Exit:04

NovelTop | 第三艦橋Top

    自分では、そうと気付いていなかったが。 何もかもが、根こそぎ変わってしまう一日に、きっと…気疲れしてしまっていたんだろう。
    まだ、目を伏せているだけなのか、眠ってしまったのか、それの区別が付かなくて。 どちらにしても、無為に起こしたくはなくて、どうにも…その指を解(ほど)けなくて。
    眠ってしまったにしては、強くこの手を押さえているその細い指。 それだから、余計に。
    ベッドサイド、床の上。 さっきの位置に、そのまま座り込んで。 振り解けない指に困って、それを時間で計ろうとしていて…いつの間にか。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    目覚めて、辺りの仄(ほの)明るさに。 今が朝なのだ…と、思い至る。
    あの惑星(ほし)では在り得なかった自然現象を、既に当たり前と思ってしまうだけの、それなりに永かった病室での日々。 そして、今日も…その続き。
    …では無い事を、手のひらに掛かる軽い重さに気付いた。 熟睡するには、少しばかり辛いはずの体勢でいる人の姿に…驚く。
    この両の手で、その腕や胸にしがみ付けないでいる、気恥ずかしさと…詰まらない強がり。 その代わり…と言うには、厚かましいほど強く捕まえてしまった手を。 解き捨てもしないで、そのままそこに眠ってしまった人の。
    その肩を、揺り起こそうとして…不意に手の止まる…既視感。
    あの…こちらの心臓が止まりそうなほどに、冷え切っていた手と。 名を呼ばわっても、どうしても、決してその瞳(め)を開いてはくれなかった時の。
    …大丈夫。 今は、あの時では無いから…。
    自分自身が落ち着く為だけに、一つ息を吐く。 だって…この手に、その手の温かさが伝わってくるから。 それだけでも、あの時とは違う…という事の、何よりの証明。
    改めて…そっと、その肩に触れた。

    目覚めて、意識の霧が晴れるよりも先に。 あまりに間近い距離に、相手の顔を見て。 途惑いよりもはっきりと慌てた様子に、思わず苦笑する。
    それは、ほんの少し前の自分と同じだったから。
    目覚めた直後に、他人の顔を見る事が出来るなんて。 それも…愛しい人の顔を見る事が出来るなんて、思った事さえ無かった。
    目覚めて最初に、傍に居て欲しい人の温もりを感じていられるなんて。 本当に、想像だにしなかった。 そんな日が在るなんて、それ以上に思わなかった。

    そんな事が、これほど…嬉しいなんて。

    起こしてしまいたくない…と、その指を解かないでいる為に。 そんな自分の腕を頭の下に敷き込んで、うかうかと眠ってしまって。
    そもそも不自然な体勢に、痺れてしまったその腕をまだ動かせないでいて。 だから、一晩中握ってしまっていた彼女の手を、また離せないでいて。
    間違い無く、眠ってしまえるだろう時間をここで、彼女の傍で過ごしたら。 自分に割り当てた部屋に、戻ってしまうつもりだった。 けれども、彼女ほどではなかったにしても、やはり疲れていたらしい自分まで…うっかりと。
    間の抜けた自身が、多分に情けないが。 昨夜には、不安げな様子の見えていた彼女に、今は…そんな様子の無い事の方がよほど、自分にとっては重要な事。
    いつ、何が有って、それが拭われたのか分からない。 もしかしたら、彼女の夢の中での事だったかも知れなくて。 それならば、尚更に。
    そんな事さえ、問えない。
    何に付けてもまだ、何よりも「怖さ」が先に立つから。 彼女の機嫌を損ねる事が…ではなく、知らぬ傷を突付いてしまうかも知れない事が。 わがままに、自分の気持ちだけを押し付けてしまうかも知れない事が。

    未だ、その表面だけを撫でていく、当たり障りの無い言葉。 それさえも、数多く無く。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    人員的な余裕の無さに、加療に掛かる休暇…という名目だったはずだった毎日は、いつの間にか返上させられていて。 その間、何故か「謹慎」に費やしていた事になっていて。
    …誰が、そういう風に手を廻したか、知れているけれども。
    コントロールセンターにも、既に10日以上を。 今の所はまだ、実働前の完全なデスクワーク。 朝に家を出て、夕方には戻って来られる毎日。
    それも…後、少し。 5日もすれば、正式な稼動が始まって、昼夜の無いシフトが廻って来る。 それまでの間に、少なくとも…この室内(へや)には、居慣れてもらわないとならなくて。
    …いつでも、時間に急き立てられるのが、自分たち2人…なのかも知れない。
    それでも、あの時のように時間に生命まで追われている訳では無いから。 刻々迫り来るものに、終わりまで突き付けられている訳では無いから。
    いつでも傍に居ると、ずっと…一緒に居ると。
    繰り返し呟いて、またの約束を重ねておきながら。 たかだか数時間とは言え、その約束をしたはずの部屋にまた、1人にしてしまう事の矛盾。
    たった…沈み切った陽が、再び昇るまでのとても短い時間が過ぎた、それだけの後に。

「すぐに…戻るから」
    必ず、ここに帰って来るから。 そのまま…独りになんて、しないから。 言葉にしてしまわなければ伝わらないはずの気持ちを、言外にして。

「…はい…お気を付けて」
    この場所で、貴方を。 いつか…には守れなかったけれども、今度は…間違い無く。 いつか…のように、私だけの一方的な…ではなく。 今度こそ、貴方からの再びを。
    口にすれば、また繰り返してしまいそうで、言ってしまいたい気持ちを呑み込んで。

    見送る…と、一言にしてしまえば、あの時と同じ。 本当は、離れてしまう事に泣けるほどでも。 きっと…また逢う事も叶うと、不確かな未来に自らを慰めていた時と。
    …まだ、信じ切れないでいる。
    それでも、明日は無いかも知れない…と感じていた病室での想いだけは、今日の目覚めた時に嬉しく裏切られたから。 その事だけは今、憶えていられるから。
    同じ惑星(ほし)の上に居る。 光の距離に較べれば、よほど貴方は、私の近くに居てくれるから。 その距離と時間を待つなんて、何て…容易い事。

    昼には、太陽が。 夜には、月と星が。 刻々、時の流れを刻んでいく。 生まれ育った場所には無かった、移ろいを数える術(すべ)。
    あの陽が、こちらの空まで位置を移して。 この部屋が、あの約束の時の色に染まる頃には…きっとまた。 貴方に逢えるから、貴方が…戻って来るから。

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Last Update:20040806
Tatsuki Mima