Wedding:05

NovelTop | 第三艦橋Top

    また…と言うか例によって、仕事中を南部に邪魔される相原である。
「だって、お暇なんですもん」
「南部は、ねっ」
    出航の前、その書類提出の為に南部が司令本部に来るのはいつもの事。 その書類の受付処理を待つ間に、相原の仕事を邪魔しに来るのも…いつもの事。
「でも、僕は仕事中なのっ!」
    …で、南部が相原に追い出されるのも、これまたいつもの事。

    南部が退屈を嫌うのもご存知だが、他人に関わりたがるという事も良くご存知の相原だ。 ただ放り出しただけでは、また何度でも邪魔しに来る可能性がものすごく高い。
    だから追い払う前に、その後の約束をしておく。 後で構ってくれると約束されるから、大人しくそれを待っていてくれるという訳だ。
    …という事で、食堂。 昼食を一緒している2人である。
「…犬みたいだよね」
    散歩、まだ? ごはん、まだ?…と尻尾を振りながら、飼い主の動きを一生懸命目で追っているような。
「何が、です?」
南部がだよ…とは、言ってやりたいが黙っておく相原だ。

    混雑を避けて早めにやって来た相原と南部が、皿を空にした頃に。
「あ、南部さんが居る〜」
当たり前の時刻に昼休みに入ったサーシャがトレイを抱えて、そろそろ混雑してきたテーブルに2人を目敏く見付けて寄ってきた。
「そりゃ、居ますよ」
    出航の前ですからね…と南部の続ける言葉も聞いていないのか、その途中から全くお構い無しにサーシャは自分の言葉を重ねて被せて。
「ねえ、何で引っ越したの?」
    そうして、ことん…と南部の隣に遠慮無く腰を下ろした。
「…え?」
    間抜けた返答は、相原から。
「何で、逃げるのよっ!?」
問われた南部の方は…と言えば席を立とうとして、サーシャにあっさりと取っ捕まっていた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    逃走は、何かしら後ろめたい事があります…と自白してるようなもの。
「今朝の届けがどうして、もうお嬢さんまで聞こえてるんですよ〜」
「…あのねえ、南部さん? 人事課も『総務部』だって事、忘れてるでしょ?」
    サーシャの所属は、総務部総務課。 元が同じだからそれなりの行き来は有るし、知った顔も多い。 その中の誰かが、サーシャにわざわざご注進上がった…という事だ。
「出航まではバレないと思ってたのに、も〜っ」
「…って、だから何なんだよ?」
    溜息吐きながら…の南部の泣き言じみたセリフに、説明の先を促したのは相原だ。

    そもそも、南部が官舎に暮らすようになったのは、遊星爆弾が原因。
    最初の航海のすぐ後、復興の途中で住居は地下、職場は地上もしくは宇宙…という状況が生まれた。 軍だけでは無く、建設や交通といった業種でも。
    まだ、エネルギー事情の改善なり切っていない頃だ。 地上と地下の往復には時間も掛かったが、その時間よりもそれに消費するエネルギーを尚更勿体無く思うほどに。
    …どうせ、後々地上にも住居は必要となるのだし。 それで官舎や社宅、寮といった類の代物が比較的早く造られた訳だ。
    島などは、地上に家族が移ってくれば即、とっとと仮住まいを引き払ったのだが。
「だって、そうでしょ」
    引っ越しという作業そのものも、その後に付いてくる幾つものあちこちへの届出も。 その煩雑さが面倒で嫌だ…と結局、現在(いま)までそのままにしてきた南部である。
「…面倒って、お前な〜」
    太田が思いっきり呆れてくれたが、何処吹く風…で。

    逃げられては面白くないので、その腕をしっかり捕まえているサーシャだ。 おかげで、せっかく運んできたトレイの上は全く片付いていない。
    南部がとっとと説明なり釈明なりしてくれない事には、限られた昼休み、喰いっ逸(ぱぐ)れる可能性大である。
「え〜と…」
    南部が言い淀んでる図…というのも、かなり珍しい。 それも、問うてくる相手から視線まで外してしまって、少しばかり…困ったような。
    これは…相原やサーシャが、いつも見慣れている南部じゃない。 逆に言えば、それくらい明らかに普通じゃない…という事で、サーシャにこうもべったり張り付かれている訳だ。
「ね?何で?」
    これだけの繰り返しで、サーシャの休みも既に半分以上潰してしまった。 それより少しだけ早く入った相原に至っては、その休みもそろそろ終わりだ。
「ね〜っ、南部さんってば〜っ」
    相原が仕事に戻るのはどうでも良いが、自分が昼食食べ損ねるのは御免だ。 だから、さっきからは余計にしつこく繰り返しもして。
    言いたくなければ黙っていれば良い、どうしても教えなければならないという事は無い。
    だが、南部は根本的にサーシャに甘い。 通り一遍なお願いなら軽くいなす事も少なくないが、真剣に強くおねだりされてしまうと…どうも弱い。
「あ〜、も〜っ」
    そうして仕方無く、本当に仕方無さそうにぼそ…っと呟く。

    一瞬…の沈黙。

「え…南部さん、結婚したの〜っ!?」
    椅子を蹴り鳴らして立ち上がって、大音声。 隣に居た南部も、テーブル挟んで斜め前に居た相原も、サーシャの口を押さえるには全く間に合わなかった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…馬鹿だろう?お前」
    守が机に片肘突きながら、足下を見下ろす。
「も〜、何とでも言って下さいな」
その守が頬杖突いている机の陰に背を預けて、膝を抱え込むようにして、南部が床に座り込んでいた。
    勤務者を含めて司令本部に出入りする軍の人間は数多いし、司令本部もそれなりに大きくて広い建物だ。 紛れ込む場所も山程有ると言うのに、寄りによって参謀執務室をその逃げ込む先に選ぶ奴は…きっとあまり居ない。
「ってか、そこに居られると邪魔なんだがな」
「そうは言いますけど、ここが一番見付かりにくいでしょ」
    …まあ、それはそうだろう。
    何しろ、守の足下だ。 執務中の参謀の机の前まで来る奴は幾らでも居るだろうが、その机の向こう側を思いっきり覗き込むような、度胸と根性のある奴は滅多に居やしないだろう。

「どうだった?」
    南部が飛び込んできてからすぐ、守の命で出ていた晶子がようやく戻ってきた。
「表に随分いらっしゃいますから、そちらから出ない方が良いでしょうね」
机の前までやって来てから、そう報告する。 一応は守に対して…だが、実際はそこに座り込んでいる南部に向かって…だ。
「…だとよ」
    何が「表に随分」居るかと言えば、マスコミ陣。
「も〜、何処から聞こえてるんですよ、何処から〜」
    まだ大した肩書きも無い一介の軍人が、嫁を貰おうが嫁に行こうが何のニュースバリューも無いが、それが南部なら話は別だ。 軍に関わるニュースとしてでは無く、経済方面の事として。
「何処にも、口の軽い奴の1人や2人居るだろうさ」
    言い触らしちゃいないが、別に隠してもいる事でも無いから「南部が『何者』なのか」を知っている人間は軍内には少なくはない。 あの昼食時に混雑していた食堂の中にも、どれだけは居たという訳だ。
    そもそも、食堂に一般人の出入り制限は無い。
「幾らサーシャに突っ付かれたからって、場所くらい考えるべきだったな」
    …守の言う事は確かに正論だが、今からでは後の祭りだ。 それも南部が、いや…南部だけじゃないが、サーシャにちょっと甘い事をご存知の上で言ってくれるのだから、タチが悪い。
「それから、広報にも幾つか問い合わせが入っているようですよ?」
    いい加減ダメージ喰らって返事する気力無くしていた南部に、とどめ喰らわせたのは相原さんちの奥さまだった。

    また、ドアが開く。
「南部〜、書類貰ってきたよ」
    相原が「ここに南部が居る」と知っているのは、奥さまから耳打ちされていたから…である。 晶子はその後で、表を確かめてきて広報にも廻ってきたという事だ。
    あの後、騒がしくなった周囲に南部は逃げ出したし、相原は昼休みが終わるから持ち場に戻ったし…で、何処に逃げ込んだのかなあ…とは思っていたのだが。
「全部有ると思うけど」
「…どーも」
    やっぱり守の足下に座り込んだままで、だが受け取ったその枚数はしっかりチェック。
「でも、明日はどうする訳?」
    そんな南部に、相原が問う。
    南部の艇の出航は明後日、まだ明日にも書類の提出が少し残っている。 この様子では、明日も確実に騒がしいだろう。
「明日、休日(やすみ)なんだけど。僕」
「…どうしましょうねえ」
    もう、こいつが居座っている間は仕事は無理だな…と諦めた守が正論を呟いた。
「艇長が動けないんなら、副長だろうが」
    パトロール艇は艦艇の中では最小の部類だが、それでも複数人の乗務(の)る艇だ。 その長が居るなら副長、もしくは副長権限を持つ者も必ず居る訳だ。
「プライベートな事に、副長巻き込んでどうするんですよ」
「真田や島を見てきた、進の補佐してたお前がそれを言うのか?」
「…だから、言ってるんですが」
    南部が一つ、溜息を吐いた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    提出した書類も、受付処理されて戻ってきた。 もう良いだろう…と邪魔そうに守が追い払ってくれるのに、素直に追い立てられて立ち上がって…から。
「…って、俺。どうやって帰れって言うんですよ〜っ」
    まともに出て行ったら、取っ捕まる事を思い出した南部が泣き言を言う。
    この司令本部、防災上の問題として非常口の類は在るが、警備上の都合で通用口の類は無い建物である。 普通には、正面から出て行くしか無い。
「仮眠室有るんだし、泊まってけば?」
    ものすごくあっさり、とっても無責任に答えたのは相原だ。
「嫌ですよっ」
だが、南部の返答はそれ以上に、きっぱり。
    まあ…新婚早々、無意味に外泊したいと思う人間もあんまり居ないだろう。 黙っていても明後日には地上を離れなければならない…自宅(いえ)を空けなければならないのだから、尚更に。

「…ったく」
    椅子を軽く鳴らして、やれやれ…と守が席を立つ。
「おい、相原。 南部(こいつ)の車、科学局(となり)の正面に廻しとけ」
「はい?」
    いきなり名指して言われて、途惑った相原だったが。
「…って、無理ですよ」
「あ?」
しかし、ほぼ即答と言っていい返答に、今度は守の方が訊き返した。
「だって…持ち主が離れてるとエンジンどころか、ドアも開かないんですよ。 南部(こいつ)の車」
    改めての相原の回答は南部を指差しながら、そう。
    生体認証技術そのものは、全く目新しいものでは無い。 それが応用されたものは、身の周りにごろごろと転がっている。
「…面倒くさいセキュリティ付けてんじゃねえよ、お前」
だが、車に…となるとあまり聞かない。
「そういう文句は、南部(うち)の開発部に言って下さいな。 俺が、好きで付けてる訳じゃ無いんですから」
    面白がって、改造しまくりなんですよね…などという愚痴めいた南部の呟きは、この際無視しておく守だ。
「ほら…とっととついて来い」
まだ言葉の終わっていなかった南部の襟首捕まえて、自分こそとっとと廊下に向かう。

「ちょ…っと、待って下さいってばっ」
    大人しく引き摺られていくつもりは毛頭無いので、その手を振り払って南部は改めて守に向き直る。
「科学局(となり)って…」
「地下(した)で繋がってるんだよ、司令本部(ここ)と科学局(となり)は」
一旦、正面から出ないと辿り着けない…と続けたかった南部の言葉を途中で遮って、守は足下を指しながらそう言ってくれた。
「…はい?」
    至極当然の事のように守は言ってくれたが、司令本部と科学局は隣り合ってはいるがそれぞれ独立した建物…のはずだ。 噂にもそんな話など聞いた事は無い。
「当たり前だ、一応『機密』だからな。 たかだかパトロール艇艇長に知られてるようじゃ、問題アリだ」
それをそのまま問えば、返答もまたあっさりと。
「…って、何でまたそういう構造になってるんです?」
「実際喰らってみるまで『地上戦の可能性忘れてた』連中が、今後の為に『逃げ道確保した』…ってところだな」
    実際喰らってみるまで…という事は、いつかの…地上が占領下にあった時の事だろう。 つまり、意外に最近出来上がった構造だ…という事だ。
「だから、参謀とか司令長官って肩書き戴くまでは忘れとくよーに」
「別に…欲しくないんですけど。 そーいう肩書き」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    …さて。
    守が南部を引き摺って出て行ったので、執務室に残されてしまったのは相原さんちのご夫婦だ。
「そう言えば、仮眠室使ったんでしたわねえ。 義一さんは」
「…そんな事、思い出さなくて良いです」
    つくづく…と、相原が溜息を吐く。 誰が、誰と結婚しようと、放っといてくれないかな…と、南部の今とちょっと前の自分とを較べて、思い出して。

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Last Update:20070826
Tatsuki Mima