病室の窓から見える景色は、まだ終わり掛けた冬の空ばかりだった。
たまに覗き込む遥か下方にようやく、黄色くしなだれた芝の色と植込みのくすんだ緑。
それから、葉を落として骨張った影ばかりの目立つ、枯れ木のように黙り込んだ幾つかの樹。
病院(そこ)を出られたのは、まだやっと始まろうとしている春の頃。
一頃よりは白さを失って、もっと青く見えた空の色と。
いつの間にか淡く萌え出してもいた、足下と。
死んだようにも思えた樹々は、実は生きていて。
気の早いものたちは、透き通るような色の小葉を吹いてもいた。
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「枯れてしまうのですか?」
問われて素直に、何が?
問い返せば、通りの街路樹を指して。
病室に、切花は見ていた。
萎れて「捨ててきましょうか」と言われる事に、可哀想だから…とそのままに置いてもらったらそのうち…枯れもした。
だから、草木の枯れる事を「茶色く乾いていく事」だとは知っている。
そんなテレサの指差したのは、黄変していく公孫樹(イチョウ)の葉。
「…違うよ」
それだから、問われた島の方ではくすくす…と苦笑して。
子供の頃は、どうだったんだろう?
色の変わっていく事を、素直にすごい、綺麗…だとはしゃいだような気はするが。
枯れるの…などとは、誰にも問わなかったような気がする。
それは、そのまま。
気付いた時から既に、身近に在ったか無かったか…の差。
植物に詳しい訳では無いから、その時はかなり適当で曖昧に。
官舎(へや)に戻ってから調べてみて、その正確なところを説明した。
「枯れるのでは無いんですね?」
繰り返して、テレサの訊いてきた事は「死ぬ」のではないか…という事。
「違うよ。
服を着替えるとか、髪型を変えてみる…とかに近いかな」
だから、島も繰り返してそうじゃない…と答えた。
◇
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宇宙に行ってしまってろくに乗る時間なんて無いはずなのに、何故車なんて買うんだろう…とは島の主観的な意見。
古代には古代で、公共交通機関なんざ嫌いだ…という立派な理由も有る。
「お前、な〜。
俺に借りに来るくらいなら、買えよ」
「乗る気の無い車(もの)買うのは、無駄だ」
仕事としてもっと大きな艦(もの)を動かしている上で、それ以外で運転なんかしたくない…という島の理由も、並べてみればどっちもどっちなのだが。
一応は文句も言ってみるが、車を貸す事には古代も異存は無い。
口では何と言いながらでも、キーホルダーごとくれてやって。
「…で、何処行くんだよ?」
だが、友人が車を借りに来る理由の裏側に、十中八九テレサの居る事を分かっていて、そう訊いてみる事も忘れない。
「煩(うるさ)いっ」
お前に関係無いだろう…と、不機嫌そうな表情(かお)を返してくる島を見て、内心「してやったり」の古代である。
◇
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◇
地形は大きく変わってしまったが、山は山だ。
地を均(なら)す労を惜しんで、人間は低く平坦な場所に居を構えたがる。
それは変わらない。
いや…むしろ、あの以前より都市とそれ以外の差は大きくなったはずだ。
ほんのわずかに都市を離れただけで、まだまだ赤茶けた土の色。
建物の影も見えない、だから限り無くゼロに等しい人口密度。
何処から飛んできたかまばらな雑草に、ようやく虫が鳴くような。
車窓に遠く緩やかに流れていく、雑多な色。
地形の保全と、酸素供給の為の植栽。
生長の早い事を第一の条件に…だから、島の記憶の中の景色とは色合いや感じが違っていた。
だが…テレサは旧前を知らない。
「あれは全部、樹なんですか?」
まるで、子供のよう。
窓に張り付くようにも両手を当てて、ガラスが邪魔だ…と言わんばかり。
散々、眺め透かした後にようやく振り返って。
木の葉の色は、緑。
その意識ではとても信じられない、赤と黄と茶と緑の錦模様。
「そうだよ」
惜しむらくは、島の目からは育ち切っていない樹の隙間に、山の地の分かってしまう事。
もう少し伸び、枝を張って葉を繁らせていたなら。
記憶とは違った色でも、記憶にあるらしい…懐かしげな景色を楽しめたものを。
その辺りに、停める。
どうせ…何処まで言っても、視線を遮る人工物は無い。
そうしてこの先、既に管制も効かなくなっているような仮道、途切れている事も知っていたから。
街は、海から這い上がってきたように。
だから、建物たちをすぐ後ろに海岸に立つ事は出来るけれども。
「綺麗ですね」
車を降りてみて陽射しの中に、本日何度目かの感嘆。
「…もう少し、育った方が綺麗だと思うよ」
この道も整備されて、何処かに繋がった頃。
現在は何も無いこの辺りにもささやかな集落や小さな町の出来て、少しばかりは賑やかさの見える頃。
その頃にはこの山々も、今よりももっと…鮮やかな錦を見せてくれるんだろう。
「また今度…次は、もっと近くで見よう?」
「…はい」
そう言ってテレサは、車を廻って隣に来た人を見上げて、微笑った。
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Last Update:20060901
Tatsuki Mima