笹とか竹とかって、園芸種だったのね。
雪は、本気でその事に感心していた。
何しろ、つい1年にもならない最近まで、人類は…いや、全ての生命は地下に逼塞していたはずなのに。
それを分かっているから、この風景がむしろ不思議。
造り物か…と思って触ってみたが、このガサガサとした感じは…やっぱり本物で。
面白いな…とうっかり思ってしまうのは、それに気付いて立ち止まった人の殆ど全てが同じように、しげしげ…と覗き込んだ後に触ってみている事。
花屋の店先。
これが綺麗に咲いた花びらを触ってみたりしたのだったら、とっくに店の人に怒鳴られているに違いない。
だって…花なんてまだまだ、お高い「無駄遣い」なのだから。
一旦はその場を離れた雪だったが、結局他の買い物を済ませてからまた舞い戻ってきて。
今度も眺めてみて、触ってみて、やっぱり…悩んだ挙句。
幾ら成長の速い植物だと言っても、まだそれほどには数も無いんだろう。
たった50センチばかりに切られた笹を、しっかり買って帰っていった。
◇
◇
◇
◇
花屋の前で立ち止まってみたのは、元々自分の部屋に飾るつもりで花を選ぼう…と思ったから。
だが、雪が実際に買って戻ったのは色や香りを楽しむ為の花では無く、持ち帰るまでにもカサカサと乾いた音しか立てなかった笹の枝で。
七夕というイベントに、笹は付きものだ。
だから、その月になって買った事には良かったと思っても、失敗した…とは思わない。
「…別に、良いわよね」
それだから今、雪が自分に言い聞かせるように呟くのは買ってしまったという、その事にでは無く。
両親も見られる居間に置かないで、さっさと自分の部屋に持ち込んだ事に…だ。
切られた笹って水を吸い上げるのかしら…とも思いつつ、一応は普通に花を活ける時のように花瓶に水を入れてきて、それに投げ込む。
特に広口の花瓶でも無かったが、たった1本の笹は随分と斜めに傾(かし)いで、葉を垂らした。
机の上に、何だかあんまり違和感の無い大きさで。
「何て言うか…『1人分』よねえ、これって…」
そう独り言(ご)ちながら、雪はショートケーキを思い浮かべていたりした。
ホールケーキなら「家族で分けようか」と当たり前に考えるだろうが、1個のショートケーキを3人とは言え「分けよう」とはなかなか思わないだろう。
何となく、そんな事を。
持っていないはず…と思いながらも一応は部屋の中を探してみて、結局は折り紙なんて無い事を再確認しただけに終わった。
「明日、買ってこよう」
…とは、口にしたものの。
思い直したように色気も何も無い実用ばかりの手帳から、まだ何も書いていないページを1枚破りとって。
細かくはっきりと引かれた横罫線を無視して、ちょっと大きめの字で何かをさらさら…と書いて。
薄手の紙を引っ張り出して、細長く裂いて、紙縒(こよ)りを作ろうとしてみたが。
和紙じゃないから駄目なのか、それとも単に雪が不器用なだけなのか、全然上手く作れないから…諦めて。
代わりにいつだったかの余った毛糸で、さっきの手帳の切れっ端をぶら下げた。
見た目は全く良ろしくないが、これだけでも七夕の笹らしくなるから不思議なものだ。
…七夕の笹なんて、見上げるものとばかり思ってたわ。
立ち上がってしまえばしっかりと見下ろせてしまう、机の上の笹をたっぷりと眺めて。
そもそも「机の上」に有る事から既に、変と言えば変よね。
「さっさと還ってきなさいよ、馬鹿っ」
左手は腰に、右手の人差し指は笹に向かって…まるで言いたい相手がそこに居るかのように。
「浮気しちゃうわよっ?」
実際には全く考えてもいない事を、雪はひとつ悪態を吐いてみた。
◇
◇
◇
◇
部屋の中の、わずかな空気の動きにゆらり…と翻(ひるがえ)るそれには。
地上に居るより宇宙に居る方がよっぽど永い、だから…逢えない時間の方がとても永い人に対して。
口にしたように早く還って来いとも、放っておかれる時間の永さを厭う言葉でも無く、ただ。
そんな人の…誰よりも一番好きな人の、無事を願う言葉だけが書かれていて。
◇
◇
◇
◇
果てしなく真空に近い空間を航行する艦だ、気密性と空調の性能だけは誇って良い。
この環境下で間抜けにも「ただの風邪」を引くようでは、自身の体調管理を怠っている…と宣伝しているようなもので。
「誰か、噂してるんだろ」
だから、体調を気遣うらしい言葉に突き放すようにそう答えたのだが。
「ああ…なるほど」
何故か、ひどくあっさりと納得されてしまった。
そうなると逆に、それも妙に面白くない古代だ。
「納得するなよっ」
「…どっちなんですか」
相原は、仕方なく…苦笑してみせた。
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Last Update:20050615
Tatsuki Mima