海:05

NovelTop | 第三艦橋Top

    たまの休日は、夕方から雨が降り始めた。

「ま、雨の降るのは良い事ですよ」
    頬杖を突きながら、怠惰そうに南部が言う。
    座っている事に疲れたか、最前から床の上に腹這って。 それでもグラスを抱えている間はまだ寝ないだろう…と放っておく、相原と太田だ。
    しかし、長身が狭い真ん中に転がっていると邪魔ではある。
「も〜っ、跨ぐよっ?」
「どーぞ?」
「躓くか、踏むかしてやれよ。 起きるだろうから」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    既にボトル1本分のアルコールは消費済み、現在2本目の口を開けたところ。
「前回(まえ)と較べて今度は、早く雨降らなかった?」
    しかし、この3人にとっては適量…は超えたかも知れないが、まだ思考回路はそこそこまともに繋がっていた。 まあ…そのうち何処かで、きっと短絡(ショート)するのだろうが。
「降りましたよ」
「大気中に水蒸気残ってたら、冷えたら降るって」
    前回とはイスカンダルへの往復後、今回とは太陽異常の後。
「海洋復旧しなきゃならなかったのは、一緒ですけどね」
どちらも、大気圏外に失った海…水を地球外から引っ張ってくる必要に迫られた。
    太田の言った通り、今回は大気中にまだ少しは水蒸気残していた事と。 前回は資材も底を尽いていて、しばらく艦艇の揃わなかったに対し、今回はもう少し機動力が残っていたという事と。
    その両方の差で、今回がもう少し簡単に、早く終わった…というだけ。
「そう言や…何で今回、遠くから持ってきた訳?」
「遠く、って?」
    飲んでいる量は大差無いはずだが、未だ顔色の変わっていない相原の問いに、そのグラスに注ぎながら太田が問い返す。
「火星とか、木星とかのが地球に近いじゃない」
「ああ…それ、な」
    質問の意味に納得して返答しようとしたところに、南部がグラスを差し出してきたので一時中断。
「火星は採り尽くしたんですよ、氷」
代わりに、南部が一つ答えた。
「元々、火星に『水の氷』あんまり無かったですからねえ。 現在(いま)残ってるのは、殆ど『二酸化炭素』のはずです」
「そなの?」
「…俺に訊き返すなよ。 合ってるよ、南部ので」
    地学的知識で、南部には太田ほどの信用は無いらしい。
「木星の衛星も、前回で結構持ってきたからな」
「…無い訳ね」
「土星の環は、天文マニアから苦情来たらしいですしねえ」
「色々面倒いなあ、も〜」

「こういう時、イスカンダルがご近所に存在(あ)ればねえ」
    いきなり南部が、在り得ない事を呟く。
「あの海に地球人に有害なモノの含まれてないのは、真田さんが調べて終わってますし」
    失った水の代わりを何処かから…と言うのは簡単、技術的にもそう難しくは無い。 しかし、それを実行に移す…となると問題は多々。
    地球外から…という事は、そこで地球人の発生した訳でも無く、暮らしていた訳でも無い…という事。
    どんな物質、どんな生物の含まれているやら知れないものを、そのまま持ってきて「はい、お終い」とはいかない。 少なくとも、地球人と地球の環境に害が無い…と証明しなければならない。
    何も無ければ、それで良し。 何か有っても、それが完全に除去出来るというなら、それもまた良し。
    だが、前回も今回もそれにものすごく時間を費やしたのは、実際。
「…真田さんが調べてなくても、古代参謀で『人体実験済み』な気がする」
    南部の言葉に乗っかって、相原がぼそ…っと呟いてみる。
「それ…言うなら俺たちも、だろ。 しばらく滞在(い)たし、まだ生きてるし」
それに続けた太田のセリフに、南部が笑う。
    いつもより長く続いた笑い声に、結構酔ってるな…と自分たちをすっかり棚上げしてこっそり思う、残り2人の酔っ払いである。
「でも、さあ。 イスカンダルが存在(あ)るなら、スターシャさんもそっちに居るんじゃないの?」
    根本から全く仮定の話に、相原が至極まっとうな考察をしてみる。
「ああ…って事は、古代参謀も居るよな。 きっと」
「まだ住んでるんなら、水くれないと思うけど。 スターシャさんより、古代参謀の方が」
    今ここに居ないと思って、言いたい放題である。 居れば、さっきの「人体実験、云々」を含めて、きっと数回はぶっ飛ばされている…に違いない。
「その場合は、古代さんに泣き付いて戴けば良ろしいんじゃないんですか?」
    けらけら…と笑いながら、南部が方策を無責任に述べてくれる。
「…泣き落としは、女の人の方が似合うと思うけどなあ」
「じゃあ、雪さんにやってもらえよ」
「え〜? 古代さんで充分だと思いますよ〜?」
    ついでに、弟の方にも言いたい放題の3人である。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「古代さんって言えば、さあ。 新婚旅行、行かないのかな?」
「…何処に?」
    相原の呟きに、残る2人の異口同音。
「去年まで、太陽がああだったんですよ? 海と都市(まち)と生活の復旧なったばかりで、観光なんてこれから…でしょ」
「って言うか…あの2人、もう『行った事無い場所』なんて無いだろ。 太陽系内に」
    古代は護衛艦での乗務に、雪は長官秘書としての移動に。 それに加えて、3人も良くご存知の艦でも。 商業エリアでは無く軍施設限定…な辺りが、どうにも色気に欠けるが。
「太陽系外にも、既に随分出てってますけどね」
「…どれも『仕事』じゃない」
    全く、その通り。
「仕事以外で、誰が大気圏外に出たいんですよ?わざわざ」
    水星から11番惑星まで、実は軍施設だけでは無く商業エリアもしっかり存在していた。 まあ…普通の人は、ちょっと変わった観光地…という感覚で、月と火星くらいしか知らないが。
    もっとも、一般人の普通に利用出来るのは、前述の月と火星とタイタン程度。 それ以外は、軍施設が在って軍人が居るから、それを相手に商売考えた物好きな人間も居た…という感じでしかない。
    …つまり、行って特別楽しい場所では無い。
「仕事、でなら行きたいぞ。俺は」
    太田の呟きに、しまった…と思ったその他2名。
    いつぞやから地上勤務の続いているのは、太田も相原も同じだが。 相原がそれを希望していたに反して、太田の方では全く望んでいないし嬉しくも無い。
    …で、愚痴を愚痴だとしっかり分かってくれる相手に、ぶつぶつ…文句言ってみる最近。
「…ってか、いつまで管制官やってなきゃならないんだよっ!」
    いつものように、まあまあ…と適当な事を言ってせいぜい宥めながら。
「この方向に転がりそうな話、振るんじゃありませんよ。も〜っ」
「直接振ったのは、南部じゃない」
こそこそ…と、責任のパーセンテージの大きさを譲り合う南部と相原である。

「そう言や、君の方はどうなってるんですよ?」
    飲みながら喋れる人は、身体構造上まず居ない。
    なので、せっせとグラスに注ぎ足す事で飲め…と太田に、無言の催促。 その途中で、ふ…と思い出したように南部が問うた。
「どう…って、何が?」
    問われたのは相原だったが、何を問われたのか…本気で心当たりが無いので、そのまま問い返す。
「何…って、結婚式とか、新婚旅行とか…ですが」
問い返したそのまま、グラスに口を寄せていて…思わず噴くところだった。
「…何やってたんですよ、君は」
    南部が呆れたようにそう言うのにも、理由が一つ。
「古代さんでも、帰還(もど)って半年で求婚してるんですよ?」
そう。 似たような前例があったという事。
「僕と古代さんじゃ、1年ずれてんのっ!」
    しかし、古代と雪にはその前の1年間の航海…という「時間」があった。 だが相原の方には、そんな時間は無かった。
    いきなり1年の、逢えない…という空白。
「ああ…じゃあ、来年ですね」
「どうして、そうなるんだよっ!?」
    話題の主が古代だろうが相原だろうが、南部にとってはどちらも「他人事」。 しかし、相原にとっては当然「我が事」。
    無責任に、1人勝手に納得している南部に向かって、相原の噛み付くのもまあ…当然。

    さて、一足先に言いたい事を吠えて終わっていたので、多少は気の晴れたらしい太田である。
「…お前は?」
    相原の話題は南部にも他人事だが、大田にとっても他人事。 目の前のやり取りをしばらく黙って見ていたが、ようやく口を開いた。
「はい?」
    相原と話して…と言うより、相原のまくし立てているのをはいはい…といい加減に聞いていたが、自分に話し掛けられた…とは分かったらしい。
「だから、お前の『そういう話』は…って訊いてるんだよ」
「あ、え〜と…当分無いんじゃないんですかねえ?」
「…自分の事なのに、何で相変わらず曖昧なんだよ。 も〜」
    南部が答えて、相原が突っ込みを入れた。
「いや…取り敢えず、俺にその気は無いんですけどね」
    今までは他人事でも、流石に今度は自分の話。 途端に歯切れの悪くなったのは、無責任に、いい加減に言って答えて…では無く、多少言葉を選んでいるらしい。
「…蓉子さんがどう動くか分からない、だな」
「だよね」
    今度は、太田と相原が勝手に納得。
「勝手に決めるんじゃありませんよっ」
「でも、南部だし」
「だよなあ」

        ◇     ◇     ◇     ◇

「止まないな〜」
    窓から外を眺めて、太田が見たままを呟いた。
「晴れるって予報だったんですけどねえ」
「予報は的中(あた)んなくなったじゃない、また」
    最初は海と、今まで通りの地形を失くした時。 2度目は、また海を失くした時。 つくづく、海とは気象を司っているものだと思い知らされる。
「最近は、も少しマシになってきたじゃないですか」
「マシったって占いレベルだろ…って、邪魔」
    太田は、相原ほど南部に優しくない。 流石にいきなり踏みやしないが、多少蹴るに遠慮は無い。
「踏まれたくないなら、起きろ。 せめて、も少し端に寄れ」
    痛い…と苦情言ってみる南部に、これまた容赦無い言葉で返す。
「相原君、太田君が苛める〜」
「…自業自得」
    2度も3度も踏まれるのも、蹴られるのも御免だ。 …という事で、絶対それの無いだろうベッドの上に這い上がった南部である。
「寝るな」
這い上がったベッドの上に、床の上の時と同じに寝転がってくれたので、その辺りを突っ込んでおく。
「寝てませんよ、まだ」
「…日本語って、難しいよね」
    南部と太田の漫才に、相原がぼそ…っと感想を呟いた。

「海も復旧(もど)ったし、さあ。 今年は泳げるよね?」
「…晶子さんの『水着姿』が見たい、と?」
    答えた南部を、その辺の雑誌で即行引っ叩いておく相原だった。
「どうして、すぐ。 そういう方向に話持っていこうとするんだよっ?」
「だって…結婚しちゃったじゃないですか、古代さん」
    既に年貢を納めてしまった男を、今更「恋愛の事」で突付いてもあまり遊べない。 だから、もっと遊べそうな方にその矛先を変えてみた。
    要するに、そういう事だ。
「島さんはもう、あんまり反応してくれませんし。 太田くんには、そういう浮いた話聞こえてきませんしねえ」
「放っとけよっ」
    いきなり自分に振られた太田にも、一つ叩(はた)かれてしまう南部だ。
「…で次回、海に行くんですか? 相原君?」
「勝手に、決めないっ!」
    それぞれに喰らっても全く懲りてないらしいのも大したものが、手にしていたグラスの中身を引っ繰り返しもしていないのもなかなかのものである。
「相原の『次回』はどうでも良いけど」
「…太田〜っ」
「海も、しばらく行ってないよなあ」
    古代で遊べなくなったから相原で…という感覚は、南部も太田も大差無いらしい。
「この前…ったら、あの、サーシャの騒いだ時だもんな」
「俺もそうですよ」
「僕も…って皆、一緒じゃない」
    たまの休日、遊びに出る事に否やは無いがあんまり疲れたくも無い。 で、結局。 つい…遠出を嫌って、いつもと変わらない休日を過ごす事になる。
    パターン化し切ったそれぞれの休日に、自嘲含んで呆れるしかない。
「仕方無いだろ。 1人で行って、楽しい場所じゃないし」
「そうですよ。 海なんて、女性とご一緒だから楽しいんですよ。 ねえ?相原君?」
「…どーしても、話をそこに落としたい訳?」

    休日の雨は、まだ止まない。

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Last Update:20080716
Tatsuki Mima