Valentine day:04

NovelTop | 第三艦橋Top

    航海の終わりに、また地球を目の前にして。 着陸も間も無く、その為の地上管制とのやり取りが一通り終わって。
「そっちでも、結構上手いじゃない?」
くすくす…と、女性管制官から無駄話。
    ついさっきまでやり取りしていた担当管制官は男性だったから、雑談の為だけに通信に紛れ込んできた…という事だ。
「…って、こっちが本職だって。俺は」
「知らないわよ、そんな事。 今まで、見た事無いんだから」
    決して広くも無い艦橋に、会話はほぼ筒抜け。
    過去も現在も色っぽい沙汰の有った相手でも無いし、全く知れて困るような会話じゃないが、それでも明らかな「女性との個人的な」会話だ。 同じ艦橋の中に居る連中の視線が、痛い…というか面映(おもはゆ)い。
「下艦(お)りたら、管制(こっち)の控え室に来なさいよ。 渡すもの、有るから」
    早々に切り上げたい…という気持ちの知れたように、そんな言葉であちらから会話が切れた。

    約束は、約束。 言われた通りに、管制官の控え室に律儀に寄っていく。
「はい、これ」
    直接顔を合わせるのは、随分と久し振り。 しかし、その挨拶なんてそこそこに。 押し付けられるように手渡されたのは、ちょっと可愛らしい感じの紙袋。
    封じられてもいない口から覗けているのは、これまたちょっと可愛らしい包装の小さな箱が、2つか3つ。
「ちょっと早いけどね。 当日に、宙港(ここ)まで来い…って言われたくないでしょ?」
    来月、期待してるわよ…と笑いながらさらりと言われて。 そう言や、2月だったっけ…などとようやく思い出す太田である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    姉の弟への突っ込みは、身近な分だけ徹底的で容赦無い。
「これだけ貰ってくるのに毎年毎年、何で『彼女』からのが無いのよ?」
「放っとけっ」
    生まれたその時から見知っているだけに、弟にそういった浮いた話の無い事、無かった事は嫌と言うほど知れているからだ。 今までに幾度かの長期の航海の間に、誰かに惚れて、振られて、終わっていればその場合は別だが。
「有難く食すように」
「…はいはい」
    ふざけ半分だが仰々しく手渡してくる、やはり最低限のそれらしい包装紙の箱を、どうでも良さそうに受け取る。
    味だけはまあ…保証されているが、だからと言ってそれが嬉しくも無い。
「来月は、そうねえ…靴で良いわ」
「リクエストするな〜っ!」
…こういうおまけが付いてくるから、である。

    大田にとってこの2月のイベントというのは、ちょっとした食欲の満足と引き換えに、翌月のお返しに頭悩ませて、財布に痛いだけのものでしか無い。 だから、戴ける人数の多いのは…はっきり言って有難くない。
    だが、その実際は。
    母親と姉と妹と…は、いっそ子供の頃から仕方無く。 訓練学校以前なら同級生からも、現在は同僚とか、雪や晶子…といった友人たちの奥さま方まで。 最近だと絵梨のような、同じく友人たちのお子様からも。
    俺は元々、管制官じゃない…と言い続けて、数年。 去年からようやく航海勤務に戻ったその今年は、管制の元同僚からのものは無くなるか…と思ったのに、このザマだ。
    むしろ、同じ艦の女性乗員からのものが追加されて、増えてしまったくらいで。
「義理とは言え、あんたにくれてやるなんて…物好きが多いわ」
「ひーちゃん。 それって自分の遺伝子否定する事になるから、言わない方が良いと思う」
    両親が同じなのだから、それもまあ…その通りだ。
「そうじゃなくて、健ちゃんの廻りに義理堅い人が多いだけでしょ」
「…嬉しくない」
    一美と三希のやり取りの最後に、太田がぼそ…っと呟いた。
    姉だけじゃなく、この妹からも既に一箱戴いて。 その際当然のように、来月に欲しい物をきっちりと指定してリクエストされていた。
    一応、貰った当人は太田のはずなのだが。 それぞれが渡した以外の物は、何故かその姉妹の胃にも収まるのが、これまた例年。
「あ、これ可愛い」
「…何で、貰った俺より先に喰う?」
    正しい所有者で在る兄に了解なんて取る事無く、とっとと開封してしまう三希への至極真っ当な太田の問いなんて「毒見」という一言に、一刀両断。
「そうねえ。 男はあんただけなんだし、何か有ったら拙いわね」
「兄思いの妹だわ、私って」
    いつの間にか一美も交ざって、そんな言い訳が堂々とまかり通る、このご家庭である。

    小学生、下手したら中学生の頃までは、明らかに男児より女児の方が成長が早い。 身長も体重も、筋力…つまりは腕力も。 そうして、総じて女性の方が…口も達者だ。 それに年齢差が加われば、その差はそれ以上。
    きっと、その所為だ…と思っているのだが。 気付いた時には、もうすっかりと4つ年上の一美が苦手だ…と刷り込まれていた太田である。
    それが結果的に、妹の三希にまで勝てない…という現在を招いている。
「喰われたくなかったら、彼女からの『愛情こもった奴』貰ってくれば?」
「あ、そうね。 流石にそれは、食べにくいよね〜」
「…お前ら、な〜っ」
    同じ家の中に長年、家族として暮らしていて。 姉妹に太田の恋愛事情の知れるなら、その逆もまた然(しか)り。
「その『愛情こもった奴』を渡す相手の居ない奴に、あれこれ言われたくないっ」
    太田の方でも、姉妹の恋愛事情はおおよそ知れてしまう訳で。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    他人と付き合うのは苦手じゃない、嫌いでもない。
    子供の頃から、それなりの喧嘩や仲違いは有っても、修復不可能なほどの諍いを起こした事も無かったし。 今だって、同僚たちと反目なんてしていないからこそ、この…うんざりする数の戴き物だ。
    そういう太田が唯一と言っていいくらい、苦手なのが一美と三希の2人だ。
    姉妹が苦手だと感じているから、この2人に同調、結託されるのは苦手…を通り越して怖いくらいだ。だから、2人が揃っているとそこが自宅でも、思いっきり居心地が悪い。
    …という事で。 一美と三希が居間に居座っていると、なるべく早々に退散する事にしている太田だった。
「健ちゃんも、さあ。 ホントに、全っ然気付かないよねえ」
    そう言って三希は、もう一つ摘(つま)み上げて口の中に放り込んだ。
    当然…だが、太田は居間から自室に逃げ込んだ後。 戴いてきた箱や包みを、開いたも開いていないも全くその場に残していったままで。
「まあ…気付くようじゃ、健ちゃんじゃないけどさ」
「…って言うより、向こうに積極性が無いのよ。 諦めも早いし、さ」
    続いて、一美も同じように一つ。 それで空になってしまった箱を、元のように蓋をしてからゴミ箱に投げ込んで。
    一美のする事を、ずっと目で追っていた。
「…ねえ。 あれ、健ちゃん食べてたっけ?」
もうゴミ箱の中に納まっている空箱を指差しながら、三希が今更ながらに問うてみる。
    食べ終わって、捨ててしまってから問う事では無いような気もするが、こういう事もまた日常茶飯事。
「さあ…でも、どっちでも良いわよ。 どうせ、本気な奴じゃないんだから」

    太田に言った「愛情こもった奴なら」は、決して嘘じゃない。
「現在(いま)のところの『本気』って、これと…これ?」
「片方は、来年には諦めるんじゃないの?」
    既に開いていた別の箱から、また一つ。
    女性の勘を、なめちゃいけない。 特に、こういった…女性の側の感情の、ものすごく読みやすいイベントならば、余計に。
「毎年毎年、一つや二つは『本気な奴』貰ってるのにねえ」
    だから、毎回。 それと分かる奴には、最初っから手を出していない2人だ。
「気付いていないから、未だに『伯母さん』って呼ばれなくて済んでるのよ。 甥も姪も存在(い)ないから」

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Last Update:20070111
Tatsuki Mima