「…何をしてるんだ、そんな所で…」
戻って来た、官舎のエントランス。
2段ばかり嵩上(かさあ)げされている、その段に、島が座り込んでいて。
「待ってたんです、お兄さんを」
自分の膝に頬杖を突いたまま、そんな事を。
いつから…と問えば、日没からそう間の無いうちからずっとそうしていたらしくて。
「良く、門衛に放り出されなかったな」
もっとも、何かとやらかしてくれる「ヤマト乗員」の顔を、軍籍を持っている門衛が知らないはずもなく。
従って、ただ座っているくらいでは、放り出されてしまうはずもなく。
「室内(なか)で待ってろよ、せめて。
風邪引くぞ?」
「…スターシャさんと居ても、話す事に困るから…嫌です」
まだ、混乱の浅かった時に逢わされているから。
それでも、話の内容などかなり記憶から抜け落ちていたりもするのだが。
途惑って…気詰まりで、言葉に迷った、そんな憶えだけはしっかりと残っていたりするから。
それを繰り返すくらいなら、陽の落ちた寒さに凍えている方がマシな気がして、ここに。
本格的に仕事に入ったとは言え、まだ守の帰宅がさほど遅くならない事は分かっていたから、余計に。
昨日の今日で、今日がどういう日なのか忘れたりしているはずがなく。
「…で?
どっちの鍵を返しに来たんだ?」
今までの島の様子で、それと分かっていながらわざと訊く。
そんな言葉に立ち上がった島から戻されたのは、やはり…予想していた方で。
「…じゃあ、お前は帰って引越しの準備でもしてろ。
書類の方は彼女の退院までに、俺が全部…細工しといてやるから」
言いながら、島の頭を2つ3つ軽く叩(はた)いてやって。
まるっきり「子供の扱い」に、最後は島の手に叩き落とされたけれども。
◇
◇
◇
◇
たとえ「懲罰人事」だろうと真田の任地赴任を、地上に居ながら古代や島が見送らないはずがなく。
同じく地上勤務の相原と南部も、何故かちゃっかり休みを取ってまで来ていたりして。
そんな予想が最初から付いていた時に、サーシャを送るほど…守も真田も間抜けてはなく。
「悪いな、真田」
「…お前が早々、イカルスくんだりまで出て来るよりは自然だからな」
建前は、残した荷物を取りに…という事で、その実サーシャを受け取りに。
今度は、下手な見送りの入らないように「思い立って、急に」という形を、わざわざ取ってまで。
「まあ…一番『拙い』進が、大気圏外(そと)だからな」
そう言いながら、守は天井…上を指してみせて。
「島にバレる分には、問題無いし。
他…も、まあ口止めのしようは有りそうだし」
守の言う「口止め」が、どういう類のものか簡単に想像は付いたが…黙ってる辺り、真田である。
「…そう言えば、島は?
謹慎は…撤回か?」
休暇と謹慎は重複しないはずだから、本当ならまだ島は「謹慎中」のはずである。
「いや…休暇の方が撤回。
実働はまだだが、稼動はしただろう?
コントロールセンターが。
煩くてな、上層部(うえ)の連中が」
お前も、その「上層部」の人間だろう…とは思ったが、それを突っ込んでも仕方ないので黙っていたりする。
「一ヶ月には…足らないんじゃないのか?」
「残りは、無期限猶予…だな。
今度また島が、懲罰でも喰らう時には加算されるだろ」
そんな事から一頻(ひとしき)り、サーシャとは離れた話題が続いて。
「これで、全部か?」
残した荷物を取りに来た…というのも、全く嘘では無いから。
「後、そっちの箱も…だ」
それの取りまとめに、真田の借りておいた倉庫内で一騒ぎ。
わずか数時間の、地球への帰還。
慌しくとも、その時間を長く取れば取るほど…他に知れるから。
「この次には…もう少し、ゆっくりな」
「そんな時間が、参謀(おまえ)に取れるならな」
その後ろに、どうしようもなく真面目で深刻な問題が有るからこそ。
互いに交わす言葉は…普段と変わりなく、遠慮無く。
それでも…最後の最後まで、サーシャは守の腕の中に居て。
「俺の娘なんだからな、可愛らしく育てろよ?」
「…お前の娘だろう?
無駄な期待は持たない方が、無難だと思うぞ?」
最後まで、何処かしらふざけたやり取りに。
仕方なく連れ廻されて眠ったサーシャは、やっと真田に渡されて。
「…またな」
守の指に、その頬を撫でられてもまだ眠ったままで。
空に…全く見えなくなってしまってから、やっと。
守は、宙港を後にして。
◇
◇
◇
◇
すっかり失念していたが、かなり重要な問題が一つ。
頼まれた瞬間には、勿論驚きもしたが。
雪にしてみれば、むしろ笑えてしまうような事だった。
「そう…よね。
分からない方が、きっと普通よ」
…実際にも、笑いながら。
こんな表情の島なんて、最初に逢った時からでも見た事が無いから。
「古代君に見せてあげたいわ、その顔」
「…止めてくれ」
はっきり朱を刷いて、それでいて…ものすごく当惑した表情。
「それで…どんなのが良いの?」
「それが…分かるようなら、君に頼まない」
「…それも、そうね」
軽く握った右手を、口元に寄せて…少しばかり考えて。
「今のドレスに近いほうが、きっと楽よね。テレサさん」
振られても、どうにも分からないから、島には何とも答えようが無くて。
「私の服を見せて、訊いた方が早いかしら…」
だから…自然、雪が独り言を言っているような状態になってしまって。
「じゃあ、買い物に行く時は島君にも声を掛けるから。
ついて来てね、きっと…たくさんになると思うし」
雪の…女性の買い物が、どれだけ長いのか…を知らないから、島はあっさりと同意して。
当日になって、二度と雪の買い物に付き合うのは止(よ)そう…と、島が内心誓うのはまた…後日の話。
「下着…の時にも、誘いましょうか?」
くすくす…といたずらっぽく、そんな雪の二度目の提案は。
「嫌だ」
それまで以上に朱を刷いて、即座にきっぱりとお断りした島だった。
◇
◇
◇
◇
全く興味が無い…と言えば、それも嘘になるが。
退院後のテレサが、一体何処に住まうのか…なんて、気にしていなかった。
至極当たり前のように、島と…暮らすなんて全く思考の外で。
それどころか、その為に島が住所を変えてしまった事さえ…誰も気付かなくて。
「ああ…そう言や、古代さん。
大気圏外(そと)でしたっけ」
南部だけは、頬杖を突いたまましれ…っとして答えて。
「俺たちだって、ついこの間知ったんですよっ!」
古代の勢いに、自然逃げ腰な太田…と。
既に、隣のテーブルまで逃げた相原。
「大体…航海長の事で、何で俺たちが呼び出されなきゃならないんですか…」
その古代を相手に、雪に関する事なら散々、からかい半分けしかけてきた前歴が有るから。
「まあ…俺たちの誰かがけしかけたんじゃないか…って、古代さんの考える事も分かりますけどねえ」
隣や後ろ…を分かっているのか、けらけらと笑ってそう言えてしまう辺り、南部も…かなりいい性格。
「でも、今度は本っ当に僕たちじゃないですからねっ!?」
南部と太田の隙間から、相原が精一杯に否定して。
それに応えるように、太田がうんうん…と頷いて。
なまじ、友人だから。
少なくとも、友人だと思っているから。
こんな「大事な話」に置いてけぼりにされて…はっきり言えば、拗ねているだけの古代。
「…お前たちじゃなきゃ、誰が島をけしかけたりするんだよ…っ」
そう出来ない事情の有る事は、兄の事で既に承知だが。
籍も入れないままで、女性と同居する…という一種「非常識」な手段に、島があっさり出た…なんて。
古代には、どうしても…信じられないから。
「…って、気付かないんですか?まだ」
太田の言葉に、相原はやっぱり後ろの方で頷いて。
南部は、くすくす…と笑っていて。
「未だに『独身』の島さんが、世帯用の官舎なんか借りられる訳無いでしょ?
普通なら」
「その前に、規程違反ですよ?
テレサが住む…のって」
南部の言葉の後を、相原が引き取って。
「婚約者でさえ許可されない…なんて、古代さんなら良く知ってる事ですよね?」
駄目押しは、太田が。
黙ってしまった古代に、最後にまた南部が。
「そんな横紙破りな事出来るような『強権者』って、俺たちの身近に…1人しか居ませんよ」
そう、けらけらと笑って。
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Last Update:20040520
Tatsuki Mima