紅葉:02

NovelTop | 第三艦橋Top

    病室の窓から見える景色は、まだ終わり掛けた冬の空ばかりだった。
    たまに覗き込む遥か下方にようやく、黄色くしなだれた芝の色と植込みのくすんだ緑。 それから、葉を落として骨張った影ばかりの目立つ、枯れ木のように黙り込んだ幾つかの樹。

    病院(そこ)を出られたのは、まだやっと始まろうとしている春の頃。
    一頃よりは白さを失って、もっと青く見えた空の色と。 いつの間にか淡く萌え出してもいた、足下と。
    死んだようにも思えた樹々は、実は生きていて。 気の早いものたちは、透き通るような色の小葉を吹いてもいた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「枯れてしまうのですか?」
    問われて素直に、何が? 問い返せば、通りの街路樹を指して。
    病室に、切花は見ていた。 萎れて「捨ててきましょうか」と言われる事に、可哀想だから…とそのままに置いてもらったらそのうち…枯れもした。
    だから、草木の枯れる事を「茶色く乾いていく事」だとは知っている。
    そんなテレサの指差したのは、黄変していく公孫樹(イチョウ)の葉。
「…違うよ」
それだから、問われた島の方ではくすくす…と苦笑して。

    子供の頃は、どうだったんだろう?
    色の変わっていく事を、素直にすごい、綺麗…だとはしゃいだような気はするが。 枯れるの…などとは、誰にも問わなかったような気がする。
    それは、そのまま。 気付いた時から既に、身近に在ったか無かったか…の差。

    植物に詳しい訳では無いから、その時はかなり適当で曖昧に。 官舎(へや)に戻ってから調べてみて、その正確なところを説明した。
「枯れるのでは無いんですね?」
    繰り返して、テレサの訊いてきた事は「死ぬ」のではないか…という事。
「違うよ。 服を着替えるとか、髪型を変えてみる…とかに近いかな」
    だから、島も繰り返してそうじゃない…と答えた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    宇宙に行ってしまってろくに乗る時間なんて無いはずなのに、何故車なんて買うんだろう…とは島の主観的な意見。 古代には古代で、公共交通機関なんざ嫌いだ…という立派な理由も有る。
「お前、な〜。 俺に借りに来るくらいなら、買えよ」
「乗る気の無い車(もの)買うのは、無駄だ」
    仕事としてもっと大きな艦(もの)を動かしている上で、それ以外で運転なんかしたくない…という島の理由も、並べてみればどっちもどっちなのだが。
    一応は文句も言ってみるが、車を貸す事には古代も異存は無い。 口では何と言いながらでも、キーホルダーごとくれてやって。
「…で、何処行くんだよ?」
だが、友人が車を借りに来る理由の裏側に、十中八九テレサの居る事を分かっていて、そう訊いてみる事も忘れない。
「煩(うるさ)いっ」
    お前に関係無いだろう…と、不機嫌そうな表情(かお)を返してくる島を見て、内心「してやったり」の古代である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    地形は大きく変わってしまったが、山は山だ。 地を均(なら)す労を惜しんで、人間は低く平坦な場所に居を構えたがる。 それは変わらない。
    いや…むしろ、あの以前より都市とそれ以外の差は大きくなったはずだ。
    ほんのわずかに都市を離れただけで、まだまだ赤茶けた土の色。 建物の影も見えない、だから限り無くゼロに等しい人口密度。 何処から飛んできたかまばらな雑草に、ようやく虫が鳴くような。

    車窓に遠く緩やかに流れていく、雑多な色。
    地形の保全と、酸素供給の為の植栽。 生長の早い事を第一の条件に…だから、島の記憶の中の景色とは色合いや感じが違っていた。 だが…テレサは旧前を知らない。
「あれは全部、樹なんですか?」
    まるで、子供のよう。 窓に張り付くようにも両手を当てて、ガラスが邪魔だ…と言わんばかり。 散々、眺め透かした後にようやく振り返って。
    木の葉の色は、緑。 その意識ではとても信じられない、赤と黄と茶と緑の錦模様。
「そうだよ」
    惜しむらくは、島の目からは育ち切っていない樹の隙間に、山の地の分かってしまう事。
    もう少し伸び、枝を張って葉を繁らせていたなら。 記憶とは違った色でも、記憶にあるらしい…懐かしげな景色を楽しめたものを。

    その辺りに、停める。
    どうせ…何処まで言っても、視線を遮る人工物は無い。 そうしてこの先、既に管制も効かなくなっているような仮道、途切れている事も知っていたから。
    街は、海から這い上がってきたように。 だから、建物たちをすぐ後ろに海岸に立つ事は出来るけれども。
「綺麗ですね」
    車を降りてみて陽射しの中に、本日何度目かの感嘆。
「…もう少し、育った方が綺麗だと思うよ」
    この道も整備されて、何処かに繋がった頃。 現在は何も無いこの辺りにもささやかな集落や小さな町の出来て、少しばかりは賑やかさの見える頃。
    その頃にはこの山々も、今よりももっと…鮮やかな錦を見せてくれるんだろう。
「また今度…次は、もっと近くで見よう?」
「…はい」

    そう言ってテレサは、車を廻って隣に来た人を見上げて、微笑った。

<< 01 | 03 >>

| <前頁
Last Update:20060901
Tatsuki Mima