Valentine day:05

NovelTop | 第三艦橋Top

    仕事は終わった、さあ帰宅(かえ)ろう…という人の流れの中に、ぽつん…と1人。
    探している人を見逃したりしないように…と時々爪先立ってはきょろきょろと、目の前を過ぎていく人たちを見送っていく。

「相原さん…っ」
    背の高い人で良かった…と素直に思いながら、今まで以上の爪先立ち。 片手を挙げて、自分のここに居るのを精一杯に知らせた晶子だ。
    名を呼ばれれば、流石に気付く。 声に気付けば、この混雑にも他の人たちよりも随分と周りの見渡しやすい身長だ。 すぐに、人波に溺れて沈みそうな晶子の姿を見て取った。
    同じ人波を泳ぎ渡るように、誰かの隙間を縫って。 少しでも早く。
「…って、どうしたんです?」
    いきなり立ち止まった背中に誰かが突き当たってしまって、ち…っと舌打ち。 それを後ろに聞きながら、この流れから外れようと晶子の肩を手のひらに促しながら、相原が問うた。
    夕方のこの時間、相原の仕事の終わって帰宅するのはいつも通りでも、参謀職の秘書をしている晶子のいつも…では無い。
「今日は休み、でしたよね?」
    それを知っていたから、さっき相原も少しばかり驚いていた訳だ。 休日をわざわざ司令本部(ここ)まで出てきて、自分をまたわざわざ待っていたなんて何事か…と。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    好きだ…と聞かされれば、悪い気はしない。 ああ、あの人が…とこちらもほんの少しの好意を抱いていた相手であれば、尚更の事。
    だが、それも純粋な「好意」。
    わずかに対面して会話を交わしただけ。 何処かですれ違ったのとあまり変わらないほど、お互いに何も知らない同士。 何も分からないから、恋情の抱くまでには。
    私の何処が、それほどまでに気に入られたのか。
「藤堂晶子、です」
    …そう言えば、あの時には名乗らなかった。 お互いに。

    何だか…変な感じがする。
    ずっと、繰り返して話に聞いていたヤマトの艦内(なか)に、今は居て。 名前だけは随分と以前(まえ)から知っていた人を、改めて目の前にしているなんて。
    お互いに、ぽつりぽつり…とちょっとした事を問うてはそれに答える。 さっきからずっと、その繰り返し。 その一往復が、一度の会話。 会話が弾まないどころか、長く続く事さえ無い。

    …どうして? 貴方は、私を好きだと言ってくれたのでは無いの?
    嫌っているでも、憎み合っているでも無い同士。 もう少し…たくさん、色んな話したいような事が有るのではないの?

「…え?」
    吹雪く中、空耳かとも思いながら振り返った。
    私は今、この艦から離れようとしている。 この艦は…貴方は明日には出航する。 これで、最後。 この後また逢う事の出来るのは、航海の終わった後。 きっと…随分と先の事。
「…いえ、お元気で…さようなら」
    何か言いたそうに見えた数秒、そうしてやっと出てきた言葉はそれだけだった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    今思えば、どうしてそんな事を言ったのだろう?
「私を、お祖父さまの秘書にして下さらない?」
    部外者だったながら、最初からの経緯を良く分かっていた方だろう。 一頃騒がれた「太陽観光船の事故」が事故では無いと、祖父との会話から知っていたのだから。
    しかし、自分には秘書の経験など無い。 それどころか…正直、働いたという経験さえも。 だから、秘書がやれます…と胸張って言えた訳でも無かった。
    ただ、これから大変だろうと思った。 それこそ、猫の手よりは役に立つだろう…とその程度。 ただ、それだけのつもりだった。
    だから。
「…ま、嫌なお祖父さま」
そこに、あの人の名前を出されて驚いた。 そんな事など考えていた…つもりは、全く無かったから。

    …でも、そうだわ。
    今までのようにお祖父さまの話に聞かされるのでは無く、直接ヤマトの様子が知れるんだわ。

    しかし、そうと気付いて一人で頬を熱くする。
    どうして?
    そう聞かされただけ、私には直接何を告白(い)ってくれたでも無い人だと言うのに。 私は…本当に、自分の気持ちが分かっていないのに。
    これは、多分…恋情じゃない。 きっと…まだ、単なる好意でしかない、はず。

    …でも。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    本当なら、私はついて来るべきではなかったのかも知れない。
    秘書とは言っても、ついこの間から始めたばかり。 少しは仕事も憶えて、もう足手まといでは無いかも知れないが、まだまだ役立つものだとも思えないのだから。
    祖父に…長官に、そうと命ぜられたという事もある。
「もう…っ、お祖父さまっ」
    きっと私は、この面にひどく朱を刷いていたに違いない。 あの人が戻ってくるのだから…と訳知り顔に諭されるように、同道を命ぜられて。
    私と、あの人は。 いや…あちらはどうだか分からないけれども、私の中では…まだ。
    好きか嫌いか…と問われれば、きっと躊躇(ためら)う事無く「好き」だと答えるだろう。 でも、これはまだ…きっと恋情じゃない。
    だって…私は、この離れた距離をそれほど、心裂かれそうなほどまでには辛く感じていないから。
「そんなんじゃ有りませんっ」
    言葉に強く否定しながら、それでも笑う祖父の顔を見ていて。 今、こんな事を言っている私は、他からはどう映って見えているのだろう…と気になった。

    定時連絡の度に、繰り返し繰り返し聞いた声と、画面越しに逢ってきた顔で。
「古代艦長が、気を利かせてくれたんですよ」
太陽制御そのものに、何の役にも立たないんですけどね…と自嘲気味にも苦笑した後から、そう言った。
    つられたように、自分も笑ってみせながら。 どうして皆、私たちの事を既定の事のように考えているんだろう…とも思っていた。
    …そう言えば、これが初めての「2人きり」。
    空港で初めて出逢ったの時のように、誰かが通り過ぎていくでも無く。 出航前のあの時のように、周囲の賑やかさも無く。
    薄明るい土星光の差し込むだけの、この展望室(へや)に。
「太陽制御が成功すれば、ヤマトはすぐガルマンから帰って来る予定です」
「成功するわ、きっと」
    事務的な内容の会話が、とても気楽だった。 余計な事を、あまり考えなくても済むから。
「…美しい地球が、滅びるはずがないわ」
    気付いたら、地下に暮らしていた。 それまで当たり前のように見ていたはずなのに、幼かった私には蒼い空…の印象は何も無かった。 そうして、息を潜めるようにしてきた数年間。
    そこで、私は「初めて」空がこんなに蒼くて眩しいものだと知った。
「また…季節が、規則正しく廻って来るようになって」
    季節の移り変わりを知った。 地に花を見て、夜空に星を眺めた。 地上とは…何と極彩色で、輝かしいものだと思った。
「皆、将来の夢を語るようになるわ」
    生きていく事だけに必死だった、地下都市。 少しものの分かるようになった子供でさえ、死というものを確かに認識していた。
    望むは、無駄だ…と思っていた。
「…私たちも」
    しかし、それを全てひっくり返して。 そんな私たちに、また地上をくれたのは…一隻の艦だった。

    降り仰いだら、目が合った。 つい…見下ろしてくる瞳にじっと見入ってしまって、視線を外す事も、言葉を継ぐ事も忘れてしまっていた。
「…そうですね」
    そんな静寂を破ったのは、呟くような言葉だった。
「そうだと良いですよね」
紙に書かれたを読み上げたように抑揚の無い言葉と、仕方無くようやく作ったような笑顔と。
「そう…です。きっと」
    私は、そう言い切った。 理由も、根拠も無い。 けれども、確信だけはあった。
    だって…あの時、地上を返してくれた艦が在るのだから。 その艦に乗務(の)っていた人も、こうやって目の前に在(い)るのだから。

    シンデレラは、0時の鐘の音に慌てて帰った。 私たちの初めての2人きりは、作戦行動開始を告げる声に打ち切られた。
「それじゃ…」
    …ちょっと、待って。 貴方はまた何も私に言わないで、またいつかのようにこの一時の別れだけを口にしてお終いにしてしまうの?
    もう…いい加減にして。
「…貴方のお帰りをお待ちしてます」
    何処に…誰にぶつけて良いのか分からない曖昧な苛立たしさが口を突いて、そんな言葉になって出た。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「お帰りなさい、相原さん」
    また私は私個人としてでは無く、祖父の秘書としてこの場に居た。
    もっとも、任務を果たして戻ってきた艦とその乗員を出迎える役は祖父に全て預けてしまって。 気持ちだけは、たった1人だけに逢いたくて、ただそれだけで。
    今度は誰に言われるより早く、私も行きます…と同行を願い出て。
「あ…はい、済みません」
    途惑ったように、何を謝るのか…と首を傾(かし)げていれば。 遅くなりました…と、あの時太陽制御の上手くいかなくて、ここまで時間の掛かってしまった事らしかった。
    …聞きたいのは、そんな言葉では無い。 でも、聞きたかった声が嬉しい。
「そうですね。 随分、待たされましたわ」
    ちょっときつい口調で、しかし…笑顔で。
「…そろそろ、言って下さる言葉が有るんじゃありません?」

    そしてその笑顔のまま、もう少し言葉を続けてみた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「晶子さん?」
    玄関脇、人の流れの岸辺。 いつかのように、身長差を見上げてしまっている晶子と、それを見下ろしてくる相原と。 少しだけ、そのままで。
「あ、あの…今日のうちに相原さんに渡しておかないと、と思って…」
    そう言えば…結局、ちゃんと言ってもらってないんだわ。
    はあ…と吐く溜息(いき)を誤魔化すように晶子は少しだけ俯いて、その手に提げてきた小さな紙袋の口を開いた。
    2月のこの頃で、このちょっと手の込んだラッピングで、何だか知れる。
「…って、今日14日でしたっけ?」
    素直にその礼を言ったところで、カレンダー通りで無い勤務に日付と曜日の感覚の希薄になっている相原が、ふ…と思い出してつい確認してみる。
「いいえ?」
    晶子のその返答は、あっさりと。
「でも、明日はきっと渡せないでしょうから」
「…はい?」
「あら…まだ、聞いていません? 今度、新しく通信中継基地が建設(つく)られましたでしょう?」
    現在、地上は再び建設ラッシュだ。 正確には、ほんの少し前までの異常な高温に晒されて傷んだものの建て直しだが、軍でも既に幾つもの施設を造り直している。
「え? ああ…はい」
    どうして話がそんな方向に飛ぶのか良く分からないながら、取り敢えず訊かれた事には答えておく。
「それで…その視察に、相原さんを遣るそうなので」
「…って」

    視察なんて事は当然、それなりの肩書きの付いている人間の仕事だが。
「そんな面倒い事、やってられるか」
…と、守が放り出した…というのが、正解。
「通信施設、ですものねえ。 参謀も、相原さんを選びますわよね」
「僕…何の肩書きの無い、ただの通信技官なんですけど〜っ?」
    晶子の頬に手を当てて呟くは、あくまでものんびり暢気に。 相原だけが焦ってじたばたしているのも、端から見てれば痴話喧嘩の類にしか見えなかった。

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Last Update:20080117
Tatsuki Mima