Blue-eyed:02

NovelTop | 第三艦橋Top

「お前って、何か…暢気そうだよな」
    …なら、その「暢気」そうに見えてしまう僕に。 延々、言葉遣いを添削してくるそっちは「暇」なんじゃないか…と思ってしまった。 しかし、それと言わないで済ませた。
「何で…そう、お前の喋りってのんびりしてるんだよ?」
    椅子の背を逆に跨ぐようにして、真後ろのこちらに向いて頬杖を突きながら。 ほんの少しだけ低い位置から、呆れたような顔で見上げてきて。
    僕の元々の話す速さは、至って普通だと思っている。 感情のままに、早口にまくし立てる事だって出来なくは無い。 他人に指摘されるほどのんびりと遅い…とは思っていなかった。
「いちいち言葉を考えてから話すから、どうしても遅くなるだけです」
但しそれも、あくまでも僕が今までに慣れてきた、特に意識しないままの言葉遣いならば…なのだが。
「遅くなるだけ『だ』」
「…添削しなくて良い」

    木崎は…多分、授業以外では前を向いていないんじゃないか…と思う。
「目立ち過ぎる奴が居ると、周りは目立たなくて良いよな」
「目立ちたいなら…俺と離れていれば?」
    木崎の言う「目立ち過ぎる奴」が自分の事だと、良く分かっている。 それだけ…本当に、身の周りが何となく…だが騒がしいから。
    だけど、今が騒がしいのだと気付いたのは、その前が「静か」だったから。
    他人の視線は、元からあんまり気にならない。 ざわざわとした他人の声も、はっきりと内容が聞こえてこない限りは自分を噂しているのだとは気付かないから、それも気にならない。
    実を言えば、そんな騒がしさは僕には…むしろ当たり前だった。 その騒々しさが、他人には普通ではない事なんて…知らなかったから。
「いーや、目立ちたくないもん。俺。 だから良いんだよ」
    そのつもりは無くても、そんな事を僕に教えた木崎は。 さっきと変わらず頬杖を突いたまま、にっこり…と笑ってみせて。
    …考えてみれば、一番最初にも。 この木崎の、妙に…人懐っこい笑顔(かお)に騙されたんだったな…と。
    教室だけは最初から、入学の時の成績の順に振り分けられて決まっていた。 けれども席まで決められていた訳では無く、教室に辿り着いた者から適当な席に好き勝手に座って。
    僕よりあとから教室に入って来て、たまたま空いていたすぐ前の席に座るや否や振り返ってきて。 その愛想良い顔で、いきなり盛大に自己紹介をしながら。 多分…握手のつもりだったんだろう、僕の右手を両手で掴んで思いっきり振り回してくれて。
    …で、僕は。 大いに途惑いながらも、ようやくに言葉を一言返せば。
「お前の喋り方って…変だよな」
…と、あっさり、きっぱりと。
    それ以来ずっと木崎は、その無駄ににこやかな顔でついて廻っては、僕の言葉をいちいち直し続けてくれて。 鬱陶しいとは思いながらも、僕は…最早それが当たり前のようにも感じ始めていた。
「…俺が目立つんだったら、傍に居ればやっぱり目立つんじゃ…ないのか?」
「いや…絶対的に、お前の方が目立ってるから」
    お前に較べたら、俺なんて…と。 木崎は何だか…自嘲気味に、けらけらと笑ってみせた。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    校外(そと)に出たからと言って、風の吹く訳でも無い。 季節も分からない。 時計を見て、朝が来れば地下都市(まち)そのものが明るくなり、夜になればその全体が暗くなるだけ。
    幽(かす)かに聞こえてくる唸(うな)り声は、街の呼吸する音。 巨大な空調は、街全体の空気を浄化しようとして、同じ街の中に排熱を撒き散らす。 それをまた冷やそう…として、空調機が稼動(まわ)る。
    その繰り返し。
    だから地下都市はいつでも、初夏の気温。 こうやって、ほんの少し歩いたくらいでも…すぐに汗ばんでしまって。 その意味では正直、あまり出歩きたい…とも思わない。
    上方(そら)はいつでも、星の無い夜。 林立する建物は、その窓に灯りを湛(たた)えて伸び上がり、だが…その闇に消えていく。
    …あの闇は、既に放射能の中。 見上げる建物のどれも、上層階は既に棲む人の居ない部屋ばかり。
「前見て歩けよ、お前は〜」
「急に、立ち止まらないで下さいよっ」
    つい…上ばかりを見てしまっていた僕は、前を歩く木崎に追突する…と言う在りがちな事態を引き起こして。 素のまま発した言葉を、また言い直される…という「お約束」もそのままに。
「…珍しいか?」
    視線は僕に向けたまま、指だけが上方(うえ)を指し示しながら問うてきた。
「珍しくはない…けど、あんまり改めて見る事も無い…から」
    今居るここが地下都市である事も、放射能が地表から地下へと侵蝕してきている事も。 どちらも…既に隠す所無く、嫌と言うほどに分かり切った事。
    だけど知識は…幼い頃の記憶は、見上げれば蒼い空の在った事を憶えている。 月と星の輝いていた夜空の在った事を、まだ忘れてはいない。
    こんな上方(そら)なんて、自然じゃない。 現在(いま)が特殊で、尋常な事態じゃない…のだと改めて思い知らされて。
「上空(そら)が重い…ですよね」
「…そうだな、重いよな」
    その言葉が、僕の言葉を直しに掛かってきたセリフだったのか。 ただ単に、僕の言葉に答えただけなのか…分からなかった。

    入学から2ヶ月以上を過ごしたから、外出も許可されるようになって。 だから僕たちは今、こうやって校外に居るのだが。
「…お前って、本当に『街』を知らないよな」
「放っといて下さいよ」
「放っといて『くれ』だろ?」
    だから…いちいち直さなくても良いだろうに…とは思いながら、もうその事に突っ込むような気力は無い。
「車で動く分には、道なんて憶え…ないよ。 自分で運転する訳でも無いし…」
    それでも、重ねて訂正されるのも馬鹿馬鹿しいから、しっかりと意識して口調は変えながら。
「じゃ、免許取れよ」
「取りますよ、16になったら。必須でしょ」
ただ…それが全く長続きしないのが、やっぱり「無理している」って事なんだろう。 勿論、きっちり訂正を入れられてしまう。
    外出の許可を取ったからと言って、別に…こんな時代と地下都市に、そうそう遊べるような場所が有る訳でも無く。 ただ校舎と寮に、同じような顔ばかり突き合わせている事に飽きて、違った空気の中に違った顔を見に出る…程度の事。
    そもそも、地下都市の中では何処に行っても、似たような風景しか探せない。 立ち並ぶ灰色の建物の隙間に、交差する道路と鉄道(チューブ)。 建物の中、通路でさえも歩道にしてしまう。 色彩には乏しいくせに、とても乱雑な街。
「次には、他を誘って下さいよ?」
「誘って『くれ』」
    …もう、無視する事にした。
「ま…他に誘って、誘えない訳じゃないけどな」
無視された程度で黙ったり、考え込んだりするような木崎じゃない。 ただ、大仰に両手を広げて、肩をすくめてみせて。
「やっぱ、南部以上に付き合いの良い奴は居ないから」
しれ…っとした顔で、あっさりと言い放ってくれて。
    好きで、僕は付き合ってる訳じゃない。 そっちの方が、勝手に僕を予定の中に組み込んでいるんだろう?
    よっぽど…そう言ってやろうかと思ったけれども、そんな風にムキになってしまうのも馬鹿馬鹿しいような気がして…黙っていた。

    ただ…僕は黙ったままで。 内心の面白く無さを抱えたまま、そのまま踵(きびす)を返して木崎を置き去りにするように歩を早めた。 それでも木崎は、しっかりと追い掛けてきて…追い抜いて。
    口惜しい…と思うのは。
    僕は、誰か…木崎じゃなくても良い…誰かが居ないと何処にも行けない、訓練学校にさえ戻れない…事に気付いている自分自身にだった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    地下都市(まち)の気温はいつまで経っても、初夏のままで変わらず。 それでも暦は、そろそろと夏。
    良くも悪くも慣れてしまった僕たちは、最下級生のままだが…新入生ではなくなってしまって。 ここまで来たなら、課程と成績以外の話題はすっかり「夏休み」の事ばかり。
    たったの5日、それでも入学してからでは久し振りの永い休み。
    だが、わざわざ「旅行」してみせるほど何処にも観るべきものも無い。 遊べるような場所の無いのは、決して訓練学校の周辺だけじゃない。 せいぜいが、自宅に戻って家族の顔を見る程度。
「さあ…やっぱり自宅(いえ)に帰るんじゃ無いんですかね?」
    休みをどうするのか…と訊かれて、そんな答えを。
「ねえ…って、自分の事だろうが…何で訊くんだよ?」
流石の木崎も言葉遣いの方に突っ込む事は忘れて、その意味の方に。
    …帰りたくとも、地下都市同士の連絡は必ずしも良い訳じゃない。 5日程度では、自宅までの往復さえ微妙な者だって居る。 いや…そもそもこれまでに、遊星爆弾と放射能に奪われて帰るべき家庭(ばしょ)の無い人間だって、決して少なくも無い。
    誰も、無神経な訳じゃない。 他人の事には考えの及ばないほど、誰も彼も…思いやりを棄(す)てた訳じゃない。
    そんな事など分かってはいるけれども…どうしても、久し振りに直接逢えるはずの家族にはしゃいでしまう者が居るのも、それも…事実。
    だって…こんな訓練学校(ところ)に居ても僕たちは、まだたった16…誕生日以前なら15でしかないから。
    普段には良く喋るのに、最近の話題には加わろうとしない者も居る。 普段はさほど口を利かないのに、声高に家族の事を嬉しそうに話す者も居る。
    本当に、様々。 そんな、この最近。
    僕は…と言えば、どうしよう?
「どうしようか…と思ってるんですよ、まだ」
「…何だよ、それ…」
    思わずはしゃいでしまうほどには、ほんの少し前までは身近に在った日常がまだ…懐かしいとも感じなくて。 そうか…と言って、とても人数の少なくなってしまいそうな寮(ここ)に残るのも、ひどく…寂しいような気がして。
    何を迷っているのか…僕は、戻ると残るを決めかねていた。

    相変わらずのペースで届けられる、封筒とメール。 書かれてある事も、殆ど今までと変化は無く。
    今までに変わらず、日記のように細々と知らされる向こうの日常。 ほんの少しだけ返信(かえ)して知ったこちらの日常に、細かく…まさに根掘り葉掘り、あれやこれやと訊ねてきて。 最後に…やっぱりひどく繰り返す、心配の言葉。
「…え?」
    良くも飽きないもんだな…と思いながら、最後まで。
──戻って来るのなら、迎えを送る。
ただ…その一文だけが、今までには一度も無かった言葉で。
    …確かに。 正直…僕は、訓練学校から自宅に戻るとして、その道順が分からない。 それはいつか、木崎にも言った通り。 何処に行くにも、その道を憶えないできたから。
    流石に、ただ迷って迎えの来る事を待たねばならないほどには、子供でも無い。 地図も読めない、他人に訊ねる事も出来ないほどには、馬鹿でもない。
    木崎に連れ廻されたここの所で、交通機関にはそれなりに慣れもして。 その住所の分かり切っている自宅(いえ)に戻るくらいなら…多分、どうという事も無く。
「どうして…また、いきなり…」
    寮の部屋の中に、個人に与えられる空間なんて大した事は無い。 次々とその体積(かさ)を増やしていく手紙を…古いものから捨ててしまおうかとも思っていた。 それを、その最近を引っ繰り返してみる。
    近付いて来た休みに、戻ってくるのかどうか…をしつこいまでに。 それが、この数回に増えた常套の言葉。 それでもやっぱり…戻ると決めた場合の交通(あし)に触れたのは、今日の手紙が初めてで。

    …何か、有ったかな…。
    ちら…っと頭の中をかすめて行った事を僕は、きっと…もう少し突き詰めて考えておくべきだった。

<< PREVIEW | NEXT >>

| <前頁
Last Update:20050812
Tatsuki Mima