サーシャから聞いた…という事は、島は航海と航海の隙間、地上に居たという事。
幸か不幸か、帰還後の提出書類も終わっていたし、出航前の書類はまだ良いし…で、早速。
物見高いと、言わば言え。
友人の慶事を、祝う気持ちが無い…などとは言わせないから。
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ここは最初の2日間、母親の方は個室、子供の方は新生児室に預かるようで。
「赤ん坊」という、今まで見た事の無い「もの」を見られると言われて期待していたはるかは、訪ねた個室に期待していたものが見えなかった事に対して、子供らしく素直に不満を表情(かお)と口にする。
…という事で、新生児室前の廊下。
「もう…っ。
『どれ』って言わないでよ、物じゃないんだからっ」
雪が拗ねたように、だが明らかに笑顔を含んだ表情で怒る。
「そうは言うけど『誰』とも言えないだろう?」
決して本気で怒っていないと知れるから、こちらも苦笑しながら答えてしまう。
「生き物だとは思うけど、まだ『人間』って感じじゃ無いから。
赤ん坊って」
雪はいよいよ、くすくす…と笑う。
「はるかちゃんが居て、良く言うわね。島君?」
「古代が似たような事、言わなかったか?」
「…言ったわね。
はるかちゃんの時も、弥生の時も。
壱弥(かずや)君の時にも言ったわ」
他は知らないが、はるかの時は島も当然知っている。
素直に驚いた表情(かお)をしながら古代は、はっきり「小さくて、人間じゃないみたいだ」と言ってくれた事を。
それ以外も、推して知るべし。
「俺は…次郎の時に最初に、そう思ったんだ」
「じゃあ、進さんもお義兄さんにきっと言われてるんだわ」
「…多分、ね」
守ならもう少し的確に、辛辣に、同じような意味の事を言ってるんじゃないか…と思いながら。
現在(いま)ここに居ない古代を、奥さまと友人が笑った。
「いっぱい居る〜。
ね〜、どれ〜?」
はるかがテレサの腕の中から、ガラスに張り付いて。
聞いていた訳でも無いだろうが、示し合わせたように同じ「どれ」という表現をする。
多少タイミングも良過ぎて、雪がぷ…っと吹き出した。
「…島君の子供だわ、間違い無く」
「当たり前の事を言わない」
笑いながら雪は、島に向かってそう言い捨てて。
「えーと、ね。
この列の、こっちから1、2、3、4…5番目。
分かる?」
隣から雪が、指差しかなり分かりやすく教えたはずの位置も。
はるかにはまだ数え間違って、諦めるに足るだけの面倒さ。
「分かんない」
やっぱりガラスに張り付いたまま、雪を向いてはっきりと困った顔。
「なら、退院してから官舎(うち)に来て頂戴」
その時には、赤ちゃんは「1人」しか居ないから間違わないし、もっと近くで見られるわよ…と。
雪は無邪気にはるかと約束するが…それは、要するに。
島に向かって、近日…恐らくは次の航海明けの訪問を約束させたと同じ事。
「…勝手に、決めないで欲しいな」
「あら、良いじゃない」
そこからしばらく雪に、来客くらい欲しいと思ってしまうほどの産休に入ってからの退屈さを、延々と語られてしまった島である。
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平和だな…と思う、現在(いま)が。
同じ艦、同じ航海、同じ戦場に居た雪(ひと)が。
こうやって母親になって、幸せそうに笑っている。
有閑を託(かこ)って、苦笑してみせる。
こんな…当たり前の未来を夢に見ていても、それが叶うとは心の奥底から信じていられなかったような頃も在ったから。
「今度は、古代が居る時にするよ」
友人も、自分自身でさえも、失くしてしまいそうだった時代(ころ)が在ったから。
いや…在ったのに?
俺たちは、たくさんのものを失くしながらでも、この地球(ほし)ごと生き永らえて。
「そうね。
せいぜい…からかってやって頂戴」
「それは…他に適任が居るだろう?」
他愛無い事に、遠慮無く笑い合う。
そんな現在(いま)が、とても平和だな…と思う。
ずっと、続けば良いのに…と願ってしまうほど。
◇
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「私、従姉になるもん」
どうして病院(ここ)に居る…と問えば、自身有り気にその返答。
勿論、サーシャである。
「昨日は、ねえ。
お義父さまとか島さんとか、知らせるのに一杯で来るの忘れてたのよ」
…本末転倒だ、それは。
隣のテレサとつい、顔を見合わせて苦笑し合う。
サーシャらしいと言えば、それらしい。
だが、真っ先に駆け付けるべきだろう「親族」が。
それも古代のように仕方無いごもっともな理由も無しに、聞いた当日…時刻だって非常識では無かったのに、来ないままに終わったなんて。
こっちが、そんな事を考えていたのは薄々分かったらしい。
「良いじゃないっ。
叔父さまもだけど、お父さまも雪さんのおじさまも来てないんだしっ」
サーシャの言う「雪さんのおじさま」…とは、雪の父親の事だが。
遠くも無いのに来ていない…となると、十中八九仕事の関係なんだろう。
「だから…仕事で来られない人ばかり、引き合いに出さない」
面会時間も終わってからじゃないと、解放されない守に至っては考える必要さえ無い。
「ね?
それより、雪さんの病室、何処?」
「…訊けば?」
そこに受付が有る、それを指しながら答えてみる。
そろそろ飽きてきたはるかを宥めながら、雪の病室(ところ)を辞して、ようやく待合室(ここ)まで戻ってきたところだ。
サーシャに付き合わされると、何にしても長い。
それをもう、嫌と言うほど思い知っているから。
「知ってる人がここに居るのに、何でわざわざ訊くのよ?」
そう言いながら、もう既に。
サーシャは島の腕を取って、奥の…エレベータの方に歩き出していて。
「ちょ…っ、サーシャっ」
少し引き摺られながら振り返れば、テレサよりもはるかの方が呆れた…びっくりしたような顔を見せていた。
「…ここに、居ますから」
少しだけ困ったような顔を見せながら、だがテレサが言う。
もう一度雪の病室まで…と気付けば、もう飽きているはるかは嫌だ…と騒ぎ出すだろう。
それは、島もテレサも分かっていたから。
院内という事は同じでも、待合室(ここ)なら本も有る、TVも有る、他人も大勢居る。
今しばらくは、ご機嫌も誤魔化せるだろう…とも。
「すぐ、戻ってくるから…っ」
遠慮無く引っ張っていくサーシャに、その間にも随分と引き摺られて。
2人との間にはもう、結構な距離が開いていた。
「島さん、ばいばーい」
母親の…テレサの言うをまねて、島をそうとしか呼んでくれないはるかが。
きっと何も分かっていないながら、離れていく事を当たり前のように手を振って見送った。
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Last Update:20060527
Tatsuki Mima