君も」
一番身近で問いやすい相手として、やっぱり雪しか思い浮かばなかった。
「僕なら多分、途中で逃げてますよ」
…何故か、相原まで居たが。
「逃げる?」
司令本部の中には違いないが、揃って昼の休みの最中。
いや…俺が誘ったのは雪だけだが、遅れて休憩に入った相原が紛れ込んで座っていた。
「だって…島君以外、周りは女性ばかり…って事ですよ?」
「参謀は、女性の人数の多さに臆した事って無いんですか?」
女性の数で、何で逃げなきゃならんのだ。
「…古代さんと、足して2で割ったら丁度良いかも知れませんね。色んな意味で」
呆れたように言い捨てる相原の言葉に、苦笑してみせる雪。
「何が言いたいのかな?相原君?」
「人格形成に、遺伝子情報はそんなに影響しないんだなあ…って、話です。古代参謀」
悪びれた様子も無く、にっこりと笑ってみせる相原に。
こいつだけは絶対、娘婿にしたくない…と思った俺だった。
いや…待て。
今、問題にしてるのは島とか俺とかの話でもなければ、相原にサーシャを嫁にやるかどうかでもなく。
そのサーシャが嫁ぐ以前の、恋愛観念の問題なんだよ。
「『好きな男性』に渡す…って部分では、間違ってないと思いますけど」
「その渡す全員に、恋愛感情の欠片も無い…のは間違ってるんじゃないのか?」
少しでもそれが有るなら、島を荷物持ちに…はともかく。
邪気もなく嬉々として、相手の名前を「全部」列挙しないだろう。
大体、それ以前に「義理」という感覚が分かっているのかどうかも、怪しい。
「…もしかして、サーシャって『渡す』のはこれが初めて…じゃないですか?」
さっきから指揮をするかのように、空中に指を躍らせていた相原がそう言って。
「え?
ああ…そうだろうな、多分」
去年は俺が持って帰った事で訊ねてきたんだし、それまでは知らなかったんだろうから渡しても無いはずだ。
その前は、イカルスだったし…。
「ですよね。
今回が、生まれて3回目になるんだから」
指揮じゃなくて、時間と回数を数えていたらしい。
「イベントに参加してみたいだけ…って、在り得ると思います?雪さん?」
「そうねえ…有るんじゃないかしら。
だから、最大限に範囲が広いのかも知れないわね」
「やった事無いから、取り敢えずやってみたい…って事か?」
俺の言葉に、雪も相原も殆ど同時に頷いて。
「精神的には見た目通りでも、経験そのものは実年齢のまま…ですから」
◇
◇
◇
◇
雪なら間違いなく、進に渡すのだろうし。
バレンタインデーの正しい意義を含めて、サーシャの「女の子教育」に関しては今後、雪に一任する事にして。
まあ…地球人の恋愛のパターンとして、あの2人がステレオタイプか…と言われると、かなり疑問なものが残るが。
相手に地球人以外の女性を選んでしまった、完全に規格外な俺や島よりは、まだマシだろう。
…考えてみれば、真田も結構規格外れだよな。
あの年齢まで、そんな話が聞こえてきた事が無いってのもアレだが、未だ独身なくせにしっかり育児経験だけは有るし。
いや…押し付けたのは、俺か。
…って事は、サーシャの周り…って「普通の恋愛感覚」持ってない見本ばかり揃ってるんじゃないのか?
まともな恋愛だの、結婚だの出来るんだろうな?
かなり、本気で心配するぞ?
それより、何より。
娘の、しかもこんな事で悩んでる父親なんて、世界中できっと俺だけだぞ。
…ったく、もう…。
◇
◇
◇
◇
2月14日、つまり当日。
「はいっ、お父さまっ」
朝の挨拶の直後に貰ってしまって、かなり複雑な心境。
…何しろ昨夜、俺の隣でせっせとラッピングしてるのを眺めてたからなあ。
挙句に、
「見て見てっ、お父さま。
上手く包めたと思わない?」
とか言って、間近に見せられてるし。
何て言うか…感動が、薄い。
いや…初めて娘に貰うんだから、もう少し有難がって然るべきかも知れないが。
少なくても、ニュースをBGMに、朝食を目の前にして、貰いたくはなかった…ような気がする。
しかし…昨夜見ていた限りでは、ものの見事に全く「差が無かった」な。
公平平等さを誉めるべきか、特別が無い甲斐性の無さを嘆くべきなのか。
…うーむ。
そんな事を考えながら、慣れで食事を片付けていたら、いつの間にやら目の前に紙袋が1つ。
「…何だ?」
「司令部にいる人の分」
ああ…なるほど。
「お父さま、お願いね」
当たり前のようににこやかに言われた言葉に、危うく盛大に吹き出す所だった。
…お願いね…って、父親にチョコレートの配達頼む娘が何処の世界に居るんだっ!
「…何ですか?」
相原の問いは、もっともな所。
「バレンタインのチョコレートだ」
「いつの間に、宗旨替えしたんですか?」
笑って言ってる辺り、分かってて言ってるだろう?
「誰が、宗旨替えなんかするんだ。サーシャのに決まってるだろうがっ」
「時期外れのサンタクロースですねえ」
相原はやっぱり最初から分かってたらしくて、笑いながらも「戴きます」と言って仕舞い込んだ。
「この分じゃ科学局は真田さん、航行管理部は島さんが配達させられてそうですね」
「…そんな所だろうな」
実際の所は、言われるまでそんな事なんか想像もしていなかったんだが。
言われてみれば如何にもそれらしくて、頷くしかなかった。
真田が配ってる所…は、ちょっと見てみたい気がするぞ。
「残り、僕が配りましょうか?」
参謀が配って歩くよりは、マシだと思いますが…との言葉に、好きで配りたい訳でもなかったし、それもそうかも知れないと、素直に納得。
あっさりと、相原に任せる事にした。
途中、雪を見掛けて。
この事を話したら、
「今年には、間に合い切れませんでしたね」
…と苦笑しきりだった。
…笑い事じゃないぞ、全く…。
頼むから、来年はもう少しサーシャを「まともな娘」にしてくれよ?
◇
◇
◇
◇
地球に居て、司令本部で仕事をしている限りは、どんなに遅くなっても毎日その日のうちに帰宅する。
ギリギリまで、自宅には仕事を持ち帰らない。
わがままとも言えるし、それが却って仕事を忙しくしている部分も有るが。
それも、自分で決めた事。
「お帰りなさい、守」
環境の違い過ぎるここまでついて来てくれて、黙って待っててくれる女が居るんだから、まあ…それくらいの事はしても良いかな…と。
「何だ?」
スターシャに手渡された、小さな包みの中身の見当が付かずに、間の抜けた問いを返す。
「サーシャに、私も作れ…と言われて初めて作ったの。
ですから、味の保障はしません」
ふふ…っと、幾分いたずらっぽい、久しく見ていなかった笑み。
「…サーシャに?」
「ええ、『好きな男の人』に作って渡せ…と」
そのサーシャの言う「好き」が、恋愛感情含んでるのかどうか怪しいもんだが…。
まあ…良いか。
無責任でも、もう雪に任せたんだし。
そっちは、今後に期待しよう。
…そんな事より。
今更、たかがチョコレートの1つ。
一番欲しかった女から貰ったくらいで、その気になる俺も…単純だよな。
肩を抱いて、顔を寄せながら。
頭では、そんな事を。
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Last Update : 20040204
Tatsuki Mima