母の日:01

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    子供の頃は「男の子」のご他聞に漏れず、俺も…母親が好きだった。 今は…現在(いま)だって、決して嫌いな訳じゃない。
    ただ、少しばかり育って…ひねくれて格好を付け始めて、素直に好き…だはと甘えられなくなって。

    …そうしているうちに、永久にその姿を見失った。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    何にしても、イベント…なんてものは結局の所「余裕」なんだな…と、妙に納得してしまった今頃。
    地球の「何処か」に遊星爆弾の墜ちたくらいでは、何も変わらなかった日常の生活。 日本…という、他よりは身近に感じてしまう位置に被害有って初めて、俺たちの身の周りは「非日常」になった。
    追い詰められていく生活に、華やかさと賑やかさと…楽しさが追いやられて行く。
    否応無く、辛い現実と暗く感じられる未来の映像に、大人たちの目の前からは、天使も妖精もすっかり行方をくらましてしまい。 そんな大人たちもせいぜいに護りたい…と願っている通りに、幼い子供たちだけがようやく、神様や妖怪を見ていた。
    地下都市には、何も…無い。
    陽射しに鳥が歌う事も無く、日暮れに蝙蝠も漂わない。 蝶は蜜を求めて彷徨(さまよ)う事も無く、そもそも…その花が姿を見せなくなった。
    そのまま自分も同胞(はらから)も、皆…終(つい)えてしまうのかも知れない…なんて事も正直思わないではいなかった、あの頃。

    それから、たった2年にも満たない時間。 戻って来た時、地球は地上に展開していた。
    壊れてしまった自然は、そんな時間に回復し切れるはずなんて無かった。 だが、園芸種だの愛玩種だの…それまでに既に人間(ひと)の手の入っていたものは、早々に見事な復活を見せていて。
    自然は豊富だったが…とても静かだった惑星(ほし)に、縁有って1年ほど過ごした身には。 眩暈(めまい)のしそうなまでの色とりどりさと、耳鳴りを起こしそうなまでの賑々しさ。

    生まれ育ったのは…この地球(ほし)だというのに。
    …だが、もう…地球(ここ)でしか生きられないから。 それさえも、仕方無く。

    戻って来てから、一年ばかりの後。 俺は…また、眩暈を起こしそうな気がした。
    …分かっていた。 途中…逢う事の適った時にひどく見上げてくる大きな瞳(め)に、少なくとも…承知と理解の出来ているつもりだった。
    それでも。 こちらが腰を下ろしてまでもまだ、見上げてきたはずの年若…いや…「幼い」娘が、ほぼ対等の位置(たかさ)から話し掛けてくるのは。 だから…やっぱり俺は、本当には分かってなんていなかったんだろう…などと、今更に。
    弟を、ずっと見てきた。 幼い頃の事なんてもう…憶えていないような事も、少なくない。 だが、少なくとも。 弟とこの位置で会話をするまでには、十余年の必要だった事は憶えていて。

    ああ…そうなんだな。 これが、俺の選んだ女の「正体」なんだな…なんて事を。

    先の戦乱の片は付いたが、まだその始末の残っている地上に。 改めて実際の娘と逢いながら…俺が、一番先に思った事は…そんな事だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「だって、こっちの方が長持ちするから…『割安』でしょ?」
    確かに…この時期の切り花は、多少お高い。 それは…俺だって子供の頃には思った事だ、否定はしない。
「…普通は、赤なんじゃないのか?」
「え〜?ピンクの方が可愛いじゃない、ねえ?」
人には好みも有るし、それも否定しないが…。
「まあ…良いけどな。 俺は、赤だろうがピンクだろうが…」
    …だが「母の日」に母親に贈る為に赤の切り花ではなく、ピンクのミニの鉢植えを買ってくるような奴を、俺は初めて見た。

「ああ…それは、俺が教えた」
「…お前か…」
    忙しさの中にどうしても取り残す事になるから、読みたい…と本人が願う書籍や雑誌は殆どそのまま与えてきた。 その中から得た知識を、改めて訊いてもくるから仕方無いだろう…と、真田は言った。
「花は『赤』だと教えたんだろうな?」
「…俺もそこまで、一般常識を捨ててないぞ?」
    どうだか…と、俺の内心。
    真田も真田で、自分が常識を捨てている部分が有る…とは自覚しているらしくて、それもそれで…少しばかり可笑(おか)しかったが。
    宇宙空間にぽつん…と存在(あ)る小惑星上という、ある種「浮世離れ」した場所で、同年代…もっと正確には「自分と同じ成長速度を持つ」子供と接してこなかったサーシャは、ものを憶えた順序が普通と違っていたりする。
    育ての父親が真田で、周りも何らかの技術者・専門家ばかりだったのだ。 高等数学を理解した後から、誰でも知っているような童話をやっと読んでみたり。 単純な構造の機械を分解・組立してみた後に、初めて料理に興味を持ってみたり。
    …お陰で、我が娘ながら。 元々「見てくれ」と「実経験値」にはギャップの有るのは、重々承知ながら。 身近に接して、話していて…呆れてしまうような事が、多々頻々。
「まあ…何処かピントのずれているのは、俺が育てたから…と諦めるんだな」
    そう言って苦笑してみせる真田に、俺は。
「…自慢か?それは?」
呆れた様子を隠さずに、頬杖を突いたまま問い返してみれば。
「俺も、そこまで『変わり者』のつもりは無いが?」
「嘘、吐くな。 お前以上の変人なんざ見た事無いぞ、俺は…」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    苦笑…というよりは、もっと分かりやすくはっきりと、進は笑った。
「だって…初めてなんだろ?仕方無いよ」
何が可笑しい…と問えば、そんな言葉が返ってきて。
    一緒に暮らし始めて…は、確かに最初の5月で。 だが…どうしてもサーシャを、実年齢でも実経験値でもなく「見てくれ」で見てしまう以上。 例え「初めて」でも、いささかもう少し…と思ってしまうのは、俺が「父親」の所為なんだろうか?
「あれは…幼稚園の時だったよなあ?」
    まだ、くすくすとして笑い止まないまま進が。
「先生に教えてもらって、折り紙でこれ…くらいのカード作ったんだけどさ。 やっぱり『本物』もあげたい…なんて思ったんだよ、俺」
両の人差し指で作ってみせる四角は、カード…と呼ぶには少しばかり大き過ぎるような気もしたが。 当人は何も思わないようで、そのまま話の先を進めていく。
「…だけど、俺。 何処で『花を売ってるのか』知らなくてさ、その頃。 仕方無くそれだけ渡したんだよ、母さんに」
「…ああ?」
    既に「園児」にまで育っていて、母親について買い物にも行っていたような奴が、その頃に花屋を知らなかった…と初めて聴かされて。 俺は当たり前に驚いて、それをそのまま言葉に問い返してしまった。
「だって、ほら…庭に咲いてただろ?」

    …そう言われて、俺は。 母親が好きで、あれこれと咲かせていた事を今更に思い出して。 そう言えば…食卓や部屋を飾る花は全て、母親が手ずから切ってきていた事を…今更に。

「兄さんにでも、訊けば良かったんだろうけどね。 何か…内緒で用意しなきゃ、みたいに思っててさ」
    そこまで言って、今度は子供の頃の自分に可笑しくなったんだろう。
「まあ…どうせ、その頃の俺に買えるはずなんて無かったんだけど」
進は、また一頻(ひとしき)り笑った。
    確かに…たかが園児の小遣いでは、1日2日頑張った所で手の届く値段じゃなかっただろう。
「…言えば、金くらい出したぞ?」
「言えば良かったな…なんて、何年も経ってから思ったよ」
    そう言いながら、今度ははっきりと苦笑してみせる進は、俺の憶えていない…すっかり忘れていたような事を憶えていた。
    …そう言えば、その頃の俺は既に。 自分の母親に素直に「好きだ」…なんて言えるような可愛らしさは、何処かに捨ててしまっていて。
    何となく…格好を付けて、わざと背中も向けていて。
「お前って…可愛いよな」
「…何だよ、いきなり…」
    子供の頃の話だろ…と。 わずかにその面(おもて)に朱を刷(は)きながらも、進はちょっとばかり拗ねたように、大きくそっぽ向いてしまって。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    両手で軽々と抱えてしまえるほどの大きさの鉢植えは、部屋を飾るには丁度良いような背の高さで。 緑もあまり眺められない街に在る部屋に、作り物…だがそれも「自然」。
「お帰りなさい、守」
    この殺風景な部屋の中に、きっと退屈するだろう時間を先に寝(やす)みもせず、俺の帰りを待っていてくれる女(ひと)が居て。 有難さとは別に、少しばかりの申し訳無さ。
    もしも…まだあの惑星(ほし)が存在(あ)るのならば、こうも永い時間を独りでは居させなかったものを。 今更の繰(く)り言と承知で、それが俺の…彼女への申し訳無さ。
「サーシャは…それの理由を言ったか?」
    それ…とは、勿論。 そこに大人しく座っている、ピンク色の花を咲かせた鉢の事で。
「ええ…嬉しいわ」
優しく眺めながら、真実…そう思っているのだと表情で知れた。
    事情はどうあれ、身近に育てる事を捨ててしまった…事は事実。 そんな一緒に居られなかった時間を、全て許されたような…そんな気がする…のだと、少しだけ寂しそうにも微笑んで。
「それは『赤い花』なんだ、本当は」
    上着を脱ぐのに邪魔だ…と、手にしたものを渡してしまうように。 俺は、本来の色をした1本を…真正面を外して押し付けるように差し出した。

    …女に花を贈るのに、たった1本だけしか用意してこない辺りが、俺も…可愛くないよな。

「…私は、貴方の『母親』では無くてよ?」
    思い出したように苦笑しながらも、俺の手からその真紅を受け取って。
「贈りたくとも、もう居ないからな。 代わりに、貰っておいてやってくれ」
俺のそんな言葉に、くすくす…と微笑う。
    あの惑星(ほし)での徒然(つれづれ)に、俺はそれまでの色んな事を話した、それから…彼女のそれまでの色々も訊いた。 そんな中で、彼女は俺の母親の事も全く分からないでは無かった。
「貴方は、お母さまに贈らなかったのかしら?」
「いや…素直で可愛らしい、子供(ガキ)の頃には、な」

    …そうだ。
    あんな所で突然、それまでの「家族の日常」が途絶えてしまうのだと分かっていたなら、今と同じように斜めを見てしまいながらだって…こんな花の1つや2つ、ずっと…贈り続けたのに。

「ええ…そうね、現在(いま)の貴方は素直だとは言えないでしょうね」
    たった1本を抱えるように持ち直してしまえば、俺の目からはその真紅が丁度…唇と重なってしまって。
「…だろう? 『子供』でも無いしな、今は」
そんな言葉を証明してしまうかのように俺は、指の背でその真紅(あか)を払うように唇を寄せて。
「なあ…生きてくれよ?スターシャ?」
    惜し気に…離れていきながら、そう呟いた。 指先は…まだ、触れたまま。
「…ええ」
俺の言葉に彼女は途惑ったように、ほんの少し訊ねてくるようにも…小さく返してきた。
「…生まれた順だ。 俺も…君もきっとサーシャよりは先に死んでしまうのは、仕方無いけどな」
    続けた言葉には、彼女は何も返してこなかった。 ただ、黙ってこちらを見上げていた。
「出来るだけ…出来るだけで良いから、少しでも永くサーシャの母親で居てやってくれよ。 …な?」

    俺や…進のように、いきなり取り残さないでやってくれよ? 頼むから…。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ええ…分かったわ。 でも…貴方もよ?守?」
    彼女がそっと、この頬に触れてきた。
「貴方も生きて…私を独りにしないで、あの惑星(ほし)で貴方に逢うまでのように」
    話の中、彼女は父王を喪(うしな)って、もう…国民(たみ)も居ない惑星(ほし)の女王になった。 あの…地平線まで続く広大な墓地の中、宙に沈黙した惑星を見てしまいながら、それを聴いた。
    たった1人の妹の出発を見送ってしまってからは、本当に…独りだったと。 寂寥(せきりょう)として乾いた風の中、髪を流してしまいながら。
「…分かってる。 俺も生きる、出来るだけ…永く」
    あの時には…何も言葉が思い付かなくて、ただ…仕方無く抱きすくめたんだった。 そして、たった今も。 それしか言葉が思い付かなくて、仕方無く、きつく。

    そうだな…生きてみせるさ、俺も。
    君に…二度とは、頼るものも無く「独りで生きていけ」とは突き付けなくても済むように。
    …そして何よりも、誰よりも…君よりも。 サーシャから…もう一度「親」を奪わせしまわない為に、出来るだけ…ほんの少しでも永く。

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Last Update:20050328
Tatsuki Mima