仕事をしていると、どうしても同じ道の往復になる。
仕事として外廻りや出張が無いなら、本当に。
そういう意味では、守もそんなものだ。
仕事に拘束される時間は永いが、その殆どは司令本部の中だ。
そこから出る事が有っても、そのまた殆どが近くの軍施設。
本当に、決まり切った範囲内をうろうろとしているだけ。
元来インドアな人間じゃないつもりだが、休みの時にも本当に全く。
日付の変わるような頃に戻ってくる毎日に、やっぱり多少は疲れてるんだろう事が一つ。
一緒に…あまり出歩いてくれない女性(おんな)の居る事が、もう一つ。
…だって、独りで出歩いても…詰まらない。
いつもの通り…という事は、本日もやっぱり日付の変わりそうな頃。
「お父さま、お帰り〜」
普段なら疾(と)うに自室に引っ込んでるはずの娘が、未だにリビングに居てそう言ってくるから…思わず、4分の1歩ほど引いた守だった。
サーシャは本日が休みだったので、明日は疑い無く出勤である。
明日の朝寝坊を前提に、この時間まで遊び呆けている訳じゃない。
こういう場合。
つまり、サーシャが守の帰宅を「待ってる」状態…イコール、何か「おねだり」したいものがあるから…というのが、かなりの高確率。
「…今度は、何なんだ?」
だから今、守が引いてしまった訳だ。
あれが欲しい、これが欲しい…くらいなら。
物によっては買ってやらないでも無い、分不相応に高額なものなら蹴るだけだ。
しかも、却下と断されれば不満有り気でも一応はそれに従うから、扱いもやすい。
…ただ。
過去には、仕事したい…だの四輪の免許取りたい…だの、それなりに騒動になったような事も多々有って。
そういう記憶が、只今現在の守の眉間のシワ…になってたりして。
◇
◇
◇
◇
桜、伐(き)る馬鹿。梅、伐らぬ馬鹿。
桜の樹というのは、外の樹と同じつもりで鋏を入れるとその傷から枯れ込んでいく。
なので、盆栽に仕立てる事はかなり難しく、一般的には樹形を整えるような剪定作業をしない。
だから、移植に向くのは枝も払わなくて良い、根も詰めなくて良い苗木のうちだけ。
大きく育てば育つほど、それは難しくなる。
太陽の核融合異常の制御なってから、もう3年。
その後に定植された苗木も、まだ情けなく低いシルエットながら随分と樹らしくもなってきて。
だが、その前の放射能からの避難もあって、地上と地下を跨ぐ数度の移植に耐えられなかったものも少なくは無くて。
前述の理由で、桜の樹の場合はもっと。
「…やだ」
古代が、ほぼ即答したのは。
それを古代に言ってきたのは雪だが、その元の話を雪に振ってきたのが南部だったから…である。
確たる理由は無い、何となく…何か有りそうで嫌。
「そんな事、言わないでよ」
古代がそう考えているだろう事が分かるだけに雪も苦笑しながら、しかし重ねてねだってみる。
「サーシャも言ってたわよ。
綺麗だった…って」
「…って、ちょっと待てよ」
案の定だが、姪の名前にしっかり反応する。
「何で、サーシャと南部が一緒に出てるんだよっ?」
「お義兄さんも、貴方も。
サーシャの運転に付き合いたがらないから、よ」
だが、雪の方もきっぱりと言って返した。
サーシャにとって守は実父、古代は叔父だから、配偶者が居ようが自分が誘う事に遠慮は無い。
しかし、この2人は雪が言った通りその運転には付き合いたがらない。
島と相原は、どうこう言いながらでも付き合うが、それぞれ配偶者が居るので…一応サーシャの方で遠慮している。
遠慮も無いし免許も有しているが、車に「乗る事」を嫌う真田を誘うほどには馬鹿じゃない。
そうなると、サーシャがお気軽に誘えて。
なおかつ、お手軽に付き合ってくれる「遊び相手」となると南部くらいしか居なくなる。
…ついでに言えば。
古代の言ったのと、全く同じ部分を守も当然突っ込んで。
雪の返したのと全く同じ理由を、当人であるサーシャにきっぱりと答えられてしまっていた。
「元々、庭園が売りの旅館だったんですよ。
遊星爆弾以前、ですけどね」
…ホテルじゃなくて、旅館…かよ。
最近あまり聞かない単語に、素直に呆れる古代である。
勿論、それ以降度々の災難に当時有った、人よりも数段永く生きてきたような見事な樹は殆ど失ってしまったが。
それでも、少なくとも自分たちよりは年上の樹も再びそこに。
「…で、一般に開放してるんですね。
もっとも、最近では去年の秋から…なんですが」
ゆっくり日帰りも出来る距離で、ここいらではまず見られない立派な樹々の風景。
場所柄、大騒ぎする事と酒の持ち込みは許可されないが、弁当を持ち込んでも静かに眺めている分には咎められたりしない。
確かに…雪が心動かされそうな場所ではある。
古代としても、全く惹かれないじゃない。
「…一つ、訊いて良いか?」
「どうぞ?」
そういう場所を何故知っていたか…とは、今更訊かない。
訊くだけ、無駄だ。
「何で、サーシャをそこに連れて行ったんだ?」
風景としては滅多に見られないかも知れないが、所詮「綺麗なだけ」の場所。
派手にはしゃぐ事も出来ない、きっと静かだろう場所は、あんまり…サーシャに似合っているとは思えない。
雪との間に弥生の生まれてから、すっかり突っ込みどころが守と同じ…「娘を持つ父親」になってしまっている古代だ。
だが、自分でそれとは気付いていない。
「だって…そこだと、昼食代浮くんですもん。
お嬢さんが作ってきますから」
「…って、弁当に釣られるな〜っ!」
◇
◇
◇
◇
そういう風景がまだ在るのだとしたら、懐かしいような気もする。
正直、見てみたいと思わないではない、それを知らない人に見せてやりたいと思わないでも無い。
「それで、どうして俺を誘うんだ?」
だが、2人で…と言うか、そっちはそっちの家族だけで行けば良いのに…とも思う島だった。
「兄さんに、同じ事が言えるなら言ってみろ」
「…それか、理由は?」
そう。
話の大元が、南部とサーシャからだ。
古代が南部に細かく聞いてみたなら、サーシャが守や真田に話していないはずが無いのである。
守にあれこれと命令的に言われて、それに逆らう勇気は有るが、言った事が聞き入れられる確率に自信は無い島だ。
古代に至っては、そもそも反論する気から希薄だったりする。
「お兄さんが、その気になってる…って訳か?」
古代や島が懐かしいとも思うなら、それより年長の守にしてみればもっと…だ。
「そういう事だよ」
そう言って古代は、それから…わずかに遅れて島が。
それぞれに、溜息を吐いた。
◇
◇
◇
◇
この間よりほんの少し花の数が増えて、満開。
同じ場所でも、少しだけ色合いの違って見える景色に、サーシャが2度目をはしゃぐ。
「…ほら、綺麗でしょ?
ねえ、お母さまっ?」
自分が綺麗だと思った景色を、やっぱり綺麗だと感じてくれるだろう人に見せたかった。
たった、それだけ。
ただ…それが、余所様のご家庭にまで波及するとは思っていなかったのだが。
「ええ…そうね」
緑と花の色の風景は、スターシャには何処か懐かしい感じのする風景でもある。
あの惑星もまだ、そういう景色を残してはいたから。
たとえ、ここに有る花を見る事が初めてであっても。
この花は何、あれは…と指差しながら、守が教えていく。
「案外と詳しいのね?」
スターシャは、そう言ってくすくす…と微笑いながら。
「そんなに珍しい花じゃ無いからな、どれも」
子供の頃に親から教えてもらったようなものばかり、記憶に残っている事を今また口に繰り返しているだけ。
生憎と、娘に…教える機会は無かったけれども、今こうやって。
「…そう言や、逆もあったよな?」
「え…?
ああ…そうね、私の方が教えてばかりだった頃もあったわね」
現在(いま)は失い、遠く離れていた場所で。
2人きりで、地球(ここ)とは違う風景の中で。
そんな他愛無いやり取りばかりで、1日の過ぎていった頃。
「貴方は『良い生徒』だったわね?」
「『教師』の方は下手で、済まないな」
「そんな事…貴方に、期待して無いわ」
そうしてまた、くすくす…と。
ええ…期待して無いわ、何かを上手く教えてくれ…なんて。
一緒に居て、傍に居て。
そんな事だけよ、貴方に私が望んでいる事なんて。
いつかの…あの惑星(ほし)の時から、ずっと。
専業主婦にはそれと選んでなっていないが、母親である事は止められるはずが無い。
古代は航海で家を空けている事も多いし、ここまでを生きているのだから放っておいても1人で何とかするだろう。
だが、まだ会話も普通に成り立たない子供では、そうはいかない。
仕事が有るから、他人に預ける時間のある事は仕方が無い。
だが自分の居る時まで、放ってなんて置けない。
その意味では、いつでも気も張っていて。
「何だか…すごく久し振りだわ、こんなにゆっくりしてるのって」
どうしても室内(へや)は散らかるし、ばたばた…ともする。
そんな日常は、ここには無い。
…日常?
「あ…やだっ!」
「…って、何だよ?
急に…」
並んでいた耳元に、急に大きな声…で。
問い返した古代の声も、この風景には少しばかり不似合いに高く。
だが…途中で気付いて、トーンを下げてみたりもして。
「弥生、置いてきちゃった…っ」
問いには答えつつ、だけど「廻れ、右」。
「ちょ…っと、待てってばっ」
明らかに連れてこようとしている雪の腕を、ぎりぎり捕まえて。
家の中にばかりも居ない、出掛ける事もある。
だけど…このしばらく、本当に2人っきりだった事もあまり無くて。
それが…何と無く、勿体無い。
「向こうにだって、誰か居るし。
ほら…兄さんとか、島とか…」
古代の言い訳に、何気無く出した2人の名前に。
「…そうね、まあ…良いわよね?」
あの2人なら進さんよりは、数段子供の扱いも上手いわよね…と、雪の即座に思った事は…内緒。
あの惑星には、花は無かった。
こういう色彩は無かった。
何処までも、岩と砂の景色。
あれは、これは…と指しながら、子供のように訪ねてくるのはテレサの方。
島の方では、それを一つ一つ答えていく。
別の場所で守がそうと言っていたように、取り立てて珍しいものはここには無いから。
それも、島にとっては…だが。
テレサにとっては、何もかも。
ベランダに少しばかりの花は有っても、たまに出掛ける先で樹を見る事は有っても、ここに有るほどの大きな樹を見た事が無い。
こういう構成をされた庭を見るのも、初めてだ。
石の置かれている意味も、歩に啼(な)く玉石の敷かれている意味も分からない。
だから、これは…あれは…と立て続けての質問攻め。
不意に島は、何かを思い出したように苦笑(わら)ってみせて。
「…あの、何か?」
何か…変な事を問うてしまったかと直前の言葉を思い返しながら、テレサが困ったように問い返す。
「いや…何でも無い。
こっちの事だから」
2、3年後にでも、またここに来たとしたら。
今のテレサのように、今よりはもう少し言葉も達者になったはるかが、あれこれ…と矢継ぎ早に問うてくるんだろうな、と。
その時には、君は何をどう思いながらそれを見るんだろう?
◇
◇
◇
◇
庭園…というものは、総じて足下が良ろしくない。
玉石を敷き詰めていたり、飛び石が配置されていたり。
「まあ…良いけどね、私は2度目だし」
平らな所でもそれほど歩くのが上手くない弥生を抱き上げて、そこに有った石の端に腰を下ろす。
それよりはもう少し普通に歩いてくれるはるかも、転ばれてしまう前に手招いて呼んで隣に座らせる。
「花は綺麗だし、ねえ?」
前半は独り言の続きだが、最後は小さな2人に対して。
「ねえ?」
膝の上に抱えた従妹は、訳分からなさそうな顔をしてあさっての方向を向いていたが、はるかの方は横から見上げながら答えてくる。
風は無いも同様、陽射しは結構暖かい。
今までに既に温まっていた石の上に座って、時間の過ぎるのを待っていても別に…寒くは感じないから有難い。
「戻ってこないね〜」
「こないねー」
3組6人が思い思いに、それぞれの方向に散ってしまってから、もう随分。
置いてけぼりにされた3人は、大人しくその戻ってくるのを待っていた。
「…って、はるか〜。
あんた、ヒトの話ちゃんと聴いてる?」
「きいてるー」
取り敢えず、興味が無くても意味が分からなくても、他人の話には返事をするはるかだった。
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Tatsuki Mima