紅葉:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    別に…疎まれて、地球に居られなかった訳じゃない。
    最初は勿論、そんな事さえ分からなかった。 そうなんじゃないか…とまで、悲しい事を思いもした。 自分の…姿の変わっていくのが、周りの人と違ってとても早い…と、自分自身が気付くまで。
    他の人と違う、自分だけが違う…という事が、どれだけ「目立つ」事なのか、なかなか気付かないでいた。 お義父さまは勿論、そこまでに接した誰も…奇異をもって見なかったから。
    知識の一つとして、「地球人の成長」を知って初めて気付かされた。 自分が「地球人」では無い…という事に、やっと。
    変な話だが…それを、嬉しいと感じた自分を憶えている。 イカルス(ここ)に暮らす事に、そういうはっきりとした理由の在った事が。 お父さまやお母さまに嫌われての事じゃない、たった…それだけの事が。

    その時初めて、イスカンダルという…もう失い惑星(ほし)の事を知った。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    用件次第で、相手を選ぶ…なんて当たり前の事。 周囲にこれだけ、それぞれ専門的知識や経験を有した人間が揃っているのだ。 どうせなら、上手く利用するのが賢い…というものである。
    学術的な知識なら、真田以上に広汎に渡っている人間を知らない。 それが、真田の専門である科学・工学分野なら、尚更だ。
    もっとも真田の場合、なるべく相手をしようとはしてくれても、忙しさにそうゆっくりと時間の取れない事も多い。 無理を言うつもりも無いから、真田の持つ専門書籍やデータベースを相手に、1人首を捻っていたり…するのも、割合に良く有る事。
「書斎使うわね?お義父さま」
    相手が「義父」だから、ろくな挨拶もしないで用件だけを口にしながら、部屋を突っ切っていく。
「…ああ」
    娘が娘なら、親も親。 座るソファのすぐ後ろを通る娘に、一瞥もくれないで。 目で追っている活字の方が大事とばかり、生返事を返す。
    どちらにとっても、お互い「良く有る事」なので、今更…何も思わない。
    調べたい事が有って、本のページを繰(く)る。 教えて…という子供らしい素朴な問いにも、忙し過ぎてすぐさま答えてもらえなかった事も、しばしば。 自然、こんな癖も身に付いた。
    手間の掛かる事さえ厭わなければ、他人に訊くも自分で調べるも、知識欲の満たされる事には何ら変わりない。 だから、サーシャにとっては不満も無いし、嫌いな作業でも無かった。

「…ねえ?お義父さま?」
    不意に聞こえてきた娘の声に、真田が顔を上げて見てみれば。 書斎との境で、人を呼んでおきながらこちらを全く見ていないサーシャが、左に本を開いたままで立っていて。
「これ…栞(しおり)なの?」
    右手に、一葉の紅(あか)。

    子供の手のひらのような、一枚の葉。
    真田が、栞代わりに使うには…いささか可愛らし過ぎる。 それも、たかだか機械工学入門書の…平面図形面積の公式一覧表なんて、わざわざ枝折(しお)る必要も無いはず。
    その両方が、どうにも義父らしく思えなくて娘は問うていた。
    読み掛けたページを記憶しておくのに、手近に有るものを何でも使う…のが、真田。 メモ用紙から定規、その本のカバー折り返し部分、他の薄手の雑誌。 そこに在ったなら、紅葉の一枚や二枚、挟み込んでいて不思議じゃない。 当人としては、その自覚は有った。
「いや…たまたま、紛れ込んだだけ…だと思うが」
    だが、今目の前に見せられているように。 その前後数ページにも渡って、附表しかないような箇所を、いちいち「読んで」いて枝折ったりした憶えは無い。
    紛れ込む…と言っても、本を開いていた近くにこの紅葉が無ければ、偶然…も無い。
「呆れた…こんな本、戸外(そと)で読んでたりしたの?」
「俺じゃない。 そんな事をするのは、恐らく…古代だ」
「…お父さまが?」
    開かれていた箇所が、円だの扇形だの…円周率無くして解けない辺りだった事を思い出しながら。
「周りから、雑音が聞こえてこないと集中出来ないタイプだからな。 あいつは」
「…普通、逆じゃないの?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    葉柄を親指と人差し指の間で、くるり…と廻しながら。
「でも…それだと、これって『いつ』のなの?」
──お父さまが、お義父さまにこの本を借りたのは、いつなの?
「10年…以上前だな」
    つまりはそう問われて、改めて考えてみれば何だかんだと、もう…それだけの時間を付き合ってきたという事でもあって。 意外に…短いな、と思ってしまう。

    初めて逢った頃にはまだ、遊星爆弾なんて「遠い場所」の事だった。 残留放射能汚染なんて、この「広い」地球のごく限られた「一部地域的な事」でしかなかった。
    防衛軍は既に組織されていたが、さほど規模の大きいものでは無かった。 訓練学校も、もっと…何処と無くのんびりもしていた。 古代のように、敵を「敵」として強く認識している学生なんて、むしろ…少数派だった。
    訓練学校なんて、卒業後の職業を最初から意識しているだけの「最高学府」…の一つに過ぎない感が有った。 自分も…どちらかと言えば、それに近い感覚を持っていた。
    まだ、地上の殆どに当たり前に暮らす事が出来て。 日々と季節は、当たり前に移っていって。 生まれた時から見知った自然が、何処にでも在って。
    宇宙(そら)から眺める地球は…まだ、蒼かったから。
    それからたった数年で、見慣れた地上があれほど破壊されていくなどとは思わないでいた。 空を奪われて、地下に追われるなどとは露ほどにも思わなかった。 滅亡を目の前に、この地球(ほし)を捨てる計画が持ち上がろうなどと…毛ほども思わないでいた。

「ああ…そうか。 澪の所為、なんだな」
    不意に、自分の所為だと言われて訝(いぶか)しそうに、2つ3つ瞬きを。
「え〜?何が? 私…何かやった?」
つられるように、サーシャの指の上でゆっくりと廻っていた紅葉が止まった。
「いや…お前が悪い、という訳じゃなくて…」
    後が続きそうで言葉を続けないまま、真田が苦笑した。

    最初の「地球外知的生命体」の接触が、一方的な侵略と戦闘…という、有難くない時代と背景の中で。 元から…規格外だと思っていた友人は、そんな事に懲りもせず「地球人外」の女性を選びもして。
    あいつらしいかも知れないな…と、後から苦笑してみた数年前。
    再会なんて、簡単に適うはずの無い距離に、二度と逢えないのかも知れない…と。 そうも思っていた…に反して、悲劇も含んだ邂逅は、その2年後。
    それから、たった…1年足らず。
    いや…そうと望まなかった訳じゃない。 自分が大した保護者になれない事など百も承知で、自ら言い出した事。 久し振りの友人に、例えどんな事情が在ったにしても、提案すべき事では無かったかも知れない…とは、今でも思う事。
    その為だけに真実の両親と娘の間から、二度と取り返せない時間を奪っていったのだから。
    それまでに無く人手の足りない中、こなさねばならない作業は今まで以上に有って。 ろくに構ってやる事すら出来ないような、全く…出来の悪い「父親」もこなさねばならなくて。
    知識よりも、今まで見知った誰よりも。 尋常で無く速い成長に、試行錯誤の暇も無く、あれこれと悩む余裕さえろくに無く。 ひどく駆け足で。
    普通ならば十余年を掛けて育つはずを、たったそれだけの間に…見て。

    もっと、もっと長い時間を付き合ってきたような気がするのは。 そんな錯覚の時間をも、意識の中に継ぎ足しているからなんだな…と、今更。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    現在、地上に在る樹木の殆どは、種子や苗木という形で地下を過ごしたもの。 ごく一部的に、地上から地下に…そしてまた地上に、移植された「大木」も無くはない。 が、根付かずに枯れたものは…それ以上に。
「そいつは、最初から…最期まで『地上で育った』樹の形見…なんだな」
    その一葉は、一度は失くした「地表」の形見。
「見た目は…今在るのと、同じなのにね」
そしてまた、そんな景色を知らないサーシャの指に、くるり…と舞う。
    流れた時間に乾いて、少しだけ色褪せた紅葉。
「現在(いま)は…無いさ。 イスカンダルが無かったら、な」
    あのまま、この地球(ほし)が滅んでいたなら。 ワープさえ出来ないような艦で、わずかな人数だけが暗紺の星の中をまだ…彷徨(さまよ)っているのなら。
    かさかさ…と、乾いた音を立てて空気を混ぜる紅は、一つの惑星の…形見にさえなっていた。
「私も…居ないわね、イスカンダルが無かったら」
「…そうだな」
    今、こうやって「娘と話している」時間さえも。

「ね? これ、貰っても良い?」
「あ…ああ? 構わないが…どうするんだ? そんなもの…」
    ほんの少しだけ途惑いながら、真田がそう問えば。
「お母さまに見せるの」
そんな事も分からないの…とでも言いたげな、ちょっと意外そうな顔も見せながら。
「今でも、これと同じ樹は有るのよ…って。 お母さまの惑星(ほし)が無かったら、今は無いのよ…って」
    …そう言って、笑った。

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Last Update:20040909
Tatsuki Mima