有難う、嬉しいわ…と微笑って受け取ってくれた。
だが、その直後に。
「嬉しいけど、花は好きじゃないのよ」
…と、これは真顔できっぱり。
「だって…枯れるから、後に残らないでしょう」
ああ、なるほど…と、とても素直に納得してしまった僕。
だけど…ちょっと、勿体無い。
だって…さっき笑ってくれたの、すっごく可愛かったのに。
あんまり笑ってない今だって、綺麗だと思うのに。
それでも、嫌われたくない一心。
じゃあ、来年(つぎ)から違うものにするね…と僕は、慌てて約束して。
我が母親と言えど、女性。
女性に贈るに、花よりお手軽で間違いの無いものなど無い…という事をまだ知らなかった辺りが、とても子供だった訳だが。
その所為で、今度は何を選べば良いのか…と頭悩ますのも恒例となって。
「あら、嫌ね」
但し、これは俺の出航するを嫌ったセリフでは無かった。
「貴方が航海(い)ってる間に来る、結婚記念日とクリスマスと、母の日と私の誕生日はどうするのよ」
「…毎年言ってますが、蓉子さん。
『結婚記念日』を、息子にねだらないで下さいな」
この母親(ひと)は、こういう人だ。
それは、もう…ここまでの年月に思い知っている。
だが、あっさりこんな返答の出来る自分も…なかなか素直じゃないと思う。
「仕方無いわねえ。
帰還(かえ)ってきてからまとめて…に、期待しておくわ」
「そういう事にしといて下さい」
結局…2人とも、最後まで。
行って来ます、行ってらっしゃい…という至極ありふれたやり取りを、どちらからもしようとしないままで。
◇
◇
◇
◇
一頃のように、毒々しいまでの病的な赤さはもう無くなった地球だ。
だが、草木の無い陸地は相変わらず赤茶けた色を見せているままでいた。
まるで…大きく無残に引きつれた傷痕をそのまま表に晒しながら、それでも「快復(なお)ったよ」と昔のように笑ってくれる友人を見ているよう。
痛々しいよ…と思いながら、良かったね…とつられたように笑い返してみせるしか無い。
覚えるのは、そんな行き場を見失った心苦しさ。
まだ…そんな頃。
◇
◇
◇
◇
「…何だか、ものすごく久し振りに『まともなもの』を貰ったような気がするわ」
母の日に、真っ赤なカーネーションの束。
確かに…まともだろう。
「花は枯れるから嫌いだ…と言った人が、何を言ってるんですよ」
「あら…私、そんな事言った?」
「言いましたよ。
俺が5歳の時に、貴女が、はっきり、真顔で」
諭すように、一つ一つ言葉を区切ってしまいながら。
そう言われたからこそ、それから全く花というものを選択肢の中に入れないできた。
まあ…地下に居る間はあまり流通していないで、選択肢から外さざるを得ないほどにひどく高価な代物と化してもいたのだが。
今回、その過去の例を破ってみたのは。
とても久し振りに、当たり前のように店頭に並んでいるのを見掛けたから…つい。
「…そう言えば、そのくらいから貴方に花を貰った事無かったわねえ」
花束を抱えたまま、軽く天井を仰ぐように。
ようやく思い出したような事を、白々しくも言ってくれる。
「枯れるから嫌いなのは、本当よ。
保存(と)っておこうとすると、面倒だし」
「面倒…?」
いや…確かに面倒では有るだろう、放っておけば枯れていくだけの花を残そうというのだから。
その表情も、その言葉も至って普段通り。
なのに…何かが引っ掛かったように思ったのは、多分…慣れだ。
ここまでを家族できた時間の永さに、それまでに知れ切ったその性格に。
「…って、もしかして…」
「保存(と)ってあるわよ、勿論。
読めない文字の手紙も、誰だか分からない似顔絵も、この前の花も。
貴方から貰ったものは、全部…ね」
当然じゃない…と言わんばかり、あっさりと。
さあ…っと、この面(おもて)にきっと朱を刷いた。
自分で、自分の体温の跳ね上がった事が息苦しさに自覚(わ)かるほど。
人間、そのものすごく幼い頃の「訳の分からない己の言動」ほど、恥ずかしく思うものはきっと…無い。
今では当たり前に身に付いている、理屈も常識も全く通用しないところで生きていた「別の生き物」…それでも自分自身の仕業だから。
「嫌がらせ、ですかっ!?」
「失礼ね。
『母親の愛情』と仰い」
返してくれ…と言ってみた。
一度くれてやったものを返せ…とはただでさえ非常識、絶対に無駄な「お願い」だとは思いながら。
「貴方には、あげません」
くす…と笑ってみせながら、あっさりと「お断り」。
まだ…抱えたままの赤い花束越しの顔は、重ねた年齢にいつかほどの可愛らしさは無かったけれども…腹の立つくらい綺麗なままで。
「『娘』にあげるのよ、『結婚祝い』に」
自分に、姉も妹も無い。
つまり…この場合、娘…とは自分の「配偶者」の事を指している訳で。
「『母親』でもこれだけ貰えたんだから、もっと上質(いい)ものをしっかり戴きなさいね…と教えてあげるの」
そんな言葉と同時の、無闇に鮮やかな笑みに。
こちらの視界が、くらり…と歪んだような気もした。
「…そういうのは、嫌がらせと言わないんですか?」
「『親切』と言って欲しいわ」
◇
◇
◇
◇
「それにしても、いつ渡せるのかしらねえ?」
こちらの心中なんて考えてもくれないで、自分の予定の遅々としている事を、これまたわざとらしく嘆いてみせてくれる。
「…俺がまだ『未成年』だという事、忘れてません?」
「あら…私、貴方の年齢(とし)には『母親』してたわよ?」
「一緒にしないで下さいっ、一緒にっ!」
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Last Update:20070402
Tatsuki Mima