別に…疎まれて、地球に居られなかった訳じゃない。
最初は勿論、そんな事さえ分からなかった。
そうなんじゃないか…とまで、悲しい事を思いもした。
自分の…姿の変わっていくのが、周りの人と違ってとても早い…と、自分自身が気付くまで。
他の人と違う、自分だけが違う…という事が、どれだけ「目立つ」事なのか、なかなか気付かないでいた。
お義父さまは勿論、そこまでに接した誰も…奇異をもって見なかったから。
知識の一つとして、「地球人の成長」を知って初めて気付かされた。
自分が「地球人」では無い…という事に、やっと。
変な話だが…それを、嬉しいと感じた自分を憶えている。
イカルス(ここ)に暮らす事に、そういうはっきりとした理由の在った事が。
お父さまやお母さまに嫌われての事じゃない、たった…それだけの事が。
その時初めて、イスカンダルという…もう失い惑星(ほし)の事を知った。
◇
◇
◇
◇
用件次第で、相手を選ぶ…なんて当たり前の事。
周囲にこれだけ、それぞれ専門的知識や経験を有した人間が揃っているのだ。
どうせなら、上手く利用するのが賢い…というものである。
学術的な知識なら、真田以上に広汎に渡っている人間を知らない。
それが、真田の専門である科学・工学分野なら、尚更だ。
もっとも真田の場合、なるべく相手をしようとはしてくれても、忙しさにそうゆっくりと時間の取れない事も多い。
無理を言うつもりも無いから、真田の持つ専門書籍やデータベースを相手に、1人首を捻っていたり…するのも、割合に良く有る事。
「書斎使うわね?お義父さま」
相手が「義父」だから、ろくな挨拶もしないで用件だけを口にしながら、部屋を突っ切っていく。
「…ああ」
娘が娘なら、親も親。
座るソファのすぐ後ろを通る娘に、一瞥もくれないで。
目で追っている活字の方が大事とばかり、生返事を返す。
どちらにとっても、お互い「良く有る事」なので、今更…何も思わない。
調べたい事が有って、本のページを繰(く)る。
教えて…という子供らしい素朴な問いにも、忙し過ぎてすぐさま答えてもらえなかった事も、しばしば。
自然、こんな癖も身に付いた。
手間の掛かる事さえ厭わなければ、他人に訊くも自分で調べるも、知識欲の満たされる事には何ら変わりない。
だから、サーシャにとっては不満も無いし、嫌いな作業でも無かった。
「…ねえ?お義父さま?」
不意に聞こえてきた娘の声に、真田が顔を上げて見てみれば。
書斎との境で、人を呼んでおきながらこちらを全く見ていないサーシャが、左に本を開いたままで立っていて。
「これ…栞(しおり)なの?」
右手に、一葉の紅(あか)。
子供の手のひらのような、一枚の葉。
真田が、栞代わりに使うには…いささか可愛らし過ぎる。
それも、たかだか機械工学入門書の…平面図形面積の公式一覧表なんて、わざわざ枝折(しお)る必要も無いはず。
その両方が、どうにも義父らしく思えなくて娘は問うていた。
読み掛けたページを記憶しておくのに、手近に有るものを何でも使う…のが、真田。
メモ用紙から定規、その本のカバー折り返し部分、他の薄手の雑誌。
そこに在ったなら、紅葉の一枚や二枚、挟み込んでいて不思議じゃない。
当人としては、その自覚は有った。
「いや…たまたま、紛れ込んだだけ…だと思うが」
だが、今目の前に見せられているように。
その前後数ページにも渡って、附表しかないような箇所を、いちいち「読んで」いて枝折ったりした憶えは無い。
紛れ込む…と言っても、本を開いていた近くにこの紅葉が無ければ、偶然…も無い。
「呆れた…こんな本、戸外(そと)で読んでたりしたの?」
「俺じゃない。
そんな事をするのは、恐らく…古代だ」
「…お父さまが?」
開かれていた箇所が、円だの扇形だの…円周率無くして解けない辺りだった事を思い出しながら。
「周りから、雑音が聞こえてこないと集中出来ないタイプだからな。
あいつは」
「…普通、逆じゃないの?」
◇
◇
◇
◇
葉柄を親指と人差し指の間で、くるり…と廻しながら。
「でも…それだと、これって『いつ』のなの?」
──お父さまが、お義父さまにこの本を借りたのは、いつなの?
「10年…以上前だな」
つまりはそう問われて、改めて考えてみれば何だかんだと、もう…それだけの時間を付き合ってきたという事でもあって。
意外に…短いな、と思ってしまう。
初めて逢った頃にはまだ、遊星爆弾なんて「遠い場所」の事だった。
残留放射能汚染なんて、この「広い」地球のごく限られた「一部地域的な事」でしかなかった。
防衛軍は既に組織されていたが、さほど規模の大きいものでは無かった。
訓練学校も、もっと…何処と無くのんびりもしていた。
古代のように、敵を「敵」として強く認識している学生なんて、むしろ…少数派だった。
訓練学校なんて、卒業後の職業を最初から意識しているだけの「最高学府」…の一つに過ぎない感が有った。
自分も…どちらかと言えば、それに近い感覚を持っていた。
まだ、地上の殆どに当たり前に暮らす事が出来て。
日々と季節は、当たり前に移っていって。
生まれた時から見知った自然が、何処にでも在って。
宇宙(そら)から眺める地球は…まだ、蒼かったから。
それからたった数年で、見慣れた地上があれほど破壊されていくなどとは思わないでいた。
空を奪われて、地下に追われるなどとは露ほどにも思わなかった。
滅亡を目の前に、この地球(ほし)を捨てる計画が持ち上がろうなどと…毛ほども思わないでいた。
「ああ…そうか。
澪の所為、なんだな」
不意に、自分の所為だと言われて訝(いぶか)しそうに、2つ3つ瞬きを。
「え〜?何が?
私…何かやった?」
つられるように、サーシャの指の上でゆっくりと廻っていた紅葉が止まった。
「いや…お前が悪い、という訳じゃなくて…」
後が続きそうで言葉を続けないまま、真田が苦笑した。
最初の「地球外知的生命体」の接触が、一方的な侵略と戦闘…という、有難くない時代と背景の中で。
元から…規格外だと思っていた友人は、そんな事に懲りもせず「地球人外」の女性を選びもして。
あいつらしいかも知れないな…と、後から苦笑してみた数年前。
再会なんて、簡単に適うはずの無い距離に、二度と逢えないのかも知れない…と。
そうも思っていた…に反して、悲劇も含んだ邂逅は、その2年後。
それから、たった…1年足らず。
いや…そうと望まなかった訳じゃない。
自分が大した保護者になれない事など百も承知で、自ら言い出した事。
久し振りの友人に、例えどんな事情が在ったにしても、提案すべき事では無かったかも知れない…とは、今でも思う事。
その為だけに真実の両親と娘の間から、二度と取り返せない時間を奪っていったのだから。
それまでに無く人手の足りない中、こなさねばならない作業は今まで以上に有って。
ろくに構ってやる事すら出来ないような、全く…出来の悪い「父親」もこなさねばならなくて。
知識よりも、今まで見知った誰よりも。
尋常で無く速い成長に、試行錯誤の暇も無く、あれこれと悩む余裕さえろくに無く。
ひどく駆け足で。
普通ならば十余年を掛けて育つはずを、たったそれだけの間に…見て。
もっと、もっと長い時間を付き合ってきたような気がするのは。
そんな錯覚の時間をも、意識の中に継ぎ足しているからなんだな…と、今更。
◇
◇
◇
◇
現在、地上に在る樹木の殆どは、種子や苗木という形で地下を過ごしたもの。
ごく一部的に、地上から地下に…そしてまた地上に、移植された「大木」も無くはない。
が、根付かずに枯れたものは…それ以上に。
「そいつは、最初から…最期まで『地上で育った』樹の形見…なんだな」
その一葉は、一度は失くした「地表」の形見。
「見た目は…今在るのと、同じなのにね」
そしてまた、そんな景色を知らないサーシャの指に、くるり…と舞う。
流れた時間に乾いて、少しだけ色褪せた紅葉。
「現在(いま)は…無いさ。
イスカンダルが無かったら、な」
あのまま、この地球(ほし)が滅んでいたなら。
ワープさえ出来ないような艦で、わずかな人数だけが暗紺の星の中をまだ…彷徨(さまよ)っているのなら。
かさかさ…と、乾いた音を立てて空気を混ぜる紅は、一つの惑星の…形見にさえなっていた。
「私も…居ないわね、イスカンダルが無かったら」
「…そうだな」
今、こうやって「娘と話している」時間さえも。
「ね?
これ、貰っても良い?」
「あ…ああ?
構わないが…どうするんだ?
そんなもの…」
ほんの少しだけ途惑いながら、真田がそう問えば。
「お母さまに見せるの」
そんな事も分からないの…とでも言いたげな、ちょっと意外そうな顔も見せながら。
「今でも、これと同じ樹は有るのよ…って。
お母さまの惑星(ほし)が無かったら、今は無いのよ…って」
…そう言って、笑った。
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Last Update:20040909
Tatsuki Mima