秋:02

NovelTop | 第三艦橋Top

「…?」
    あれ?…と思った。 そうして、つい足を止めた。

「…何、やってんの?」
    司令本部と科学局は、隣り合って並んでいる。 その前には、当然に道路。 その道路を挟んだ向かい側に拡がっているのは、緑地帯。
    そこの芝の中に、何か小さな物を探しているかのようにごそごそ…と這いつくばっている姿を見掛ければ、そんな声くらい掛けてみたくもなろう。
「あ、相原さんだ」
「…僕だよ」
    何でいきなり、その間抜けたセリフなんだ…と思った相原だ。
「…で、何やってんの?」
    そうして呆れながらも、やっぱりさっきと変わらずそこに這いつくばったままの姿勢でいるサーシャに、もう一度同じ事を問うた。
「何か居るのよ。 ほら…聞こえない?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    相原がサーシャを見付けたように。 やっぱりまだ何かを探しているようなサーシャと、その横で腰折ってそれを覗き込んでいるような相原を、さっきと殆ど変わらない場所に見付けた人間が居た。
「…何、やってるんだ」
    充分聞き憶えのあるはずの声に、それぞれ振り返っておきながら。
「あ、島さんだ」
何で振り返って顔を見てから、ようやく確認したように同音異句に名を呼ばれなきゃならないんだ…と思った島である。
    時刻は、定時をしばらく過ぎた頃。
    仕事が終わって帰宅する人の流れは、前の道路に出たところで左右に分かれる。 たまに…緑地帯を斜めに突っ切って距離に楽をしようというのはいるが、真っ直ぐ突っ込んだ上で立ち止まっている奴はまず見た事が無い。
    つまり、相原とサーシャの2人はものすごく目立っていた…という事だ。
「何、やってるんだ?」
「何か居るんだってば」
    島とサーシャの改めてのそんなやり取りに、ものすごい既視感を感じた相原だったがそれは黙っておいた。
「虫ですよ、島さん。 多分、スズムシとコオロギ」
その代わりに、サーシャの言葉に注釈入れた。
「…ああ」
    言われてみれば、草陰に鳴く声がそこいらに聞こえていた。 地上(うえ)と地下(した)…はあっても、ずっとこの街に暮らしてきた島にはそれほどでも無い。 だが、元々はここでは無かった相原にはもう少し懐かしいだろう、小さな声。
    少なくとも島には、その声を聞いて名前や姿を即座には思い出せなかった。 スズムシとコオロギの鳴き声の区別も、さっぱりだ。
「多分、ですけどね」
「…何で、曖昧なんだ?」
    小さいながらもこれだけはっきり聞こえている泣き声に、相原がその声の主を特定出来ないなんて…島にしてみれば在り得ない。
「いや…だって、もう永いこと聞いてなかったじゃないですか。 自信無いですって」
    その辺りを訊き返せば、相原も困ったような表情(かお)をして。
    そう言えば…壊される前の自然の在った頃は、もう10年以上の昔。 緑地帯どころか街路樹もろくに造れなかった、季節の移ろいも無かった地下都市に、虫の声など響く事は一度も…無かったから。

「も〜っ! 近寄ると、鳴き止むしっ」
    伊達にここまでの年月は無く、相原も島も予想は出来ていた事だったが、未だその姿も間近に拝めないサーシャがとうとう吠えた。
「…って、さあ。 捕まえてどうする訳?」
「飼うのよ。 決まってるじゃない」
    相原の訊いてサーシャの答えるのを聞きながら、島はその辺りの雑草を靴の底に撫で払う。
    芝が敷き詰められてはいるが、その中から雑草も相当に頭を出していた。 管理されていないじゃないが、定期的な刈り込み作業はかなり間遠いらしい。 今は、雑草も自然のうち…とそのままにされていて。
「飼う…って言っても、そんなに長生きしないよ?」
「え? そうなの?」
「そう。 成虫になってからはそんなには、ね」
    撫で払った足下からは余程遠くで、幾つかの何か…がそれぞれに跳ねた。
「…ホントに居るんだな」
    つい…島が呟いた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    流石にサーシャも、それから半時間ほどで「今日のところは」諦めた。
    離れた所での草の動く音にピン…と跳ね逃げる小さな姿は、手ではなかなか捕まらない…と思い知った所為もあるだろうが。 早くも落ち掛けた陽に、そもそも見辛くなってきたからだ。
「明日、網持ってきて捕まえるっ」
    いや…捕虫網など持ってないから、まず買ってこなければならないのだが。
「…網持って、出勤する訳?」
    サーシャのそんな姿を想像して、呆れるより可笑(おか)しいより…何だか疲労感じた相原が、呟くように問うてみた。
「変?」
「うん。 多分、ものすっごく」
    相原にきっぱりと言い切られて、サーシャが腕組みしてう〜ん…と唸った。
「捕まんないなら、引っ張ってきた方が早いかなあ」
    最初は、単なる知識欲だった。 何の「音」だろう…と思った、ただそれだけ。
    それが「音」では無く「鳴き声」だと気付いたのは、近付いていったに鳴き止み、もう少し近寄ったに跳ね逃げた小さな影を見たから。 ああ…生き物なんだ、と。
「スターシャさん?」
「うん」
    サーシャがその声を初めて聞くなら、その母親にも初めて…だ。 そうで無くとも綺麗な鳴き声だと思った、それを母親にも…と思うのはその子として、ごく自然な感情。
「…って、虫は平気な訳?」
    困ったような表情見せて、相原が問う。
    昆虫の嫌いな人はとことん嫌いだから、それが何か…なんて関係無く。 蝶がどれほど美しい羽で、ふわりと優雅に宙を舞うのさえ。
「さあ…蝶とかトンボとかは、大丈夫みたいだけど?」
    そもそもこれなら見えないと思うし…と、サーシャが付け加えて。

    明るさの落ちて赤味を帯びてきた空に、一際泣き声が響く。 ちょっと…煩いと思うほど。
    それは恐らく、その鳴く只中に立っていたから。 いつものように道を歩いていたなら、これもきっとそれほどには感じなかったんだろう。
「…すごいな」
    島が、素直に感心する。
    一度は滅びた地上に戻ってきたのは、人間だけじゃない。 地下都市に逃げ込んでいた全ての生命、動物も植物もが同じように。
    しかし人間は…その棲む街はあれからそれほど拡がっていないのに、地を這うようなささやかな緑はもっと確実に。 そこに棲む虫もその鳴く声に密度を濃くしているを、こんなにも知らしめて。
    それが…本当に、完全な自然でない事も思い出させられたが。

「お父さまたち、知ってるかな?」
    今度は這わないが、うろうろ…と何か探してるらしい様子に、サーシャがその辺りに放ったらかしていたバッグを拾っておいた相原が、それをようやく手渡した。
「そりゃ…知ってるんじゃないの?」
    まだまだ子供の頃にそれまでの自然と切り離されて、地下都市に追い遣られた島や相原でさえ見知っているのだ。 それより随分と年長な守や真田が、知らない方が余程おかしい。
「そうじゃなくて。 今、ここでこうやって鳴いてるの知ってるかな…って」
    司令本部と科学局。 どちらにとってもこの緑地帯は、職場の真ん前だ。 そして、その前の道路はどちらも出勤に歩いていて。
    今日のサーシャのように、気付く事が出来ているだろうか…と。
「…え〜と、さあ?」
    慌しさに取り紛れて、2人とも気付いていないような気のした相原だったが、曖昧にして答えた。
    あの2人。 興味の無い事には本当に全く興味無さそうでいて、意外にどうでも良いような細かい事にも気付いていたりするので油断ならないからだ。
「直接、聞いてみれば?」
「そっか。 そうよね」
    他の誰より当人に訊くのが、何より確実。 そう思った相原のある意味いい加減な提案に、サーシャが至極あっさりと頷いて。
「じゃあ、訊いてくるねっ」
「…って、サーシャっ」
    定時に出てきた司令本部の方にいきなり駆け戻っていくサーシャを、捕まえ損ねた相原である。
「僕、今だなんて言って無いってば〜っ!」
    捕まえ損ねてその後ろ姿に叫んでみたが、サーシャは既に道路を渡ってその敷地内だった。 そうして、ちら…とも振り返りもしないで。

「諦めろよ、相原」
    ずっと黙っていた島が苦笑(わら)いながら、そう。
「…笑い事じゃないですよ〜っ、も〜っ」
    どうせ他人事…と暢気に構えている島だが、サーシャとも守とも同じ建物に勤務(い)る相原にとってはそうでは無い。
    サーシャが余計な事を言ってくれなければ良いが、守の問いに素直に「相原さんが言ったから」とか答えられてしまえば…翌日以降にその跳ね返りが来るのだから。
「島さん、明日も来ますよねっ?」
「来るけど…俺(ヒト)を盾にするつもりか?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

「お帰りなさい、島さん」
「ただいま」
    玄関の開くにぱたぱた…と軽い足音を響かせて、テレサが島の少し遅かった帰宅を出迎えた。
「ちょっと…出られそうかな?」
    しかし、島はいつものように上がってこないで、荷物だけを置いてそこにそのまま。 そうして、目の前のテレサを戸外に誘う。
「え…はい、大丈夫ですけど…」
    そう問われて、テレサはうろうろ…と少し途惑った。 何か途中で放り出したままで、島を出迎えたでは無かったけれども。
    何故なら、今まで何処に行くにも一言の説明も無く…は無かったから。
「近くだよ。 君に、聴かせたいものが有るんだ」
「はい」
    そんな様子に気付いたか、島が改めて…もう一度笑いながら言ってくれたから。 テレサも今度は、ようやく笑って答えて。

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Last Update:20121201
Tatsuki Mima