「どうした?」
うわ…という小さな叫び声に、古代がそちらを振り返って訊いた。
いや…振り返ったのは古代だけでは無かったが。
「…磁気嵐、です〜」
それには耳を押さえながら、相原が答えた。
…どうやら、そのひどいノイズを思いっきり喰らったらしい。
掃(はら)ったヘッドセットは、背中と座席の背の隙間に落ちていた。
古代より先に、隣席からの突っ込みが入らなかったのは、単にその隣席が不在だったから…である。
「調整掛けてみますけど…今回の定時連絡、無理かも知れません」
放り出したヘッドセットを自分の背中から拾って、取り敢えず音量を思いっきり絞って。
手は既に調整に掛かりながら、そんな報告。
◇
◇
◇
◇
「最初っからボリューム絞っとく…くらいの知恵は無かったんですか?」
その時その場に居なかったから、リアルタイムでの突っ込みも無かった…というだけの事。
「これで、何度目です?」
「煩いな〜、も〜っ」
相変わらず南部の口に、遠慮は無い。
相原は、通信室からの帰り。
廊下で行き当たって、自然並ぶようにして第一艦橋に戻るところ。
コンソールよりもう少し細かい調整の出来るから…と通信室まで降りたのに、無駄足。
こちらの機器が正常でも、問題は地球の側。
あちらがまともに発信も受信も出来ないのだから、相原がどれだけ調整掛けたところで大差無い。
「通信障害だけ、なら良いんだけどねえ」
太陽の活動周期で、磁気嵐は今までにだって在った。
しかし、現在(いま)の太陽は通常の活動周期に無い。
つまり…その影響も、これまでの比では無く。
「…壊れては無いと思いますよ?」
磁気嵐のひどい時には、機器の破壊まで至る事もある。
同じ理由で、停電も在り得る。
…と言うより、過去にも在った。
しかし何故か、南部が相原の思っていた事を言葉に否定した。
「何で、そう思うんだよ?」
「だって…真田さんがそうと分かってて、それくらいの細工しないまま乗艦(の)ると思います?」
「…それは、そうかも」
「地球ってどうなっているんですかねえ、現在(いま)」
エレベーターに足踏み入れたところで、南部が呟くように。
「…さあ」
曖昧に答えた相原だったが、その答えは…実はどちらもが分かっていた。
これまでの定時連絡には、細かい数字までの報告は無かったのだが。
出航からの時間の経過にそれなりに離れてしまっていたが、まだ…ギリギリ「太陽を観測出来る距離」に在(い)たから…だ。
出航の地であり、これから捨てようという恒星系だ。
針路上に有る訳でも無いから、観測なんて…本当は必要無い。
それなのに観測情報のこの艦に有るのは、ただ…望郷の念。
「島さんも太田も、良く黙ってるよねえ」
「やらなきゃならない事はちゃんとやってるから、でしょ。
多分」
箱の昇っていく感覚を、何処か遠くに感じながら。
何故かどちらも天井見上げて、その感覚に逆らうかのように。
「間接的に、地球の状況も知れますしね。
全く、無駄な事でも無いでしょ」
「…観測可能距離出たら、どうするのかなあ」
「そうなったらエアロック封鎖して、艦載機や探査艇を盗まれないように管理しますよ。
誰かさんの時みたいな騒動は、もう御免ですから」
相原が無言で、持っていたファイルで一つ引っ叩こうとして。
南部が、それをあっさりと避けた。
◇
◇
◇
◇
エレベーターのドアの開くなり、
「避けるなよっ!」
「だって、当たったら痛いじゃないですか」
…という、唐突なやり取りに「何やってるんだ、お前らは」…と素直に思った太田だったが。
「ほら、相原」
突っ込みを入れるより、単純に問うより先に、済ませたい事を済ませておく。
「今回はフレアが原因みたいだな」
「ああ…太陽ね」
太田に渡されたクリップボードに、あっさりと納得する相原だ。
こうやって他の役にも立っている以上、新人たちのまだ自覚無いホームシックを、島も太田もはっきりとただ「禁止」もしない訳だ。
「やっぱ…絶対に増えてるよねえ。
フレアとか黒点(マキュラ)の発生って」
自席の前で、立ったままクリップボード眺めている相原に対して、南部はとっとと自席に落ち着く。
地球の現状が気にならない訳じゃないから、その原因たる太陽の現状に興味が無い訳じゃない。
しかし、太田の渡したのはいつもと同じなら観測データそのままの、数字と記号の羅列。
未整形データのままで読める2人と違って、もう少し整形されていないとさっぱり…な南部には、横から覗き込んだところでどうせ分からない…からだ。
「整形終わったら、また廻してやるって」
「…そりゃ、どーも」
最前を突っ込むより先に、拗ねそうな奴が拗ねないうちにフォローしておく太田である。
「明日は、定時連絡出来るかな」
その原因は外部要因でイレギュラーでも、太陽の活動の表面への現れ方はパターンだ。
光と熱を放射し、太陽風を吐き、重力に引き付ける、それには変わりが無い。
だから…規模は異常でも、未来(さき)は読める。
「多分、な」
「…パトロール艇辺り、そろそろ無理なんじゃないですかねえ」
「って、何が?」
相原の呟きには、同じデータを先に読んでいた太田が肯定して。
そんな流れを無視したような南部の言葉には、クリップボードから顔を上げた相原が問い返した。
「定期運行が」
艦艇の外壁は、内部空間とそこに在(い)る人間を護るもの。
普通、艦艇の規模に比例してそれも強固なものとなる。
つまり…逆に言うなら、小さな艇ほど外部からの影響を受けやすい、という事。
「現に、通信もレーダー表示も怪しかったですし」
この航海の直前まで、実際にその艇長やっていた南部だ。
「最後の?」
「いや…最後の2回くらい、ですね」
「そんな以前(まえ)から、影響出てた訳?」
出航前には、もっとはっきりと地上にも影響が出ていた。
携帯が繋がらなかったり、繋がっても雑音が入ったり。
ホームセキュリティが誤動作起こして、無駄に警備員を呼び付けてしまったり。
しかし、それより前…となると相原にはそれほどの記憶が無い。
「相原君は地上で、こっちは大気圏外だから…でしょ。
多分」
大気とは重力に囚われた、たかが空気の層。
だが、数億年も地上の生命を護ってきた、艦艇の外壁よりも余程優秀で強固な壁だった…という事だ。
◇
◇
◇
◇
「…古代、鬱陶しい」
広くもない艦長室(へや)を右往左往、動物園のクマのようにうろ付いている艦長に「友人の立場」で突っ込みを入れる副長だ。
「だって、なあ…っ」
「俺も真田さんも、それなりに忙しいんだよ」
何か言いたかったらしく詰め寄ってきた古代の額に、ファイルの表紙を軽くぽん…と。
「だから俺が、真田さんから預かって持ってきてるんだからな」
目の前のファイルを島の手から引っ手繰(たく)って、中身をちら…っと見てみれば、確かに島では無く真田の字。
「それって…やっぱり、真田さんよりお前の方が暇…」
「半時間後に、定時のワープだっ!
スケジュールを把握してないのか、お前はっ?」
言い終わらないうちに、今度は別のファイルの背を天頂に思いっきり喰らった古代だった。
真田も忙しいかも知れないが、島も十二分に忙しい…と頭痛をもって再認識したところで。
「…なあ」
「手を止めるなよ…で、何だ?」
片っ端から目を通しては、それに古代が署名(サイン)をしていく。
半時間後に…などと言いつつ、島が艦長室(ここ)にまだ陣取っているのは、古代の見張り役の為。
じゃあ後で…とこの場を辞してしまえば、書類の仕上がるのが本当にものすごく「後廻し」にされると知っていたからだ。
「地球…何も無いよな?」
「単なる『通信不能』だよ、長くても数日で戻る」
太田が相原に渡したと同じ観測データを、それより先に見ていた島があっさりと否定する。
ただ、地磁気の影響下にある地球上や惑星・衛星基地では機器の異常や通信障害以上の問題は起きていないだろうが、それ以外…磁気圏外れた宇宙空間に在(い)た艦艇がどうなったか…までは言わなかった。
南部の危惧したようにコンソール吹っ飛ぶくらいでは済まないで、乗員の死亡までが在り得る…とは。
「どうでも良いから、さっさと仕上げてくれ。
あと…22分」
「もう…お前、とっとと第一艦橋(した)に戻れよっ」
「気にするな」
島にはうろうろとする古代が鬱陶しかったが、古代には涼しい顔して隣に座っている島の方がよっぽど鬱陶しい。
なので、早々に追い返したかったのだが簡単に追い返されてくれる島では無かった。
「生憎と航海班(うち)の連中は優秀なんでな、3分前までは任せておいて大丈夫なんだよ」
◇
◇
◇
◇
幸い人死には出なかったが、艦艇の立往生は大量に発生していた。
もっとも、通信もレーダーも役に立たない状況の地上では、それを半分も確認出来ていなかったが。
「…正気ですか?」
本当はもっと辛辣に「馬鹿か、お前は」…くらいのセリフは吐きたいところだったが、先任かつ年長だったので言葉を多少は選んだ守である。
「今、救助差し向けたところで二重遭難がオチですよ」
しかし、真っ向から守の反論喰らった年長の参謀職は、不愉快を明らかに見せていた。
「しかし、だな…っ」
「生命維持装置が生きていれば、水と食料尽きるまでは放っといても死にゃしません。
それの死んでたところで、3日や4日保(も)つように設計されてますからね」
まだ喰って掛かるが、この際…最初からほぼ地上にしか居なかった先任より「元・戦艦乗り」の守の言の方に確実に分が有った。
勝負アリ、だ。
「民間航路、運休(と)めといて正解だったな」
「お義父さまが言ってたもんねえ」
会議とも言えない短い会議を終わらせて出てきた父親と、終わった頃を見計らって勝手に休憩取っている娘が、廊下を前後して歩いていた。
仕事はどうした…という問いも今更で、いつもの事だから深くは追求しない守だ。
と言うより、深く考えると自分が無駄に疲れるだけなので気付かない振りをした…が、正解。
「…ってか、これで軍の艦艇も止められる」
本当言うと、もっと早く…こんなザマになる前に航行止めたかったのだが、如何せん参謀職の中では最若の守の意見に賛同者は現れなくて。
「お父さまも、人望無いわね〜」
「俺に人望が無いんじゃない。
年寄り連中が、自分の年齢に無駄な自信を持ってるだけだ」
艦艇の実際も知らないくせに、地上の感覚でものを言ってくる。
守(おまえ)より年齢重ねた俺様の言う事に、間違いなど有るはずがない…とでもいうように。
「先に生まれた者は、先に死ぬ…って事を忘れてるんだろ。
連中は」
「…それ、表で堂々と言わない方が良いんじゃないの?」
「だから、執務室(へや)の中で言ってるだろうが」
サーシャの「お父さまも」辺りで、執務室のドアを潜(くぐ)っていた父娘だった。
「軍に未練は無いが、軍人以外やってられそうに無いからな」
そう言いながら、守は席に腰を下ろした。
「叔父さまたち、大丈夫かなあ」
机の端にちょこん…と座り込んだサーシャが、天井見上げながら呟いた。
「太陽からどれだけ離れてると思ってるんだ?
そこまで影響有る訳無いだろう?」
邪魔だ…と、その背をその辺のファイルで引っ叩(ぱた)いたが、軽く過ぎて何の効果も無かった。
「磁気嵐(これ)じゃなくて、他の…よ。
どっかの何かと、戦闘もやってるじゃない」
便りの無いのは良い便り…とは、どちらもが滅多な事の起こらないだろう場所に居て、ようやく言える事。
片方が宇宙に居ては、定時連絡の無かっただけで要らぬ事も考えてしまう。
「島が運転手やってて、真田がダメコンやってるんだぞ?
戦闘に負けるような事はあっても、そう簡単に沈みやしねえよ」
「…叔父さまと南部さんと、加藤さんの立場無いわね〜」
「戦闘が無きゃ、戦闘士官なんてただの穀潰しなんだよ。
元々」
◇
◇
◇
◇
予定の7分前。
「…これだけの時間で済むものを、何でいつも数日掛かるんだか」
「煩(うるさ)いっ!」
過去最速で署名終わらせたが、何だか…内容が今ひとつふたつ頭に入ってないような気のする古代である。
島の悪態に口で返しながら頭の中では、確かこんな内容とこんな内容だったよな…と反芻していたりして。
「さっさと降りろっ!」
「言われなくとも」
言葉通りに、島は艦長室(ここ)に持ち込んだ2つのファイルを掴んで立ち上がる。
この間際までただの一度も島を呼ぶ内線の無かった…という事は、本当に「3分前までは放っといてくれ」と太田にでも言ってきたんだろう。
良いよなあ…などと、こっそり思う。
南部は俺の言う事、あんまり聞かないんだよなあ…と自分の言動と南部の性格を棚に上げて。
「お前も、早く降りろよ?」
「いちいち煩いっ」
その辺の、別のファイルを投げ付ける振りして。
「ああ…古代?」
「何だよっ?」
やっと出て行くか…と思った廊下との境目で、島が思い出したように振り返る。
「連続ワープすれば、数日掛からず戻れる距離なんだからな?」
『地球…何も無いよな?』
…地球に、何か有っても。
そういう意味だと気付いたのは、一瞬間が過ぎてから。
「…さっきの返事を、今頃言うなよ。
お前は、さあ…」
「忘れてたんだよ」
そう言った島が苦笑(わら)っているところを見ると、忘れてたんじゃないな…と古代も気付いた。
「帰らねえよ…まだ」
「そうか?」
なら、良いさ…と今度こそ、しかしやっぱり苦笑(わら)いながら島はドアの向こうに消えた。
「余計なお世話だよ」
友人の消えたドアを眺めながら、今更古代が呟いた。
「自分の方こそ、よっぽど帰還(かえ)りたいくせに」
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Tatsuki Mima