蜘蛛の糸:04

NovelTop | 第三艦橋Top

    在り得ない場所にどうでも停めてある車に、訝しげな視線が突き刺さる。 それにもたれるように、携帯を持っていながら無言のままで居る南部にも、同様に。
    終業に、ぞろぞろと出てくるこれから帰宅(もど)ろうとする人の流れの中で。
「…お帰りですか?」
知った顔を見付けて、そうじゃないと分かっていながら南部は笑ってみせる。
「冗談に付き合ってる暇は無いっ」
「でしょうね」
    息せき切ってる参謀職…というのも、なかなか滅多に見られるものじゃない。 この時間、のろのろと混雑しているエレベーターを避けて、階段を駆け降りてきたのが一目瞭然だ。
    守を見た時から、そうじゃないかな…とは思っていた。
「どうして、黙って逃がした?」
「逃がした憶えは無いですよ。 取り敢えず、見送っただけです」
サーシャが説明したにしては、来るのが早過ぎる。 そうして、南部に説明を求めない。
    これは…真田が、適当に上手く話してあったんだな、と。

「どっちでも…っ」
    どっちでも同じだ。 そう言い掛けたところを、南部の手が遮った。
「…はい、分かりました?」
そのまま、守の胸からペンをひとつ引っ手繰っていく。
    状況が分かっていない守の前で長い数列を3、4桁ごと口にしながら、南部は自分の左手の甲に書き留めていく。 薄い携帯を窮屈そうに肩で押さえたまま、それをまた確認するように読み上げて。
「おい…」
「後で聞きます」
    一旦、携帯を切ったのを見て話し掛けた言葉も、また遮られる。 返されたペンを黙って元に戻しながら、また何処かに掛け始めた南部を黙って見ているしかなかった。

        ◇     ◇     ◇     ◇

「運転しにくいっ!」
「…そりゃそうですよ。 『南部(うち)』の車両開発部が面白がって、完全に俺に合わせて調整してますもん」
    守の運転しているその助手席(よこ)で、南部が至極当たり前の事のように言う。
「お前な…それは、誰にでも『普通にある事』じゃないぞ?」
「え〜?そうですか? 参謀なら、真田さんに銃とか勝手に改造されたりしてません?」
それと一緒ですよ…と言われて、そう言うもんかな…と思う辺り、どちらも世間一般から外れているのだが。
「…南部? 侵入(はい)り込めたよ?」
    さっきから繋ぎっ放しにしていた携帯の受話口から、相原が呼んだ。

「相原君? 交通管制に紛れ込んで下さいな、今すぐ」
    相原が出るなり、いきなりそう言い放った。
「…はい?」
    電話回線の向こうで途惑った相原も訊き返していたが、目の前で見ていた守の方も、南部が何を考えてるのか分からなくて充分途惑っていた。
「これから言う認識番号の車が、何処に居るか調べて下さい」
    事情の分かっている相原には、それで十二分。
「ちょっと待ってよ…侵入(はい)ってから言ってくれる?」
何か有った…と判断出来るから、それ以上までは訊き返したりしない。 かすかに端末の起動音らしいものが聞こえてくる。
「…なら、このまま繋いどきます。 呼んで下さい」
「分かった」
    相原とのやり取りに一段落した南部の目の前に、守の手のひら。
「キー、渡せ」
向こうの声の聞こえない状態でも、南部が何を考えていたかおおよそ分かったから。

    最初はゆっくりと細かく区切りながら、2度目はもう少しあっさりと。 左手の甲の長ったらしい数列を、南部が読み上げていく。
「えーと…区画F18-K27、西…に走ってるのかな?」
    聞きながら入力するだけだから、相原の返答は早かった。
「結構、離されてるな」
「でも、方角は合ってましたよ。 無駄な廻り道はしなくて済みましたね」
「…って、誰か居る訳?そこに」
    南部の声は普通に、だが…それ以外はかなり不明瞭に聞こえてくる電話に、常人よりは耳の良い相原も流石に問う。
「居ますよ? 参謀が『運転手』してますが」
「…って、うわ」
    ノイズのように会話の背景に聞こえてくるエンジンの音に、車の中に居るだろうとは思っていた。 だが、会話中だけは普段切ってある管制をフルオートにして、南部自身が運転しているんだろうとも思っていた相原である。
「サーシャは向こうに在る訳じゃないんだから、殺さないようにね」
「言っときますよ。 このまま繋いどきますから、変化有ったら…」
「分かってる。 ちゃんと見てるから」

    通話状態はそのままだが、取り敢えず会話は終わったと見て。
「何だって?」
運転席から軽く一瞥をくれながら、守が問う。
「殺すな…だそうですよ」
それに答える南部は、けらけら…として笑う。
    この状況に…と、助手席に居る奴の性格がちょっとばかり面白くない。
「…ぶん殴るくらいに留(とど)めとく」
    だが、当たらずと言えど遠からず。
    自分が過去一番…かも知れないくらい大きな腹立たしさを抱えている事が、自分で分かっている。 最初っから、最低でもその程度の報復はさせてもらうつもりでいた守だ。
「大体、素手ではちょっと…な。 銃、持ってきてねえし…」
    当たり前だ。
    本部内で執務中の参謀職に常時銃携帯させているようでは、警備兵の存在理由が無い。 そうして鍵を解除(あ)ける手間も惜しんで、銃を机の引き出しに意識的に忘れてきた。
「…銃なら、有りますが?」
「あ…?」
    さら…っと返ってきた南部の言葉に、思わず助手席側を振り返ってみれば。 上着の内側から、女持ちの…相当小型な護身銃を引っ張り出していた。
「必要も有るかな…と思いまして」
そう言いながら、銃把をこちらに寄越してくる。
「…お前が持ってろ。 小型のは扱いにくくて、嫌だ」

        ◇     ◇     ◇     ◇

    時折、相原からの報告が入る。 その都度、南部が確認するように繰り返して守に知らせる。
    どうやら…管制を利かせたままらしい、制限速度一杯までしか出せていない向こうと。 管制を外した状態で制限速度なんざお構い無し…のこちらとの距離は、少しずつ確実に詰まってきていた。
「…って、こいつ…地下都市に向かってないか?」
    何度目かの相原からの報告に、ふ…と思い付いたように守が。 確かに…郊外に向かっているその方向には、車両での出入り可能な地下都市への道が在る。
「地下都市(した)と地上(ここ)じゃ、管制が別ですよ?」
    多少慌てた南部の声も、当然。
    単にシステムが別なだけなら、相原が今からそちらにも潜り込めば済む事だが、平時の地下都市には必要最低限のエネルギーしか供給されていない。
    つまり…管制なんて、全く稼動していない。 平時…の地下都市なら殆ど居住者も無く、元から車両の通行が殆ど無いのだから、管制が死んでいても大した不都合は無い。
    …だが、今の状況では2人にとって不都合大有りだ。 このまま…本当に地下都市に入られたら、見失ってしまう。
「相原っ! 速度に介入しろ、向こうを止めろっ!」
    助手席から引っ手繰った携帯に、守が怒鳴る。
「…って、止めちゃ駄目ですっ。相原君!」
運転中の運転手から、奪われた携帯を取り返しながら南部もまた。
「今止めて、車捨てられたらどうするんですよっ? 尚更、追えなくなりますよ!?」
    この後半は、電話の向こうの相原にではなく、守に向かって。
「えーと…結局、どうしろ…って?」
    立て続けに、守と南部に真反対の事を怒鳴られて。 いきなりの大声に驚いたのからようやく立ち直った相原が、ぼそ…っと。
「事故情報でも入れて、速度制限掛けなさいな。 その間に、こっちが詰めます」
    相原からの了解した…という返事を待たずに、守は今まで以上にアクセルを踏み込んだ。

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Last Update:20060417
Tatsuki Mima