White day:02

NovelTop | 第三艦橋Top

    その前月に、好意は十二分に含まれていても、愛情は全く交ざりこんでいないものを。 極めて「平等公平」に、非常に広範囲に配って廻っているから。
    その翌月には、戻ってきたり…来なかったり。 戻ってきても、ごくごくささやかなもので。
「『義理』に返す、義理なんて無い」
…と、口の中に飴一つ放り込むくらいで済ませようとする、実父が…その最たるところだが。
    たまには。
「…これ、雪さんが選んだんでしょ?」
「どれが『可愛いか』なんて、俺に分かるかっ」
…と、誰が選んだにしろ、一応は叔父から可愛らしいハンカチとか。
「今年は、何だ? 車の整備か? 端末の修理か?」
…と、極めて実用的な義父だとか。

    他人がくれるものなんて、結構…性格出るわよね。 …などと、思ってみるサーシャだった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ホントに、何でも良いの?」
    中にはこうやって、直接リサーチを掛けてくるようなタイプも居て。
「非常識に、お高い代物で無ければ」
もっとも、南部の場合。 今月初めから当日の今日まで大気圏外に居て、何にもまだ用意出来てないから…だったのだが。
    帰還(もど)ってきたのは今朝方、先程司令本部まで辿り着いて、提出した書類の受付待ち。 その間に、サーシャの仕事の手をちょっと止めさせて、今こうやって訊いている最中。
    何でも…と言われてしまうと、逆に何も思い付かない。
「えーと…」
    欲しいもの、好きなもの…なら有り過ぎるほど。 だから、すぐにはこれ一つ…とは絞り切れない。 お菓子だのぬいぐるみの類なら、既に本日今までに、お返しとしてあれやこれや戴いてしまっている。
「ま、俺。 どうせ夕方まで、本部(こ)の中に居ますから。 終業時(かえり)に、玄関ででもお逢いしましょ?」
    呼ばれた廊下に、すっかり考え込んでしまっているサーシャの頭を、ぽん…と一つ。 軽く叩(はた)いて南部は、苦笑しながらその場を後にした。

「…何してんの?」
    見憶えのある姿が、何故か…司令本部前の段の所に座り込んだりしているから。 その真後ろで立ち止まって、真上から覗き込むように見下ろして。
「お嬢さんを、待ち草臥(くたび)れてるところです」
問われた方は、首を廻さずそのまま上半身ごと後ろに倒すように、真上を見上げて。
「サーシャ…なら、年度末だから普通に忙しいんじゃないの?」
    あんまり関係無い僕でも、定時からこれだけ遅れるくらいだから…と、言いつつ相原は、座り込んでいる南部の横を通り抜けて。 ほんの数段を降り切った、その真ん前で「廻れ、右」。
「…って言うか、今日だったっけ? お帰り」
「…ただいま」
    何だか…今更な、間抜けたご挨拶。
「それは分かってるんですけどね、こっちが意外に早く終わっちゃいまして」
    さっき倒した半身を、支えるように両手を突いたまま。 言葉を返してくる南部は、すっかり退屈し切った表情(かお)で。
「明日、提出(だ)す分の書類も有るんでしょ? それ、書いてれば?」
「…現在(いま)持ってる分は、とっくに仕上げました。ここで」
冗談半分の「退屈しのぎ」のアイディアに、真顔でさら…っと返してくる南部に。 本気で退屈してるんだな…と、相原はちょっとばかり呆れた、軽い溜息を吐いて。
「分かった、話くらい付き合うから…取り敢えず、立てば?」
    …さっきから過ぎていく目が、殆ど例外無くこちらを眺めていって。 ものすごく目立っている事に気付いていた相原は、そう言った。

「…ねえ、ねえっ。 『物』で無くても、良いのっ?」
    2人を見付けて、わずか数段を一気に飛び降りるように駆け寄って来たなり、サーシャがそう。
「…食事とか? 別に、俺は良いですけどね?」
    近付くのを見ていて、どちらとも最後にしっかり避けた為に。 今回サーシャは、2人に体当たりする事も無く、ただ…南部の腕だけは抱え込むように捕まえて。
    見れば、普段通勤用に使っているバッグ以外に、手に2つばかりの紙袋。 端から、可愛らしい包装が覗けるようでは、恐らく…今日貰ったものばかりなんだろう。
「食事じゃなくてね…あれ? 食事も入る…のかな?」
「…何?それ?」
    南部がどうしてサーシャを待っていたのか、それは当然のように一番に訊ねた事だから。 言いながら、自分の言葉に首を傾(かし)げているサーシャに、南部よりも先に相原の方が問い返す。
    しかし、サーシャは問うてきた相原の言葉に気付かなかったのか、無視したのか。
「あのねっ、南部さん。 デートしよっ?」
    どちらにしても、よもやサーシャの口からそういう単語が出るとは思っていなかった2人ともが。
「…は?」
似たような身長から、異口同音にやっとそれだけの問いを投げ下ろした。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…だって、した事無いんだもん。 やってみたいっ」
    それは、サーシャが何かねだる時の常套句。 母親に由来する成長速度の特殊さだとか、育ってきた場所、家族構成…など。 そう言った事が既に分かり過ぎている相手に対しては、それ以上の説明の要らない、とても便利な言葉でも有って。
「まあ…確かに? 日時と場所を決めて『逢う約束』するのは、病院の予約でも面接試験でも『デート』で間違いじゃないですけどねえ」
「…どっちかって言うと、そっちの意味だよね」
    サーシャにそう言われてしまうと、ちょっと…どうしようもなく弱くて、仕方無く甘くなる2人がぼそぼそ…と。 囁(ささや)き合っている事なんて、この際当人の耳にまで届いていない。

「…で。 澪に、一日付き合わされることになったのか?」
「そういう事です。 次の日曜に」
    何だか、意気揚々と走り去っていくサーシャを見送っておいて。 そのまま、そこで相原と別れて。
「それで? どうして、俺の所に来るんだ?」
「…だって、本部の玄関先ですよ?」
直後、科学局の真田の所に転がり込んでいる南部だ。
    本来、客を招くような場所ではないから、元々…無駄な椅子だの机だのの無い研究室(へや)の中で。 そうと承知してる南部が定位置にしてしまっているのは、入口脇の床の上。
「早けりゃ、今頃誰かが…参謀にご注進掛けてるでしょ?」
壁を背にして、座り込んで。
「そうでなくとも、明日の朝までにはお嬢さん自身が言っちゃうでしょうしねえ」
    それは、邪魔ならとっとと出て行きますから…という合図でも有って。
「…つまり。 俺は、古代が騒ぐ前に黙らせておけば良いんだな?」
「殴られるくらいは逃げますし、当たっても我慢しますが。 殺される前にお願いしますね」
    もっとも、過去今までに追い出された事も、追い出した事も無い。 真田が本当に忙しい時には、最初からここまで辿り着けないからだ。

「しかし…何だって、澪はそんな事を言い出したんだ?」
    南部や相原が、一瞬耳を疑うような発言なら。 義父として、成長を見てきた真田にはもっと「まさか」で、当然。
「ああ…それ、総務のお嬢さん方に何か言われたらしいですよ」
    つまり…一月ばかり前にも言われたような、「特別」が居ないのはおかしい…とか。 その年齢(とし)で、今まで一度もデートもしてないのは変だ…とか。
    そして、そんなやり取りの最後の締め括(くく)りが、例によって「まあ…お子様だもんね」…と、お定まりのセリフだったりして。
「お嬢さんの実年齢って、俺らでも…時々忘れますからねえ」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    いい加減そうにお茶らけて見せていても、如何にも能天気にはしゃいでるようでも。 どちらも元々、よっぽどの事でも無い限りは遅刻なんてしない。
    だから、本日の「デート」も待ち合わせた…予定していた時間には、しっかり始まって。
「…で、何処行きたいんです?」
「…って、決めてないの〜?」
「生憎、『就学前のお嬢さん』とはお付き合いした事無いもんで」
    言葉は違うが、やっぱり「お子様」だと言われているのは、いつもと一緒だ。 それに気付いたサーシャが、ぷう…と膨(むく)れる。
    車の屋根に、両肘を乗せてしまって。
「そういう顔してる暇に、とっとと決めちゃって下さいな。 日が暮れますよ?」
そんな事を笑って言いながら、車越しにサーシャを眺め下ろして。
「…キー、貸してっ」
    南部に向かって、右手を指し伸ばしたまま。
「はい?」
サーシャは車の前方(まえ)を廻って、その目の前までやって来て。
「私が『行き先』決めれば、良いんでしょっ?」
    当人には、嬉しくない事なのだが。 サーシャの運転が尋常でなく下手…管制を切れば、事故必至…だという事は、南部には疾(と)うに知られている。
「ああ…はいはい。 取り敢えずは、お嬢さんの運転で『ドライブ』って事ですね」
    捨て身の嫌がらせにもそう言って、あっさりとキーを手渡してくれる、全く動じない南部の反応が…この際却って、どうにも腹立たしいサーシャだ。
    助手席側に南部が廻るのを待って、サーシャはエンジンをスタートさせて。
「あ…管制外れてるんで、入れといて下さいよ?」
アクセルを踏み込もう…とした直前の南部の言葉に、サーシャは慌ててブレーキペダルの上に足を戻した。
「何で、切ってんのよっ! 嫌がらせっ!?」
    …管制が入っている限り、まず事故を起こす事は無いが。 その分だけ、車両そのものの安全対策は進化のスピードが遅くて、事故の起きてしまった場合の死亡率・負傷率は決して低くない。
「嫌いなんですよ、俺。 管制入ってるセミ・オートの状態だと、緊張感無くて」

    行き当たりばったりに道を決めていても、いずれは何処かに辿り着く。
「…何で、英雄の丘(ここ)に来ちゃいますかねえ?」
「良…いじゃないっ、来たかったんだからっ」
    …嘘だったりする。
    実の所、道が分からなくなって…建物の隙間に、ここを見付けて。 そこならば帰り道が分かる…と、ようやくに辿り着いただけ。
「その割には、随分と無駄に遠回りだったような気もしますけど」
    …気がする、ではなく。 割合にここに来る機会の多い南部が、ここまでの道程(みち)を憶えていないはずが無い。 サーシャの言葉は、元から成り立たない言い訳だ。
    休日なのに、ガラガラと空きっ放した駐車場。
「ちゃんと、ワクの中に入れて駐車(とめ)るんですよ?」
そこまで言って、南部はとっとと降りてしまって。
「分かって…ちょっと、南部さんっ。 後方(うしろ)見てよっ!」
「運転手は、君でしょ?」
    隣のシートに乗り出すようにして言う、サーシャの言葉には。 閉ざし掛けたドアの隙間から覗き込むように、それだけ言って返して。
「ぶつけてやるから〜っ!馬鹿〜っっ!!」
    そう叫んだ言葉は閉ざされたドアに、南部の耳にまで届いたのかどうか。
    英雄の丘…は、この辺りでは最大の面積を持つ「緑地公園」だ。 丘陵を丸ごと一つ…その割に樹木はろくに無く、芝ばかりが広がるのは…それ以前に「何も無かった」所為。
    「居場所」に関しては、何も言っていかなかったが。 だからと言って、このだだっ広い場所に探し廻って、迷ったりなんてしなかった。
    ほら…やっぱり。 この「緑地公園」の中心、そして「丘」の頂点。
「…ぶつけてきたわよ?」
この「像」の前に居るだろう…と、最初っから分かっていたから。
「良いですよ、別に。 真田さんに、修理(なお)してもらいますから」
    真後ろからの、サーシャのいきなりの言葉も。 殆ど振り向きもしないで…像を見上げたままで、軽くいなして返してきて。
「大体…ぶつけたって、嘘でしょ?」
…嫌がらせ半分の冗談も、あっさり見抜かれてしまっていて、思わず…舌打ち。

    休日の昼間。 眼下に、どれだけの人間(ひと)が活動しているんだろう…街。 そしてその向こうには、静かに海が拡がっていて。
「…日曜日の割には、人が居ないのね」
    市街地内の緑地帯なら、散策するなり…ボールを持ち込むなり。 平日でもそれなりに、休日ならもっと多くの人の姿が見えるのに。 これほど広大な、街からだってさほど遠くも無い公園に、これほど他人を見掛けないなんて。
「駐車場だって、ガラガラだったし…」
「駐車場(あれ)は、式典用…ですからね。 普段の為に在るんじゃないんですよ」
    どういう機関の、どういう類の「式典」なのか。 軍籍を持っているサーシャには、今更…問う必要も無い。
「そんな事は…ここが、どんな『場所』なのか分かってるけどねっ?」
    そんな言葉と同時にサーシャは、ここに来てからあまりこちらを見ない南部の腕に、思いっきりぶら下がって。
「こんな…良い眺めを普段、放っとくなんて勿体無いわよ。ねえっ?」
腕に掛かる自分の体重に、引き摺られるように少しばかり傾いた相手を、下から見上げてしまいながら。 そうと、言葉を続けて。
「…景色の説明くらいしなさいよ。 南部さんなら『良く来る』んだから、それくらい分かるわよね?」
    まだ、しつこく…体重を掛けてきながら。 殆ど瞬(まばた)きもしないで、じ…っと見上げてくる瞳(め)に。
「…はいはい、分かりましたよ」
仕方無く…南部は苦笑して。
    ほんの少しだけ、考えるように…風景を見渡しておいて。
「えーと…この方向、あの背の高い建物の集まってる辺り。 あの辺りに、司令本部と科学局」
「…仕事から離れた、説明してよ…」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    飽きた…と、キーを戻してくるサーシャに苦笑ながら、南部はそれを受け取って。 少し遅めの昼食を、子供の声のひどく賑やかな店で取って。
「ね。 動物園、行こっ?」
    その店で、他の親子の会話を聞いていて。 サーシャは、突然にそんな事を言い出して。

    元々、そういう一面も持ってはいたのだが。
    現在(いま)の動物園とは、各種動物の繁殖の為の施設。 娯楽の為にも開放されている…と言うだけで、かなり研究施設…という色の方が強い。
    動物園だけではなく、水族館・植物園…といった施設も同様。 管轄を上に遡っていけば、最終的に科学局に辿り着く。
「あ、変な顔」
    実年齢だけならサーシャよりも確実に「年上」の、まだ…親に手を引かれた子供たちがはしゃぐ以上に、ものすごく…楽しそうで。
「見た事無いんですか?今まで」
    遊星爆弾以前を憶えている南部には当然のように、まだ…ほぼ娯楽施設でしかなかった頃の動物園を知っていて。
「えーと…大きな動物(もの)は」
    これくらいの…ちっちゃい犬とウサギは、イカルスでも見たかな。 飼ってる人が居たから。 猫は、ヤマトの中で初めて見たわね。
    …そんな事を、当たり前のように笑いながらサーシャは言って。
    地球という名の、一つの惑星の「自然」に組み込まれているはずの人類(ヒト)という名の種として。 他の生命を見た事が無い…という事が、どれだけ異常な事なのか…根本的に気付けていないまま。
    サーシャだけではなく。 現在(いま)この場にはしゃぐ子供たちの、全てが…そう。
「…面白いですかね?」
    現在(いま)に生まれついた…という事が。 つい…そう、訊ねてみた南部に。
「楽しいわよ?」
はっきりとした笑顔が、むしろ…何故?と問うように返ってきた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「でも…ねえ? こういう所って、皆で来た方が面白いかも…」
    サーシャは、ちょっとだけ首を傾げて考えるように。 曲がりなりにも「デート」の最中に、その相手に向かって言うべきセリフでは無いような気もするが。
「…なら、呼びますか?」
「呼ぶ…?」
    これまた、状況に似つかわしくない言葉に、サーシャがそう問い返すよりも先に。 南部は、引っ張り出した携帯の操作を始めていて。
    呼出音の鳴っている間の、ほんの少しの無言。
「ああ…相原君?」
その、通話の相手の名には驚かなかったが。 本気で呼ぶつもりなのかな…と、横でサーシャはちょっとだけ呆れながらも、きょとん…としてそれを見上げていた。
「とっくにバレてますから、さっさと出て来なさい。 居るでしょ? 管理事務所の陰に」
「え…っ? 相原さん、来てるのっ!?」
    驚いて問うてくるサーシャに、答える代わりに南部が指差した方向から…本当に相原が近付いてきていた。
「…やっぱり、バレてた?」
「通信技官に易々、尾行(つけ)られて気付かないようじゃ、戦闘士官なんざやってられませんよ」
    携帯を仕舞いながら、苦笑しながら相原が言えば。 南部の方も、通話状態をオフにしながらさら…っと答える。
「何で、相原さんがここに居るのよ〜っ?」
    呆れきったようなサーシャの言葉にも、やっぱり南部が。
「参謀に脅されたんでしょ。 ホントなら、仕事してるはずだよねえ?相原君?」
答えつつ、相原に残りを振って。
「仕方無いだろっ? 無理矢理、休み取らされたんだからっ!」
    簡単に言い当てられてしまった口惜しさを、相原は弁明にすり替えて。

「…呆れるわねー」
    父親と、相原の両方に。 サーシャが、心底呆れた溜息を吐いた。
「じゃ…も少し、呆れてもらいましょうか?」
「…は?」
    異口同音に、相原とサーシャが振り返った時にはもう既に、南部がまた携帯を操作していて。
「こっちは『戦闘士官』ですんで、相原君よりはマシな尾行してましたけどね」
そう言っている間に、相手が出たようだ。

「あ、古代さん? 雪さんを連れて来たんじゃ、バレバレです。 とっとと、出て来て下さい」

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Last Update:20050204
Tatsuki Mima