Simulation:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    車を運転出来たら良いだろうなあ…と思って、そう言ってみた。
「免許なんか、取らなくても良い」
思っていた通りの答えが返ってきて、ああ…やっぱりね。
    何しろ、身の周りには車の運転が出来ない人間なんて、殆ど居やしない。 お父さまにお義父さま、叔父さまに…と出来る方を論(あげつら)っていくより、出来ない方を指折り数えた方がやたらと早い。 ごくごく身近…だと、母親だけしか居ないからだ。
    何処に行くにも、足に困った事は無い。 交通機関は見事に張り巡らされていて、路線を間違えさえしなければ、何処にだって行ける。 下手に車で走るより、余程速く…確実に。

    それでも。
    車が運転出来る方が、遊ぶにも仕事の上でも、何かと便利な事も多いから。
「何で、俺から兄さんに言わなきゃいけないんだよっ?」
「良いじゃないっ。 ちょっとくらい協力してよ、叔父さまっ」
    障壁は、父親2人…それも、殆ど実父1人。 自分1人で勝てないのなら、人数を頼めば良い訳で。
「…古代は良いとして、何で俺まで…」

    見知った顔…使えるものは全部使った結果、サーシャはようやく免許を取得した。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    注意を促す、赤い明滅。 急いで、それを回復させた…と思った途端に、違う計器が赤く光り始める。
「え〜?今度は、何なのよ〜っ?」
文句を言って、事態が収束する訳じゃない。 分かっていても、つい…口に出てしまう。
    今までは光だけだった警告も、とうとう警報(アラート)をやかましくがなり立て始めた。
「もーっ、煩(うるさ)ーいっ!」
    叫んでいる間に、機は火を噴(ふ)いて墜落した。
「…何回、墜落したら気が済むんだ? サーシャ?」
    さっきから、5分と持たないシミュレーションに。 本日8回目の墜落から後、その回数を数えるのは…止めた島が、呆れた溜息を吐いた。

「…お嬢さん、才能無いんじゃないの?」
    そういう指摘を改めて、至って真顔で言われると…腹が立つ。 どうしても、それが出てしまったサーシャの表情に気付いていて。
「古代さんや参謀の遺伝子は、何処に行ってるんですかね?」
…しっかり、笑いながら追い討ちを掛ける南部だったりする。
「お母さまに似てて、悪かったわねっ」
    はっきり拗ねて、膨(むく)れたサーシャに。 十二分に、古代兄弟に似てるぞ…と内心思う、島と南部だ。
「…正解だな、真田さんも。 『娘』に、小型機の操縦教えなかったのは」
    途中で引っ手繰(たく)られたこれまでの、早々に墜落してばかりのシミュレーションの記録(レコード)を、南部から取り返しながら島が。
「まあ…車の運転も、管制外したら…ああだからな」
呆れた顔を隠さないまま、呟くように素直な感想を述べて。
    市街地の道路を走っていて、わざわざ管制を外さない限りは。 現在(いま)の車なら相当部分が自動化されていて、運転技術は多少未熟でも事故を起こす事なんて、まず在り得ない。
「そんなに下手なんですか?この…お嬢さんは?」
    南部が聞きとがめて、ぷー…っと膨れたままのサーシャを指しながら問えば。
「…同乗(の)ってみろ。 絶対、運転替わりたくなるぞ?」
やっぱり呟くような声で、島からの返答が有って。
    操艦する事を仕事としている所為か、プライベートの範囲だとまず…絶対に等しいくらい車の運転席には座らないのが、島。 それは勿論、友人として付き合っていれば先刻承知の事で。
「…島さんに運転させるようじゃ、ねえ?」
    南部の返した言葉は、サーシャに対して。
    だから、また。 サーシャはそれまで以上に、不機嫌そうにぶん膨(むく)れて。

    交通管制が、見事に機能しているからこそ。
    とにかく見知った顔を、片っ端から盾に使ってまでねだってくる娘に、大いに不承不承ながらも守が折れただけの事で。 運転技術をさて置いても、サーシャに運転させたい…なんて思っていない事は、最初から全く変わっていない。
「大体、何で俺たちに頼むのよ? 古代さんとか、参謀とか、真田さんとか…」
    この話がサーシャから持ち込まれた時に、一番最初に南部が言った。 いや…南部だけじゃなく、はっきり言えば…聞かされた全員が思ったし、言った。
「も〜。 その3人を驚かせたいから、わざわざ頼んでるんじゃないっ」
    この、今の状態で「小型機の操縦、してみたいなあ」…なんて言っても、絶対通らないだろう事は目に見えている。 だったら今度は、黙って内緒で、勝手に先に取っちゃえ…という、サーシャの判断はある意味では…ものすごく正しい。
「…せめて、専門の奴に頼めば?加藤とか…」
    やっぱり、最初の時。 太田がそう提案して、横で相原が頷いているのは。
「駄〜目。 お義父さまや叔父さまに訊かれたら、バラしちゃうもん。加藤さんは」
…と、そう言って一蹴した。
    前述の3人に対して、言い抜けられる人間をしっかり選んでいる辺りも、正しいと言えば…正しい。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    才能が無い。 そう言った、南部の言葉もあながち外れているとも言い切れない。
    数日経っても、一向に時間と飛行距離を伸ばせないシミュレーション。 離陸から既に危なっかしく、高度を出せないままに操縦ミスと反応の遅さから、その辺りに墜ちてばかり。
    シミュレーションで無ければ、何度死んでしまっているのか分からない。 ここまで成績の悪い人間も、そうは滅多に見ない。
「小型機の操縦が専門じゃない人に、あれやこれや言われたくないわよっ」
    さっきからの溜息と苦笑と、遠慮の無い言葉に。 いい加減不機嫌だったサーシャも、最早キレる寸前。 その語調が、かなりきつくなってきてしまっている。
「まあ…それは、そうですけどねえ」
    航法の島と、砲術の南部。 それに関しては、反論の余地も無い。
    だが、サーシャが内緒にしたがっている守も、真田も、古代までも。 決して、小型機は専門じゃないぞ…と2人ともが思いつつ、それは口にはしないで。
「俺も、島さんも。 まず間違い無く、お嬢さんの…これよりは良い成績残せますよ?」
    島の手からまた、いつの間にか南部はレコードを一枚引っ手繰っていて。 ぱたぱたとひらめかせながら、くすくす…と笑って。
「…だったら、やって見せてよ」
    元々不機嫌な感情には、思いっきり引っ掛かって逆撫でされたようで。 サーシャが静かに…だが、はっきりと喰って掛かってきて。
「良いですとも」
どうやら、南部の方もそれと承知していて煽っていたらしい。 言われて途惑いもしないで、微笑ったままにあっさりと答えて。
「じゃ、島さん。お願い」
「…は?」
    …どうやら、最初っから島に振る事も、南部の中では予定の内…だったようだ。

    航法のシミュレーターならまだ、現在実際の操艦に関わっているから、ともかく。 小型機のシミュレーターを触るなんて、何年振りなんだか…と思いながらも。
「…はい、終わり」
    南部の口に押し切られて座らされた島は、20分ばかりも操作していた後で、そう…終了を告げた。
    離陸から、定められたコースを廻って着陸…だけのプログラムさえ、5分持たずに滑走路周辺に墜落しまくっているサーシャに較べれば。 途中、戦闘が有ろうが無かろうが、余程永い時間を飛んで「生きて戻って来る」だけで、十二分に「勝った」と言える。
「どうしてなのよ〜っ!!」
    本人に向かっては何も言わない…言えないで、誰も居ない方角に向かって八つ当たり的に吠えるのは、どうやら…「古代」というDNAに記憶されている行動パターンらしい。
「…島さん。 学生ん時より、回避率上がってるんじゃないですか?」
「そう…か? でも、全然乗ってないぞ?俺は」
    吐き出されたレコードを指しながら、島と南部がすっかり「反省会モード」に入っている辺りも、既に…結構口惜(くや)しい。
「練習してるのは私で、島さんじゃないでしょっ!」
「あら…お嬢さん、まだやる気有ったの?」
「有るわよっ。 有るに決まってるじゃないっ!」

    どう贔屓目に見ても、サーシャには。 呆れた表情(かお)に溜息がセットでも、やる…と言いさえすれば付き合ってくれる島と較べて。 すぐに茶化してくる南部に、真面目に教えてくれる気が有るようには、どうしても思えなくて。
「大体、南部さん。 私に教えてくれる気、有る訳?」
思ったままを、そのまま問うてみれば。
「有りますよ〜?」
あっさりと、一言で肯定してくれて。
「教える相手に、ちゃんと憶える気が有るんなら…ですけど、ね」
    その後に続けた言葉が、またサーシャの癇に障(さわ)る。
「憶える気の無い人間にものを教える事くらい、無駄で、馬鹿馬鹿しい事なんて無いですからねえ」
墜落しまくりのサーシャのレコードを手に、笑いながら言ったりするから…余計に。
「…私に、憶える気が無いって言いたい訳?」
「その気が有るなら、も少し『進歩』が有って然るべきでしょ?」
    さら…っと言い捨てる南部に、少しばかりの反論くらい言って欲しくて…島を振り返ったが。 島の方ではそんな視線には気付いてないようで、サーシャの方は見ないまま。 だから、期待したような言葉も無いままで。
「だって…始めてから、もう何日になります? 俺や、島さんだけじゃないでしょ? 相原も太田も、お嬢さんに付き合ってるんですよ? 俺らの話をちゃんと聴いてるなら、今頃はもう少し先で墜落(お)ちてても良いんじゃないですかね?」
    うって変わって、至って真面目な顔で。
「…でしょ? 違いますか?」
南部に、人差し指を鼻先に突き付けられながらそう言われてしまえば、それも本当の事だから…サーシャには一言も無く。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「あ。俺、出ますんで」
    さっきまでの話なんて、すっかり忘れた口調で。 腕時計に目をやった南部は、ばたばたと脱いであった上着を引っ掴みながら、脚は既にドアの方まで。
    出航か…と、島が問えば。 そうですよ…と、あっさり南部は答えて。
「今夜、21時です」
「…今夜?」
サーシャも島も、思わず鸚鵡返しに訊き返した。
    艦艇の規模に関わらず、通常の航海なら出航の3日ほど前から準備に入る。 元々が航海士…現在は輸送艦の艦長をしていたりする島には分かり過ぎるほど、今は全く航海に関わっていないサーシャにだって良く分かっている事。
    反射的に、島は腕時計を見て…時刻の確認を。 既に、17時を少し過ぎている。 これからここを出て行ったとしても、宙港に辿り着くだけで18時。
「…って、3時間しか無いぞ? 間に合うのか?」
「何とかなりますよ、書類の類は抜かり無く終わらせてますしね」
    出航直前、実際の出航準備は他に任せて、ギリギリまでここに居ただけ。 上着に腕を通しながら…の中途半端な状態で、そう言って。
「じゃ、お嬢さん。 帰還(かえ)って来るまでには、もう少し遠くで墜落(お)ちてるようになってて下さいよ?」
何が面白いのか笑いながら、南部は右手をひらめかせて、消えて。
「最後が余計よっ!」
    とっくに閉ざされたドアに、サーシャは思いっきり不満をぶつけたが、南部の耳にまで届いたかどうか。

「確かに…もう少し、距離を稼いで欲しいな」
    折角、ふざけた物言いに腹立たしく感じさせられる事の多い相手が、やっと出て行ったというのに。 耳の痛い言葉は、変わらず…この室内に有って。
「…私だって、も少しくらい…飛びたいわよ」
ぶつぶつ…と、言い訳がましい事を呟いて。
「距離が出ないまま、墜落(お)ちる理由は分かってる?」
    ついさっき、時間に追われながら慌しく出て行った南部が、そのまま散らかしていったレコードを拾いまとめながら、島が問うてみたが。 サーシャには、何とも…答えられなくて。
    …才能が無いのかなあ…なんて。 腹立ち紛れ、いい加減に聞いていた言葉を今更、ひどく真剣に思い返したりもして。
「…気付いてないなら、それでも良いよ」
    サーシャに訊かれた訳ではなく、自分から問うた割には…あっさりと引き下がる。 話し掛けてきた事さえ忘れたようにあちらを向いて、関心なんて…全く無さそうに。 無視されたように、感じてしまうほど。
「勿論。 俺だけじゃなくて、南部も。 多分、太田も相原も、ね」
    シミュレーションが上手くいかない理由を分かっているのか…と、自分の事ながら逆に島に問い返せば。 これまたあっさりと、答えが返ってくる。 自身はさっぱり見当さえ付かないから、変に…不安も煽られて。
「ねえ、ねえっ。 何が悪いの? 私、何処で失敗してるの?」
「ここまでの時間を使って、これだけやっていれば、いい加減自分で気付くよ。 普通なら」
    …暗に「普通じゃない」と言われている事に気付けないほど、サーシャも間抜けてはいない。
「何よ〜、それ」
「南部があれだけギリギリまで、何を気にしてここで粘ってたのか。 その理由に気付けてないようなら…言っても多分、無駄だから」

    何がどんな時でも、笑ってふざけて茶化す南部より。
「島さん…実は、性格悪いわね?」
「…何とでも、ご勝手に」
    どれだけ中途半端に途中でも、あっさりと会話を切って、何の相手もしてくれなくなる島の方が、よっぽど始末が悪い…と今更つくづく思い知ったサーシャだった。

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Last Update:20050119
Tatsuki Mima