──世の中に たえて桜の無かりせば 春の心は 和(のど)けからまし
一般人が、好んで出入りしたいかどうか…は、ともかくとして。
防衛軍司令本部は、別に「軍関係者以外、立入禁止」ではない。
だが、組織の目的と構成がそうである以上、例え軍関係者でも厳として往来を制限している場所はある。
「相原君、お花見しません?」
相原の勤務している中央司令室辺り、その典型だったりする訳だが。
「…何で、簡単に入って来られるんだよ…」
「君の、友人だからじゃないんですかねえ?」
友人知人くらいで、簡単に入れるようではセキュリティも何も有ったものではない。
実際の所、南部の場合「元・ヤマト乗員」という本人の「顔」と、やたらと軍に顔が効き過ぎる生家という「背景」との両方で、スルーして来ていたりする。
「大体、花見って…桜、咲いてるの?」
「咲いてるよ。
三分咲き…いや、二分咲きってとこ?」
「…いつ?」
「今日、これから」
ちなみに…現在の時刻、午前10時16分。
「仕事中だってばっ、僕はっ!」
◇
◇
◇
◇
──花の色は 移りにけりな 徒(いたづ)らに 我が身世にふる ながめせし間に
無駄口を叩く程度の暇は有っても、一応は勤務中の相原に追い出された廊下で。
タイミング良く…向こうにとっては悪かったかも知れないが、南部は島を見付けた。
どうしたんだ…と訊かれて、
「デートを断られちゃいました、相原君に」
「…は?」
この程度の「時と場所」では、冗談口の捨てられない南部である。
訊き返す島の、少しばかり困惑してる様子に満足して。
いや…実は、出航前の書類提出に来たついでに、かくかくしかじか…と、まともな説明をやっとしてみたりする。
「それは…相原じゃ無くたって、断られるんじゃないのか?」
「…ですかねえ?
そう言や、島さんはどうしてここに?」
「ああ…俺は、帰還報告の提出に。
今朝、戻って来たばかりで…」
言いたい事の終わるを待たず、空いた左手をしっかりと南部の両手に握り締められて。
「島さんっ、デートしましょう!俺と、今からっ」
いきなり、かつ性急な求愛を受ける羽目になった島だった。
…と言っても、同じ会話の流れで「デート」という単語が2度繰り返されれば、本来の意味に曲解しようもないのだが。
取り敢えず、廊下の人通りが途切れていて良かった…とは、真剣に思った島だ。
「他を、当たってくれ」
島が、右手に抱えていたブリーフケースで、南部の腕を軽く叩(はた)けば。
南部も素直に、島の手を解放して。
「だって…島さん、帰還(もど)って来たばっかりで、当分ヒマって事でしょ?
良いじゃないですか、1日くらい俺にお付き合いしてくれても」
しかし、未練は残っているようでまだ、しっかりと続きを口説いている。
「帰還って来たばかりだから、寝てないし、官舎(いえ)にもまだ戻ってないんだよ。俺は」
2度目は、口説いた相手の睡眠欲…と、恋女房逢いたさ…に振られてしまった南部であった。
「…で何故、俺の所に来る?」
「ヤマト乗員としては、ものすごく正しい判断だと思いますが」
ここは、科学局。
敷地は違うが、司令本部とは目と鼻の先の近接さである。
…で、その中の真田の研究作業室(ラボ)。
「困った事が有ったら、まず島さんに話通して。
島さんで埒(らち)が明かないなら、真田さんに…って、間違ってないでしょう?」
そんな理屈で花見への同道を請う南部に、呆れるのを隠せない真田だ。
「また、どうして花見がしたいんだ?」
「俺、明後日から出航(で)るんで、戻って来るまで咲いてないからです」
それは…真田にも分からなくは無い。
「しかし…わざわざ見たいと思うほど、見事な桜なんか…無いだろう?」
長く遊星爆弾に晒された所為で、地表は一度、壊滅的に以前の姿を失った。
その後、少しずつ回復させていった緑も、この前の太陽核融合異常でまた殆どを失っている。
成長の早い一年草や多年草ならば、温度と日照と水分と養分…という「園芸的措置」で、素人にもそう難しくなく促成栽培も出来ようが。
桜に限らず「樹木」を、1年や2年で大木にするのは…生物工学のテリトリーだ。
遺伝子レベルでの操作でもしない限り、元より無理な話だ。
「無いですよ。
見事…と言えるようなのは、ね」
子供の頃にはまだ、太古から連綿として続いてきた「以前の地表」の在った事を憶えている、南部より数年下の年代を境に。
樹木が巨大に育つもの…と、知らない世代は増え続けているのだ。
「俺の言ってるのも、この程度…の細ーい可愛らしい奴です」
言いながら、南部は自分の頭より、少しばかり高いところを指して。
…という事は、せいぜい2メートル程度の、苗木を定植して1年経ったか…という樹だろう。
「…それを、わざわざ?」
「そうです」
◇
◇
◇
◇
──春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人し無ければ
つくづく…物好きな奴だな、と。
いや…南部ではなく、昼日中から仕事を捨ててまで、お人好しにも付き合ってやっている真田自身に…である。
「俺、司令部に用が有る時って、ここ突っ切って行く事多いんですよね」
司令本部に間近い緑地帯…という事は、科学局からも大した距離ではなく。
それでも真田は、こんな所に桜の樹が在るとは知らなかったし、気付きもしなかった。
「俺だって、今日。
こいつが咲いてるの見るまで、桜だなんて気付かなかったですよ」
呟くような真田の言葉に、南部も苦笑しながら、そう答えて。
枝もろくに拡げていない、ひょろりとした樹勢は、確かに南部の言う通り「可愛らしい」としか言いようが無い。
こんな細さなのに、意外に蕾は数付けているようで、これでも満開になれば結構綺麗だろう。
それでも今は咲き始めもいいところで、全体の細さから白梅の枝を思わせる風情。
そんな奴を男2人で、それぞれに缶ビール1本…とは、安い花見である。
「何か…桜見てると、やっぱり日本人なんだなあ…って思いません?」
南部にしては珍しいくらいに、永い時間黙っていた後にぼそ…っと。
「他の花見てても、綺麗だなあ…とは思ったりするんですけどね。
見てて…ほっとするってのは、やっぱり桜くらいで、その辺りが日本人だな…って」
「…そうだな」
「改めて、良く考えたら。
遊星爆弾からこっち…10年以上、花見なんてした事無いんですよねえ」
桜の樹そのものは、こうやってずっと。
地上や地下…と場所を変えながら、枯死の危険に晒されながらでも、ずっと在り続けてきたのに…と。
「見てもらって、愛でてもらってこその花だが…見る側に余裕が無かったんじゃ、仕方ないだろう」
誰かを…相対する南部も、恐らくは自分自身をも。
宥めるような口調で、真田がそう言えば。
「ま、確かに…色々と、余裕無かったですからね。
俺も、真田さんも、誰も」
言い訳じみた言葉を、南部は呟いて返した。
刈り込みもしていない、伸びっ放しの雑草混じりの芝の上。
「酔ってる…のか?」
転がった南部に、これくらいの量で酔わないはずだ…とは承知で訊いてみる。
「そうですねえ…アルコールじゃなく、桜には」
けらけらと笑って答える様子は、どう贔屓目に見ても「酔っ払い」である。
「寝るなよ?
持って帰るのが面倒だから、捨てて行くぞ」
「やだなあ、真田さんったら。
連れて帰る…って言って下さいよぉ」
わざとなのかどうか、語尾がかなり怪しいが…真田は、気付かなかった事にしようと思った。
まだ「春」でも、昼の陽射しは結構強い。
ただ転がってるだけならともかく、本気で眠ったら時期外れの熱射病も在りかねない。
真田が「面倒だ」と言ったのは、実際はその辺りの事で。
だから、もし本当に寝てしまったら、南部を「持って帰る」のも致し方ない。
花を見ながら、そんな無粋な事を考えていた真田だった。
「…桜の樹の下には、死体が埋まってる…って、誰の文章でしたっけ?」
どちらかと言えば饒舌な人間が、黙ってしまった後の静かさを何となく楽しんでいた耳に、前触れ無く飛び込んで来たのは、そんな言葉。
「まあ…突き詰めれば、桜に限らず植物って、何らかの『死体』の上に育ってるもんなんですけど」
あまり静かで、てっきり眠ったものだと思っていたから、まさしくいきなり。
しかし、振り返って見下ろしたその瞳(め)は、酔っている訳でもなく、決して寝惚けている訳でもなく。
「それにしても…『あれ』からちょっと…死に過ぎましたよね、地球(ここ)でも宇宙でも」
「そう…だな」
親疎を問わず…確かに、見送る人間が多過ぎた。
それも、比較的短期間のうちに。
「自分たちが危なくなったんで…生きる為に、育つ為に、俺たちを殺したんですかね?
桜…とか、植物が」
「さあ…な。
そんな事かも知れないし、そうじゃないかも知れない。
俺たちには…分からん」
風が、芝を波打たせて通り抜けて行く。
温まり切った空気を混ぜて、いっそ寒ささえ感じさせて。
「そんな事を考えてたのか?
今?」
「お暇してると、色んな事を考えたりするもんで」
非常時に生まれついてしまった同年代の中でも、また図抜けて特異な経験と想いを重ねてきたから。
その分だけ、他よりも思う事も考える事もどうしても多くて。
「だから、俺。
退屈するのは嫌いなんですよね、仕事してる方が楽です」
…それが、例え危険でも。
生命を賭けざるを得ないような状況に、置かれる事が必至でも。
「皆…似たようなもんだろう」
「…でしょうかね?」
また一時の無言と、風が通り過ぎて行く。
「俺…死ぬんなら、地上(ここ)が良いなあ。
宇宙で死んで、植物の養分にもなれないなんて…地球人として間違ってると思いません?」
「そうかも…知れないな」
こんなか弱い桜の樹からも、一片の花弁が舞って落ちた。
──願はくは 花の下(もと)にて 春死なむ その如月の 望月の頃
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Last Update : 20040304
Tatsuki Mima