ひどい風、横殴りの強い雨。
間断無く窓を叩いて、震わせる。
ガラスに映るものは、叩き付けられた雨が斜めに流れていくばかり。
日中のはずなのに、時間を間違えそうな暗さと。
それに耐え兼ねた、何かの灯りが…ぼんやりと。
「嫌ですねえ…その、真ん中に降りろって?」
前回の定時連絡の時から、多分そうなるだろう…とは聞いていた。
それでも、帰還直前…最後の通信で、改めてそう聞かされてはやっぱり有難くない。
「普段の、行いの所為じゃないの?」
「ま、失礼な。
俺の普段の、何処がいけないって言うのよ?」
…取り敢えず、そのふざけた言葉遣いじゃないかな、と。
思いはしたが、何とか言わずに済ませた相原だった。
「管制は生きてるし、元々…有視界で着陸してる訳じゃないし。
大丈夫だって」
「簡単に言ってくれますねえ、相原君?」
相原がどう思おうと、南部の口調なんて今更変わるはずも無く。
「大型艦と違って、このパトロール艇クラスじゃ結構、風の影響受けちゃうんですけど?」
「じゃあ、台風が通り過ぎるまで周回軌道上に居れば?
もう既に、幾つかの艦艇がそうしてるから」
本当の事だから、相原もあっさり切り返す。
「もっとも後で、艇長と操舵士の適性再審査になるから。
それで良ければ…だけど?」
付け足す言葉も、本当の事。
艇長という肩書きに、未練も執着も無い南部だが。
不要なペナルティを喰らうのも、性分として面白くは無い。
「いざとなったら、俺が桿を握るわ。
このクラスなら、一応資格持ってるし」
「…好きにすれば?南部の」
◇
◇
◇
◇
当日、シフトの関係でその場の管制に居合わせなかった太田が、後からそれを聞いて…苦笑した。
「…で?
結局、着陸させたのは誰なんだ?」
「俺」
問われて答える南部は、微笑いもしないで。
「誘導波(ビーコン)捕まえてから、出来ない…とか言い出すからねえ。
仕方無いでしょ」
むしろ、はっきりと呆れ顔。
「民間で資格取って、軍(こっち)に来た奴なんだけどね」
「あんな天候じゃ、発着しないからなあ。民間だと」
南部にしては珍しく、不機嫌を面(おもて)に出しているから。
目の前に居る奴に対してなのか、話に出てくる操舵士に対してなのか…いささかのフォローを入れてみた太田だったが。
「俺だって、あれだけの雨風に着陸した事なんざございません」
余計にはっきりと、嫌そうな顔を見せて、そう言い捨てて。
南部の艦艇の操舵資格なんて、訓練課程での取得。
ああいう時代だったから、訓練や資格取得に廻せるような艦艇なんて殆ど無く、完全にシミュレーター上での資格。
実際の艦艇の操舵席に座った事なんて、1度も無いままに取得したもの。
「専科が航法だったお前とか、島さんだって、片手が余るくらいしか実際には乗ってなかったでしょうが」
操舵だけじゃない。
機関の管理・整備なんて、ほぼ座学のみ。
専科でやっとシミュレーターと、帰還してきた艦艇の整備中に潜り込めた程度。
砲術なんて、それを専科に選んだ南部でさえ、実際を触れたのはたった1度しかなく。
「毎年、ギリギリな時間しか操舵に関わってないからねえ。俺も」
資格を喪失しないで済むだけの時間を、ギリギリに消化しているだけ。
小・中型艇の操舵と、小型機の操縦と、その2つの資格を。
「まあ…確かに、ね。
規定時間の消化に、わざわざ悪天候選ぶ奴は居ないからなあ…」
そう言う太田も、大型艇と小型艦操舵資格の為に、同じ事をしているから。
南部の言う事も、分かり過ぎるほど分かってしまう。
「大体、資格なんて『資格』でしか無いでしょ?
実際に『動かせるかどうか』の方が、本当は重要じゃない。
ねえ?」
ねえ…と言われても、今ひとつ返答に困るが…。
「だって、第一艦橋に居て。
ヤマトが動かせない人…って居なかったでしょ、資格の有る無しを問わずに」
それは、確かに。
この場合、専門家の島は例外として。
正しく、ヤマトクラスの大型艦を操艦する資格の有るのは、最初の航海から戻って来て以降、早々にそれを手に入れた古代と。
持てる資格は、全部持っておこう…というつもりらしい真田だけ。
「相原なんて小・中型艇どころか、小型機も持ってないけどね。
それでも、その気になりゃ動かせるじゃないよ」
何処からも…遠過ぎるイスカンダル以外に、何処からも。
フォローの受けられない航海だったから。
「そりゃ…ああいう状況だったからな。
今と違って、人員補充なんて在り得なかったし…」
楽しくも無い話だが、考えざるを得なかった。
誰が、どう欠けても。
狭い、限られた人数の艦内で全て、埋め合わせなければならなかったから。
それだけの危機感を、誰もがきちんと抱いていたから。
◇
◇
◇
◇
訪ねてみたら、予想に反して留守だった古代の所為で、何故かこんな所に居る。
「お前が、次に言うセリフを当ててやろうか?南部?」
「…次?ですか?」
何処に行ったのか…を、若奥さまに訊ねてみようとして。
うっかり、別の「古代さんちの女性」に電話を掛けてしまった挙句が、この状態。
「次は、な?
『最近の、若い連中は』…って、言い始めるんだよ」
そう言いながら、守が笑う。
「やだなあ…俺、年寄りですか?」
言われてしまった南部の方としては、苦笑するしかない。
「少なくとも、訓練終えたばかりのガキじゃないだろう?」
「まあ…それは、その通りですけどね」
幾ら…どちらも勤務中で無いとは言っても、いい年齢をした男が2人。
陽も沈まないうちから飲んでいる…というのは、あまり褒められた格好じゃない。
「ああ…そうか」
ふ…と、思い出す。
「良く考えれば、初めて逢った頃の真田さんとか参謀って、今の俺たちと同じくらいの年齢なんですよね」
10年の年齢差も、同じだけの時間を過ぎれば否応無く追い着く…訳で。
もっとも、その時には相手も同じだけ、また先に進んでいるという事だが。
「…何だ。
さっきのセリフは、参謀の実体験…ですか?」
自分たちが卒業して間もなく、訓練学校までもが地下に潜らざるを得なくなった。
それでもまだしばらくは、放射能量を気にしながらでも地上の施設も使えた。
実際の艦艇や戦闘機を、訓練にも充分廻せた。
数年経たずに、そんな余裕なんて失くなってしまって。
「進の話を聞いたりして、呆れてたんだよ。俺たちは」
知識だけなら、普通の文章読解力が有れば、書物に頼って独学でだって身に付けられなくは無い。
けれども、戦争…なんてたかが「殺し合い」。
本当に憶えるべきは、確実に敵を倒していく為の知恵。
その為に使える「道具」を、間違い無く使いこなせるだけの技術。
それが小火器でも、重火器でも。
戦闘機でも、戦艦でも。
最後の最後でものを言うのは、経験。
考えるより先に動けてしまうまで、条件反射に否応無く刷り込まれてしまうまで。
繰り返し、繰り返し。
その数なんて忘れてしまうほどに、繰り返して。
どんなに出来の良いシミュレーターだって、実際には何も敵わないから。
「実機経験の無いお前らなんて、どう役に立つんだ…って思ってたぞ?」
それまでにも、自分に遅れて実戦に出て来た連中は、実機経験の足りない分だけ…どうしても、即座には役に立たなかったから。
「ああ…それは、乗務してから実感しましたよ。
嫌と言うほど」
ヤマト…という艦は、それまでのものとは一線を劃(かく)してしまっている設計だったから、尚更に。
シミュレーターも、わずかな実機訓練も、細かい部分で違ってしまっていて。
多分に、途惑って。
「ま。俺たちの場合は、実機訓練をろくにしてなかったから逆に、良かったのかも知れませんけどねえ」
数年続いた戦いに疲弊して、失い続けて磨耗して。
偶然にそういう廻り合わせになってしまっただけで、それを最初から狙っていた訳でも何でも無いけれども。
戦争が「勝ち負け」だけを争うものなら、生き延びた…という結果だけが全て。
「結局…時代なんじゃないんですか?」
何処まで、いつまで続くかなんて知れないが。
何も争わなくとも良い、現在(いま)が「平和」だから。
「切羽詰ってましたからね、俺たちの時は…どうしようもなく」
何事も無い「安穏」が、怠惰と弛緩を招いて。
本来有しているはずの、キャパシティもポテンシャルも、自ら下げてしまって。
「いや…今の『平和』が悪いなんて言いませんが。
その為に、参謀も…俺も、今まで生きてるんですから」
ただ…何となく、ただ…少しだけ。
この「平和」な現在(いま)だけを生きている連中が、どうしても目に付いてしまうだけの事。
自分たちは、その少しばかり以前(まえ)をどうしても、捨て切れないで引き摺っているだけの事。
◇
◇
◇
◇
またもや、ひどい風。横殴りの雨。
「やっぱり、日頃の行いが悪いんだよ。南部は」
「目の前に居ないと思って、好き放題言ってくれますねえ?相原君?」
「この前の帰還時も、今日の出航も台風のど真ん中…だなんて、狙ってるとしか思えないよ。
でしょ?」
いや…流石に南部も、そこまで狙ってはいないが。
そう言われても仕方の無いくらい、その台風の規模が近いのが余計に腹立たしい。
「何なら、この間と同じように。
南部が操艇すれば、どう?」
「…いざとなれば、ね」
画面の向こうで、くすくすと笑っている相原に。
無理矢理に、苦笑しながら南部は答えた。
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Last Update:20040803
Tatsuki Mima