蜘蛛の糸:01

NovelTop | 第三艦橋Top

    何処かではまだやっぱり、2人の父親のどちらかが理由じゃないかな…とも思ってるサーシャだったから。
「ま、もう少し調べといてあげますよ」
そういう気持ちを満足させるような事も、少しばかりは言っておく。
「…で、お嬢さんは当分1人にならない事、ですね」
    当分…とは事が片付くまで、例の「嫌な感じ」の無くなるまで。
「…って、官舎(いえ)に居る時と仕事中は良いけど。 行き帰りはどうしろって言うのよ?」
    出勤時刻が守とは違う、休みだって違う。 帰宅の時刻なら、尚更だ。
「それは、あんまり気にしなくて良いと思いますが」
    サーシャの居るのは「官舎」なのだから、ほぼ同時刻に出勤する者が他にも居るはずだ。 しかも、司令本部からは徒歩で5分程度の距離。 それ以外からの通勤者も、路上に幾らでも。
「本部勤務だと分かってる誰かに、張り付いて歩いてなさいよ」
    逆…帰宅時も、また然り。
「どうしても…なら、相原君に送ってもらえば? 帰りは」
「…こら。 勝手に決めないっ」
    サーシャは納得してしまったようだが、今度は相原の方から反論が出てくる。
「時間は…まあ一緒だけど、休みが合わないってばっ。 わざわざ、それだけの為に僕に出て来い…って?」
「お嬢さんが望むなら、そうなりますねえ」
「…南部がやれば?」
「良いですけど。 俺が出航した後は、結局相原君ですよ?」

    この程度の事は、この2人の間だとかなり日常茶飯事。 特に珍しい事では無いし、口論のうちでも無い。 だが、こういうやり取りをあんまり間近に見た事の無かったサーシャには、十二分に「喧嘩」しているようにしか見えなくて。
    別に…送ってくれなくて良いから…と、丁重にお断りを入れたサーシャだった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

    言った以上は調べてみる辺り、この2人…真面目だと言えるかも知れない。
    もっとも、本来なら簡単に知れるはずの無いような上層部(うえ)の方の事情を、調べられるアテのある辺りがこの2人、普通ではない…とも言えるのだが。
    …結果。
「やっぱり、何にも無いと思うんだけど」
「こっちも出ませんねえ」
    司令本部の食堂でちょっと時間外れた昼食…の振りを装いながら、こそこそ…と鳩首会談している相原と南部である。
「スケジュール以外に、何処調べたんですよ?」
「僕? 司令本部(ここ)と科学局(となり)の受付の記録と、2人の『部屋』の外線通話記録。 後は、公用車の使用記録」
    あっさり言って良いものではない。 司令本部と科学局、双方のネットワークに紛れ込みました…と公言している事になるのだから。
「南部は?」
「ここしばらくの軍の入札と、その予定」
    それも…普通には知れるものじゃない。
「『南部(うち)』以外は、分かる範囲で…ですけどね」
「…どうやって?」
「二度と実家(いえ)に帰りませんよ…と言っただけです、親父さまに」
「言った…ってより、脅した…って言わない?そういうの」
「かも知れませんねえ」
    そう言って、けらけら…と笑う南部に。 思いっきり、その父親に同情した相原だった。

「…って、笑い事じゃなくてっ」
    守と真田の2人ともが、本当に「何にもやってない」なら。
「例の『嫌な感じ』って、やっぱりサーシャに向かってるって事?」
「在り得ない話じゃないでしょ。 むしろ、何を今更…と思うんですが。 俺は」
    守も真田も、肩書きに十二分に見合うだけの能力を有している。 だが…年齢だけを見てしまえば、明らかに年若。 その辺りの部分に羨みも妬みも、恨みも憎しみも。
    無闇に「目立つ」親持ってると、苦労するんですよねえ…と、南部の苦笑…もしくは自嘲。 そりゃ、そうだろうね…と聞かされた相原の方は、今ひとつ笑えない。
    内心、ごくごく普通の「家庭」で良かった…とも改めて思ってはいたが。
「でも…それなら、何で『今』?」
    ごもっとも。
    サーシャが守を口説き落とすようにして、司令本部に往復するようになってからでも、もう数年。 2人ともにそれ以前から今の肩書きを持っているのだから、悪意有るならここまでにも既に育っているはず。
「何か『企んでる』らしいから…じゃ無いんですか? 2人が、今」
    当のサーシャが「お父さまたちの内緒話」なら、噂にもなっている…と。 それは当然、相原にも聞こえてきてはいるからすぐに分かる。
    後ろ暗い事を抱えている身なら、邪推から戦々恐々する事も充分在り得る。
「でも、それって島さんの事…でしょ?」
    相原が当たり前のようにそれを否定するが、そこまで内情の分かる人間はそうは居ない。 自分たちの方が少数派だという事を、うっかりと忘れているらしい。
「だって…この前、島さんが科学局に行ってるよ? 古代参謀も行ってる時に」
「…はい?」
    相原は、科学局への人間(ひと)の出入りをチェックした直後だから。
「休暇中の航海士が、科学局に用事は無いでしょ? 普通は」
その記憶が曖昧になってしまうほどには、まだ日が過ぎていない。
「南部と違って、ただ『遊びに行く』ってのも考えにくいし。 古代さんなら、まだ分かるけど」
「俺(ひと)を、引き合いに出すんじゃ有りませんよ」
    出てきた自分の名前に苦笑する南部だが、この際…古代の方が言われたい放題だと思われる。
「真田さんか、古代参謀のどっちかに呼び出された…って思う方が自然じゃない」
    そう言いながら、十中八九は守の方だろうな…と思っている相原だったし。 聞いている南部も、同じような事を思っていた。

    ふ…と、思い出す。
「…誰の話、してたんでしたっけ?」
「あ…そうだよ。 島さんじゃなくて、サーシャの話なんだってばっ」
    相原の昼休みは、まだしばらく。 改めて額を突き合わせて、最初の話題に戻る2人だった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「…どうして、俺に言うんだ?」
「参謀に知らせて、いきなりものすごい勢いでまくし立てられるのは遠慮したかったので」
    問われて、しれ…っと言ってのける南部だ。
    相手が真田…という事は、ここは例によって科学局。 それも…あの「鳩首会談」の直後だ。 相原が評して「遊びに行く」と言ったのも、全く否定出来そうに無い南部の言動である。
    サーシャの気付いた事、そうと聞かされた2人がそれぞれに調べた事。 調べた事をサーシャに話してみた事までを、順序立てて。
「もし、話した方が良いだろう…って場合は、真田さんに任せます」
    要するに、その場合に守に掴み掛かられるのも、殴られるのも…という事だ。 真田も苦笑しながら、考えておく…と返してきた。

「あ、真田さんに言ったんだ」
    打って変わって、今度は司令本部。 科学局(となり)から、またそのまま引き返した南部だ。 相原は当然勤務中、南部は…書類提出は疾(と)うに終わっているし、やっぱり「遊びに来た」と言えなくも無い。
「そうですよ? 君が、参謀には言うな…と言いましたから」
「…話すんなら、真田さんにだけ…って言ったんだけど?」
    逆も、また真なり。 言い方はどうでも、結局は同じ理由で同じ結果である。 お互い、あんまり言い張る甲斐は無い。
「次に参謀に呼び付けられたら、多分この事でしょうから。 せいぜい頑張って下さいな、相原君」
「や…な事、言わないのっ」

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Last Update:20060417
Tatsuki Mima