普通に聞いて理解の出来る言葉も、いざ自分が使おう…口にしようとすると、案外出て来ないもので。
「…はいはい、分かりましたよ」
「『分かりました』…じゃ無くて、『分かった』だろ?」
だからと言って、何を今更…この年齢(とし)になってから、他人様に「言葉遣い」を直されなきゃならないのか、考え込まないでも無い。
「…『分かった』」
「良し」
しかも、その理由たるや「言葉遣いが悪い」からではなく、ちょっとばかり「丁寧過ぎる」から…だと言うのだから、僕としてはただ呆れるばかり。
…親切なんだか、迷惑なんだか。
放っといてくれれば、それで済む話のような気だってする。
「お前の喋り聞いてると、気ぃ抜けるか、苛々してくるか…どっちかなんだよ」
ともかく、こうやって…人の後をついて廻って、いちいち言葉の添削をしてくれる人間が居て。
それを起きている間中…寮の部屋以外ではずっと、2ヶ月も続けられてしまったらいい加減、こちらも否応無しに気を付けるようになってしまって。
しかし、それは。
決して…僕の言葉遣いそのものが変わった訳でも何でも無く、言葉遣いの違う「僕」を演じる事に慣れてしまっただけの事。
根本的な部分では僕は、それまでと何も変わっていない。
「…こんな事で疲れてても、仕方無いと思うんですけどねえ…」
それが証拠に、ぶつぶつと呟く独り言は…相変わらずだから。
◇
◇
◇
◇
その最初は、寮の部屋の中。
「お前って、『あの南部』だったんだな」
一日が終わって戻って来るなり、いきなりに。
「…はい?」
「とぼけても、バレてるって」
別に…とぼけてる訳でも何でも無く、とても単純に何を言われているのか良く分からなかっただけなのだが。
そうと分かったのか、どうか。
僕の目の前に突き出されたのは、今時…クラシカルな「お手紙」と、メールのプリントアウトの束で。
「それ…親父さんだろうが」
指差し示されたのは、その封筒のリターンアドレス。
「ああ…そうか、2ヶ月経ったんですよね。もう」
入学してからの最初の2ヶ月間は、外部とは一切遮断されてしまう。
それが規則。
その間の手紙の類は全て学校側が預かり、本当に緊急な場合で無ければ電話も取り次がれる事が無い。
外出も外泊も、どちらの許可も出ない。
だから…こうやって手紙を受け取るのは、ひどく久し振りで。
そちらの方に余程気を奪われていたとしても、仕方の無い事だったと思う。
それだから、僕は…すっかり忘れていた。
最初の言葉を否定するでもなく、肯定するでもなく。
ただ…あっさりと、差し出されたものを受け取って。
その事が肯定になってしまうのだ…という事を。
初めて…そうと告げた時、当然として驚かれた。
…当たり前だ。
地下に追い詰められて「未来(さき)」の見えにくくなっている現在(いま)でも、進路(みち)の選択肢はそれだけでなく存在しているというのに。
よりによって…将来(さき)に「最前線」のはっきり見えている方向を選ぶ…と、告げたのだから。
「…そんな表情(かお)しないで下さいよ」
親だったら…多分親だからこそ。
どうしようもないほど情けなく、困惑し切った顔を目の前にして。
僕は…ただ、どうにも苦笑してみせるしかなくて。
だから、苦笑(わら)って。
初期に造られた地下都市の浅階層なんて、既に…人間(ひと)の棲める場所ではない。
半径は最初から知れている地球、無限ではない資源、深さに逃れるのも…そろそろ限界。
地球人類の、生物の種としての滅亡も。
かなり間近に見えてきていながら、誰も…それから目を逸(そ)らそうとしているだけ。
未だ存在(あ)るようでいて、実際にはもう…ほんのすぐそこに途切れている未来(さき)。
「親父さまの今やってる事も、所詮は…悪足掻(わるあが)きに過ぎないでしょ?」
尽き掛けてきている資源と生産に、需要と供給のバランスなんて…随分と前から狂ったまま。
価格上昇(インフレーション)は、その止(とど)まる事を知らない。
現在…何より不足しているのは、建材と鋼材。
果てしなく必要とされているのは、艦艇と武器弾薬。
形造る片っ端から…失われていくから、いつまでも。
…そうと承知していながらも未だに、採算も合わない艦艇を造り続けようとする事が悪足掻きで無い…なんて、どうして言えるのか。
「だから…僕が、僕の考えで足掻いても構わない、ですよね?」
それに続いて不足しているのは、人間。
戦うに足るだけの、知識と経験を有した者。
これも…片っ端から奪われていくから、いつまでも…仕方無く。
「…ここまで来たら、いっそきっちり『戦い方』を憶えてる方が、生存確率高いような気がしません?」
困惑し切って泣き出しそうな人を宥(なだ)めるように、詭弁を口にする。
戦い方を知っているものは、須(すべか)らく…このまま地下(ここ)に暮らすとは較べものにならないほど「死亡確率の高い」戦場(ばしょ)に送られてしまうのだから。
「僕と…地球の両方が、運良く生き延びたら」
どちらに転んでも、そんな確率なんて限り無くゼロに近いような気がしながらも。
「親父さまの会社(あと)でも何でも、継いであげますって」
僕は…やっぱり無理矢理に微笑いながら、宛ての無い約束を口にした。
…正直、この瞬間(とき)まで僕は。
自分の父親の名前とその会社(しごと)が、そうまで一般的に広く知られているのだとは…全く知らずにいて。
学校側は、学生宛てに送られてくるこういった通信を、寮の部屋割りごとに仕分けてはそのまま放り込んでいく。
部屋に一番最初に戻った者…時間割(シラバス)の都合から、おおよそは最下級生…がそれをまた、個人個人に仕分けるのが暗黙の了解。
最下級生なのは僕も同じだが、この日は部屋に戻って来るのが偶然に、同室のもう1人よりもほんの少しだけ遅かっただけの事。
昨日までは、僕たちに宛てられた通信は見なかった…というだけの事。
2ヶ月の間を、この手に取られる事も見られる事も無い…と承知で。
週に1つの封書、その倍…以上のメール。
どちらも、父親の名で送られてきていて。
だけど…封書の方は、表書きも中身も…間違えよう無く母親の文字で。
普通に会話していたならば絶対に聞かれないような、妙に…堅苦しい挨拶。
少し前までは当たり前に身近に有った日常を、忘れさせまい…とするかのように、日記の如くに書き綴ってきて。
終わりに、無駄なまでに繰り返される、心配を連ねた言葉。
そんな言葉が有難く思う以上に、その繰り返すひどさにはいっそ…呆れてしまうほど。
これが卒業までの4年間、ずっと続くのか…と思ってしまえば、何となく。
半年前に自分の選択した進路(みち)が、本当は間違っていたんだよ…と今更に、この目の前に突き付けられた…ような気もして。
…僕は、軽く溜息を吐きながら。
「でも、ねえ?
戻れないんですよ、今更…」
そう…目の前には居ない人たちに向かって、呟いて。
◇
◇
◇
◇
そんなつもり無く、否定しなかった言葉に僕は肯定してしまい。
それが、校内の殆どに知れ広まってしまうまでには、3日…を要しなかった。
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Last Update:20050812
Tatsuki Mima