正直、またかよ…と思った。
雪の話が進んで、確かに…ちょっと妙だとは思っても、そこから先が…さて?
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そもそも、相談相手…と言えば真っ先に、島と真田しか思い浮かばない古代である。
現に今までは、それで十二分に事足りてきた。
だが、島の事を当人に相談するほど間抜けてはいない。
かと言って、きわめて非常識な育児経験は有るが、妻帯経験の無い真田に持ち掛けてどうなる話でも無さそうだ。
思い付かないから…では無く、きっぱり嫌だから。
散々考えて、ひとしきり唸った挙句。
相手に実兄をようやく選んだ、古代だった。
普通なら、いつ仕事が終わるか分からないような人で。
こちらから向こうに出向くのも、その逆に招くのも、何だか…変に気を遣わなくてはならなくて。
その意味では、ほぼ定時頃に仕事の終わってくれる今は話をしやすくて良かった…と思う。
「ああ…そうだな」
と、呟くように言ったっきり。
テーブルの上に頬杖を突いてあさっての方向を向いたまま、動かなくなった…何か考えているらしい守に。
「…何で、驚かないんだよ?」
思ったままを、素直に訊ねてみた。
古代の方は、次の出航までの暇な時だ。
出向いても一向に構わなかったのだが、自分から来る…と言ってきた守に逆らうつもりも無かった。
まあ…古代の方が出向くとすれば、そこにはサーシャも居る訳で。
それを思えば、守の方がこちらに来る方がよっぽどマシだろう。
「想像付いてた事に、今更驚いてどうする」
「想像…って…っ」
椅子を鳴らして腰を浮かせ掛けたところに、テーブルの下で膝を蹴飛ばされて。
「…想像してたって、知ってたのか?」
蹴られた痛さは大した事無いが、その瞬間の中途半端な姿勢を崩されて、反動として…また大人しく座るしか無かった古代だ。
「知るか。
想像付いてた…と言ってるだろ、ヒトの話はちゃんと聞いとけ」
古代が地上に居る間、ずっと傍に居たい…休暇を願いたいのは山々だが。
そうするには願うべき休暇の日数が足らない、仕事にもならない。
せめて、宙港に見送って、出迎えて。
その間にある休日には一日中、そうでない日には夜だけ…だが、一緒に居られる事を満足として。
だから、雪はまだ帰ってきていない。
「お前…この騒ぎに、島に逢ってないだろう?」
それが既定のように、指差し問われて。
「え…ああ、うん」
叱られるのを待つ犬のようにちょっと…首をすくめながら、そうとだけ答える。
実を言えば、この騒ぎやここのところ…どころか。
雪との挙式以来、全く逢っていない…ような気のする古代だったりする。
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帰宅(かえ)ってきたら、島が居た。
いや…正確に言えば、ここに来たい…と言ったテレサに付き添う形で、病院からそのまま。
定時きっかりに、とっとと戻って来たんだろうサーシャを含めて、女性3人…何があったか知らないが話が盛り上がっているらしくて。
「お帰りなさい、お兄さん」
所在無さげな島が、守の帰宅に一番最初に気付くような始末。
その島の言葉に、ようやく気付いたらしい3人の言葉を、まとめて半分に受け流して。
「…何なんだ、この状態は?」
リビングの3人から少し外れて、ダイニングの方に居た島に問うてみたが、その返答は背後(うしろ)から返ってきた。
「ねえ、ねえ、お父さまっ。聞いて、聞いてっ」
それで、件(くだん)を知る。
「まあ…そういう事、みたいです」
その瞬間(とき)に、おかしい…と思った。
みたいです…という言葉で、完全に他人事のように話してしまっている事が。
直接には、全く関わりの無い。
それも、結婚…どころか、惚れている相手も居ない、付き合っている男性(おとこ)の1人居る訳でもないサーシャが。
守の腕にぶら下がるようにしがみ付いてきて、笑って…受け売りを報告してきていると言うのに。
まあ…そうと告げられた直後には実感も何にも無いのが、男ってもんで間違い無いんだろうが。
それにしても…と。
「…っトに、暑っ苦しいなっ。お前はっ」
「あ、ひど〜いっ」
腕にぶら下げたままにしておいてやるには、育ち過ぎて鬱陶しい娘を引っ剥がしておいて。
そのサーシャが膨(むく)れて向こうに行くのを見送ってから、改めて…島を見下ろした。
「…何です?」
それに気付いて見上げてくる顔を、変に平静だな…と思った。
「いや…」
その視線を誤魔化すように、そこに腰を下ろしながら。
向こうには、はしゃいでいる女性が3人。
いや…良く見てみれば、当の本人であるはずのテレサには、微笑う中にも困惑が見て取れて。
病院に行った事、そうと告げられた事。
その後、そのままここに来た事…を島の口から聞いている間に。
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「逢えば分かるぞ、多分な」
きっちりと受け止めて理解した上で、平静なのではなく。
何にも頭の中に入っていないからこそ島は、平静に見えただけ…だという事が。
もっとも…現在(いま)はどうだか知らないが。
「…でも、恐らくお前には分からん」
何を、どんな深さまで。
上の空に、表情を忘れてしまいそうになるほど考え過ぎているのか…なんて。
「…何なんだよ、それ。
どっちなんだよ?」
「それが、言葉でお前に説明出来るようなら、とっくに言ってる。
お前じゃなくて…島本人に、な」
似たような事情の有るから…有ったからこそ。
守には、現在(いま)島の考えている事が分かるような気がする。
但し、あくまでも「気がする」だけ。
決定的に、分かってしまっている訳じゃない。
似たような…根本的には、全く違う事情も有るからこそ。
「も少し正しく言えば、俺にだって本当には理解(わか)ってやれない事だろうな…と思ってる」
何故なら、島が考えているんだろう…と想像出来る事を、守は考えないまま終わっているからだ。
いや…そう判断して、そこまでは突っ込んで訊いていないのだから、本当はそれも良く分からない。
だが、その判断が間違っていない…と思っている。
こんな、仮定の上に想像を積み重ねた判断に、自信の持てる事の方が普通じゃない。
だから…説明出来ないし、話せない。
「…だから、放っておけ…って?」
「別に…放っとくつもりは無い」
放っておくつもりは無いが、想像でしかなかった事を今はっきりと聞いたばかりだ。
手段はこれから考える…で、間違ってはいない。
「ただ、島を言い負かそうと思ったら、真田を論破出来るくらいの材料盛ってないと難しいからな」
守にとっては、真田を「言い包(くる)める」事は意外に簡単だ。
ほんの少しの説得力が有れば、勢いと押しの強さと、最終的には腕力で片が付くから…だ。
だが、論破…となるとそうはいかない。
何が有っても引っ繰り返されないだけの確実な証明と、虚を突かれても慌てないだけの度胸が必要になってくる。
島だけ…とは限らない。
自身の思考に精一杯で、他からの言葉がろくに聞こえていない状態の人間に、ごく当たり前の事さえ諭すのに…どれだけの労力が必要なのか、既に分かっている。
そう…例えば、地下都市に独りで俯いていた弟のように。
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◇
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◇
今日は、早く帰れそうだ…と昨日から言っておいた。
「よう、お帰り」
だが…何故か、そう言って帰宅を出迎えてくれたのは義兄で。
「…お義兄さん?」
「悪かったな、進じゃなくて」
たった今まで転がっていたソファから、反動を付けて起き上がる様子を見ていて…兄弟なんだわ、と妙に納得してしまった雪である。
何で…こんなに詰まんない動作までが、似てるんだろう…と。
「え…あの、それは…良いんですけど…」
ついで…ではないが、同じ昨日に島の事を話したのは雪自身だ。
守が今ここに居るのは、その所為なんだろう…と判断は付く。
だが…守を呼んでおいて、古代が居ない…というのは解せない。
「俺との話の途中で、飛び出してな。
鍵、置いてかないまま」
だから、留守番してやっていた…と言われて。
思わず、済みません…と派手に頭を下げた。
「まあ…もうそろそろ、島に言い負かされて帰ってくる頃だな。
泣いてたら、頭でも撫でて慰めてやってくれ」
言葉の途中から、上着やブリーフケースを手元に寄せていた守は。
言葉が終わると同時に立ち上がって、雪の横をすり抜けて。
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Last Update:20051007
Tatsuki Mima