秋:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    問われて、それに返す。 返した事に、また何かしらの言葉が戻って来る。 そんな事が、会話。
    他愛無い話をしていて、ふ…と懐かしい響きに気付く。 現在(いま)は無い惑星(ほし)の、もう…聞く事の無いはずの言葉に。
「…何だ?」
「…いいえ、何も…」
    その事に言葉の途切れた私を、少しだけ訝しげに問うてくる。 そんなやり取りまで、もう…忘れ掛けていた優しい旋律で。

──なあ…言葉、教えてくれよ?

「…何故?」
    会話は既に成り立っている、意思を伝える事には何の不自由も無い。 何を今更…という思いで、そうと問い返した。
「だって…ここには、ここの言葉が有るだろう?」
    …それは、確かに。
    この惑星(ほし)の上だけが、「私たち」の「世界の全て」だけだった時代(ころ)。 言葉は、その内部(なか)で通じれば事足りるものだった。
    中空に浮かぶ「月」に、あれほどの近くに暮らす人間(ひと)が居るなんて、思っても居なかった頃。
「…有るわ、勿論。でも…」
    何を今更…この思考は、やっぱりそこに戻ってしまって、言い淀んだ。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「ね? イスカンダルの言葉って、分かる?」
「…はい?」
    サーシャの問いに、思いっきり間抜けた返答を返してしまった。
「…何で、俺に訊く訳?」
これが島でなくとも、誰でもきっと同じ事を問い返しただろう。
    イスカンダルの言語…なら、そこに棲んでいた母親・父親。 それから何にでも興味を持って、端から見てると「無駄に」知識量を増やしているようにしか見えない真田…の順に訊ねるべきじゃないか…と。
    在り得ないが、もし…その3人で分からないようでも。 事が「言語」だと言うなら島よりも先に、通信に関わってた相原やアナライザーに訊いた方が早い…ような気がする。
「だって…島さん、イスカンダルに行った事有るでしょ?」
    行った…と言っても、観光旅行のようなのんびりとした状況ではない。 あの頃の島としては、予定から大幅に遅れたままの日程が何よりも気懸かりで。
「まあ…行くには行ったし、上陸(お)りもしたけど…」
    第一、表敬の類なら艦長の沖田か、その代理の古代の役目だ。 その意味で島は、さほど「救世主の惑星」に関わっていない。
    サーシャにどういう思惑が有って、今のこういう問いになっているのかが良く掴めないまま。 だから…島の返答は、うろうろとして曖昧に。

「えーと…ねえ、あれ…多分、イスカンダルの言葉だと思うのよ」
    空になったカップを渡して、お茶のお代わりをテレサにねだっておいてから、そう。
「…何が?」
    絶対に、遺伝と環境だ…と思いながら、島が問い返した。
    肝心な事ほど説明の下手で弁も立たない古代と、結論を言ってから理由を述べる守と。 結論より先に「結果」を見せておいてから、やっと説明に掛かろうとする真田と。 そこに生まれてそこで育っていると、最初から上手く順序立てて話す…というやり方が抜け落ちるんだな…と。
「たまに話してんの、お父さまとお母さまが。 私が居る時は、普通に話してるんだけど〜」
「それは…」
    …そうだろう。 わざわざ守と…つまりはイスカンダルとは関わり無く、純粋な地球人として育てようとしておきながら、イスカンダルの言葉を教えてしまうほど、真田も間抜けては無いはずだ。
「通じない言葉で、話し掛けてこられても困るだろう?」
「そりゃ…まあ、困るけど〜。 何か…除(の)け者みたいで、嫌」
    そう言ってサーシャは、クッキーをひとつ口に放り込んで。 改めてテレサから受け取ったカップに、口を付けた。

「…そう言えば、島さんって「テレザートの言葉」分かるの?」
    何の前触れも無しにいきなり、話が自分の事の方に振られて。 一瞬、はっきりと思考が停まった。
「え…」
途惑いを、そのまま言葉に。 島の振り仰いだのは…問うてきたサーシャではなく、テレサの方で。
「いや…そう言えば、全然…」
    そう言えば、全然。 永く居たなら…暮らしていれば、そんな機会も有ったかも知れない。 だけど、そんな時間は無いままに、あの惑星(ほし)からは…どちらともが離れてしまったから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「まだ…憶えていたのね?」
「忘れそうなんで喋ってんだよ、今」
「…忘れて良いのに…」
    イスカンダルという名の惑星(ほし)は、もう何処にも無いのだから。 そこに在った言葉など忘れられてしまっても、誰も…きっと困らない。
「そういう自分だって、まだ憶えてるだろう?」
「私が…忘れるはずは、無いわ…」
    それでも、その既に失い惑星が私の生まれた場所(ところ)だから。

──ここが、これからの俺の生きていく場所(ところ)だから。

    思わず、苦笑してしまう。
「…随分、殊勝な心掛けね?」
「その場所の言葉も知らないで暮らすなんて、間違ってるような気がしないか?」
私につられてしまったように、しかし…もっとはっきりと笑いながら、そうと。
    でも…それならば、今。 こうやって交わしている、言葉の存在意義は何処に在るの? こうして通じているお互いの気持ちは、本当に寄り添っているの?
    …本当に、貴方の言葉を忘れてしまっても…良いの?
「じゃあ…一つだけ、わがまま言って良いか?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…って事は、現在(いま)。 テレザートの言葉話せるのって、テレサさんだけって事?」
    また、もう一つ。 クッキーを摘(つま)み上げながら、サーシャがそう。
「え…ええ、そういう事になりますよね…」
もっとも、そう言われたテレサが途惑いながら返すのを待たずに、それを口に放り込んで。 だから、それを飲み込んでしまうまで無駄に、会話が途切れてしまって。
    言われてしまって、本当に途惑っていた。 途惑う…は通り越して、困惑していた…の方が正しかったかも知れない。 自分がこの地球(ほし)に生まれては来ず、もう…失い惑星に最後まで居た事を否応無く思い出させられて。
    目の前に居るサーシャも、地球には生まれてこなかった。 「血」としても、純粋な地球人だとは言えない。 しかし…紛れも無く、彼女は「地球人」であって。
    …地球人ではない私は、何と答えれば良い?

    …だから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「別に、忘れる必要も無いだろう?」
    俺だって…忘れてしまえなかったんだから、と苦笑しながら。 そうね…、と私は仕方無くそれに返しながら。
「…でも、私は地球(ここ)に生きているわ」
    殊勝に、貴方がいつか言ったように。 現在(いま)の私が、その通り。 だから…貴方は、私の記憶に付き合う必要は…無いのよ?
    …それでも、たった一つだけわがままを言って良いなら。

──俺の死ぬ時には、地球(おれ)の言葉で「さよなら」を言ってくれるか?

「私が死ぬ時には、イスカンダルの言葉で…別れを言って」
    ほんの少しだけの無言、一瞬だけ…でも私の顔を真っ直ぐ眺めて。
「…やだね」
しかし、あっさりとそう。
「俺は、お前より『ほんのちょっとだけ』先に死ぬ事に決めてるから。 だから、言えない」

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Last Update:20050901
Tatsuki Mima