嵐:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    ひどい風、横殴りの強い雨。 間断無く窓を叩いて、震わせる。
    ガラスに映るものは、叩き付けられた雨が斜めに流れていくばかり。 日中のはずなのに、時間を間違えそうな暗さと。 それに耐え兼ねた、何かの灯りが…ぼんやりと。

「嫌ですねえ…その、真ん中に降りろって?」
    前回の定時連絡の時から、多分そうなるだろう…とは聞いていた。 それでも、帰還直前…最後の通信で、改めてそう聞かされてはやっぱり有難くない。
「普段の、行いの所為じゃないの?」
「ま、失礼な。 俺の普段の、何処がいけないって言うのよ?」
    …取り敢えず、そのふざけた言葉遣いじゃないかな、と。 思いはしたが、何とか言わずに済ませた相原だった。
「管制は生きてるし、元々…有視界で着陸してる訳じゃないし。 大丈夫だって」
「簡単に言ってくれますねえ、相原君?」
    相原がどう思おうと、南部の口調なんて今更変わるはずも無く。
「大型艦と違って、このパトロール艇クラスじゃ結構、風の影響受けちゃうんですけど?」
「じゃあ、台風が通り過ぎるまで周回軌道上に居れば? もう既に、幾つかの艦艇がそうしてるから」
    本当の事だから、相原もあっさり切り返す。
「もっとも後で、艇長と操舵士の適性再審査になるから。 それで良ければ…だけど?」
付け足す言葉も、本当の事。
    艇長という肩書きに、未練も執着も無い南部だが。 不要なペナルティを喰らうのも、性分として面白くは無い。
「いざとなったら、俺が桿を握るわ。 このクラスなら、一応資格持ってるし」
「…好きにすれば?南部の」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    当日、シフトの関係でその場の管制に居合わせなかった太田が、後からそれを聞いて…苦笑した。
「…で? 結局、着陸させたのは誰なんだ?」
「俺」
    問われて答える南部は、微笑いもしないで。
「誘導波(ビーコン)捕まえてから、出来ない…とか言い出すからねえ。 仕方無いでしょ」
むしろ、はっきりと呆れ顔。
「民間で資格取って、軍(こっち)に来た奴なんだけどね」
「あんな天候じゃ、発着しないからなあ。民間だと」
    南部にしては珍しく、不機嫌を面(おもて)に出しているから。 目の前に居る奴に対してなのか、話に出てくる操舵士に対してなのか…いささかのフォローを入れてみた太田だったが。
「俺だって、あれだけの雨風に着陸した事なんざございません」
余計にはっきりと、嫌そうな顔を見せて、そう言い捨てて。

    南部の艦艇の操舵資格なんて、訓練課程での取得。 ああいう時代だったから、訓練や資格取得に廻せるような艦艇なんて殆ど無く、完全にシミュレーター上での資格。 実際の艦艇の操舵席に座った事なんて、1度も無いままに取得したもの。
「専科が航法だったお前とか、島さんだって、片手が余るくらいしか実際には乗ってなかったでしょうが」
    操舵だけじゃない。
    機関の管理・整備なんて、ほぼ座学のみ。 専科でやっとシミュレーターと、帰還してきた艦艇の整備中に潜り込めた程度。
    砲術なんて、それを専科に選んだ南部でさえ、実際を触れたのはたった1度しかなく。

「毎年、ギリギリな時間しか操舵に関わってないからねえ。俺も」
    資格を喪失しないで済むだけの時間を、ギリギリに消化しているだけ。 小・中型艇の操舵と、小型機の操縦と、その2つの資格を。
「まあ…確かに、ね。 規定時間の消化に、わざわざ悪天候選ぶ奴は居ないからなあ…」
    そう言う太田も、大型艇と小型艦操舵資格の為に、同じ事をしているから。 南部の言う事も、分かり過ぎるほど分かってしまう。

「大体、資格なんて『資格』でしか無いでしょ? 実際に『動かせるかどうか』の方が、本当は重要じゃない。 ねえ?」
    ねえ…と言われても、今ひとつ返答に困るが…。
「だって、第一艦橋に居て。 ヤマトが動かせない人…って居なかったでしょ、資格の有る無しを問わずに」
    それは、確かに。
    この場合、専門家の島は例外として。
    正しく、ヤマトクラスの大型艦を操艦する資格の有るのは、最初の航海から戻って来て以降、早々にそれを手に入れた古代と。 持てる資格は、全部持っておこう…というつもりらしい真田だけ。
「相原なんて小・中型艇どころか、小型機も持ってないけどね。 それでも、その気になりゃ動かせるじゃないよ」
    何処からも…遠過ぎるイスカンダル以外に、何処からも。 フォローの受けられない航海だったから。
「そりゃ…ああいう状況だったからな。 今と違って、人員補充なんて在り得なかったし…」
楽しくも無い話だが、考えざるを得なかった。
    誰が、どう欠けても。 狭い、限られた人数の艦内で全て、埋め合わせなければならなかったから。 それだけの危機感を、誰もがきちんと抱いていたから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    訪ねてみたら、予想に反して留守だった古代の所為で、何故かこんな所に居る。
「お前が、次に言うセリフを当ててやろうか?南部?」
「…次?ですか?」
    何処に行ったのか…を、若奥さまに訊ねてみようとして。 うっかり、別の「古代さんちの女性」に電話を掛けてしまった挙句が、この状態。
「次は、な? 『最近の、若い連中は』…って、言い始めるんだよ」
    そう言いながら、守が笑う。
「やだなあ…俺、年寄りですか?」
言われてしまった南部の方としては、苦笑するしかない。
「少なくとも、訓練終えたばかりのガキじゃないだろう?」
「まあ…それは、その通りですけどね」
    幾ら…どちらも勤務中で無いとは言っても、いい年齢をした男が2人。 陽も沈まないうちから飲んでいる…というのは、あまり褒められた格好じゃない。
「ああ…そうか」
    ふ…と、思い出す。
「良く考えれば、初めて逢った頃の真田さんとか参謀って、今の俺たちと同じくらいの年齢なんですよね」
    10年の年齢差も、同じだけの時間を過ぎれば否応無く追い着く…訳で。 もっとも、その時には相手も同じだけ、また先に進んでいるという事だが。
「…何だ。 さっきのセリフは、参謀の実体験…ですか?」

    自分たちが卒業して間もなく、訓練学校までもが地下に潜らざるを得なくなった。 それでもまだしばらくは、放射能量を気にしながらでも地上の施設も使えた。 実際の艦艇や戦闘機を、訓練にも充分廻せた。
    数年経たずに、そんな余裕なんて失くなってしまって。
「進の話を聞いたりして、呆れてたんだよ。俺たちは」
    知識だけなら、普通の文章読解力が有れば、書物に頼って独学でだって身に付けられなくは無い。
    けれども、戦争…なんてたかが「殺し合い」。 本当に憶えるべきは、確実に敵を倒していく為の知恵。 その為に使える「道具」を、間違い無く使いこなせるだけの技術。
    それが小火器でも、重火器でも。 戦闘機でも、戦艦でも。
    最後の最後でものを言うのは、経験。 考えるより先に動けてしまうまで、条件反射に否応無く刷り込まれてしまうまで。 繰り返し、繰り返し。 その数なんて忘れてしまうほどに、繰り返して。
    どんなに出来の良いシミュレーターだって、実際には何も敵わないから。
「実機経験の無いお前らなんて、どう役に立つんだ…って思ってたぞ?」
    それまでにも、自分に遅れて実戦に出て来た連中は、実機経験の足りない分だけ…どうしても、即座には役に立たなかったから。

「ああ…それは、乗務してから実感しましたよ。 嫌と言うほど」
    ヤマト…という艦は、それまでのものとは一線を劃(かく)してしまっている設計だったから、尚更に。 シミュレーターも、わずかな実機訓練も、細かい部分で違ってしまっていて。 多分に、途惑って。
「ま。俺たちの場合は、実機訓練をろくにしてなかったから逆に、良かったのかも知れませんけどねえ」
    数年続いた戦いに疲弊して、失い続けて磨耗して。 偶然にそういう廻り合わせになってしまっただけで、それを最初から狙っていた訳でも何でも無いけれども。
    戦争が「勝ち負け」だけを争うものなら、生き延びた…という結果だけが全て。
「結局…時代なんじゃないんですか?」
    何処まで、いつまで続くかなんて知れないが。 何も争わなくとも良い、現在(いま)が「平和」だから。
「切羽詰ってましたからね、俺たちの時は…どうしようもなく」
何事も無い「安穏」が、怠惰と弛緩を招いて。
    本来有しているはずの、キャパシティもポテンシャルも、自ら下げてしまって。
「いや…今の『平和』が悪いなんて言いませんが。 その為に、参謀も…俺も、今まで生きてるんですから」

    ただ…何となく、ただ…少しだけ。
    この「平和」な現在(いま)だけを生きている連中が、どうしても目に付いてしまうだけの事。 自分たちは、その少しばかり以前(まえ)をどうしても、捨て切れないで引き摺っているだけの事。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    またもや、ひどい風。横殴りの雨。
「やっぱり、日頃の行いが悪いんだよ。南部は」
「目の前に居ないと思って、好き放題言ってくれますねえ?相原君?」
「この前の帰還時も、今日の出航も台風のど真ん中…だなんて、狙ってるとしか思えないよ。 でしょ?」
    いや…流石に南部も、そこまで狙ってはいないが。 そう言われても仕方の無いくらい、その台風の規模が近いのが余計に腹立たしい。
「何なら、この間と同じように。 南部が操艇すれば、どう?」
「…いざとなれば、ね」
    画面の向こうで、くすくすと笑っている相原に。 無理矢理に、苦笑しながら南部は答えた。

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Last Update:20040803
Tatsuki Mima