七夕:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    笹とか竹とかって、園芸種だったのね。 雪は、本気でその事に感心していた。
    何しろ、つい1年にもならない最近まで、人類は…いや、全ての生命は地下に逼塞していたはずなのに。 それを分かっているから、この風景がむしろ不思議。
    造り物か…と思って触ってみたが、このガサガサとした感じは…やっぱり本物で。 面白いな…とうっかり思ってしまうのは、それに気付いて立ち止まった人の殆ど全てが同じように、しげしげ…と覗き込んだ後に触ってみている事。
    花屋の店先。 これが綺麗に咲いた花びらを触ってみたりしたのだったら、とっくに店の人に怒鳴られているに違いない。
    だって…花なんてまだまだ、お高い「無駄遣い」なのだから。

    一旦はその場を離れた雪だったが、結局他の買い物を済ませてからまた舞い戻ってきて。 今度も眺めてみて、触ってみて、やっぱり…悩んだ挙句。
    幾ら成長の速い植物だと言っても、まだそれほどには数も無いんだろう。 たった50センチばかりに切られた笹を、しっかり買って帰っていった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    花屋の前で立ち止まってみたのは、元々自分の部屋に飾るつもりで花を選ぼう…と思ったから。 だが、雪が実際に買って戻ったのは色や香りを楽しむ為の花では無く、持ち帰るまでにもカサカサと乾いた音しか立てなかった笹の枝で。
    七夕というイベントに、笹は付きものだ。 だから、その月になって買った事には良かったと思っても、失敗した…とは思わない。
「…別に、良いわよね」
    それだから今、雪が自分に言い聞かせるように呟くのは買ってしまったという、その事にでは無く。 両親も見られる居間に置かないで、さっさと自分の部屋に持ち込んだ事に…だ。
    切られた笹って水を吸い上げるのかしら…とも思いつつ、一応は普通に花を活ける時のように花瓶に水を入れてきて、それに投げ込む。 特に広口の花瓶でも無かったが、たった1本の笹は随分と斜めに傾(かし)いで、葉を垂らした。
    机の上に、何だかあんまり違和感の無い大きさで。
「何て言うか…『1人分』よねえ、これって…」
そう独り言(ご)ちながら、雪はショートケーキを思い浮かべていたりした。 ホールケーキなら「家族で分けようか」と当たり前に考えるだろうが、1個のショートケーキを3人とは言え「分けよう」とはなかなか思わないだろう。
    何となく、そんな事を。

    持っていないはず…と思いながらも一応は部屋の中を探してみて、結局は折り紙なんて無い事を再確認しただけに終わった。
「明日、買ってこよう」
…とは、口にしたものの。
    思い直したように色気も何も無い実用ばかりの手帳から、まだ何も書いていないページを1枚破りとって。 細かくはっきりと引かれた横罫線を無視して、ちょっと大きめの字で何かをさらさら…と書いて。
    薄手の紙を引っ張り出して、細長く裂いて、紙縒(こよ)りを作ろうとしてみたが。 和紙じゃないから駄目なのか、それとも単に雪が不器用なだけなのか、全然上手く作れないから…諦めて。 代わりにいつだったかの余った毛糸で、さっきの手帳の切れっ端をぶら下げた。
    見た目は全く良ろしくないが、これだけでも七夕の笹らしくなるから不思議なものだ。
    …七夕の笹なんて、見上げるものとばかり思ってたわ。 立ち上がってしまえばしっかりと見下ろせてしまう、机の上の笹をたっぷりと眺めて。 そもそも「机の上」に有る事から既に、変と言えば変よね。
「さっさと還ってきなさいよ、馬鹿っ」
    左手は腰に、右手の人差し指は笹に向かって…まるで言いたい相手がそこに居るかのように。
「浮気しちゃうわよっ?」
実際には全く考えてもいない事を、雪はひとつ悪態を吐いてみた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    部屋の中の、わずかな空気の動きにゆらり…と翻(ひるがえ)るそれには。
    地上に居るより宇宙に居る方がよっぽど永い、だから…逢えない時間の方がとても永い人に対して。 口にしたように早く還って来いとも、放っておかれる時間の永さを厭う言葉でも無く、ただ。
    そんな人の…誰よりも一番好きな人の、無事を願う言葉だけが書かれていて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    果てしなく真空に近い空間を航行する艦だ、気密性と空調の性能だけは誇って良い。 この環境下で間抜けにも「ただの風邪」を引くようでは、自身の体調管理を怠っている…と宣伝しているようなもので。
「誰か、噂してるんだろ」
    だから、体調を気遣うらしい言葉に突き放すようにそう答えたのだが。
「ああ…なるほど」
何故か、ひどくあっさりと納得されてしまった。 そうなると逆に、それも妙に面白くない古代だ。
「納得するなよっ」
「…どっちなんですか」
    相原は、仕方なく…苦笑してみせた。

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Last Update:20050615
Tatsuki Mima