遊星爆弾に干上がって、一度は滅びた海。
水棲生物の居ない海。
それでも、海は海。
海という場所は、場所。
水際(みぎわ)を裸足で。
飽きもせず寄せては返す波が、足下の砂を静かに動かしていく。
さらさらと優しく、足をくすぐって通り過ぎていく。
そんな君は…少しばかり、嬉しそうだから。
だから…こっちまでもが、随分と…幸せで。
◇
◇
◇
◇
イスカンダルから帰還(もど)って来て、1日1日…全てが何かしらの記念の日。
地上に出られるまでに、残留放射能レベルが低下した。
地上都市の建設が始まった…そんな、直接人間の生活に関わる事ばかりではなく。
雨が降った、雑草が芽吹いた。
そんな…とても小さな事まで、地球に起こる全ての出来事までが。
放射能の問題を除けば、人間が暮らす為の問題として一番大きな事が。
地球の重力からも逃げてしまった、水の…問題。
幸か不幸か、人類の総数はひどく少なくなってしまったから。
その生存に要する水量は、多くなくとも構わないのだが。
遊星爆弾以前の、地球の気候と環境を望むなら…以前と変わらないだけの水を、海や川といった形で確保せねば無理な話で。
…実を言えば「地球の復興」の為に、人類が太陽系の他惑星に一番最初に求めたものは、氷という形で存在する…水だった。
久し振りの地球。
大気圏外から望む、蒼い故郷。
イスカンダルに発つ時も、そこから戻って来た時も。
泣けてしまえそうなほどに、赤い色をした惑星だった。
アンタレス(火星に対抗するもの)と呼んでしまいたいくらいに。
元は「蒼く見えるもの」と、映像からの知識で知っていたから。
その赤さは全て、攻撃に曝(さら)された結果だと突き付けられているようなもので。
口惜しさと悲しさが、同時に。
…しかし、それももう過去。
「古代さん。
うろうろしないで下さいよ、もう…」
旧乗員が、あちこちに散らばっている現在。
今のこのヤマト艦内で、古代を役職ではなく「古代さん」と呼んでしまうのは、相原だけ。
既に地球が目視出来る距離だから、そろそろ着陸前の慌しさに古代が歩き廻り始める時間では有って、間違いは無いのだけれども。
相原がわざわざ言うのは、別に理由が有るから。
「ここに居る訳じゃ無いんですから、雪さんは。
今からうろついてても、仕方無いでしょう?」
「…煩(うるさ)いっ」
何かに付けて、こんなやり取りを相原から振ってくれるから。
イスカンダルへの航海に居なかった今の他乗員にまで、古代と雪の関係はすっかりバレてしまっていたりする。
まあ…相原が黙っていても、他にべらべらと喋りそうな奴は…山程居るから、遠からず同じ状態になる事は目に見えているのだが。
古代にも、ごくごく一般的な淡い幼い、可愛らしい「初恋」の経験くらい無くもないが。
色々な経緯の結果、要するに…そういう事に徹底的に不慣れな人間に仕上がってしまっているのだ。
軽いからかいの言葉もさら…っとかわしてしまえない、とても不器用な人間に。
「ああ…でも、仕方無いですよね。
今度の休暇の間に、正式な婚約まで持ち込まなきゃいけないんだから」
「…誰から、聴いたあっっ!?」
「アナライザー経由で、太田から」
…そうやって、すぐムキになるから何だかんだとからかわれてしまう事に、早く気付いた方が良いのだが…。
付き合っている事自体は、先の航海の帰還直後から既に承知されていた事だったし。
地球上に家族の無い事から、来る事自体は雪の両親も歓迎はしてくれていたが。
それとこれとは、別の話。
改めて、畏(かしこ)まった「挨拶」の為だけに。
どうにも気詰まりで、とても居心地が悪くて、どうしようもなく長く感じた時間を過ごして。
今頃やっと、大きな長い溜息。
「…笑うなよ、雪」
「だって…おかしいんだもの」
そうは言いながら、まだくすくすと笑っているままの雪。
「あんな自信無さそうな古代君なんて、初めて見たわ」
それでも、至極嬉しそうではいて。
…今はまだ、地球には「家族」は居ないけれども。
こんな俺にでも「家族」になってあげる…という約束をしてくれる女性(ひと)が、1人居て。
それを容認してくれる人も居て。
今までの20年を均(なべ)れば俺も、まあ…幸せなんじゃないかな、と。
そんな事を、改めて思う古代だった。
◇
◇
◇
◇
イスカンダルへの航海の「家族との最後の通信」で、いきなり見合い写真を雪に突き付けた母親である。
その気になったら何処までも突っ走る人なのだと、古代は今頃思い知らされた。
いや…別に、今すぐ結婚しようとか、一緒に暮らしたいとか、そういう事では無いんですっ。
ただ今の所は「確約」が欲しかっただけ…などという言い訳も、通じればこそ。
瞬く間に、日取りだの式場だの決定されて、しかも古代にも雪にも事後承諾の状態。
「…だから、どうしてお前は夜中に電話して来るんだよ…」
「考えてるうちに、この時間になったんだよっ!」
考えるついでに、こっちの生活パターンも考えてくれ…と、思う島。
もう、最初っからベッドの中から動きもしないで、転がったまま。
どうしようもなく幸せなくせに愚痴半分な話など、まともに付き合ってやる気も起こらない。
大体、古代がはっきり婚約にまで持ち込んだ事なんて、4日前に帰還した当日にアナライザーに「泣きつかれて」疾(と)うに承知。
雪の母親に振り回されている現状は、笑い話として2日ほど前に相原からかなり詳細に。
「今更、何をわざわざ俺に言わなきゃならないような事が有るって?」
…全く、その言葉の通り。
古代に1週間も遅れて帰還したというような「時差」など、島には無い。
「後…3日か4日で、次の航海なんだろう?
それまで、逃げ廻っていろよ」
航海前の2、3日は、その準備でかなり潰されてしまうから。
それと分かっているから、島の方からは古代に連絡をせずに居たというのに。
「…逃げてる航海の間に、また何か決まったらどうするんだよ?」
「日時と場所が既に決まっていて、それ以上何が怖いって言うんだ?」
「あ…そうか…」
…今頃、それに気付いたらしい。
あの航海の途中までなら、きっと…こうもはっきりとは言えなかった。
「大体、お前には…居ないだろう?二親が」
そんな事が古代の、コンプレックスを超えて…トラウマだったと分かっていたから。
既に深過ぎる傷を、さらに傷付けるだけと承知していたから。
当人からではなく、噂と、お兄さんの口から聞かされた…という事が、きっとその証拠。
「…生きていたら、きっと…大差無いさ。
4人で騒ぐ所を、2人でやってくれてるんだ。
多分、な」
何より、未だそれを有している自分が、そうと口に出す事は…申し訳無いとさえ思っていた。
持てる事が優越感ではなく、劣等感にさえすり変わるほどに。
だから、尚更に口に出来ないできた事。
「…そう、かな?」
ほら…それなのに今は、こんなにも静かに聞いていられて、俺に答えていられるくらいまでになっていて。
「そうだよ、きっと」
そんな今のお前に、俺がどれだけ気楽で居られるか…きっと知らないんだろう?
「ああ…何なら、俺の両親貸すぞ?」
友人としては、ごく普通に。
休みに行く所無く、自宅まで引き連れて来た事も有って、十二分に面識が有るから。
慶事を、当たり前に喜んでも居てくれるから。
「良いっ、それは遠慮するっ!」
既に、雪の両親だけでも持て余しているらしい事が、はっきりと分かる焦りっ振りに苦笑しながら。
「そんなに、思いっきり嫌がらなくたって良いだろう?」
「嫌だよっ。
これ以上、騒々しいのなんて御免だ。俺は…」
話題に「家族」の事を選んでいながら、そんな普通のやり取りが出来るようになるとは、少し前までならきっと在り得なかった。
「…雪を、逃がすなよ?」
「な…んだよ、いきなり…」
だって、今。お前が笑っていられるのは、雪の所為だろう?
俺では、お前をここまで引っ張り出せなかったんだから。
◇
◇
◇
◇
上段からの勢いに押し切られて、何も口を挟めなくて、そのまま済(な)し崩しに。
はいはい…と、ただ仕方なく頷いて、了承して。
今度は短い、一月ばかりの航海を終えて戻って来てみれば。
雪のウェディングドレスは仕上がってるし、招待状は発送済みだし。
あまつさえ、その後の「新居」まで既に決定されていた。
「良いじゃないですか、別に」
気休めで良いから、大変ですね…とか言ってもらいたかったが。
話す相手を、選び損なった。
「どうせ、古代さんって殆ど地上に居ないんだし。
結局は、雪さんが手配して決めなきゃ進まないでしょ?」
さら…っと、南部に言われてしまって、反論する言葉も無い。
「大体…古代さんって、こういうイベントなんかの采配振るうの、苦手そうですもんねえ」
その上に、けらけらと笑ってくれたりもするから。
ちょっとばかり、腹立たしくて。
「勝手に決めるなよっ」
「勝手、じゃないですよ。
島さんと話した結果を、述べてますから」
何故か、偉そうに胸を張ってみせる南部に。
「…島〜っっ!!」
直接言えないで、今頃は土星の向こう辺りに居るはずの島に向かって吠えてみる古代だった。
…吠えてはみたが、実際苦手だったりもする。
「何だか…家(うち)に来るたびに疲れてるわね、古代君」
逐一、あれはこういうふうにして良いか、これはそんな感じで良いか…と、例の調子で休み無く畳み掛けてくるのを。
良く分からないで居るから仕方なく、ただ諾々と頷いて、承知して。
しかし…多分に、持て余していた。
だから、雪が買い物を理由にして早々に外に引き出して…その言葉。
「笑い事じゃないよ、全く…」
だから、古代は盛大な溜息を。
…有難いよ、全く。
心底から感謝しながらも、本気で呆れてもいる矛盾した心の内。
本当に…島の、言う通り。
真実の母親として、娘の為に一生懸命なのが分かるから。
俺にはもう居ない、母親と言う存在を埋めようとしていてくれる事も、嫌と言うほど分かるから。
優し過ぎて、いっそ…迷惑。
「何か…雪とじゃなくて、お母さんと結婚するみたいな騒ぎだなあ…」
「やぁね、変な事言わないでよ」
ママが相手なら、年齢以外に勝てないじゃない…と、雪は笑って。
そんな事があっさり言えてしまう、それは…きっと。
その人が、良い母親で居たという証拠なんだろうな…と。
『忘れただけだよ、お前は』
あの夜中の、電話越しの島の言葉。
『親って種類の人間が、どれだけ騒々しく真剣になってくれるものなのか、忘れてるだけなんだよ』
…分かってるよ、頭では。
でも…仕方無いだろう?
そんな事もすっかり忘れてしまえるくらい、俺は「親」には逢ってないんだから。
もう…どうにも、逢えないんだから。
◇
◇
◇
◇
いつでも、行き当たりばったりなドライブ。
宇宙で仕事をこなして、たまに戻って来る地上は、そのたびに大きく様変わりしているから…まるで、浦島太郎の気分。
そのたび、迷子になりそうな見慣れない街と道を、半分迷うようにしてうろうろ…と。
子供が、たまの外出にはしゃいでしまうように。
新しい道路に入り込んでは、その両側の風景にはしゃぐ。
後方に流れて行く、ちょっと面白い構えの店に「今度、来てみよう」と約束しながら、次の時にはすっかり忘れてしまったりもして。
それでも、そんな事さえ2人なら…楽しいから。
そうして…そこに、海が在った。
陽光(ひかり)をはじく、青が目に痛い。
そろそろ…夏の陽射し。
いつものように初めての道を、助手席の雪の無責任なナビゲーションで、右に左に。
その結果、辿り着いた拡がる青い色に、思わず見とれてしまった…2人とも。
海の戻った事は知っていても、ここまで間近に見たのは初めてだったから。
波の音が聞こえるまで、近くに来たのは初めてだったから。
2人とも、まだ何事も無かった頃の地上の記憶が有るから。
海には、多少なりとも想い出を持っているから。
「…ねえっ、泳げるのかしら?」
「今…?」
こんな季節だから、きっとまだ水温は高くない。
それを分かっているから、一際はしゃぐ雪に反して、妙に冷静に答えてしまう古代。
「違うわよ、もっと暑くなってからに決まってるじゃない」
ああ…そうか、またいつもの約束なんだ。
今度、来てみようね。
そうしてまた、きっと忘れたままになってしまいそうな約束。
水際(みぎわ)を裸足で。
飽きもせず寄せては返す波が、足下の砂を静かに動かしていく。
さらさらと優しく、足をくすぐって通り過ぎていく。
そんな君は…少しばかり、嬉しそうだから。
だから…こっちまでもが、随分と…幸せで。
今年の夏は、まだこれから。
式の前に…また一度、来られるかな?
ああ…でも、きっと。
この夏中は、大気圏(そら)の上かも。
それなら…今年は、諦めて?
まあ…それでも良いかな。
どうせ…これからずっと、一緒に居るんだから。
今年の夏を逃したくらいは、きっと何処かで取り返せるだろうから。
どうせなら…皆で来よう?もう一度。
これから作っていく「家族」で。
俺と、雪と、生まれてくるだろう子供たちと。
それから…お父さんも、お母さんも…一緒に。
皆で。
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Tatsuki Mima