七夕:02

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    女性に較べて男性の方は、どちらかと言えば行事だのイベントだの…というものに興味が薄い。
    無い…訳では無い。 子供の頃にはどちらも変わらず、誕生日だのクリスマスだの…と心待ちにしていたはずなのに。 いつの間に、他の事に取り紛れて切り捨てるようになってしまうのか。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    街の中に、唐突に笹竹。
「七夕でしょ?」
言われて、そう言やそんな行事も有ったかな…と、今更思い出した。
「何で、忘れるのよ?」
    呆れたようにそう言われても、忘れていたものは仕方が無い。
    知識を得る事の為に、仕事の為に、生活のあれやこれやに取り紛れて。 だが、七夕と言う行事の場合、多分…それ以上にもう一つ。
「子供の頃からしばらく、地下都市(した)でしたからねえ。 星なんて、見た事無かったですもん」
空が眺められてこその、七夕。 それから以降(あと)、それどころでは無くなった事も重なって。
    地下都市を知らないはずの年齢でも、流石に知識としてはそれが分かっているから。
「ああ…そうね。 そういう人も居るんだわ」
…と、それはあっさり納得したようだ。

「はい、あげる」
    その次に逢った時、絵梨は三分した色紙を一つ渡してきた。 色紙…と言うより、その端に誰が小器用に作った紙縒(こよ)りが通っていたから、既に短冊と言っても良かったが。
「お願いしたい事の一つや二つ、有るでしょ?」
「…って、書いてどうするんですよ?」
    素直に受け取ったものの、どう取り扱ったものか…南部が苦笑しながら問えば。
「飾るに決まってるじゃない」
何を分かり切った事を訊いているんだ…と言わんばかりの語調で、絵梨が返す。
「うちのマンション、クリスマスとか…こういう事やるのよ」
    絵梨の説明に、まあ…こういうのも「平和」な証拠かも、と思ってみたりもして。
「書くもの、有るわよ?」
    下げていた鞄の中からやっぱり取り出されて手渡されるペンを、用意周到な事だな…と思いつつまた素直に受け取って。 書くような事…願うような事が全く無い訳ではないが、さて…どうしよう?
    どうしても…と思うほどの、真剣で必死に願うような事は無い。 いや…恐らくは、それほどに真剣なもので無ければ「願い」とは言わない。 こうなれば良い…とただ思う程度の事なら、きっと…単に「望み」としか。
    その程度の事を、書き表してまでどうするんだろう…と。 ほんの少しだけ、だが本気で思ったから。
「…馬鹿?」
    迷い無く、きっぱり。 但し、十二分に呆れたように。
「願い事なんて、書いたくらいで必ず叶う事じゃないでしょ」
取り敢えずとか、適当に…って言葉を知らないの? そう言われてしまって、つい。
「そればかりな気もしなくは無いです」
    南部は、自分を言い当てられたような気もして、そう。

「そうですねえ…」
    何か一つくらいは、ちょっとした事くらいは有るでしょ…と言われて、少し考えてみる。 特に、これと言ってしたいと思う事も欲しいと思うものも無いのだが。 逆に、聞きたくない話は一つ有るかな…と。
「何? それ書けば?」
そんなやり取りに、また苦笑。
「『結婚しろ』と言わないでくれ…って、書くんですか?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    そういう話だけなら、随分と以前(まえ)から有った事だが。 ここ最近は、事情が違う。
    古代と雪の挙式、島に娘が生まれて、相原がまた挙式…くらいまでは言ってくる方も切実さが無かったし。 その分だけ、南部も適当にかわす余裕が十二分に有ったのだが。 雪が出産した辺りから、それが引っ繰り返った。
    今、論(あげつら)った3人が同期、4人ともが同い年…となれば。
「なら、お前は?」
…と思ってしまう親の思考も、分からないではないから…もう辟易。
    取り敢えず、現在の自分の年齢(とし)に父親は結婚していなかった…それだけを盾に、辛うじて逃げている状態。
「相原君まで、子供産んじゃいましたしねえ」
    …いや、産んだのは相原ではないが。 どちらにしても、3歳児相手に真面目に愚痴る事では無いとは思われる。
「…って、結婚して無いから言われるんでしょ? すれば、言われなくなるんじゃないの?」
    何を無駄に考えてるのよ…と言わんばかり、絵梨がばっさりと一刀両断。
「…正論だとは思いますが。 相手が居なきゃ出来ない事なんですよ? 結婚ってのは」
「だから、探せば良い事でしょ?」
    違う?…と、真面目な顔で問われてしまえば。 そうですね…と答えるしかない、南部だった。

「付き合ってる人くらい、居るでしょ?」
「…見合いの相手なら、何処かに居ますが」
    そう言えば半年ばかり前に逃げ損ねて、逢うだけは逢ったかな…と思い出した。 それからも変わらずに航海に出て、還(もど)ってきて…を繰り返し。 連絡も何もしてないけど…どうなってるんだろう、とも。
「…何、それ?」
「俺にも、良く分かってません」
    次を紹介してきたら、断られたって事になるんだろう。 それくらい、全く興味が無くて。 だから、知らない。
「結婚する気は…有る訳?」
「無くはないですよ。 年上で、普通に美人で、俺の言動に付いてこられて、性格が破綻してなければ」
    …本当はそれ以上に、何よりも。 「南部(いえ)」で無く、自分を見てくれるので無ければならないのだが。 だから…「見合い」の相手には、何の興味も持てない。
    最初から、俺が「南部」だと知っているから。
「何か…条件、ものすごくない?」
「そうですか? 俺にとっては、最低ラインなんですが」
    一体…何処まで、今のまま逃げていられるんだろう?

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…何、してるんですよ?」
    会話にいつまでも書かずにいたら、絵梨が手の中から色紙とペンを引っ手繰(たく)っていった。
「南部さんに任せてたら、いつまで経っても終わらないじゃない」
    お互い座り込んだ状態でも、充分な身長差を睨むように見上げて、そう。
    膝の上の鞄を下敷き代わりに、一度は南部にくれてやった色紙に何やら書いていく。 口の方は実年齢以上に達者でも、流石に文字の方は年相応によろけた平仮名ばかりで。
「ほら、これで飾っとくから。 問題無いわよね?」
    確認させるように目の前に突き出しながら、しかし…有無を言わせぬ口調で。
「…好きにして下さいな」
    また、苦笑。 それも、当然だ。
    色紙の上に読み取れた文字は、遠慮も衒(てら)いも無く「南部さんにお嫁さんが見付かりますように」…だったから。
「神様に頼ってばかりもアレですから、俺も本気で探さなきゃいけませんねえ」
「賢明だわ」
    やっぱり苦笑しながら呟く南部を見もしないで、絵梨は色紙とペンを鞄の中に仕舞い込んだ。

    縁なんて、何処に転がっているか分からない。
    南部が本気でそう思ったのは、もう少し後の事である。

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Last Update:20060601
Tatsuki Mima