風邪:02

NovelTop | 第三艦橋Top

    ぐだぐだ、ぎゃあぎゃあ…ともっともらしい言い訳を長々まくし立てた古代だったが、その相手が島だった…という事が間違いだった。
「煩(うるさ)い、古代」
    そんな言葉に一蹴…これがまた、本当に一蹴。
「怪我や病気に関して、お前に信用は無いっ」
    痛え…っと思わず向こう脛押さえた古代を島は遠慮無く引き摺って、とっととエレベーターの扉の向こうに消えてしまった。

    それを見送った後で。
「…ま、仕方無いよね」
たまたま傍に立っていた…という理由で、島から体温計を受け取った相原が呟いた。
「ホントに信用無いから、古代さんの場合」
「…何で、この体温(ねつ)で仕事しようとしますかねえ。 あの人は」
    相原の横から体温計の表示を読んだ南部も、素直な感想を述べた。
「体調悪くても動こうとするのって、戦闘士官の伝統な訳?」
「まっ、失礼な。 俺がいつ、そんな無茶しました?」
「無理矢理『退院』した事あるじゃない、南部も」
「あれは…退屈だったんですよ、病室で寝てるだけなのが」
    それを無理とか無茶とか言わずに、何て言うんだよ。 そう思ったが口にはしないで、その代わりに思いっきり息を吐いた相原だ。

    体温計の表示は、39度8分。
    普通の人間なら、思考も鈍ってどうせ仕事にならないだろうし、身体のだるさに布団被っておとなしく寝ているところだ。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    医務室に「入院」するのは真っ平御免…とごねた甲斐有って、それは辛うじて避けられたが。 その代わりに、艦長室への「軟禁」を喰らった古代である。
「島〜っっ!」
    毎度毎度、無駄に元気な病人…もしくは怪我人だ。
「閉鎖空間に、風邪を撒き散らす気か?」
    しかし、そんな古代にはさっぱり慣れてしまっている島だ。
    おとなしく寝ようとしないで、がば…っと半身起こしたところに手の甲。 裏拳を額に喰らった形になって古代は、その反動で後ろに倒れた…というか、元通り寝た…というか。
「だけど…っ」
    流石に今度は、転がったままでの何か…言い訳。
「『艦長』不在時の為に、副長が居るんだと思ってたが?」
しかし、島の正論。 正論過ぎて、言葉の接ぎ穂を見失う古代だ。
「戦闘が有っても、南部も加藤も居るんだからな?」
    そして、駄目押し。

「どうです?」
「知らん」
    島と、その戻ってきたに気付いた南部のやり取り。 もっとも島の方は、話し掛けてきた南部に一瞥くれただけでその前を素通り…だったが。
    うわ〜、怒ってるな〜…と南部と、それを横から見ていた相原が同時に思った。
    そんな島の様子で、職務がどう…と古代がどれだけ必死な言い訳を繰り返したのか。 ついでに現在(いま)、医務室と艦長室のどちらに居るのか…も悟ってしまった。
「え〜と…医務室には一応、行ったんですよね?」
「当たり前だ」
    恐る恐ると切り出した相原にも、やっぱりそんな返答。 自席に戻ったそのまま、振り返りもしないで。
「…なら、明日にはも少し熱も下がりますよね。 おとなしくしててくれれば」
「ホントにおとなしくしててくれるなら、な」
    最前も島が言ったが、怪我と病気の養生については全く信用の無い古代である。
「…艦長室(へや)の前に歩哨立てときますよ。 逃げられると面倒ですから」
「任せる」
    軍に「艦長」と呼ばれる人間が、どれだけ居るやら知らないが。 その身辺警護の為では無く、逃走防止の意味で歩哨付けられる艦長職も珍しいだろう。

「…って事で、俺が来てみました」
「帰れっ」
    入口脇に背中預けて、にっこり笑ってそんなセリフを抜かした南部に、反射的にそう返した古代の気持ちも良く分かるが。 それも、信用の無い自身の自業自得である。
    但し、さっきの島とのやり取りで懲りたばかりなので、枕に頭は付けたままで…だ。
「言われなくても、すぐ戻りますよ。 上官(うえ)が病臥(ね)ちゃってるもんですから、お仕事増えましたし」
「…だったら、尚更帰れっ」
    南部の頭の中に、これも一応「古代の見舞い」になる…という認識はさっぱり無いらしい。 病人の血圧を、無駄に上げているだけだ。
「駄目です。 加藤が、歩哨をここに寄越すまでの繋ぎですから。 俺」
    島にはああ言ったが、員数に元々大した余裕の無い砲術だ。 いざとなれば実力行使も…と考えるなら戦闘士官を付けたいのは山々だが、自分の部下を廻す訳には…なかなか。
    従って、もう少し員数に余裕の有る艦載機隊の方から…と頼んだという訳だ。
「歩哨、だぁ?」
「何があっても、絶っ対、艦長室(ここ)でおとなしくしてます…って誓ってくれるなら、帰しますけど?」
    南部にあっさり切り返されて、ぐ…っと古代が黙り込む。
「…そのうち、抜け出すつもりだったんですね?」
「煩いっ!」
「ほ〜ら、騒ぐと熱上がりますよ?」
「誰の所為だっ、誰のっ!?」

    加藤に言われて、やっては来たが。
「出ようとしたら遠慮無くぶん殴って、ベッドに蹴り戻しとくよーに」
…と、南部に言われてしまって。
「え…って、艦長ですよっ?」
「今は、ただの『脱走癖のある病人』ですよ」
    どうしよう…と思いっきり狼狽(うろた)えた、艦載機隊の新人であった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    おとなしくしていられない…と決め付けられているのが癪に障るので、意地でも起きないぞ…と黙って寝転がっていた。
    …寝転がっていたが、こちらからアクション起こさない限り「何も起こらない」のが艦長室である。
    窓の外は、変わらぬ星の海。 臥していると分かっているから、それに応えるにベッドから降りる必要の有る内線は鳴ってくれない。 歩哨はドアの外だから、話し相手も居ない。
「ああ…もうっ、関節痛てえっ!」
    退屈さに、独り言。
「頭痛い、だるい、息苦しいっ」
…自分の病状を並べ立てていく独り言も、かなり珍しい。
    まあ…痛いだの何だのと言っているが、そんなにひどい訳でも無い。
    島に医務室まで引き摺られなければ、ここでこうやって寝ているつもりも無く、未だに普通に仕事していたつもりの古代だ。
    なまじおとなしく寝ているから気付けただけで、動いていればきっと気にも留めていない。
「…退屈だよな〜。 も〜、寝ちまおうかな〜」

    そんな事を愚痴つつ、しかし艦内の様子が気になって気になって眠ろうに眠れない、無駄に真面目な艦長だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    今回の航海の目的は、移住可能な惑星を探し出す事。 今までとは違って、不穏な気配はあるもののはっきりとした敵の存在がある訳でも無く、戦闘が立て続く訳でも無い。
    従って、ここまでのところ。 戦闘の規模はともかく、その頻度はそれほど多くも無かった。
    なので、補修以外の目的でさっぱり第一艦橋に居付かない真田である。 その殆どを工作室の方に居るので、探し廻る手間は要らないのが有難い限りだったが。
「何だ…古代らしいな」
    それはそれで、ものすごく素直な感想だったが。 この場合、極めて無責任。 ひどく能天気なセリフだとも言えるだろう。
「確かに、ものすごく古代らしいですけどね」
    そんな真田の返答に、島が思いっきり溜息を吐いた。
「風邪で3日寝込まれる方が、後から肺炎で1週間寝込まれるよりマシだ…って事にどうして気付かないんでしょうね。 あいつは…」
「肺炎になる前にそれに気付くようなら、古代じゃないだろう?」
    真田の返答に、思わずうーん…と考え込んでしまった島である。

    どうせおとなしくしていないだろう…と誰もが即座に思ってしまうくらい、病気や怪我での古代の無理は本当にいつもの事だ。
    毎回毎回ベッドから抜け出しては、雪や島、南部に取っ捕まっては連れ戻されて。 ぐちぐち…と小言を言われて挙句、体調もそれまでより悪化させたりもしているのに、さっぱり懲りる様子は無い。
    まあ…戦闘という状況が、古代をおとなしく寝てなどいられないと思わせてしまうのだろうし。 こちら側としても、その体調を心配していながら古代の戦闘指揮の有る事にほっと安堵していたりするのだから、どっちもどっちだ。
    いや…だからこそ、戦闘の無い現在(いま)くらいはおとなしく寝ていてくれ…と思うのだが。
「何の為に、真田さんや南部が居ると思ってるんでしょうね?」
    自分の名を省いて、島がぼそ…っと呟く。
「誰が、どれだけ居ても一緒だろう。 アテにしないなら、な」
    信用していないからアテにしていないのでは無く、戦闘班長だとか艦長だという肩書きの自分から動かなければ…と思い込んでいるからこそ、他人に頼る事をすっかり忘れる。
    体調の悪い時も、それを無視して。
「…馬鹿、ですよねえ」
「血統じゃ無いのか?」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    歩哨の件は南部の言い出して加藤と打ち合わせた事で、ずっと医務室や厨房の方に居た雪には全く与(あずか)り知らぬ事。
    なので、ドアの外に緊張した表情(かお)をして立っていた人影に驚かされた雪だ。
「俺が、逃げないように…だと」
    それをそのまま驚いたわ…と口にすれば、病人はぶす…っと膨(むく)れながらベッドの上からそう答える。
「ああ…そうね」
大いに心当たりの有る看護師にあっさりと納得されてしまって、一層むす…っとしてみせる古代だった。

「…あんまり、下がってないわね」
    古代から返された体温計の表示を確認して、雪が一言。
「本当に、歩き廻ったりしてないんでしょうね?」
「してないっ」
    看護師の顔を少しばかり険しくして…の雪の言葉に、古代はやっぱり不機嫌そうに強く返した。
    …ったく、どうして誰も彼も俺が「動き廻る」前提で、ものを言うんだよ。 自身の過去の行いをすっかり棚に上げて、ぶつぶつ…とそう思う古代である。
「艦長室(ここ)に戻ってきてから、俺はずっと寝てるんだよっ」
    一度起き上がろうとはしたが、島に裏拳喰らった事は黙っておく。 結果的にずっと寝転がっている事には間違い無いので、嘘は言っていない。
「あら…病人らしい、良い心掛けね」
    雪が、くすくす…と苦笑(わら)う。
    古代が何を言わなくとも、医務室に引き摺ってきたのも医務室から引き摺っていったのも島だ…と見て知っている。 きっと島に何か言われたんだろう…と、想像するに難くなかったし。 どういう理由でもそれを素直に守っているらしく、おとなしく布団被っている古代は雪には可愛らしくも映る。
「でも、眠ってないんでしょ?」
「当たり前だろ」
    やっぱり面白く無さそうな顔を見せながら、時計表示を指差す。
    昼にもならないうちに島に、医務室経由で艦長室(ここ)に放り込まれて、ようやく夕方…と言える時刻になったところだ。 普段なら…仕事をしていれば、とてもじゃないが寝ていられるような時刻じゃない。
「…仕事、してないじゃない」
    だが、古代だって人間。 普段の休暇には二度寝だってするし、昼寝だってしなくは無い。 この時間だから「必ず眠っていない」という訳ではないのだ。
    してないんじゃなくて、させてもらえないんだよっ。
    それくらいの反論はしようか…とも思った古代だが、相手がそんな普段の様子を良く知っている雪だったから黙っておいた。
「してない…けど、航海(しごと)中だろ」
    代わりに、だから寝てる訳にいかないんだよ…という意味で、そう返しておいた。

    まあ…確かに、ね。 と、雪は軽く息を吐いた。
    艦長(トップ)の体調不良が、乗員にどれだけ不安を与えるか…は身をもって知っているのだから、横臥仕方無いならせめて起きていよう…と考える気持ちは分からないでも無い。
    その点、ものすごく「古代らしい」とも思わなくも無い。
「どうせ、艦長室(ここ)まで入ってくる人なんて決まってるのに」
    その体調の如何に関わらず、艦長に直接対面するべき用件の有る者など限られている。 副長である真田と島、それと南部が率としては一番だろう。 現在(いま)は病臥している訳だから、その上に佐渡と雪も加わる訳だが。
    それならば、最初の航海から見知った顔だ。 今更、古代に対して何の遠慮も無いし、古代の方でも遠慮は無いはずだ。
「島君や真田さん相手に、格好付けてどうするのよ?」
    それも正論、その通り…のはずだが。
「…放っといてくれ」
そんな雪の呆れたセリフにも、素直に頷けない古代である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    艦長不在だが、いつもと何ら変わりない第一艦橋である。
「…って言うより、古代さんが居ないだけだもんな」
    ぼそ…っと呟いたのは、太田だ。
    そう。 平時なら古代が第一艦橋(ここ)に居ないのも、普通にある事だ。 食事に出ていたり、格納庫の方に降りていたり…と。
    別に、古代だけじゃない。 言った太田だって、第二艦橋に降りている事も多いし。 真田と山崎、雪はむしろ第一艦橋(ここ)に居ない方が普通だ。
    …現に、その3人。 今もやはり、揃って不在。
「南部が一番、ここに居るんじゃないの?」
「え〜? 俺より、相原君でしょ?」
「…どっちでも良いって」
    自分の呟きから左舷側で始まった漫才に、突っ込みを入れておく事も忘れない太田である。

「ま。 戦闘になれば、ホントに『いつも通り』になりますって」
    この場合の「いつも通り」とは、古代が自席に着いている状態…という意味だ。
    非常時に古代が降りてきたら、島も口では大いに文句言うだろうだが実力行使に出る余裕は無い。 戦闘の片の着くまでに、古代を艦長室に追い返せるのは…きっと佐渡だけだ。
「…って、見張り付けた意味無いだろ。 それじゃ」
「新人に、古代さんをベッドに押し戻す根性が有るだなんて、最初っから思ってませんよ」
    まあ…そうだろうなあ、と思ったのが半分。 なら、意味が無いだろう…と思ったのが、もう半分。
    思った事は全く同じだったが、相原が前者を言い、大田が後者を口にして。 2人ともに残りの半分は相手が言ってくれたので、内心での同意に留めておいた。
「そうでも無いでしょ。 だって、今まで古代さんが降りてきてませんもん」
    島に論破されて黙り込み、その上で南部に突付かれたので「絶っ対、おとなしく寝ててやるっ」と意地張ってベッドの上に転がっているだけだろう…とは、簡単に想像が付く。

    それが、正しく「養生」になっているかどうか…は、甚(はなは)だ疑問だが。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    医務室に引き摺られていくまでは普通に仕事していたのだから、昼は普通に空腹感じて綺麗さっぱり平らげたが。 それから後は、ただひたすら寝転がっていただけだ。
    動いていないのだから当然、ろくに空腹は覚えていない。 そう食べたいとも思わないが、かと言って「見張り」はそこに居るし残すのも勿体無いし…と、箸先にぐずぐずと料理を突付き壊している古代である。
「…食べないの?」
    その見張りに問われて、いや…と何か言い訳してみようとはしたが。 結局…思い付かなくて、その辺りの事を素直に答えてみた。
「…だと思って、ちゃんとカロリー控えてあります」
    だから、全部残さず食べて下さいね…と、雪が看護師の顔をしてにっこりと。 しかし、きっぱり。
「熱が出てるって事は免疫機能が働いてるって事で、結構体力は使ってるのよ?」
    道理で、病人食と言うほどはっきりした差では無いが、雪のとメニューが違ってる訳だ…と納得。
「どうせ減らすんなら、量も減らしてくれれば良いのに…」
しかし、ぼそぼそ…と口の内で文句も言う。
    だが、近い距離にしっかりと聞こえていたらしい。
「量を減らすと、夜中にお腹空くわよ。 絶対」
    食べ始めたのは古代の箸を付けるを見てからだったが、途中休まず食べ続けた雪は「ごちそうさまでした」と、先に食事を終えた。

    食欲とは関わり無く胃にものを入れる…という点で、ほぼヤケ喰いと同じ。 とにかくかき込んだだけなので、味についての感想は無い。
    なので、味はどうだったか…と雪に訊かれなくてほっとしていた。
「はい」
    その代わりに…なのかトレイを片付けるや否や、目の前に薬を差し出されて…ちょっと苦笑(わら)う。
「何?」
「いや…何でも無いって」
    さっきもそうだっだが、今ここに居るのは「看護師」なんだな…と思っただけだ。 地上に、自分の官舎(へや)に来ては、せっせと掃除してくれたりいそいそと食事をしてくれたりする、自分の「婚約者」では無く。
    他に誰も居ない室内(へや)に2人きり、久し振りにものすごくのんびりとした食事に、ちょっとした錯覚をしていたんだろう。 きっと。
    移住する事など考えなくても良い平穏な地上に、数週間に1度の休暇のようだ…と。
「もう…っ、何なのよ?」
    いつまでもくすくす…と笑っている古代に、雪がちょっと怒っているかのように問い質す。 その間もその手のひらの上に薬の乗せられているのを見て、思い出したように指先に拾い上げた。
    もう一方の手から水も受け取って、ぽい…と口に放り込む。
「…退屈してただけだよ」
「え…?」
    飲み終わったコップを古代から突き返されて、それを受け取りながら雪がまた問い返す。
「退屈で、さあ。 だから…有難う」

    ただ食事だけを運んできて、時間を見計らって空いた食器を下げれば済むところを、わざわざこの艦長室(へや)に付き合ってくれて。
    優しい錯覚をも見せてくれて。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「駄目だ」
    医者よりも看護師よりも先に、即断下す副長もどうしたものだか。
「何でだよっ!?」
    そして、翌日になっても相変わらず無駄に元気な病人である。
「ちゃんと、体温(ねつ)下がってるだろうがっ」
「37度は、平熱とは言わない」
    体温計を証拠として突き付けた古代だったが、体温計を目の前に突き付けられたからこそ表示をしっかり見て取れた島が、その起こした半身を叩き倒した。
「1日の我慢でここまで下げられたんなら、あと半日や1日くらいおとなしく寝てられないのか?」
    …それが出来なかったら、古代なのだが。

「まあ…わしゃ、どっちでもええがのう」
    艦長室(ここ)まで往診に来た艦医は、呆れて早々の帰り支度を始めていた。

<< 01 | Nothing

| <前頁
Last Update:20080104
Tatsuki Mima