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NovelTop | 第三艦橋Top

「…ごめん…」
    何もかもを引っ包(くる)めて、たった一言にしてしまう…小狡(こずる)さ。 けれども…他に、言葉の探しようも無くて、致し方無く。
    口に謝ってみせながら、君に触れたまま。 その…胸に、もたれたままでいる…この図々しさ。
    君は、どうとも答えないで。 ただ…抱いていてくれる、その腕で。 それを…赦(ゆる)しと取って、それでも…もう一度、もう一言だけ。
「…ごめん」
    何も映らないはずの、閉じたままでいた眼の中に。 わずかに伝わってくる身動(じろ)ぎが、軽く…首を横に振る君の姿を結ぶ。

    僕は…このまま、眠っても構わない…?
    君の腕の中、抱かれたまま。 抱き締めたまま…その胸に、頭を預けたままで。

    出来るなら何か…役に立ちたい、でも…何も出来なくても構わない。 今だって、貴方に何か…為(な)せたとは思えない。 それでもこうして、傍に居られるならそれで…充分。
    黙ってしまって、しばらく。 やがて…聞こえてくる、低く…落ち着いた、微かな寝息。 そんな事に、ひどく安堵してしまう。 少し前までは、眠れないでいたようだったから、尚更に。
    自分の事では無く、たったそれだけの貴方の様子だけで、これほど嬉しく感じていられる。 それも、貴方の傍に居るからこそ。
    何も…謝らないで下さい、私に。 私は…私自身がここに居たくて、貴方の傍に居るだけなんです。 そんな事を言われてしまったら…私の存在が、貴方を苦しめているのだと思ってしまいますから。

    …だから、ただ。 こうやって、貴方の…傍に居させて下さい…。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    きっと、まどろんだ程度。 部屋の中が、まだ暗いから…恐らくは。
    いきなり…はっきりと感じる鼓動と、呼吸。 自身の…では無く。 そんな事に驚かされて、身動(みじろ)いで。 すっかり痺れて、感覚の失せた自分の腕に気付いて…うっかりと、君を揺り起こしてもしまう。
「あ…ごめん…」
    君の下敷きにされていたままの、右腕。 君を下敷きにしてしまっていた、自分の頭。 起こしてしまった事とそれを、また一言にして。
「いえ…あの…」
    少しばかり慌てた声で、遠くなった毛布を引き上げながら。
「大丈夫…なんですか…?」
こちらの腕の方を、気遣わしげに問うてくる。
    思うに任せないから、右腕をそこに転がしたままにしておきながらも。
「え…? ああ…大丈夫…」
口だけは、何でも無いかのように答えてしまいながら。
    そんな…風に、羞恥に肌を隠す様子を見せられてしまったら。 そうさせてしまった…自分こそ、気恥ずかしくて…思わず、眼を逸(そ)らしてしまうしか…。

    …何を、今更。
    既に一度、はっきりと…身を晒しておきながら、今になって。 それでも、そうと意識していないかも知れない視線までが…痛かったから。
    その腕を投げ出したまま…何故かしら、その上に俯いてしまった人に。
「あの…本当に…?」
その様子が気に掛かって、重ねてを問うてみる。

    今頃にぴりぴりとして、未だ感覚などはっきりしない腕でも。 それに触れている、自分の頬が…ひどく熱い事は知れて。
「…ごめん…大丈夫、だから…」
    照明の仄かさに、顔色など読めないだろう事を幸いに。 努めて普通を装って、少しだけ顔を上げて。 この暗さで無かったら、きっと…ひどく朱を刷(は)いている事なんて、隠れようも無く。
    …こんな顔なんて、今頃…。 同じ姿の君に、もっと…最初から作ってしまうべき表情(かお)。 その…時に、君が羞恥していたかどうか…なんて、平生とは言えなかった自分に、記憶さえ定かに無いのだけれども。
    そんな事に、今更ながら。 自分の感情だけで、自分しか見えていなかった事に気付かされて。
「…ごめん」
また、一つ憶えに一言だけを。 何に対して、どう謝しているのかをまた…説明もしないままで。
    いや…仮に問われたとしても、どうにも…きっと説明出来ないから。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    夜明けまでにも、きっと…今しばらく。 いつもの目覚める時間までにも、きっと…充分に一眠り出来るほど。 中途半端な時間に、しかし…はっきりと目を覚ましてしまって。
    …もう、眠れないかも知れない。 けれども、きっと眠った方が良い。 そう出来なかったとしても、せめて横にはなっていて身体を休めておいたが良い。
    まとまりを見せない感情を、精一杯押さえ付けるようにして。 身に付いた感覚に任せて、出来れば寝てしまおうと…努力して。
    もう、感覚も戻った腕を、姿勢のままに軽く投げ出して。

    幼い子供のように丸く眠る人の手は、ぱたり…とこちらに落とされて。 目の前に…その人の、右の手のひら。 握るでも無く、開くでも無く、自然に。
    まるで…こちらに差し出されたかのように、優しく。
    まだ眠ってもいない人が、触れられて気付かないはずなんて無く。 少しだけ…でも、はっきりと握り返してくるような反射を見せる指。
    目を閉じて、眠りに居るような振り。 ちょっとした寝返りが、自然にそうなったか…のような振り。
    微かに寝台の揺らぐのは、きっと…目を開けて、少しだけ顔を持上(もた)げた所為。 少しだけ途惑いながら、きっと…こちらを見ていて。
    だから…この胸の音が聞こえなければ良いのに、と思いながらも、じ…っと動かないように。
    この指はそのまま、払い落とされるでも無いまま。 また、わずかに寝台が波打つ。 それから…少しだけ、この手を包み込んでくる…その指。

    …構わないんですね? 私が、こうやって貴方に触れていても。
    こうやって、触れていられるほどの傍に居ても…良いんですね…?

        ◇     ◇     ◇     ◇

    陽の明るさに、鳥が啼(な)く。
    そうして…そろそろと、目を覚ます。 2りともに。

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Last Update:20040830
Tatsuki Mima