辿り着いたそこでは、雪が降っていた。
30分ほど前のあの場所では晴れていた、そのまた数時間前には「南国」に居たというのに。
…地球って、漠(ひろ)い。
そうして僕は、溜息を吐く。
◇
◇
◇
◇
「ふざけないでっ!」
雪さんの剣幕に素直に謝るでも無く、重ねてふざけてみるでも無く。
ロボットにだって悩みは有る…とか何とか、ぶつぶつと。
まあ…悩んでも拗ねてもはしゃいでも…どうしても、アナライザーならそれも「普通の事」な気がするけど。
それでもやっぱり、ちょっとばかり様子が変。
出ていく後姿に、何なんだ…と雪さんと顔を見合わせて。
もう一度見送る…と言うか、その消えたエレベーターの方を見たりもして。
「も〜、仕事になんないですね。外」
そんな時に、そんな事を言いながら南部が、肩に雪も少し残して入ってきた。
「あ、大雪」
「こういうのは、既に『吹雪』と言うんです。
相原君」
それでようやく窓の外に気付いた僕の言葉に、そんな突っ込みも一つ。
「…って、何してたの?
この天気に」
「兵装のチェック。
工作班…と言うか、真田さんがアテにならないでしょ。今」
雪さんの問いに、南部の回答。
意味が掴めないで、問えば。
改装が少し遅れているらしくて、真田さんがそっちに掛かり切りなんだ…と、雪さんの方が答えてくれた。
「そう言や、相原君。
いつ、乗艦(き)たんです?」
「ちょっと前。
半時間…くらいかな?」
今度は南部が問うから、僕はそう返した。
それから、逆に訊き返す。
「今度の航海って、何な訳?」
「…って、知らずに乗ってるんですか?」
「『とっとと戻ってきて、ヤマトに乗れ』って電文来て、司令本部で辞令貰っただけなんだよっ」
そのおかげで状況ちっとも掴めないまま、数時間ばかりで地球を半周だ。
「第二の地球」探し、タイムリミットはおおよそ1年。
…って、いつかの航海みたいだ。
日限のある事も、地球人類の為…という大義名分も。
違うのは…何処かに移住願っているのが、あの頃にはガミラス、今は僕たちって事くらいで。
区切られれば、1年って短い。
だけど…永い。
あの時の往復に、僕は一つ年齢(とし)を取ったし、父さんは…死んじゃった訳だし。
帰還(もど)ってきてみれば、地下都市は…多分暴動に壊されて様変わりもしていた。
古代さんだってじれったいながら、雪さんの気持ちを手に入れて。
…ほら。
1年あれば、人間(ひと)の心だって移っていく。
ホントに、もう…どうしよう?
ぱん…っと、軽い音。
何かに、頭も叩かれて。
「…何?」
「通信班(そっち)のチェックリスト」
顔を上げた目の前に有ったのは、南部の突き付けてきたクリップボード。
さっきのは、これだったらしい。
「太田君と俺で、コンソールも通信室も一応見てますが、確認しといて下さいな」
「あ…ごめん」
ギリギリまで遅れてきた分だけ、やっぱり迷惑掛けてるなあ…と。
コンソールの方は雪さんとの話の間にも見ていたけれども、大人しく受け取って一通り目を通す。
…って、砲術の南部はともかく。
レーダーや通信にも慣れてる太田が見た後だったら、僕のやる事なんか残ってないような気が。
「…古代さんの分までやってる訳?」
その間にも南部は、砲塔と連絡取りながら自席と戦闘指揮席とを往復していたりして。
「艦橋(こっち)を構ってる余裕無いでしょ、今の古代さんには」
まあ…確かに?
古代さんにその余裕が有るようなら、第一艦橋(ここ)にも居るだろうし。
その言葉に雪さんが苦笑している辺り、あんまり間違っては無さそう。
「なので、その…殆ど見たのは太田君ですから。
ご心配無く」
…思ってた事、読まれてるし。
「私、医務室に戻るわね」
通信室を見てこようか…と立ち上がったところに、雪さんの声。
続けるように、僕もそれを告げて。
「はい、どうぞ。
行ってらっしゃいな」
調整しながら留守番もしてますよ…と言う南部の声を後ろに、それぞれ一歩二歩。
そんな時に…警報(アラート)が鳴り響いた。
◇
◇
◇
◇
艦影1、船籍は…不明。
繋留中の現在、観測は艦のレーダーでは無く、地上のシステムから。
それと連絡されている太田のコンソールから、一番近かった距離に飛び付いた南部がそれを読み上げて。
慌てて僕が自席まで戻れば、レーダーは役に立たないままでも雪さんも戻ってきて。
司令本部からの通信を、ちょうど第一艦橋(ここ)に入ってきた古代さんに廻す。
映像の出るまでに、南部がもう一度同じ事を古代さんに繰り返していた。
加藤たちの出撃(で)るのを画面に見送りながら、多分…皆が同じ事を考えていたんだろうと思う。
最縁の11番惑星に確認されたでも無く、その内側のどの基地や艦艇の報告も飛び越えて、いきなり地球の上空に…何処の何者だか分からない姿。
この唐突さ…とそれに伴う慌しさは、前回の騒動を思い出さないじゃいられないから。
一番…きつく思い出していたのは、古代さんと雪さんの2人なんだろうけど。
「…確かに、船籍『不明』だな」
機の接近に、ようやく画面上にその映像。
古代さんに遅れて、多分…第二艦橋(した)から戻ってきていた島さんがそう呟いた。
いっそ暢気にも聞こえた言葉だけど、その見憶えの無さから頷くしかない。
そうして、その場の空気が変わる。
見憶えが無いという事は、それが敵になるも味方になるも「未知の存在」という事だから。
同じ画面上。
黒煙と炎を噴きながら、見慣れない艦はようやく沈んでいく。
「敵…だったの?」
敵では無いのかも知れないけど、少なくとも味方では無いし、友好的でも無い…とは思う。
戦闘や侵略の意思の無いなら、無い…という事を知らせようとしただろう。
近付く機影に、無言のまま砲を撃ってくる事なんて無かったはず。
だから…誰も、雪さんの言葉には答えないままで。
◇
◇
◇
◇
「間に合わないかも…って、思った事有る?」
日限までに戻れなかったら。
時間は充分余らせたはずなのに、それでも…もし、予想されたより事態の進行の方が早かったら。
「そりゃ…有るよ。当たり前だろ」
「…正直、毎回1度や2度はそう思いましたが」
太田も南部も、ほぼ即答。
僕だけじゃない不安だった…と、その裏打ち。
「なら、家族とか…死んじゃってるかも…とは思った事無い?」
言って、今度は即答無かった瞬間に思った「あ、しまった」。
「えーと…悪いんですが。
何と無く…あの2人、そういう気がしなくて」
「俺も、まあ…そうかな」
最初から一緒だったどっちも、当然にそれ…と知ってるんだから。
その「僕」が訊くのは…想像出来る事が変に具体的過ぎて、無駄に気を遣わせて拙かったかも…と。
実際、2人とも…ものすごく言いにくそうに答えてくれてて。
…でも、そうなんだよね。
日限の本当のギリギリまで、皆が揃って…全く欠けないで「待っててくれる」とは限らなくて。
地球さえ無事なら、そこに棲(い)る人間(ひと)の全てが無事だ…とは限らなくて。
あ〜、もう…ホントに1年って、永い。
何処の誰だか分かんない人に、何事も無くても、その先の一生費(つか)ってももう1度逢えるかどうか…だって保証無いのに。
この1年で、もし…間に合わなかったら、もしかして…死んでしまったら。
僕は本当に、もう…一生、あの人にまた逢える事さえ全然…無いままで。
「…明朝、05時28分。日の出とともに、宇宙に向けて発進する」
ぐるぐる…と、ずっと似たようなところで空廻りしている、頭の中。
廻ってるだけで全然先に進めないから、もう…いい加減疲れてきた。
「既に、一部の者は知っているように…」
だから、もう…本当にどうしよう?
だって…私情だと分かってる。
その理由と意味も聞いて良く分かったんだから、僕で役に立つというなら行く事に否やは無い…んだけど。
「…従って。
我々が生きて還れるという保証は、何処にも無い」
…そうなんだよね。
僕だって、そろそろ死んでしまわないとは限らない。
必ず、間に合うという保証だって無いんだよ。
「もし、地球に残りたい者があれば…」
…ごめん。
僕は、優柔不断で…自分勝手だ。
◇
◇
◇
◇
何で…僕、ここに居るんだろうな。
…何で、こんなに何処までも、どっちか1つに決めてしまえないんだろう?
えーと…ほら、あれだよ。
「ロバのジレンマ」。
同じ器に入れた同じ量のエサを2つ、全く同じ距離に少し離して置いといたら。
見た目に差の無い事にどっちも選べないで、餓死しちゃう…って奴。
ほんの少しでも何処か差が見えれば、どっちかに決められるらしいんだけど。
大義的に全人類と、個人的にたった1人と。
それだけを較べてしまうなら、どちらを選ぶなんて考えるまでも無い。
理屈では分かってる、でも感情は納得してくれない。
だから、やっぱり。
あの場では一度、大義を捨てて個人を選んだはずなのに。
こうやって…まだ、同じところでうろうろとしていて選び切れない、どちらも捨て切れなくて。
「…降りたんじゃなかったのかっ?」
だから…訊かれても、まだ迷ってるんですってば。僕…。
◇
◇
◇
◇
「逢わせたい人が居る」
そう言ったっきり、誰か…と訊いても古代さんは答えてくれないまま、僕を引き摺って。
「藤堂晶子、です」
…え、えーと…ごめん。
自分の名前だけは、ちゃんと答えて返した…ような気もするんだけど。
そこから後は、本当に…あんまり良く憶えていなくて。
◇
◇
◇
◇
「…いえ、お元気で。
さようなら」
吹雪の…見通しにくい空に、遠去かる機影を見送って。
「もう、下艦(お)りないで下さいよ?
相原君」
「…って、何で南部も前甲板(ここ)に居るんだよっ」
南部たち…って僕も含まれてたりするけど…にあれこれ言われて、どうにも照れくさそうだったり。
ものすごく嫌そうに逃げ廻っていた古代さんの気持ちが、今更だけど分かったような気がした。
「相原君が『何にも言わない』ようなら、あれに蹴り込んでやろうか…と思いまして」
…笑いながら言うなっ、笑いながらっ。
「…って、今更。また、僕が降りてどうするんだよ」
南部の指差していた…もう殆ど見えない機体を、僕がまた指しながら。
「だって、相原君。
『さよなら』と言う瞬間まで、実は迷ってたでしょ?」
乗務(の)るか、下艦(お)りるか…最後の最後まで。
…こういう時、無駄に付き合いの長い奴って嫌だよな。
も〜。
こっちの考えてる事くらい、ホントに簡単に読んでくれたりするから。
この風に、隣に並んでいても声は聞きにくい。
「…ま。地球(ここ)に残って、近くに居られる方が相原君の気は楽だと思ったんですよ」
敵兵を堰(せ)いていたドアも、赤熱して熔け落ちる寸前。
武器といえば手にした銃だけ、それで無くとも既に何処かから敵の銃口は向けられていた…そんな状況でも。
「古代さんが躊躇無く、飛び降りようとしたように」
わずかに前を、先に戻ろうとしているその当人には、南部の声は…多分聞こえない。
「もう、かなり積もっちゃってますからねえ。
あの時と違って、飛び降りても大した怪我しませんよ」
…どうします?
そう言う南部はやっぱり笑いながら…だったけど、その辺りはこっちも付き合いの長さ。
結構真面目に言ってるんだな…としっかり分かってしまう僕も、僕。
「南部が飛び降りてみて、ホントに怪我しなかったら…考える」
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Last Update:20061003
Tatsuki Mima