古代は悩んでいた。
イスカンダルから戻って来てからの半年間では、一番真剣に考え込んでいた。
問題の種類が種類だけに、相談する相手を間違えたら「色んな意味」で失敗する。
だから、とても真剣に悩んでいた。
様々な可能性を考慮し、後日起きるかも知れない事にまで考えを廻(めぐ)らせ、誰が一番適任で有るのか…を、これ以上ないくらい真面目に考えた。
…結果、島は電話に叩き起こされる事になった。
◇
◇
◇
◇
「…古代、お前なあ…。
今、何時だか分かって掛けてきてるのか?」
午前3時過ぎ。
どう見積もっても、非常識な時間。
「ああ…悪い、島…。寝てたか?」
「…当たり前の事を訊くなよ」
普通の人ならば、わざわざ古代が訊くまでもなく就寝中である。
「まあ…良い」
重ねて詫びる古代に言葉を返しておいて、島は上着を探した。
夜はまだ、それなりに寒い。
選んでしまった仕事の関係で、こんな時間に起こされる事は島も最初から承知の上。
良くも悪くも慣れていて、起こされてしまってから「頭の回転」が通常に戻るまでは早い。
「…で、何なんだ?」
携帯に掛けてきただけマシだな…と思いながら、問うた。
「いや…その、ちょっと…相談したい事が、有って」
古代の言葉の、歯切れが悪い。
びくびく…というか、恐る恐る…というか。
そんな「音」じゃないものが聞こえてきたような気がした。
「相談?」
夜が明けるまで待てないほど、切羽詰まった問題が有ったかな…と、島はまず仕事上の事を考えた。
遊星爆弾で、完全に失われたに等しい地上の復興が、地球全体としての急務。
それまでの戦闘で使い果たした感のある資源を、地球外に求めている状態。
将来はいざ知らず、当面「敵」の居ない状態では防衛軍を「軍」としてだけ機能させておくのも惜しい状態。
そんな理由で、現在の軍は「武力も保持した、星間貿易会社」に、限りなく等しい。
現在の島も、戦艦ではなく輸送船を操艦して、地球と他惑星との往復に終始しているような、そんな状態。
古代のように、結局は資材の輸送に携わっているにしても、一応は「護衛」という任務を与えられて「戦艦」に乗務出来ている方が、数少ないくらいだ。
それぞれ別々の配置で地球と何処かを往復していても、司令部勤めの雪を介して大体の事は互いに知れている。
島が記憶を辿る限り…特にこれといった…わざわざ相談を持ち掛けてきそうな問題は、古代の上に掛かってないはずだった。
「まあ…それほど…大した事じゃない…んだけど、な」
「大した事じゃないなら、時間を考えて欲しかったもんだな」
口ではそう返すが、既に島は充分に聴くつもりになっている。
「さっさと言えよ、俺は眠いんだ」
そんな言い方で、先を促す。
島を知らなければ、その語調に怖気て「また後日」とか返って来そうだが、生憎と古代はそうではない。
「あの、な…実は…」
「寝る」
平坦で抑揚のない短い言葉の後ろに、古代は島が本当にベッドに突っ伏したらしい音を聞いた。
「お、おいっ!島ぁっ!」
電話はまだ切られていないので、慌てて呼ぶ。
「…情けない声、出すなよ。呆れただけだ…お前に」
その通り、島は呆れていた。
そんな、情けなくも可愛らしい事を言うような奴じゃなかっただろう…と。
それは決して「悪い変化」ではないのだろうが、今までを知っていると呆れるしかない。
「でも、本当に考えさせろ。
今すぐ急に…って言われても、思い付かない」
まあ…以前から、こんな事を訊いてくるようだったら、今までにそれなりの知恵は付いていて、今更訊かないよな…とも。
「あ、そうか…そうだよな」
見捨てられた訳じゃないと分かって、明らかにほっとした様子の古代の声。
「取り敢えず、明日…って今日か。
こっちから連絡するから、それまで大人しく待ってろ。
…切るぞ?」
それに対する返答は待たずに、島は通話を終わらせた。
もう絶対に古代には聞こえない事を確認してから、はあ…と小さく溜息。
もう一度起き直って上着を脱いで、改めて布団を被る。
「雪なら…何をくれてやっても喜ぶだろうに。
何で気付かないかな、あいつは…」
それが分かっているような古代なら、島に相談持ち掛けてくるはずがない。
「バレンタインのお返しに、何を贈れば良いのか」
…などという事を。
◇
◇
◇
◇
午前中に、島から連絡が有った事には驚かなかった古代だが、すぐ出て来られるか…と訊かれたのには、ちょっと途惑(とまど)った。
帰還したばかりの古代には、詳細報告提出などの雑務が残っている。
時間を分単位でまで決められた予定じゃないが、引き伸ばしても次の航海までの休暇を減らすだけだ。
古代のつもりではこの日のうちに、司令本部の事務職が帰ってしまう夕方までに全部済ませてしまいたかった。
「今か?夜じゃ駄目か?」
「駄目だ」
島の言葉は、古代の「つもり」を一蹴した。
「俺が地上に居る間の予定は、全部次郎に決められてるんだ。
夕方以降に、お前と逢ってるような暇は無い」
弟との時間の方が優先だ…と返されてしまえば、そう言ってしまう島よりもその弟の気持ちの方が何となく分かってしまうだけに、古代としても無理が言いにくい。
「今日じゃなくても…良いんだが…」
それでも気弱に、なおもう一度言ってみた古代だったが。
「雪に聞いてないのか?
こっちは明後日出航なんだ、明日はもっと時間が取れない」
今度は、島のスケジュールの方に蹴られてしまった。
出航、イコール最低2週間…という事は、訊かなくたって分かる。
それを待っていると…完全に間に合わない。
古代は不承不承、その日の昼の予定を捨てた。
「在り来たりなものと、お手軽なものと、意表を突いたもの…のどれが良い?」
呼び出された店に辿り着いた古代が、目の前の席に座るのと同時に、言葉に合わせて指をひとつずつ立てながら、いきなり本題。
「取…り敢えず…全部?」
そんな抽象的な言葉でその中身が想像付くような古代なら、元から相談なんかしていないだろうから、島にとっては予測出来ていた答えだった。
「…何だよ?」
自分から視線を外して、思いっきり深い溜息を吐かれてしまっては、古代じゃなくても島に呆れられているらしい事は分かってしまう。
「中高生時代に、こんな相談終わらせといてくれよ。
もう…」
もっとも、2人に「普通の高校生活」は無くて、その辺りにも問題が無かったと言えなくはないのだが。
年齢(とし)の離れた弟からならともかく、今年20歳になる友人にこの相談を受けるとは思っていなかったのだから、返ってきた言葉が予測通りでも、島にだって呆れて溜息を吐く権利くらい有るだろう。
「まあ…ある意味、お前らしいと言えばそうだよな」
「何だよ、もうっ」
島の様子に言いたい事は有っても、相談している身としては今ひとつ弱いものがある。
島以上に、こういう事が得手だろう奴はきっと居るだろうが。
それにも関わらず、わざわざ相談する相手に島を選んだのは、古代なりに良く考えた末の事。
下手をしたら、からかわれるだけで終わってしまうかもしれない誰かより、呆れながら小馬鹿にしながらでも、とにかく「まともな回答」はしてくれそうな相手を選んだだけだ。
からかわれるにしても、馬鹿にされるにしても、多少はパターンの読める島の方が、こっちの応対もしやすいとまで考えた上での事だ。
取り敢えず、怒鳴るにしても殴るにしても、訊きたい事を訊いてからにしよう…と思った古代だった。
◇
◇
◇
◇
「在り来たりな所で、花とかアクセサリーとか。
モノを貰ったんだから、モノで返す…って事だな」
「花…くらいは、俺だって考えたよ」
…と、古代。
しかし実は、そう言い返してみただけ。
雪へのお返しは何を…と考え過ぎて逆に、言われるまでたった一つも思い付けなかった。
「ああ、そう」
素直に納得したのか、元から分かってたのか…それに対する島の返答は、至極簡単だった。
それ以上には何も言わないで、さっさと次の話に移っていく。
「それから、お手軽な所で食事とか。
雪を連れて、何処かに出掛ける…とか」
それじゃ、俺が帰還した時にやってる事と大差無い…と。
「だから『お手軽な所で』…だと、言ってるだろう?」
そう古代が挟む言葉も、島には簡単に返されて。
島の知る限り、古代の「感謝」を表す言葉は「悪い」か「済まない」のどちらか。
それも、多分に照れが先行するのだろう、まともにこちらを見て言った事などは無く。
相手が年上で初めて、やっと「済みません」…という言葉が出て来て。
「有難うございます」…とは、教官・上官が相手の場合専用のセリフ。
相手が雪なら、大いに気恥ずかしさが先に立って、まず絶対にまともに顔を見てないだろう。
その状態でも「有難う」と言えて、それが雪の耳に伝わっていれば、上々出来。
「…なんだが、分からなくて雪が訊き返したのを、気付かなかった振りして『良い天気だね』…とか言ったんじゃないか?」
見てきたように事細かにその状況を言われて、本当に「ちょっと…寒いよな、今日」と誤魔化してきた古代には、全く二の句が接げない状態。
「だから、きちんと『言葉』を返せよ。
雪に。
真正面から、視線逸らさないで、はっきりと『この間は有難う』…って。
それが、2つ目」
口調や態度こそ、遠慮も容赦も無いが。
回答まで半日も掛かってない割には、自分が想像していた以上に、それなりに真剣に考えてくれたらしい事に、今更ながら思い至って。
「それは…どうするにしても、言う…ようにする」
やっぱり、それに対する謝意は誤魔化したまま、それでも返答だけは素直に。
絶対と、胸を張っては宣言出来ず。
実行にも、相当に努力を要しそう…な辺りと。
「じゃあ、意表を突いた…ってのは?」
対応に窮した挙句、話題をすり替えようとしたがる辺りが、何とも古代の根本的なものを示している。
…が、今現在の地球上では恐らく一番、古代の性格が分かっている島には今更、そんな態度など珍しくもどうと言う事も無く。
「…それ、本気で訊きたいか?」
その割には、妙に言い渋っている島。
「え…?」
「いや…雪より、誰より。
今、俺から聞くお前が、一番驚くんじゃないか…と思うから」
訊き返した答えがそれだと、流石に古代も多少は、聞く事に躊躇しなくはないが。
「驚くかどうか…は、聞いてみないと分からないだろ?」
そういう点に前向きなのも、性格と言えば性格である。
聞く気有り有りな古代の様子を、頬杖を突いたまま一呼吸ニ呼吸ばかり、じー…っと。
それから、突いていた手を顔から離して、右手で自分の左手を指して。
「…場所が『ここ』と決まってる、指輪」
そう、島が指差して指定した場所は、薬指で。
聴覚情報が、脳に届くまでの何処かで迷子になっているらしい。
「…意味が分からないなんて、言うなよ?」
きょとん…とした顔の古代に、島は先手を打っておいた。
「え…いや、島。
ちょっと…待てよ、俺は、まだ…別に…そこまでは…」
ざっと朱を刷いた顔を見ると、届くには届いて、意味も分かったようだが。
途切れ途切れの言葉は、それ以上に慌てて混乱している事の表れだろう。
「考えた事がない…って言うんなら、今考えろ」
黙っていたら、その調子で何処までも言い訳を続けそうな古代の言葉を、途中で無理矢理打ち切って。
古代という人間は、思い込みの激しい奴である。
数年来付き合ってきた島が、その経験を以って古代の事を端的に表現するとこうなる。
こう…と思い込んだら、もう殆どそれしか見えていない。
普通に、横から話し掛けたくらいでは、全く耳に届いていない。
良く言えば、一途で、素直で、尋常じゃない集中力を持っている…という事だが。
島に言わせれば、馬車馬と同じ。
左右に気を取られないよう視界を限定されて、ただひたすら突っ走ってるだけ。
「お前も俺も、一生恋愛しません、結婚もしません…ってなら、俺も死ぬまで『お前の手綱』握ってられるけどな」
既に古代は、恋愛にどっぷり落ちている。
島だって、一度は雪に心動かされた口だ。
今後も何も、恋愛しません…とは最早言えない。
「男の手綱握るのって、やっぱり最終的には女だろう?」
それは、十中八九までは「結婚」という形に終着して。
「自分で気付いてるかどうか知らないが、お前って『縄張り意識』が強いんだよ。
自分のテリトリーに入って来る奴を、かなり限定的に選んでる」
仲がどうとか、話をした事が有るかどうかとか。
そういう「接触」を抜きにして、訓練学校の同期という「接点」は有ったはずなのに。
ヤマトに乗り込んでから後、そういう話をされるまで太田や南部、相原が「同期であった事」さえ記憶から外れている辺りを、例えにして。
「あいつら、色んな意味でそれなりに目立ってた奴だぞ?
訓練学校では。
それが記憶に残ってなかったなんて、お前は周りに興味が無さ過ぎる」
横切って行く奴さえ憶えてないような奴に、どうして俺がお前のテリトリー内への居留を許されたのか分からない…とも、島は続けて。
「お前の周りを『通過』していく女は、多分これからだって何人も居るさ。
その中の何人かは、お前に惚れてくれたりもするだろうな」
少しばかり茶化した口調に、反して至って真面目な目で。
「[だけど…引き止めるか?今更。
雪をお前の中から追い出して、それ以外の誰かを。
自分の手綱を、無条件で委ねられるか?」
◇
◇
◇
◇
3月14日に古代がどうしたのか、そんな事は知らない。
その日には島は地上に居なかったし、それから後しばらくは古代と島の休暇が噛み合う事が無かったから。
ただ、その後顔を合わせた時の雪の機嫌は悪く無さそうだったから、何をどうしたにしてもある程度は真剣に考えて、それなりの事をしたんだろうな…と、島も思っただけだ。
既に雪なら分かっているような気もするが、わざわざ「古代に入れ知恵したのは、俺だ」と教えて、古代の株を下げる必要も無い。
雪が御しきれない部分は、多分こうやってずっと、俺が軌道計算してやるんだろうな…と。
全くもって、良く出来た「友人」だよな…と、自嘲気味に島は自分自身を誉めてやりながら。
古代と雪の婚約が聞こえてきたのは、5月の終わりの事だった。
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Last Update : 20040217
Tatsuki Mima