降る度ごとに、雨の降る量が多くなってるような気がする。
いや…実際の所「気がする」なんてものではなく、確かに降水量は増えている。
何しろ…雨の降らない方が、普通だった時期が有るのだから。
赤茶けた大地、干上がった大洋(うみ)。
遊星爆弾は、自然も人工物もことごとくに破壊し、放射能を撒き散らして、地上から人間の住める場所を失わせた。
そして、それだけではなく地表から海を…水を、雲を失くした。
爆発に巻き込まれ、巻き上げられた海は。
水蒸気という「形」も超えて分解してしまい、地球の重力からまでも逃げ出してしまって。
だから、地表に海は無く。
そして…地下都市には、雨は降らなかった…から。
だから、雨の降る事は地球という惑星の「復興」そのもの。
それは…科学と技術の、もたらした結果。
◇
◇
◇
◇
ここ数年の、天気予報はアテにならない。
地形が大きく変わったから風の流れも変わってしまって、有史からの知恵も数世紀に渡る記録も、殆ど役に立たなくなってしまったから。
「だから…今日は、雨が降るって予報だっただろうが。
傘くらい持って歩けっ」
たまに当たった予報を盾に怒鳴られても、内心「何だかなあ…」である。
「その、傘を貸してくれれば、それで良いですってば…っ」
玄関で、バスタオル越しに頭をわしわしと。
犬猫が相手なら、とっくに噛み付かれてるか、引っ掻かれてるか。
それほどに乱暴に濡れた髪を拭いてまでもらってまで、わざわざこの部屋に上がり込もうとまで思ってもいないのに。
「このひどい雨に、傘くらいが役に立つかっ」
ほぼ強制的に、雫(しずく)は落ちないまでにはなっても濡れたままの格好で、リビングに蹴り込まれて。
「何だ…お父さまがうるさいと思ったら、島さんもなの?」
そこには、似たり寄ったりな姿のサーシャが居た。
「ヒトの事に呆れてる暇が有るなら、さっさと着替えて来い。お前もっ」
一度は拭(ぬぐ)ったらしい髪も、あまりに長いからどうしても拭い切れていなくて、その裾から思い出したように水滴を溢(こぼ)しながら。
「はぁーい」
ふざけたような口調でちょっとだけ舌を見せて、それでもとても素直に。
サーシャがリビングから消えた後は…今度は、島の番。
「お前も、とっとと着替えろ。風邪引くぞ?」
そんな守の言葉と同時に、さっきのバスタオルを投げ付けられて。
「いや…あの、ですね…」
途惑っている島の表情など、全くに意には介していないようで。
「…ほら」
一体、いつの間に取り出して来ていたのか、自分の服を押し付けて。
「そっちで、着替えて来い。
じゃないと、風邪引くぞ?」
…と、リビングに続いた部屋にまた、容赦無く島は投げ込まれてしまって。
今更だが。
改めて、自分と守との体格差を思い知った島だった。
借りる事になってしまった守の服は、ごく普通にカラーシャツとパンツだったのだが。
首周りも袖も裾も、肩も胸もウエストも、ものの見事に…余る。
「子供(ガキ)みたいだな」
言いながら、濡れた服を受け取る…と言うよりは、島にしてみれば強奪に近い気もしたが。
「…放っておいて下さい」
そしてそのまま、それを乾燥機に放り込んで来る守だった。
そんな間、リビングに1人取り残されてしまって。
自分の部屋では無く、服も自分の物ではなく。
何となく落ち着かずに、聞こえてくる雨音に窓際に吸い寄せられるように。
ガラス越しに見上げる空は、どんよりと重く暗く低く。
一時よりもまだ更に、その激しさを増しているようで。
「良く降るわよね、信じられないくらい」
…思っていた事が、外から耳に聞こえてきて。
「…どうかしたの?島さん?」
驚いて振り返った肩越しに、きょとん…としたサーシャの顔がそこに有って。
「…いや、別に…」
濁した語尾に、もうひとつちょっとだけ首を傾(かし)げてみせながらも。
「変なの」
それでも笑って誤魔化されてくれている様子に、正直…ほっとする。
座ったら?…というサーシャの言葉に促されるようにして、窓から離れて。
そのサーシャが床にぺたん…と座り込むから、島も何となくその前に腰を下ろして。
「私、雨って好き。
濡れるのは嫌だけどね、見るのは好きよ」
そう言いながら、雨に濡れてしまってまだ生乾きとも言えない髪を、面倒そうに拭いていた。
「…好き?」
どちらかと言えば、雨など鬱陶しくて面倒で…嫌い…としか言えない島には、ちょっとばかり意外な言葉で。
「そうよ?」
逆にサーシャには、意外そうに訊き返してくる島の言葉の方こそ意外だったらしくて。
「だって…雨が降るのも、地球だから…でしょ?
イカルスみたいな小惑星じゃ、絶対降らないもの」
にっこりとして、そう言い切った。
「…違う。
あいつは、濡れるのも好きなんだ」
いささか呆れた様子も見せて、娘について…をきっぱりと言い切る守。
「後が面倒なのが嫌いなだけだな、あれは…」
…と、コーヒーカップごと指差したサーシャは、まだ乾かない髪をまだせっせと拭いていた。
ドライヤーを使えば良いのに…という、島の呟きには。
「真田が使わないからな。
そういう選択肢が外れてるんだ、頭の中で」
と、守が。
以前(まえ)に使ってやったら「風が熱いし、音がうるさいからやだ」と逃げられた…とも付け加えて。
「おい、サーシャ。お前は?」
島の前にカップをひとつ置きながら、それに対する礼を視線の外に守は聞きながら。
最前からずっと、同じ作業に一生懸命なサーシャに問えば。
「あ、要る。飲む」
乞われて、そこまで手渡しに行く。
「面倒なら、髪を切れ」
「やーだ」
「じゃあ、濡れて帰って来るな」
「今度、ね」
ああ言えばこう言う娘に、やれやれ。
何で、そういう所ばかり真田に似る…とぶつぶつと言いながら、守が島の前まで戻って来るから。
「育てた真田さんに似るな…って言うのも、無理な話ですよ?」
島が、そう返す。
「似てるからって、文句は言ってない」
ダイニングテーブルに居る島の前も通り過ぎて、そのままキッチンの方に。
「要らん所ばかり似るから、それに文句を付けてるんだ。俺は」
自分の分をカップに注いで、また戻って来るなりそう付け加えて。
◇
◇
◇
◇
雨は、まだ止みそうに無い。
その勢いも、落ち着いたとはとてもまだ言えない。
戻ると伝えてあった時刻を、1時間以上も疾(と)うに過ぎて。
それでももっと小降りになるまでは、どうやら帰してもらえそうにも無く、仕方なく…自宅で待っているはずの人に連絡だけは入れて。
「…嫌そうだな、『雨』が」
通話を終えたのを確認してから、帰してもらえない事に多少苛立ってる事を承知していながら。
帰してやろうとしていない守本人が、わざわざそう訊ねてくる辺り…可愛くない。
「…そうですね。
降るのも濡れるのも見るのも、好きじゃないです。
『雨』は」
それと分かっていて、こう答えてしまう島も、大して可愛らしい性格をしているとは言えないが。
「そうか?
俺は、濡れさえしなきゃ嫌いじゃないぞ?」
ここに来てから、娘の口から聞いたと同じような意味の事を言う父親。
「…変なところで、父娘(おやこ)なんですね」
「何が、だ?」
島の言う意味が掴めないで、訊き返す守。
「サーシャも言ってたんですよ。
濡れるのは嫌だけど、見るのは好きだ…って」
その、理由は違ってそうですけどね…と。
サーシャの言った理由を、それに続けて。
「まだ、珍しいだけ…って事か?あいつには?」
生まれてからの永い時間、雨の降るのを見た事が無かった…という実際を思ってみて。
「そう…かも知れませんね」
ふ…と、それが弟と重なって。
「次郎も…そんな事を、言っていた時期(とき)が有りましたし」
次郎は、地下都市で生まれて育ったから。
地上の「本当」を何も知らないまま、地下だけを「世界の全て」として育ったから。
初めての「地上の昼」の空の蒼さに、とても眩しそうな顔をして。
初めての「地上の夜」の涼しさに、いっそ寒がって…しがみ付いてきて。
「地上に在るもの、地上で起こる事全て…珍しかったみたいですね。
次郎には」
島の目には、山も海も街も…以前の記憶のままではなかったのに。
それでも…何だかとても、懐かしかったのに。
雨どころか、そのままでは生存も適わない、大気の無い小惑星に。
当人には何の咎(とが)も落ち度も無く、ただ…事情は在ったとは言え…それは、ただ親の事情でしかなく。
「…島」
「はい?何ですか?」
そうして育つ事を余儀なくさせられて、雨も見ず風も知らずに。
そんな娘に、全く…罪悪感を思っていないとは言えなくて。
「嫌な事を思い出せるんじゃない、殴るぞ」
言葉と同時に既に、テーブルの下で蹴飛ばしておいて「殴る」予告も何も有ったもんではないが。
「…もう、言いませんよ…」
それを突っ込んで、本気で痛い目に遭うのも馬鹿馬鹿しいから、島も大人しくしておく。
「降らなかったよな、あの頃は。
地下も…地上も」
次郎の…地表を知らずに育った者の話は聞かされたくなくても、雨の降らなかった頃の話そのものは一向に構わないらしくて。
「…地上の方は…良く知らないんですけどね、俺たちは」
その頃にはまだ学生でしかなくて、既に実戦に関わっていた守とは違って地上に出る事など…殆ど在り得なかったから。
「雲なんか…欠片も無くてな。
『ああ…降る訳無いよな、こんな空じゃ』…って、思った」
「雲の無い空…なら知ってますよ、俺も」
イスカンダルから戻って、普通に地上に出る事も棲む事も適うようになった時。
その時の空は、ただ…何処までも蒼いだけで乾き切っていて、雲は…無く。
「それに較べりゃ、雨が降って鬱陶しい…って思える今は、正常(まとも)だろう?
今の地球は。
生物の存在する惑星…として」
森羅万象の、当たり前に存在する事が。
実は、とても…贅沢な事なのだと。
一度は見失ったからこそ、痛いほどに思い知っている自分たち。
◇
◇
◇
◇
「…ったく、どいつもこいつもっ。
雨、止ませてから帰るって考えは無いのかっ!」
ちょっとばかり前に、頭の上から降り聞かされたような言葉が、やはり玄関から響いてきて。
「痛い、痛い、痛いっ」
…合間に、古代の声が聞こえてきたりして。
「なぁに?今度は、叔父さまなの?」
一度は自室に戻っていたサーシャが、守の大声に惹(ひ)かれてのこのこと、またリビングに顔を出して来て、そんな事を。
玄関まで出なくても、何が起こっているのかは知れるから。
「…みたいだね」
島としては、ただ…もう苦笑するしかなくて。
…そんな、雨の日の午後。
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Last Update:20040505
Tatsuki Mima