向こうに武器が有って、こちらは空手だから…が、表向きの理由なら。
相手にするのは面倒だから、取り敢えず逃げとこうか…が、実際の理由。
「早いとこ戻らないと、無断外出で罰則(ペナルティ)喰らうんだぞ。馬鹿野郎」
目の前には居ない相手に言っても、甲斐は無いし、横で見てると結構…間抜けでもある。
「エスケープ・ミッションだと思ってたんですけど、その上に時限(タイムアタック)ミッションだったんですねえ。これ…」
木崎の呟いた言葉に、腕時計を確認してみれば。
外出届に書き込んだ、予定の時刻まで…あと1時間半ばかり。
「ここから、真っ直ぐ戻ったらどのくらい掛かります?」
相変わらず、木崎の後をついて行くだけ、地下都市の階層構造と地理に疎いままの僕だ。
「え?
あ〜、そうだな〜。
40分…ってとこかな」
「…なら、あと半時間少々でこの場から逃げ切るか、全員沈めるか…しないといけないって事ですね」
そう言ってひとつ、軽い…溜息。
動かないで過ごせば永い「半時間」も、状況次第ではとても短いから。
「そのうちの1人は、ここに居るけどな」
言いながら木崎は、まだ足下に沈みっ放しの1人を、爪先で軽く小突く。
「どっちが、効率良いと思います?」
その手から戴いた銃は、現在(いま)僕の手に有って。
「沈める方。
逃げる方が、時間掛かりそうだからな」
◇
◇
◇
◇
疲弊していくこの地球(ほし)の、象徴。
「これで、何人目だ?」
地上から移ったばかりの頃には、まだせいぜい稼動していたはずの工場群。
今は、疾(と)うに打ち捨てられて静かなもの。
「…4人目、ですね」
人気の無い…人目を気にしなくて良いという事は、尋常でない手段を取りたい者には好都合だっただろうが。
同じだけの理由でこちらにとっても、この際幸い。
個々の視覚に遮られた場所を選んで、極力音と声を立てさせないように、各個撃破…していくには。
「さっき、5人居たよな?確か」
数学ならば、5マイナス4、イコール1。
「…それ以外にもう1人や2人、居ると見た方が良さそうですよ?」
殺意…と言うのか、敵意…と呼ぶのか。
これだけの広い範囲に散らばっているはずの他人(ひと)の気配を、何となく…感じられるように思うのは気の所為なのか、訓練の結果なのか。
──ここまで来たら、いっそきっちり『戦い方』を憶えてる方が、生存確率高いような気がしません?
詭弁と承知で言ったはずの言い訳も、案外…嘘では無かったかも知れない。
…なんて事を、僕は。
「あ、こいつ。
『南部』の銃、持ってる」
1人、また1人…と黙らせていく度に、その持っている銃を取り上げていく。
気付いても、簡単には動き出せない程度の拘束も掛けてはいるから、その段階で「戦闘力」を失った…とも言えるが、念の為。
「冗談の分かる奴も、居た…って事でしょ」
ひとつ銃を拾う度に、毎回やっているように。
何となく…手渡されてしまったそれから、一旦カートリッジを抜いて、その残量を確認して。
「…はい、どうぞ?」
いつだったとは逆に、僕は木崎に銃把を向けて渡して返して。
「リミッター外しましたから、人間(ひと)に撃っちゃ駄目ですよ?」
続いた僕の言葉に、木崎は一瞬…黙って。
こんな状況じゃなかったら、遠慮無く声を立てて腹を抱えていた…かも知れない。
「お前も、大概『可愛らしくない性格』してるよな〜」
堪(こら)え切れない…といった体(てい)で、思いっきり苦笑してみせて。
「お褒め戴きまして…どうも」
だから僕も、せいぜいにっこり…として返した。
…これで、5人目。
最初に認識したと同じだけの人数を、既に沈めてしまって。
「あと…1人か2人なら、放っといて逃げても良いな〜」
今の、この身の安全だけを図るのなら、それも確かに悪くは無い。
「…で、残りの1人2人に今までの5人を救わせて、逃がすんですか?」
今回は…たまたま自分に向けられた刃だが、このまま放置して今度は…家族だの…社員辺りにまで振り下ろされても、困った話だ。
「後々のことを考えたら、警察か軍に引き渡した方が良いように思いますけどね」
何故なのか…と、ずっと考えてきた。
この戦乱の責任を、遊星爆弾を降らせてくる彼方の誰か…でも無く、それをどうにかしようとしている軍や政府に向けるでもなく。
恐らくは…一番手の出しやすい、軍に関わってしまっている企業に向けてきただけ。
「木崎も、あの『木崎』だと知れた訳ですし」
多分…合ってる、間違ってないはず。
そんな思考なら、今後も…きっと同じような事しか繰り返さない。
「…かな。
『南部』や『木崎』だけじゃないしな、軍に納入してる企業(ところ)って」
…同じ事は、やっぱり考えていたんだな…と。
改めて、木崎を見た。
変な言い方だけど、身代金の欲しいだけなら何も…僕じゃなくとも。
体格的にもスケジュール的にも、もっと…掻っ攫(さら)いやすい「子供」が居るはずだから。
軍に関わっている…事だけを理由にされてしまうなら、武器弾薬だの車両艦艇だの、如何にも…なものを扱っている必要なんて無い。
食品でも衣料でも、ちょっと大きく名の知れたような企業(ところ)は、殆どが当てはまってしまう。
僕にしても木崎にしても、なまじ…経済的な影響の読める分だけ、ひどく有難くない話だ。
「残りは…まとめて潰すか?」
ここまでに拾い、取り上げていく形で、こちらも銃を手にしている。
武装面では、恐らく…互角。
今までを振り返ってみる限り、戦闘力…ではこちらに歩(ぶ)が有りそうで。
「残りが3人以上だったら、どうします?」
2人までなら、それぞれが1人を相手にして確実に黙らせてしまえば良い。
「多対一設定の射撃(シュート)シム、今までの最高は何点だ?」
「…減点方式で、984」
実を言えば、訓練学校ではまだそこまで課程は進んでいない。
だから本当は、その質問自体が最初っから間違っている…と言える。
「木崎は?」
「俺は…992」
どちらともに、銃を商売にしている家に生まれ付いていなければ。
◇
◇
◇
◇
どうせ…地下都市の中だ、果てしなく「上空」の開けているような錯覚を起こす「戸外」も、結局は地表という名の屋根の下。
工場跡…という大きな建物が集まっているようなここも、実を言えばそれを全て収めてしまえるほど大きな「部屋」の中。
「向こうも、いい加減気付いてるでしょうねえ」
「…そりゃ、気付いてるだろ。
連絡途切れてるんだから」
その度、銃だけしか巻き上げてこなかったが。
3人目の時に、どうやらそれぞれが持っているらしい通信機に気付いた。
「受信状態から、相手の方向読めるような特技無いんですか?」
「無えよ。
今度こういう目に遭う時までに、そういう特技持ってる奴を友人にしとけ」
「…そうしときますよ」
「まあ…こういう場合。
普通、出入り口とか『絶対通るだろう箇所』を押さえてるもんだよな」
常識として、それに反対する余地は無い。
木崎の今更な言葉に聞かされるまでも無く、恐らくはそうだろう…とも思っていた。
「…って事は、何処になるんです?」
ただ…地理を知らない僕には、その見当が付かないだけで。
「そうだな〜。
あの…辺りだろうな、多分」
言いながら木崎は、少しばかり先の建物を指した。
高みに登れば周りを見渡しやすい代わりに、その周りからもどうしても見付けられやすくなる。
迂闊に登り過ぎていると、降りるに費やす時間の間に間近まで迫られてしまう。
それが理解出来てしまうのが、いまだ座学と数えるほどの実技でも「訓練を受けてきた」という事なんだろう。
そうと理解していながら、両方を突き合わせたような中途半端な高さを選ばずに「眺め」を取っているのは、これまでに5人を沈黙させて…取り敢えず近くに追う者が居ない…と承知しているから。
「あと、どれくらいだ?」
「…1時間と、3分」
何が…と訊かれなくとも、間違いなく時計の文字盤を読む僕が居る。
「じゃ…とっとと終わらせようか」
屋根から下りる、こんな時までやっぱり…何となく木崎の方が先に立って行く。
当たり前のようにその背中を追いながら、僕は。
そう言えば…今更だけど、今までの模擬白兵戦では木崎と組んだ事は無かったな…なんて事を、思い出していたりした。
◇
◇
◇
◇
最初に呼び止められた時の車が、そこに在った。
その…周りに立っている2人の顔は、最初とは違っていたが。
1人は、もう…最初とは違って銃を持っている事を隠しもせず。
何も言ってこない通信機を見捨てたか、苛々として通りの左右を眺めて透かして。
残る1人は…こちらからでは良く見えないが、どうやら…何処かと通話中。
「俺こっち、お前はそっちな?
撃たせんなよ?怪我したかねえから」
状況を見て、あっさりと仕切ってしまう木崎に頷きながら、僕は。
自分が仕切るよりこうやって、他人(ひと)に仕切らせておいた方が楽かも知れない…と、何となく。
本当に、あっと言う間の事だった。
…引き鉄(トリガー)を絞る必要さえ無いままに。
苛々と見渡す視線の隙を突いて。
いきなり間近に現れた、標的(ターゲット)だったはずの木崎の姿に。
慌てて銃口を向け直す暇を与えられずに、銃把に弾かれて…そのまま沈んでしまい。
「…どうします?
リミッター外してますから、人間(ひと)1人くらい簡単に消し飛びますが?」
何処かの誰かと通話の最中だった、もう1人は。
僕の言葉と既に照準を合わせられてしまった銃口に、構え掛けた銃を、僕にも木崎にも向け切れないまま…黙ってしまって。
「あ、こら。
他人様に向けるなって言ったろ?」
転がっている方から、やっぱり念の為に銃を取り上げながら木崎が言ってくる。
「撃たなきゃ良いんですよ。
無反動砲(バズーカ)だって、中(あた)らなきゃ死なないでしょ?」
「…それも、そうだな」
照準は全く動かさないまま、相手の動きが充分に認識出来る範囲内だけでわずかに視線を向けただけの僕に。
木崎もあっさりと、言葉を返してきた。
◇
◇
◇
◇
撃つなよ?…とは、僕に向かって笑いながら。
相変わらず僕の照準の中に居る相手の手から、木崎は銃を取り上げて。
送話口から聞こえたはずのこちらの状況に、何か叫んでいるらしい携帯電話も…やっぱり取り上げて。
「…おい、南部」
ほら…と投げてくる携帯を、訝(いぶか)しく受け取ってみれば。
それから…ひどく聞き憶えの有る声が、何か必死に叫んでいるのが知れて。
「親父さま…っ?」
…聞き憶えが有るはずだ。
ほんの数ヶ月前まで、日常に、身の周りにいつも在った声だったのだから。
「お前を『確保』しないうちから、何か要求突き付けてた…って辺りじゃないのか?
気の早い奴だな、お前らは…」
勿論…木崎の言葉の後半は、僕に向けたものじゃないのだが。
「ちょ…っと、親父さまっ!
落ち着いて下さいよっ!?」
その時の僕は、電話の向こうを宥める方に一生懸命で。
こちらから掛ける事は出来ても、校外(そと)からの電話は緊急以外基本的に取り次いではもらえない訓練学校で。
僕は今まで、意識的に電話を掛けないままできたから、その声を聴くのは…ものすごく久し振りだった…訳で。
…それは、向こうにしても同じ事。
しかも、久し振り…がこれだ。
「無事ですよ、ええ…どうもしてません。
だから…ちょっと、落ち着いて下さいって…」
電話の向こうの、久し振りの声の…今まで知らなかった慌てように。
僕は、すっかり…現在(いま)の状況を忘れていて。
銃口はとっくに地を指していたし、照準を合わせていたはずの相手を視界からも完全に外してしまっていた。
…もっともそんな事は、僕に携帯を投げて寄越した木崎の方では想像付いていたんだろう。
逃げられてしまわないようにさっさと簡単に拘束も掛けていたし、その上でご丁寧にもにしっかり…嫌がらせのようにその銃口も向けていたりして。
僕の言葉から、少しばかりは電話の向こうが落ち着いた…と見たらしく。
「もしもーし?
南部の友人ですが?」
僕の手から携帯を取り上げて、いきなり割り込んで。
「申し訳無いですが、とっとと警察でも軍でも警備会社(セキュリティ)でも寄越してくれませんか?
俺も南部もそろそろ戻らないと、ペナルティ喰らっちまいますんで」
まだ銃口は、しっかりと向けたまま。
視線もそちらに向けたまま。
「携帯(これ)通話状態のまんまにしときますんで、逆探知でも何でもしてここの場所分かって下さい。
7人転がってるはずなんで、良ろしく」
木崎は言いたい事を言ってしまうと、携帯を僕に返した。
「挨拶くらいで、とっとと終わらせろよ?
本気でペナルティ喰らうぞ?」
それだけ言って木崎は僕に背を向けて、さっさと歩き始めてしまった。
◇
◇
◇
◇
それからすぐ後にやってきた、たった5日間の夏休みに…家に戻った僕は。
それと覚悟はしていたのだけれども。
しつこいほどに、この時の話をどうしようもなく詳細に、繰り返し巻き返し説明して…弁明せざるを得なかった。
…そして、それだけで。
とても短い休みは、終わってしまった。
▲ |
<前頁
Last Update:20050812
Tatsuki Mima