飛行艇のままでは、この先進めない。
扉の開くさえもどかしく、僕は…駆け出して。
…時間が無い。
午前6時、僕に…ヤマトにも。
あと3日、君に…この惑星(ほし)にも。
君は…きっと、僕と来ない。
数時間前と同じ様子で、僕の同道を誘う言葉にその瞳(め)を伏せて、近く惑星の滅ぶを口にしてまでも…君は、きっと身動(みじろ)ぎもせず。
そうして…また僕は、何も言えない、何も出来ないまま戻るしか出来ないのなら。
このまま、逢わないままでいよう…と。
「命令だ」
古代に、そうと言われてしまうまで。
…怖かっただけ。
失われようとする惑星と、そこから…動かないと言う女性(ひと)との両方に。
何も為(な)せない自分を、もう一度…目の前に突き付けられてしまう事が。
本当は、こんなにまで…逢いたいと思っていたのに。
足下に、水が撥ねる。
勢い余って、傾(かし)ぐ半身。
駆けて、少しばかり乱れた呼吸(いき)。
見上げる、その窓辺に…君の姿。
「…テレサ!」
──逢いたかった、ただ…僕が。僕だけの為に、君に…。
「…艦長代理の命令です」
ここまで来ておきながら…まだ、僕の口は…そうとしか言葉を作らないで。
◇
◇
◇
◇
同じ室内に、君が居る。
たったそれだけの事で、うかうかと…僕は無言のまま。
さして残されていないはずの時間を、流れていくまま見送ろうとしてしまっていて。
自分が、どういう理由でここまで来たのか…を思い出す。
「さっきの通信は、何だったのですか?」
…違う。
僕が…本当に言いたい事は、そんな事じゃない。
「一体…我々に何を、伝えたかったんですか?」
我々に…僕には?
至極個人的な、そんな事を思っていても…実際には何も言えるはずも無く、言葉を呑み込んで。
「…テレサ」
それでも、そんな事でも良い。
答えて欲しい…何か、何でも構わないから。
君に…逢いたくて。
その姿を、もう一度目にしたくて。
その声を…もう一度だけで良いから、聴かせて欲しくて。
僕は…本当は、それだけの理由でここまで来たのだから。
「…済みません」
思わぬ謝罪から始まる、君の言葉。
それでも…それも、君の声。
ほんの少しでも長く、その言葉が続けば良い…と。
ほんの少しでも良いから、君の声が…長く響いてくれば良いのに…と。
「ヤマトは、地球へ還る…と仰いましたね?」
申し訳無さを態度にして、話の途中からこちらに背を向けていた人は、そう…振り向いて。
「お気を付けて…島さん…」
さっきからの君の言葉の中に、初めて出てきた僕の名前は。
「さよなら」とは言わないままでも、確かに…別れの言葉と共に告げられて。
…そうだね、これが最後…だ。君と、僕にとっての。
予定された時刻まで、あと…半時間の余裕さえ無く、僕は…来た途(みち)を引き返そうとしている。
あと…たった3日でこの惑星(ほし)は、その存在を失くす事を約束されていて。
「…テレサ」
今…呼ばう、この名前を持つ女性(ひと)さえ…あと、3日。
…駄目だ。
「…ヤマトへ来て下さい」
行きたくありません。
一度、そう…拒否された。
それを分かっていて…なお、再度繰り返す愚かしさ。
…けれども。
「あと3日で、白色彗星はテレザート空域へ到達するんです。
そんな惑星(ところ)へ…貴女を1人で、残していく訳にはいきません!」
あと4日。
たった数時間の間に、日付けは変わって…あと3日。
淀む事を知らず、遠慮無く流れていく時間は、君の生命の…残りを数えていく。
僕の言葉に、明らかな途惑いを見せる君の顔。
「テレサ…っ」
…僕のこれほどの願いも、君にはただ…困惑にしか過ぎない、と?
「一緒に…行きましょう、ヤマトへ」
言外にする、僕と…一緒に。
なのに…君は、瞳(め)を伏せて、俯いて。
「…何故?」
僕がこれほど願っても…まだ、何故…君は来ない?
「何故、いけないんです?テレサ…!」
いや…本当は分かっている、僕は。
君は…来ない、来るとは言わない。
それと最初から分かっていて繰り返し訊いたのは、僕だから。
…それでも、僕は…。
◇
◇
◇
◇
──…煩(うるさ)い、古代。
無駄だと、大して効果が無いなどと…百も承知で僕は。
腕の中にヘルメットを抱え込んで、君の眼(め)から隠そうとして…隠し切れないでいて。
──聞こえてる。
時間が無い事なんて、最初から…嫌と言うほど分かってる。
「テレサ…来てくれ。僕と、一緒に」
今…一番要らないものは、それから割れて響く、古代の声だから。
──それでも…本当にギリギリまで、俺に…わがままをさせてくれ。
じり…と、1歩…2歩…と退(すさ)る君。
その面(おもて)に浮かぶものは、僕に対する…困惑。
そんなものは通り越してしまって、きっと…恐怖。
…それほどまでに、君は頑(かたく)なに行きたくない…と言ってしまう?
君の何を覆せないほどに…僕は、君にとって「特別」では在り得ない…?
「いや…駄目だ」
君はその態度と表情で、僕に…去れと告げる。
「貴女を置いて、1人では還れない」
そんな事は…出来ない。
ほんの一瞬でも、君の「言葉」に従ってしまおうとしていた自分の心を拒否するように。
振り捨てるかのように…僕は、ひとつ首を振る。
逢いたい…それだけを思って、ここに来た。
来て欲しい…それだけを願って、未だここに居る。
君がひとつ下がれば、僕はひとつだけ…前に。
のかのか距離を見送ってしまえば、いつか…君を見失ってしまうから。
そうして君は…僕に、いつか壁際まで追われてしまって。
それ以上下がる事が出来なくなった、その事に…いっそ泣き出しそうに。
「…いけません、私は…」
逃げられなくなってまで…まだ、君は重ねて僕を突き放そうとして。
「テレサ…」
…泣き出してしまいたいのは、僕の方だ。
「貴女をたった…独り、このテレザートに残していくくらいなら、僕は…!
僕はむしろ…!」
そうまで…この想いも願いも、何もかもを。
強く拒絶されてしまったら、僕には。
「…君の傍(ここ)に、残りたい…」
何も…残らない。
「テレサ…」
この心も、君への想いも。
それから…容赦無く流れていく時間に、君そのもの…さえも。
何もかも奪われてしまって、僕には…何も残されない。
「…テレサ…」
こうやって…その名を呼ばう事さえ。
何、ひとつとして。
「僕は…どうしたら良いんだ?」
去れ…と言うなら、今すぐに消えよう。
忘れろ…と言うのなら、いつか振り切ろう。
来る…と言うなら、共に行こう?
…もし。
一緒に居てくれ…と言うのなら、僕は…ここに残る。
君の傍に、その…最期までを一緒に…居るから。
背にした壁に弾かれたようにして、その勢いのまま…君が、僕の胸に居る。
驚きながらも、その細い身体を受け止めて。
恐る恐る…に抱きすくめてみても、逃げないままに…この腕の中に在って。
──…待たなくて良い、古代。
出航(い)ってくれて…構わない。
寄せた頬に触れる、君の髪。この指にも、幾筋絡んで。
耳に、ささやかな呼吸の音。抱く腕に伝わってくる、君の拍動。
生きた君が、ここに居る。
──遅れたなら、置いていく。
そう…言った以上、お前はきっとその通りにするんだろう?
お前は…そういう奴だから。
瞳(め)を伏せて、背を向けて。
言葉でなく、その態度で会話を一方的に終わらせようとばかりしてきた…君が。
やはり…何も言わないままでも、今…僕を拒絶しないで居てくれるから。
そんな事が、どうしようもなく…嬉しいから。
──遅刻で始まった、今回(こ)の航海が。
遅刻で終わるのも、きっと…悪くない。
◇
◇
◇
◇
つ…と、この腕と胸に…君の離れていこうとする反発。
見下ろせば…何処と無く哀しげに、そ…っとこちらを見上げている瞳。
「ヤマトが、貴方を待っています…。
帰らなくては…」
…今更、また…背を向けて君は、僕に…還れと言う?
最後まで…僕は、君にとって真実「特別」な位置には居られないまま…終わる?
腕から、力が抜けていく。
…去(い)って…良いよ。
君が…そうとは望まないものを、無理矢理に掻き抱いて攫(さら)っていけるほど…僕は、強くも…無いから。
諦め切れないものも、物分かり良く諦める…振りくらいなら、きっと…出来るから。
君に対して強くいられないのに、自分自身に対しては…口惜(くや)しいくらいに強がっていられるから。
だから…ただ、せめて。
「…テレサ…」
言葉に、はっきりと「さよなら」…と言って?
本当に…諦め切れるほどまでに、冷たく…はっきりと。
弱さと強がりを身の内に、裁決の時を待つ僕の前で。
君の唇が、続く言葉を綴っていく。
「…私も…行きます」
ほんの僅かに、首を傾げるようにして。
少しだけ寂しそうに、それでも…ひどく綺麗に微笑って。
…嘘だ。
行けない、行きたくない、そう…言い続けてきた君が。
戦えない、戦わない、ここまで迫っていた事態にも…そう言い切った君が。
「テレサ…」
嘘だ…僕と、一緒に…来る事を選ぶなんて。
惑う思考にも、何て…正直な感情。
気付けば、また強く…君を抱き締めていて。
◇
◇
◇
◇
湖を渡り切って、君が…ほんの少しだけ振り返った。
そこに浮かぶのは、君が終わる…はずだった場所。
「…行きましょう?」
僕の視線に気付いたか、やはり…寂しそうに微笑いながら、そう言って。
僕より先に…歩き始める。
それが、多分…君の、生きてきた惑星(ほし)への訣別。
焦りに、駆けてきた道。
自然の穿(うが)った洞(ほら)は、決して平坦ではなく。
自分さえ転(まろ)びそうな不安定な足下に、僕は…君の手を取って逆に辿る。
傍に居る人まで見失いそうに思える薄暗さの中にも、繋ぐ手の中に確かに…君の存在を知る。
同じ薄暗さに、隣に居るはずの人の表情が…知れない。
それが…怖くて、一際強く握り締めてしまう…指先。
近く彗星に呑み込まれてしまうと知れている、この惑星(ばしょ)から。
君をどうしても連れ出したかった…それが、僕を半歩だけ前に立たせて、君の手を曳(ひ)いていく。
爪先上がりの足下に、君を軽く抱き抱えるようにも引き上げて。
いきなり落ちる段差に、君の身体を抱き止めるようにも手を貸して。
そんな足下の危なさに、時折注意を促す僕の声と、それにとても短く答える君の声。
それ以外は…どちらも固く、押し黙ったままでいて。
まるで…近付く者を、僕さえも拒もうとしていた君の、心の内が穿ったかのように険(けわ)しくて。
まるで…僕たちの、今までの経緯のようでもあって。
初めて…2人で並んで歩く道が、こんなにも薄暗くて、起伏の激しい道…だなんて。
そんな事が…少しばかり、哀しくて。
僕たちのこれから…も、きっと。
まだしばらくは、こんな…歩くにきつい起伏が続くんだろう。
それでも…多分、2人で居るなら。
こうやって手を携(たずさ)えて、歩いても行く事も出来るから。
ほら…広く、平坦な場所。
僕が、飛行艇を置き捨ててきた場所(ところ)。
僕たちの道も、きっと…こんな均(なだら)かな場所にも通じているだろうから。
こうやって、わずかずつでも歩んでいる限りは…きっと。
飛行艇を前にして僕は、手袋を外して。
抱えていたヘルメットの中に放り込んで。
何も言わないままの僕に、それを手渡されて。
ほんの少し怪訝そうな表情を見せながらも…君は、両の手でそっと抱えるように受け取って。
──…だって、僕はまだ。
君に…素手で触れた事なんて…無いんだよ?
君が、僕のヘルメットをその手に抱えたように。
僕は…君の頬を、そっと…抱え込むようにして、触れて。
指先に、微かに…君の温かさ。
触れられて…わずかに下がる、途惑ったような君の動きに。
躊躇(ためら)うように僕の手は…一度、空を泳いで。
それでも…今度は、手のひらの中に君の…温かさ。
温かくて、温か過ぎて、いっそ…熱いほど。
一度目は、幽(かす)かに触れるだけ。
二度目は…もう少し、触れるだけ。
三度目に…ようやく、時間も場所も忘れてしまえそうなほどの、永くて…優しいくちづけを。
…ひどくゆっくりと、そっと…離れていく。
愛しさが、まだ…君の頬を抱いたまま。
哀しさが、まだ…呼吸(いき)も掛かりそうな距離から離れられないまま。
「…さあ…帰りましょう?」
見上げてくる微笑(え)みは、行こう…ではなく、帰ろう…と。
「…君は、僕で…良い?」
これが、最後の問い。
「ええ…」
そして、もう一度だけ…軽く。
君が、そう答えてくれなかったとしたら…僕は、仕方無く君を…突き放すつもりでも居たから。
…ようやくに、飛行艇は僕と…君を呑み込んで。
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Tatsuki Mima