物事を思ったまま素直に言えるのは悪い事ではないが、時と相手と場合と内容にもよる。
「…相手は、古代さんなんですか?」
今の相原のセリフの場合、その全部を間違えていたと言って良い。
書類に重ねたスケジュール管理端末を、思いっきり頭頂に喰らったのだから。
「私が、古代君以外の誰と結婚するのよっ!?」
持ち歩く事を前提にしている為、幾ら軽く薄く作られているとは言っても機械は機械。
十二分に、硬い。
「…った〜っ」
平手や拳を喰らうより強い痛みも、この際自業自得。
「そんな事言いますけどね、雪さん。
お二人は、一生結婚しないんじゃないか…と思ってましたよ。僕は」
その上でまだ、思ったままを懲りずに口に出来るのも大したものかも知れない。
◇
◇
◇
◇
「…で、もう1回雪さんに引っ叩かれた訳ですね?」
画面の向こうで、少しだけ呆れ顔の南部。
「そういう事は黙ってなさいよ、相原君。
…幾ら、本当の事でも」
名目上は、パトロール艇艇長からの帰還予定日時の報告…の後の、ちょっとした雑談。
緊急事態でもなければ、司令本部でも意外に日常茶飯事な光景。
「言い始めたの、南部じゃないか」
それだけ、現在が平和だ…という証明でも有る訳だが、余程目に余るようでなければ、何となく黙認されているような状態。
「俺は、古代さんや雪さんに言って、殴られたりしません。
馬鹿じゃないから」
「…悪かったね、馬鹿で」
相原の場合。
手は止まらずにきっちり動いている…しかも、処理が早い…のであまり文句の付けようが無い…というのも有ったりするが。
「あ、分かりました──じゃ、ま。
還ってから、連絡入れます」
画面の向こうで呼ばれたらしくて、そっちの誰かに返事をしておいて、南部の方から通信が切られた。
「…何か…有りましたっけ?」
通信を切って、完全に独り言。
「艇長、何か?」
「あ、こっちの話」
その独り言に返事が戻ってきて、ちょっと慌てた南部だ。
「アステロイド・ベルトは、北極側を迂回。
火星軌道通過したら、速力10%ダウン。
サブレーダーのレンジは最大に、メインはそのまま。
地上からの管制エリアに入ったら、また指示します。
…今のうちに、進入航路の空きを探しときなさい」
忘れていた指示を出してから、自席に戻って、またぶつぶつと。
「イベントも無しに、古代さんが踏み切るってのが分かんないんですよね。
どっちの誕生日…でも無いし」
つまり、南部としてはさっきからそれが気になっていた…という事だ。
相原との通信の中でそれを出さなかったのは、単に話が長くなり過ぎそうだったから。
…結局、地上も暇だが、太陽系内も暇だという事。
平和である事に越した事は無いが、緊張感にはいささか欠けている。
「4月…でしょ、今」
去年の4月、一昨年の4月…と記憶を遡っても、特に何か思い出だの記念日になりそうな事に行き当たらない。
まあ…もっとも「2人だけの思い出」とか言われた日には、絶対分からない訳だが。
「式が6月の予定…って方は、まだ分かるんですけどねえ」
俗にジューン・ブライドという奴で、絶対に雪さんの方からのリクエストだろう…と南部は考えたが、それは大して間違ってはいなかった。
日付の方が、まだ未定。
勤務シフトをきちんと見直してから…という辺りが、カレンダー通りに休めない仕事をしている2人らしいが。
「艇長。
火星軌道を通過しました」
「指示通りやってるんなら、報告しなくて良いですよ」
まあ…それでも、そろそろ航路が混み始めるかな…と考えて、南部は席を立った。
「進入航路──…QS-27、了解しました。
チャンネルは300.24、調波願います」
「…何だ、日勤ですか」
地上管制の聞き慣れた声に、思わずぼそ…っと、また独り言。
「日勤だよ」
居たのが通信士官のすぐ後ろだった所為か、しっかり向こうにも聞こえていたらしい。
もっとも、パトロール艇のブリッジなんて広いものでは無いから、何処に居ても聞こえたかも知れないが。
「…って事は、終業(あがり)は18時?」
防衛軍と民間共有の宙港でも、管制は全く別。
勿論、相互にデータのやり取りは有るが、根本的に切り離されている。
「そう。
用なら、終わってからな」
そして、いずれにしても大気圏外航行機の発着は、それほど多いものではない。
民間の大気圏内航空機のものの見事な過密振りと較べれば、その管制も暇とは言わないが余裕が有る。
「月軌道を通過します」
「緩制動、大気圏内航行速度に。
メインレーダー、レンジ最大。
他人様の艦艇に体当たりしないように、良く見てなさい──太田。
その頃に相原捕まえて、そっちに行きますよ」
「分かった──第16パトロール艇、針路そのまま。
大気圏内航行速度に、移行を確認」
艇長と管制官がそれぞれ指示を出しながら、その合間に今夜の予定を取り決められる程度の時間の余裕は…有るという事だ。
◇
◇
◇
◇
それぞれの艦の通信機越しに、派手に口論を展開している艦長がここに2人居た。
「51時間も、時間短縮出来る。
明らかにこっちの方が、効率が良い」
「輸送船団を二手に分けるって事は、護衛艦隊も二手に分かれなきゃならないって事だぞ?」
ちなみに「ここ」とは、木星軌道を越えて土星に向かっている途上。
「分けたくなければ、分けなくて構わないぞ」
「どっちかは放っとけって言うのか?
それじゃ、何の為の護衛艦だか分からないだろうが」
「問題が無ければ、護衛なんか必要無い」
「その問題が起こったらどうするんだ、問題がっ」
10隻の輸送船団と、4隻の護衛艦。
こんな会話が艦橋に響いているのは、それぞれをまとめるべき長の座す2つの艦だけだが、その両方の艦橋乗員たちは。
「あのヤマトの中でも、こんな事やってるんだろうか」
…と、内心呆れていた。
「じゃあ、そっちも分けてついて来い。輸送船団の『護衛』艦なんだろう?」
ついでに、どっちが艦長でどっちが副長だったかな…などと思ってみたりもする。
…そう。
護衛艦の方がヤマトの艦長で、輸送船団の方がその副長だった。
「…だから、お前の船団とは組みたくなかったんだ」
「文句は俺じゃなくて、航行管理部に言ってくれ」
ぶつぶつと愚痴る古代を、あっさりと一蹴する島。
取り敢えず、仕事上の口論は終わったが、私的な口論が…この後続くかどうかは、さて?
「輸送やってる時のお前って、護衛艦隊(こっち)じゃ有名なんだぞ。
管理部の組んだ予定を、必ず組み直してくる…って」
艦長席で腕を組んで、脚も組んで、如何にも「言い負かされたので、拗ねてます」な古代。
「組み直せるような予定しか立てられない、航行管理部の方が悪い」
相手が古代だから…なのか、パネルに映る相手を見ようともせず、喋っている間も書類を片付けていく島。
輸送船団の方が、出航前、寄港地、帰還後…と、とにかく提出書類が多いのだ。
「一団として当たり前に組んでるのを、お前が勝手に分けてるだけじゃないか」
「船団構成艦数も含めて、当たり前にしか予定が組めないようじゃ、無駄が出るだけだ。
航行エネルギーも、時間も節約してやって、文句を言われる筋合いは無い」
そこで、初めて島は顔を上げて、画面越しながら古代に向き直って。
「お前だって、早く地球に戻れる事に文句は無いだろう?」
そう言われて、違う…とは絶対に言えない古代だ。
どんなに地上勤務が好きじゃなくて、宇宙に出ていたかろうと…地球には、雪が居るのだから。
◇
◇
◇
◇
「サーシャか?それとも、雪か相原か?」
真田にわざわざこんな事を教えに行くのは、この3人くらいだ…と正しく踏んでいる守だった。
「澪だ」
定時で司令本部を飛び出して、そのまま科学局に飛び込んだな…と、苦笑。
「悪いが…俺も今日、ここに来てから知ったんだ」
「そうなのか?」
朝の挨拶から、雪の機嫌の良さに気付いた相原が、懲りずに2発目を喰らった所までを説明した。
「その所為で、司令部中に知れ渡ってるぞ。多分」
守の説明に真田は笑ったが、俺は知らん…と答える為だけに、何度仕事が中断されたか…を知れば笑えなかったかも知れない。
ついでに言えば、今も真田に邪魔されている訳だ。
「進は、昨日の午後に出航(で)たんだから、決めたのはその直前…って事だろう」
雪は昨日、休暇を取っていて。
その前は、別段変わりなかったはずだ…と思い返しながら。
「あいつの事だから、急に思い立って即、実行…ってパターンだな」
兄が、弟の思考回路を予測してみる。
「お前や俺が聞かされてなかったんだから、そんな所だろうな」
九分九厘までは外れていない自信が有ったが、弟を良く分かっている友人にも肯定されて、やっぱりな…と。
話の切れ目に、ふ…と思い出す。
「そう言や、今日は終わりか?真田?」
「いや…食事に出て来たついでだ」
自発的に出て来た…じゃなく、喰って来いと追い出されたんだろうが…とは、思っても口にはしない。
そんな分かりきった事は、確認するまでも無いからだ。
「付き合うか?」
「…そうしよう」
どうせ、邪魔されたついでだ。
後から、独りで静かに喰うよりはマシだろう…と、守は立ち上がった。
「島…なら、知ってるかも知れないぞ」
守の言葉に、理由が分からないで問い返す真田。
「島の輸送船団と一緒だからな、今回」
それなら頷ける。
乗艦は別でも出航が同時なら、雪は島にも声を掛けるだろうし。
出航前のブリーフィングで、古代と島が顔を付き合わせている時間も結構有ったはずだ。
「確かに…様子から、島が気付いた可能性は有るな」
古代の方から自発的に、島に話した…という選択肢は最初から捨てている、その性格を良く承知している2人だった。
その後しばらくは、皿の上の食事を胃の中に放り込む事に集中して。
「それにしても…何故、今なんだ?」
話が再開されたのは、それが殆ど片付いてから。
「今…というより、今更…だな」
何しろ、出逢ってからだと10年が近いのだから。
南部や相原じゃないが、結婚という形を取らずに終わるんじゃないか…とは、実兄の守ですら思っていた事。
当の本人たちから、きちんとした報告をされた訳でもなく、実際に式に臨んだ訳でも無い。
片割れが直接絡んでいたとは言え、聞こえてきたのはまだ「らしい」という段階でしかない。
慶事を素直に、無条件で喜んでやれないのは、決してこっちの思考回路の問題ではなく。
主役になるべき古代と雪の、これまでの経緯の所為だ…と信じて疑わない2人だった。
◇
◇
◇
◇
「雪さんと、喧嘩でもしたんじゃないの?」
…とは、相原。
「宥める手段に口にして、後に引けなくなった…とかだと思う」
それが正解かどうかは別にして、なかなか2人を良く分かってる意見だ。
「怒ると怖いですからねえ、雪さんも」
しれ…っとした南部の言葉に、反撃はテーブルの下で一度蹴るだけに留めた相原だ。
暴れてしまっても文句の出ない誰かの自室では無く、酔いを言い訳に出来ないアルコールの出ない店だったからだ。
「何でも良いんじゃないか?
『延期』にさえならなかったら、それで」
前例が有るだけに、今ひとつ洒落になりきらない太田の言葉も、2人には頷けるだけ。
「今度も…は、拙いでしょ」
「逆に、今度も…って思ってる人も多いんじゃない?」
「…だから、思ってても口にするんじゃありませんよ。
そういう事は」
やっぱり、懲りているようで懲りてない相原だ。
「どっちにしても、古代さんに聞かなきゃ分かんないだろ。ホントの所は」
雪の曰く、古代の方からいきなりそう言ってきた…というのは、相原が既に聞いている。
それ以上の詳細となると、太田の意見はもっともな話。
「あ…そう言や、古代さんって今何処に居るんですよ?
大気圏内?外?」
「外。
島さんと一緒に、タイタン・天王星・11番惑星、もう1回天王星」
宙港からの出航直前の報告を、島の方だけだが直接受けた相原が答えて。
「今頃は…多分、土星の手前だろ。
早くて…タイタンの管制エリアに入るかどうか…って所だな」
直接ではないが、出航管制の現場に居た太田がそれを継いだ。
輸送船の巡航速度から、そのおおよその位置を推定するくらいなら、太田に計算機器は必要無い。
「その予定だと…3週間ですね」
輸送船にも護衛艦の方にも乗務経験がある南部が、頭の中で往復をはじき出す。
「予定は、ね」
「でも、航海長の事だから、2日や3日は削って来るぞ」
島の報告に、航行管理部の予定と突き合わせた相原と、仕事面の事では恐らく、一番島を分かっている太田がそれぞれに答える。
「それじゃ、古代さんが戻って来るのは半月後…ですか。
結構、先の話ですねえ」
別に、わざわざ「踏み切った理由」を知らなくても良いような気もするが。
「結婚する」という事そのものより、そっちの方が気になるのだから仕方がない。
裏返せば、それくらいに婚約期間が長過ぎて、その状態が周囲の人間にとっても当たり前になっていた…という事だ。
何を好き好んで「当然の状態」を引っ繰り返すのか、興味を引かれても普通の事かも知れない。
「訊いてみようか?
タイタンは無理だけど、天王星か11番惑星のどっちかの寄港報告は、僕が受けられると思うから」
「え〜?
その頃だと、俺。
次のパトロール前でどたばたしてるか、下手すりゃ大気圏外ですよ」
どうせなら直接訊きたい南部にとっては、不服な話。
「それなら、古代さんと航海長が戻って来る頃には、南部は外縁部うろうろしてるって事だろ?
お前が戻って来るの待ってたら、また擦れ違ってるんじゃないか?」
「…ギリギリ、大丈夫じゃない?」
島さんが、どれだけ日程削って戻るかにもよるけどね…と、相原。
「古代参謀とか、サーシャは?」
理由を知りたいのは同じでも、別に当人に聞かなくても良い太田だったが。
「2人とも、知らなかったみたいだよ?」
それは、今日を思い返しながら相原が否定した。
◇
◇
◇
◇
島は、当人の予定通り艦の半数をタイタンに残してその後の指示を出し、残る半数を率いて第11番惑星まで進めた。
古代は出来れば残った方に付き合いたいくらいだったが、立場上「輸送船団責任者」について行かざるを得なかった。
予定の最遠、第11番惑星では積み下ろしに掛かる時間を含めて2日滞在する事になっていた。
実際の積み下ろし作業だけなら、半日も要しない。
つまり、その2日に「休暇」を含んでいるのだが、流石に島もそれは日程から削ったりしない。
「本当は、さっさと出航(で)たい所だが」
滞在2日目。
輸送船団の方も、護衛艦の方もごく一部の乗員を除いてオフ。
残して来た半数も、指示通りなら天王星まで進んでいる最中。
「それは、まあ…シフト的に拙いからな」
だが居住環境として、特に恵まれているとは言えない基地に降りるより、艦内に残っている者の方が多かった。
護衛艦の艦長室。
島を否む理由は無いから、ここに2人居る事に不思議はない。
「島…そんなに早く還りたいか?」
「…今更、お前が俺に訊くか?」
地球に、雪を残してきてるお前が…と。
そういう返し方をされると、古代には一言も無い。
その通りだ…としか言いようがない。
「…地上に居て、宇宙の夢を見ないって訳じゃない。
見上げているより、その場に居たいと思う…自分で操艦するならな」
暗に、輸送船の「艦長」は嫌だ…と言っているが。
「だけど…宇宙に居て、地上の夢を見ない奴も…居ないだろう?」
正しくは地上ではなく、そこに残してきた人の夢を。
古代の場合は…ただ1人、雪だけを。
還りたいな…と、島。
頬杖を突いて、視線は顔の向きのまま窓の外に。
ごく薄い大気にそれでも瞬く星は、ここが地球でなくとも「大地の上」に居るという証明で。
それから思い出される地上に、意識は既に跳んでいて。
多分…誰に聞かせるつもりも無く、古代に聞かれたつもりも無く。
平和であるからこそ、想いを馳せるのには無駄なくらい時間が有り過ぎて。
「…雪と、何か有っただろう?」
「な…にか、って何が」
視線を向けるでもなく、正面に向き直るでもなく、表情を変えるでもなく。
いきなりの島の言葉に、古代は明らかにうろたえて。
「ブリーフィングでお前、上の空だったし…見送りに来てた雪は、機嫌が良かった」
さほどの自信は無く問うた島に、自分から肯定して確信を与えてしまう辺りが分かりやすい。
古代の方からしてみれば、見透かされて何となく口惜(くや)しい。
「…結婚…しようと、言った」
その言葉に向き直った島に逆するように、今度は古代の方が頬杖を突いて、窓の外に目を向けて。
「宙港の駐車場でか?
…少しは、場所くらい考えてやれよ」
当日を思い返して、その時しか在り得ないからそう島は言ったが、それも古代にしてみれば、言い当てられて余計に口惜しいだけ。
「しかも、今更…いきなり、か?」
この後、帰還してから散々訊かれる「今更」の言葉だが、そんな事が今の古代に分かるはずが無い。
「うるさいなっ。
今更でも…これでも色々、真剣に考えたんだよっ」
島を拾ってから、宙港までの半時間の間に…とは、言えなかったが。
◇
◇
◇
◇
「ちょっと…早過ぎたかしら?」
助手席に雪を乗せて、島を拾う為にその官舎に辿り着いた時、約束していた時間よりかなり早くなってしまった。
時間厳守…の感覚では、古代と変わらないくらいに確かでも、流石にまだ表に出てまで待ってはいなかったくらいに。
「寝ては居ないだろ」
どうせ、いつでも出られるようにはなっていて、約束までの時間を潰してるだけだ…と分かっているから、そんな事を言いながら古代は車から降りた。
古代の言葉に苦笑する雪を、待ってろ…と助手席に残したままで。
戸口で呼んでみれば、実際にもその通りで。
待たされる間もなく、島は出てきた。
「良いよ、テレサ。ここで」
多分…下の道路まで見送るつもりで、後について出て来ようとしたのを島に止められて。
テレサは、ちょっと困ったような顔をして…それでもすぐに、はい…と優しく笑って。
「じゃあ、行ってくる。
すぐに還るから」
振り返り際に笑って、軽く手を挙げる島に、
「行ってらっしゃい…気を付けて」
同じように少しだけその手を挙げて、笑顔で答えて。
そんな島とテレサのたわいないやり取りを、実は…初めて古代は目にして。
何だか、良く分からないのだけれども…ものすごく…何かが気になって。
「どうしたの?」
…と、雪に問われて。
「いや、テレサが…綺麗だったなあ…と思って」
幾ら、それを考えていたとは言え、つい…うっかり、正直に。
どうせ私は、美人じゃないですよ…と、そっぽ向く雪を。
いや、雪はもっと美人だから…と、精一杯に、必死に宥めて。
不用意な発言で雪の不興を買ってしまう点では、古代も相原を笑えない。
後部座席で、恐らくは雪に聞かれない為だけに、声をこらえて苦笑している島をミラーの中に見付けて、誰の所為だと思ってるんだ…とは、完全に古代の八つ当たり。
しかし…それが気になっているのは、実際。
古代も別に、美醜の分からない訳ではないから、素直に以前から「綺麗だった」…とは言える。
あくまでも好みは雪だが、違うタイプとして「美人だ」とは思う。
だが、そんな記憶や意識をはるかに通り越して。
さっき見たテレサの笑顔に、思わず見惚れてしまいそうに「綺麗だ」と思ってしまったのは、事実。
こんなに…ここまで綺麗だっただろうか…と考えてしまったのは、実際。
何を…と思いながら、雪の笑顔と較べてしまっていたのも…本当の事。
宙港に到着して車を降りてしまえば、古代も島もすぐにブリーフィングに入ってしまうから。
この後…雪とは、乗艦の直前にせいぜい二言三言。
立ち止まる暇さえ無いなら、声を掛けながら手を振るくらいしか時間は無くて。
行ってくるから…と、駐車場での言葉が、実際の別れの挨拶。
「行ってらっしゃい、古代君。
島君も、気を付けてね」
数歩進んで…やっと、気付く。
「…悪い、島。
忘れ物した…っ」
言われた島は、別段気にとめる様子も無く、ただ…早くな…と言っただけで、そのまま先に。
そんな背中を数秒だけ見送って、急いで車に戻る。
その傍には、まだ雪がそのままそこに居て。
「古代君?
どうしたの?
忘れ物?」
怪訝な顔の雪の腕を、そのまま捕まえて。
そうだ…さっきの雪の「笑顔」なんだ、気になっていたのは…と。
「雪…結婚、しよう」
いきなり、何の前触れも無くそう言われて、雪が驚いても当然だが。
「還って来てすぐ…は、無理だけど…そう、6月に」
それに構っている、時間的余裕も古代には無い。
前々から雪の言っていた事を憶えていただけでも、上出来の部類だったかも知れない。
「今からでも…6月には間に合うから」
驚きは…すぐに通り過ぎる。
一旦速まった鼓動は、簡単には治まらないが。
「ええ…良いわ」
何でも無いかのような語調を保ったのは、いきなりだった事への精一杯の、雪の反抗。
◇
◇
◇
◇
何に気付いたか…と言えば。
あのテレサの笑顔と同じように…いや、それ以上に。
雪を…その笑顔を「綺麗だ」と、思った経験のある事。
そうと望んだ訳ではないが、取り止めてしまった式の直前。
宙港に下艦を出迎えてくれた、その笑顔が途惑うほどに綺麗だ…と感じた事を。
島の戻る事を疑わず、迷い無く送り出す事の出来る、あのテレサの笑顔と。
疑いは無くても、送り出す事に寂しさの見えた…雪の笑顔との差に。
較べてしまわなければ、気付けないでいただろう間抜けさに、我ながら腹立たしくもあって。
結婚という名の「立場の安定」に、夫婦という名の「気持ちの平安」に。
帰りを待つ女性の…雪の…心に、それだけの見てさえ分かる差が出来てしまうのなら。
その差を埋めてしまえる「手段」がある事に、やっと…気付いたから。
そんな身勝手な、性急で飾りも無い、再度の求婚にでさえ。
「ええ…良いわ」
応えた雪の笑顔が…過去にも、誰にも増して「綺麗だ」…と感じられるなら。
窓の外に向けていた視線を、相対する島の方に戻して。
「…何だよ?」
「お前には…絶っ対、言わない」
子供みたいな言い草だな…と、笑う島からまた、窓の外に視線を外して。
「いつまでも笑ってないで、自分の艦に戻れよっ」
お前たちの様子を見てた…のが理由で雪にプロポーズし直したなんて、お前にだけは死んでも、絶っ対に教えない…と、古代は固く心に誓っていた。
「だから…島と組むのは嫌だったんだよ。俺はっ」
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Last Update : 20040208
Tatsuki Mima